2006年11月13日のDTトップの交代は、欧州、米国のメディアで大きなニュースとして取り上げられた。特に、ドイツ、英国の代表的な経済新聞、FAZ(フランクフルター・ツァイツンク)とFT(ファイナンシャル・タイムス)は、11月14日、大々的にこの出来事の背景、原因、Ricke氏の後を受けてDTのCEOとなったObermann氏のプロファイル紹介等について、大きな紙面を割いている。
本文では上記資料をベースにして、Ricke会長辞任の経緯、背景、新会長Obermannの課題を紹介する。この交代劇は、DTが2006年第3四半期の20%を超える利益減を発表した後に生じたものである。なお、これまでDRIテレコムウォッチャーは、ほぼ毎四半期の決算ごとにDTの財務分析を行ってきたが、今回は2006年第3四半期と前年同期との対比を示した4つの表を本文末に、「参考」として添付するに留めた。
Ricke会長辞任の経緯
2006年11月9日、DTは、2006年次第3四半期の決算を発表した。
収入は、前年同期に比し2.8%上がったものの、利益は20.4%下がったという芳しからぬ業績であった。
DTのRicke会長は、すでに2006年8月上旬の決算発表時に、同社が固定電話部門の業績悪化に伴い非常事態に陥っていることを宣言し、2007年末までは業績の好転は見込めない旨を宣言するとともに、自らも含め3人の役員が横断的にDT業務の運営責任を分担することにより、この危機を乗り切る決意を表明していた。Ricke会長は、2006年第3四半期の業績範囲も予想の範囲内であって、2006年6月から9月までの3ヶ月間で、懸案であったT-Online(これまで株式上場子会社であった)をDT本体に吸収したことにより、パッケージサービス(通話+インターネット)の利用加入者数が増大している点等を指摘して、DTの経営改善措置が着々進んでいるとも強調した(注1)。Ricke会長はこのように、2007年6月の任期までの続投を強く望んでいたのであるが、11月12日にDTの監督委員会委員長のZumwinkel氏から解任を通告され、翌日の11月13日に辞任した。後任には、T-MobileのCEO、Obermann氏が指名された。
ちなみに、民営化後初代のDTのCEO、Sommer氏も莫大な赤字を出した責任を取って、2002年12月、任期を後一年残して退場を余儀なくされた。DTトップは、2代続いて同じ運命を辿ったことになる。これは、ITネットワークへの移行、競争の激化のなかにあって、巨大企業DTの運営がいかに困難なものであるかを示すものである。
市場、政府、投資家から見放されたRicke氏のビジネスモデル
2006年11月14日のFT紙は、生々しくRicke氏解任劇の裏幕を伝えている(注3)。この記事によると、同氏の引き下ろしは、ドイツ政府(具体的にはドイツ財務省)と2006年4月にDT株式を4.5%取得したばかりの米国の投資会社、Blackdtone Groupが話し合いを続け、今回、2006年第3四半期決算の後に結論を出したという(注2)。つまり、Ricke氏は当然、2007年7月の任期満了までの続投を信じ込んでいたところ、任命権者の側では、半年以上も前から同氏の解任を考慮に入れて、後任者についても検討を重ねてきたことになる。
ドイツ財務省、Blackstoneの側は、Ricke氏の正攻法と言えばあまりにも正攻法過ぎるビジネスモデル(その主軸は、コスト削減に全力投球するが、競争業者に対しては大胆な戦略を打つことなく、競争業者の料金値下げに追随するというもの)が気に入らなかった。そもそも、Ricke氏が8月に提出した業務改善計画に不満であり、さらに2006年第3四半期のDTの大幅利益低落が同氏にとって致命傷になった。
ドイツ財務省も、ドイツ有数の株主を有する株式が2005年以降、低落を続けており、株主の不興を買っていることは放置できないことであるとの見方をしたであろう。
さらに、2006年の4月にDTの大株主となったBlackstoneは財務省に対し、Ricke氏流の主としてコスト節減により固定部門の業績悪化を食い止めるという戦略は、微温的過ぎて株価上昇につながらないとしてRicke氏の解任を強く要請したという。
しかも、株価は本年に6%ほど上がりはしたものの、2005年には27%下がり、ドイツ大手会社のなかで最悪の数字を示した。
このようにRicke氏は、市場、財務省、大口株主のいずれからも見放されて、退陣の挨拶を述べることすらなく、淋しくDTを去った。
難しい課題を背負ったObermann氏の今後のDT事業運営
新たに、DTのCEO兼会長に就任したRene Obermann氏は、1963年生まれの43才、1984年から86年の間、自動車会社BMWに勤めて後、ミュンスター市を営業エリアとする地域電話会社ABC Telekomを設立。その後、同社を売却してDTに入社、DTMobileで最初から頭角を現し、前DTのCEO、Ricke氏の信頼を得て、2002年にDT MobileのCEOとなった。特に、DT Mobile USの急成長に功績があったとされる。大学は中退であり、典型的なベンチャービジネス経営の才を身に付けた人なのであろう。そういえばDTは、民営化以降、Sommer、Ricke、Obermann氏ともに、他社の経営に参画してからDTに移ったベンチャータイプの人々がCEOに就任するという例が続いている点は、注目に値する。
ところで、Obermann氏が早急に対応を迫られている施策は、次の3点に要約されよう(注4)。
- 徹底したコスト削減(特に、DT従業員の削減)
- 加入者へのサービスの改善
- T-System(大口加入者に対するサービス提供)の売却
上記の点は、最後のT-Systemの売却を除き、Ricke前DT会長も2006年8月に発表したDTの新戦略のなかに織り込んでいたところである。ただし、同氏のアクションはいささか鈍かった。特に、本文末尾の「参考」の表に示したとおり、DTは2008年末にまでに32,000名の従業員削減を約束したのであるが、これまでのところDTの従業員数は3000名しか減少していない。強力な組合を有していることが影響しているのであるが、この点が競争事業者に対してのDTの最大の弱点であるとも考えられる。
バイクの運転、マラソンが趣味でありスピード経営の人だと評されているObermann氏は、早速よりスピード感があるダイナミックなスタイルで、DTの革新を推進して行くであろう(注5)。
同氏は、すでに競争に対処するために、一層の料金値下げの必要性を強調している。また、T-System(大口部門)の一部売却も部内で検討しているとのことである(注6、注7)。また、一部経営者の刷新も近日中に行われるものと見られている。
ただ、DTの業績回復は、経営のありかたの抜本的な改革を伴うものであるだけに、
Obermann氏はきわめて困難な職務を引き受けたというべきであろう。
参考 - 激しい利益減に見舞われているDTの財務
表1から表4までの4つの表に、DTの2006年次第3四半期および第3四半期末までの累積の収入と営業利益および2006年9月末のDTの主要サービスの加入者数値を示した(注8)。
これらの表をご覧になれば、DTの収入、利益が主要部門である携帯、ブロードバンド/固定、大口加入者の諸部門で、2006年に入り大きく落ち込みを続けており、その傾向が持続していることが、数値によって裏書されていることが判る。DTは、2006年第2四半期の決算数値を発表していない(2006年上半期としてのみ発表)が、各表の増減率によって、容易に第3四半期と第2四半期の部門別増減を比較することができる。
例えば、これまでDTは海外投資により、収入、利益を伸ばしており、これが大きな強みであったのであるが、2006年次になって、また、特に第3四半期に、この国外収入・利益が大きく落ち込んでいる。
4つの表から汲み取れる点はその他もいろいろあるが、後は読者の皆様の読み取りにお任せする。
表1 2006年の第3四半期および2006年の第1、2、3四半期累計のDTの収入利益等
(単位:億ユーロ)
項目 | 2006年第3四半期 | 2006年第1、2、3四半期の累計 |
純収入 内訳 国内収入 国外収入 平均従業員数(万) | 154.8(+2.8%) 83.9(-0.1%) 70.9(+6.5) 25.0(+2.9) | 454.5(+3.1%) 254.3(-2.7%) 207.2(+11.0%) 24.3 |
1. | 括弧内の%は、前年同期比増減率である。 |
2. | 決算報告では100万ユーロ単位で掲示されているが、4捨5入により億ユーロ単位とした。平均従業員数も実数が掲載されていたが、これまた4捨5入により万人単位とした。 表2から表4についても同様である。 |
表2 2006年第3四半期におけるDTの主要部門別収入、利益等
項目 | 携帯 | ブロードバンド/固定 | 大口加入者 |
純収入 *国内 *国外 営業収入 平均従業員数 | 79.7(+7.7%) 19.7(-1.5%) 60.0(+10.0%) 13.9(-9.7%) 5.4万(+10.1%) | 61.9(-4.2%) 54.9(-4.7%) 7.0(-0.6%) 11.3(-19.2%) 10.9万(-3.3%) | 22.2(+1.9) 22.2(+1.9%) − 2.0(-86.4%) 1.0万(+10.2%) |
* | DTは、2006年次第2四半期の携帯部門の国内、国外の純収入を発表していないので増減率は、推計値である。 |
表3 2006年第1、2、3四半期累計のDTの収入・利益(単位:億ユーロ)
項目 | 携帯 | ブロードバンド/固定 | 大口加入者 |
純収入 *国内 *国外 営業収入 平均従業員数 | 236.0(+9.3%) *62.0 *174.0 35.3(-5.4%) 5.2万 | 185.0(-5.1%) 164.0(-5.9%) 21.0(+1.6%) 42.1(-14.0%) 11.9万 | 92.8(-2.0%) 92.8(-2.0%) − 5.7(-71.3%) 5.1万 |
表4 2006/2005年9月末におけるDT主要部門別加入者数(単位:万)
項目 | 2006年9月末 | 2005年9月末 | 増減率(%) |
固定通信回線数(内線数を含む) DSLブロードバンド回線数 国内DSL回線数 国外DSL回線数 ナローバンド回線数 | 5234.5 1,058.7 940.2 118.5 3,949.8 | 3348.2 775.4 725.7 49.7 4167.5 | -5.7 +36.5 +29.6 +38.4 -5.2 |
(注1) | 2006年10月1日付けDRIテレコムウォッチャー「DTのRicke会長、業績悪化に歯止めを掛けるため陣頭指揮へ」。 |
(注2) | 2006.11.14付けFinancial Times, "How Ricke found himself out of the loop." |
(注3) | Blackstone Groupは、Peter G Peterson(ニクソン政権時代に商務長官を務め、現在80歳を超えた現在もなお米国政府の委員会委員長職とも兼任している著名人)とStephen A Schwarzman(企業金融の専門家)が共同パートナーの投資ファンド。欧州、米国の100を越える企業に出資をしており、多大の利益を上げている。 |
(注4) | これら3点は、Blackstone Groupが強く要求し、これをドイツ財務省、DT経営委員会も認めたとFTは報じている。2006.11.14付けFT、"New Chief installed at Deutsche Telekom." |
(注5) | 2006.11.14付けFT、"Change of style,not strategy." |
(注6) | 2006.11.13付けFT、"Boss enjoys the fast lane." |
(注7) | 2006.11.14付けForbs、"Deutshe Telekom's Obermann mulls further price cut."および、2006.11.16付けTimes online, "Deutsche Telekom to offload T-Systems." |
(注8) | 3つの表は、すべてDTが発表した2006年次第3四半期の決算資料、"Deutsche Telekom's business stabilizes within Germany and grows internationally." によった。ただ、DT資料では、携帯部門の国内、国外の内訳が示されていないので、この数字をFTZに掲載された資料により補った。2006.11.10付けのFTZ、"Stuhlerucken in der Telekom noch nicht zu Ende." |