2000年1月、米国トップのISP企業AOLが、これまた米国第1位の巨大メディア企業TimeWarnerを吸収合併して、新たなISP・メディア企業AOLTimeWarnerが船出した。売上高において、TimeWarnerの4分の1に足りないAOLのCEO、Steve Case氏が、この市場最大規模の合併劇の主役に躍り出ることができたのは、まさに当時のITバブルの下でのIT株価高騰によるものである。
同時にこの合併は、AOL、TimeWarner両企業が、それぞれ大きな加入者基盤(AOL加入者数4000万強)とケーブルテレビ、放送、出版の各分野に有する米国最強のコンテンツ(TimeWarner)を統合してシナジー作用を発揮させれば、競争業者の追随を許さない米国最強の情報提供総合会社を創設できるとの両社CEO両氏(Steve Case、Gerald Levin)の壮大なビジョンが結実したものでもあった。
しかし、AOLTimeWarnerの歩みは、業績の不振とそれに伴う経営者の交代(最たるものは2002年における同社CEO、Steve Case氏の退陣)が相次ぎ、さらにはAOL部門の広告費の取扱いを巡っての粉飾決算がSECの調査を招き、新企業の評価を大きく低落させた。この間、AOLTimeWarnerの経営陣からAOL出身者はほぼ一掃され、社名も"TimeWarnerInc" と旧TimeWarner社の名称に戻った。つまり、法的にも社名からしても、AOL主導で始まった新会社設立が、時の経過につれてTimeWarnerによるAOLの吸収へと逆の関係に終わってしまった。
当初、"世紀の合併"ともてはやされていた両社統合が、このような惨めな結末に終わった最大の原因は、一部のアナリストたちが危惧していた通り、両社社員のケミストリー(相性)の相違と、多分これと密接に関係すると見られるAOLとTimeWarnerCable(TimeWarnerのケーブル部門)との協調性の欠如、対立である(注1)。
TimeWarner社はここ数年来、加入者数を大幅に減らし業績が低下しているものの、なお米国最大のISPであるAOLとどうして折り合いを付けていくかが悩みの種であった。最もドラスティックなやりかたは、他のIT会社に売却することであり、事実、Microsoft、Google、Yahoo!など、AOL買収を望んでいる企業名が幾つか報道された時期もあった。
このような情勢の下で、AOLは2005年12月、Googleと戦略的提携を結び、両社は緊密に協力して両社が得意とする分野の技術、ノウハウを提供し合い、両社のサービスを拡大、充実して行くことによって、AOL問題に終止符を打つ決断をした(注2)。この提携は、Googleからの10億ドルの資金提供、AOL、Google両社の排他的提携(今後、第三者とは類似の提携を行わない)を含むものであって、両社の関係はきわめて密なものがある。
TimeWarnerは2006年8月、今後AOLが提供するすべてのサービスを無料にして、今後は広告料収入のみにより業を営んでいくとの声明し、ただちにこの政策を実施に移した。2006年9月22日に発表した2006年次第3四半期の決算と関連し、同社CEOのRichard Parsons氏は、「遂にAOLは流れに乗りつつある。広告面の業績はきわめてポジティブだ」と述べた。このようにAOLは、Googleタイプの事業モデル(顧客吸収は無料のコンテンツにより、また事業収入はコンテンツの周辺に掲載するネット広告から得る)を導入することにより、事業の再生を図りつつある。
しかし、現段階で果たしてParson氏が自賛する様に、新生AOLの事業が軌道に乗りつつあるといってよいかどうかには疑問がある。AOLの再起が確実か否かは、まだ今後の推移を見なければなるまい。
本文では、AOLが発表したコンテンツ無料提供サービスの内容及び、2006年次第3四半期のAOLの決算の分析を行う。
サービスの無料提供により、加入者減の歯止めとサービス利用増を狙うAOL(注3)
AOLが2006年8月初旬に発表したIPサービス無料計画の骨子は、次の通りである。
- AOLが提供しているすべてのISPサービスを無料にする(注4)。
- AOL加入者は、従来どおりAOL提供のブロードバンド(DSL)を利用しようと、あるいは他社のブロードバンドに乗り換えようと自由である(他社のブロードバンドによってもAOLのサービスは受けられる)。
- AOLは新たに、AOL Basic Dial-Upサービスを提供する(注5)。
この無料計画は、AOLが加入者数激減の一方で広告料収入が急増しているため、月額基本料の減収の相当部分を広告料収入により補っているという現状に照らして実施した、思い切った戦略である(注6)。
大変な大きなリスクを伴っているが、2006年第3四半期のAOLの決算からすると一応初期の成果が上がっている様子である。この点については、次項でさらに説明を加える。
好調だったTimeWarnerの業績 - 2006年次第3四半期の同社決算から(注7)
表1 2006年次第3四半期・第1、2、3四半期累計のTimeWarnerの収入(単位:億ドル)
項目 | 2006年次第3四半期 | 2006年次第1、2、3四半期累計 |
純収入 | 109.12(+6.5%) | 317.58(+2.8%) |
純利益 | 23,228(+272%) | 47.99(+351%) |
営業利益 | 28.51(+16.1%) | 80.49(+10.1%) |
表1によると、TimeWarnerの2006年第3四半期の業績は、極めて好調である。
ただし、収入、利益は同社の内生的成長からのみ生み出されたものだけではなく、他社の吸収、資産売却によるものが含まれている点に注意しなければならない。
収入には、今期、Comcast社とともに、ケーブルテレビ会社Adelphiを取得(2006年7月末)した分が含まれている。又、利益には資産売却分が含まれている。この分を差し引くと、収入は多分、前年同期と同等、利益は3分の1に落ち、これまた昨年同期とさほど変わらないこととなってしまう。
従って、表2、3に見るように、部門別の成長率、利益率に差異はあるものの、TimeWarner社の業績が実質的に大きく好転しているとはいえない。また、TimeWarnerは、2006年9月末までの1年間で負債を202億ドルから332億ドルへと100億ドル以上も積み増している。負債増大の理由は、同社が大量に自社株を購入していることによるが、これは、同社の総体の業績を圧迫する理由となろう。
市場は、このようなTimeWarnerの財務の実体をよく把握しており、同社の株価は20ドル内外の低価格で低迷している。
表2 2006年次第3四半期・第1、2、3四半期累計のTimeWarnerの部門別収入(単位:億ドル)
項目 | 2006年次第3四半期 | 2006年次第1、2、3四半期累計 |
AOL(ISP事業) | 19.83(-2.8%) | 60.10(-4.2) |
ケーブルテレビ | 32.09(+44.1%) | 81.16(+24.9%) |
映画 | 23.90(-9.2%) | 75.32(-9.3%) |
放送ネットワーク | 24.88(+4.2%) | 7594(+5.6%) |
出版 | 12.61(+0.8%) | 37.09(-0.6%) |
部門間調整 | -4.19 | -12.03 |
総計 | 109.12(+6.5%) | 317.58(+10.1%) |
表3 2006年年次第3四半期・第1、2、3四半期累計のTimeWarnerの部門別営業利益(単位:億ドル)
項目 | 2006年次第3四半期 | 2006年次第1、2、3四半期累計 |
AOL | 5.63(+21.0%) | 15.10(-1.0%) |
ケーブルテレビ | 11.19(+28.4%) | 29.20(+20.4%) |
映画 | 2.10(-13.0%) | 8.96(+20.4%) |
放送ネットワーク | 8.00(+9.0%) | 23.65(+9.0%) |
出版 | 2.70(+3.4%) | 6.58(-5.9%) |
本部 | -0.97 | -0.38 |
部門間調整 | -0.14 | 0.08 |
総計 | 28.51(+16.1%) | 80.49(+10.1%) |
表2、表3は、2006年次第3四半期および第1、2、3四半期累次におけるTimeWarnerの部門別収入、営業利益を示したものである。
この2つの表から、まずTimeWarnerに占めるAOL部門の位置づけが分かる。AOLは、収入は依然減少しているが、営業利益の増率において出版、映画部門より良好な業績を上げている。これまで、収入、利益の減において、最下位の部門であり、TimeWarnerにおける厄介者であった頃より、相対的にAOLの地位は確かに上がっている。同社Parsons氏が最近、“AOLはTimeWarnerのコア部門である”とことあるごとに強調している財務的根拠はここにある。
AOLの収入は、加入者基本料収入と広告料収入からなる。基本料収入は、過去1年間に13%減少(金額:2.10億ドル)したが、同期間において広告料収入は46%の大幅な増大を記録し(金額:1.51億ドル)、総体の収入減を-2.8%減に留めることができた。
営業利益で見ると、AOLの増率は21.0%と大幅に増大している。これは、マーケティングの主力を、加入者獲得経費から広告の経費に移したためのマーケティング経費の減少によるものだとのことである。
TimeWarnerは、サービス収入の無料化に踏み切った根拠を上記の収入、支出の傾向においている。今後も40%台の広告料収入の傾向が持続し、他方、現状の加入者数の減少歯止め策、さらには他のISPが提供するアクセスを利用するAOLサービス利用者が増大すれば、AOLは当初減収増、そのうち増収増益路線を走ることができる(すなわちGoogleモデルの実践)という論理であろう。しかし、広告収入の増大はとりもなおさず、巨大コングロマリットの中の、特に出版部門とのキャリバニズムを行うということであり、事業全体としての矛盾をはらんでいる。
ところで、TimeWarnerは海外に550万のISP加入者を有しているが、フランス、ドイツ、英国の各国において次の通り、事業の売却を実行あるいは計画中である。
フランス | : | 売却完了(2006年10月30日) | 3.65億ドル |
ドイツ | : | 売却契約成立(2006年第4四半期中に完了予定) | 8.70億ドル |
英国 | : | 2007年第1四半期中に完了予定 | 6.88億ドル |
これら3カ国はAOL海外事業の要であり、他10数カ国に海外子会社を有してはいるものの、AOLは海外事業からの撤退を決意したと見て差し支えなかろう。
(注1) | 2006年11月、TimeWarner社の地位を保持しているものの同社役員の地位から離れたSteveCase氏は、AOLとTimeWarnerの合併が大失敗であったこと、その原因が新会社の設立目的を無視して、各部門の権限の固守に狂奔した大企業特有のお役所主義(ビューロクラシー)にあったことを率直に認めた。 同氏はそれを如実に示す例として、TimeWarnerCableのインターネットサービス「RoadRunner」を挙げている。つまり、AOL、TimeWarner統合以来、本来、インターネットサービスは、AOL部門に統合すべきであったにもかかわらず、依然として現在でも存続しているのである。両社合併の最大のメリットは、AOL部門への「RoadRunner」サービスの移管にあったはずであるにもかかわらず。 http://www.washingtonpost.com, "It's time to take it apart" |
(注2) | 2005.12.20付けGoogleのプレスレリース、"TimeWarner's AOL and Google Alliance." |
(注3) | AOLのホームページには、同社の無料サービスについて幾つもの詳しい説明をしている。筆者はそれらの解説記事を参照した。記事名は省略。 |
(注4) | AOLはこれまで、Yahoo!、MSN等強力なISPとの競争を通じてサービスの拓大を図ってきた。従って、同社のサービスは、Email、インスタント・メッセージング、ビデオ、情報検索等を含み、相当に充実した内容のものである。 |
(注5) | AOL Basic Dialサービスは、マイク、スピーカー等通話用設備の購入代として一時払いの料金(9.55ドル)を徴収することにより、現在のダイアルアップ加入者に対し、発信のみの片方向IP通話サービス(相手方からは通話可能)を提供するものである。このサービスへの加入者は、登録を要し、電話番号が付与される。9.55ドルは同社のダイアルアップIPサービスの月額基本料金に見合うものである点が重要であり、同社加入者の3分の1を占めるダイアルアップ加入者の同社への引き留め策と見られる。 なお、多分、同社は、このサービスが成功すれば、次のステップとして着信サービスを追加し、定額低料金によるIP電話サービスを展開することも視野に入れているのではないか。 また、AOLホームページは、ブロードバンド利用加入者の引止め措置も案内しているが、おそらく現在の月額基本料から、ISPコンテンツ料に見合う幾ドルかの料金の引き下げを提示しているのであろう(内容閲覧には登録を要する)。 |
(注6) | 2006年9月末におけるAOLの国内加入者数は1520万であり、2005年末の2010万から490万(25%減)減少した。この比率で加入者減が続けば、今後4、5年の間にAOLの加入者基盤は、壊滅することは明らかであり、同社が加入者基盤を離れても生き残りが計れる最終的な戦略を考案する必然性があった。 |
(注7) | この項は主として、2006.11.1発表のTimeWarnerのニュースレリース、"TimeWarner Inc Reports third quarter 2006 Results" によった。 |