FCCは、ここ数年来、RHC相互あるいは、RHC系の携帯電話会社と他の携帯電話会社の合併を認める政策を推し進めてきた。合併について、もっとも積極的な企業は旧SBCであって、同社は2005年秋にFCCから待望のAT&T合併を認められた。同社は、被合併会社であるAT&Tのブランド名を新会社名に冠するという思い切った決断を行い、現在、AT&T Incとして、さらに他社併合による事業拡大を目指している。2006年3月には、FCCに業界第3位のRHCであるBellSouthの合併を申請した。FCCのMartin委員長もかねてから、なんらの条件も付することなく、この統合を認める意図を明らかにしており、この合併は、反対が多いのにもかかわらず、早晩、FCCの承認が得られるものと見られていた。
Martin委員長は、2006年10月13日のFCC委員会でこの案件についての票決を行うことを定めていたが、票決予定の当日、2名の民主党委員(Copps、Adelstein)は、この票決の延期を求める強硬な書簡をMartin氏に送った。同氏は、この書簡を受けるとすぐさま、票決を3週間後の11月3日まで延期する決意をした。
民主党の両委員がこのような強気の行動に出たこと、しかも、Martin委員長が両委員の提案を受け入れざるを得なかった背景としては、新任の共和党FCC委員、MacDonell氏(2006年6月FCC委員に就任)の意外な行動がある。同氏は、FCC委員就任前にComptel(IT関係会社の利害を代弁する業界団体)のロビイストであったことを理由に、このAT&TとBellSouthの合併案件への投票を忌避した。さらに10月12日、FCCの採決予定の前日に、司法省がいちはやく、なんらの条件を付すことなく両社合併を認めた事態が両委員を著しく刺激した点も無視できない。司法省の承認は、明かにFCCのこの問題早期解決を強力にバックアップする行為であり、司法省、FCCが事前に共謀していたと見られても止むを得ない。時あたかも、与党共和党の不利が伝えられている中間選挙戦たけなわの時期である。選挙前に、司法省、FCCの両規制機関が、これ以上、利害関係者の意見を聞くことなく、この電気通信業界における最大案件を解決しておこうと考えたとしても、決して不思議はない。
Martin委員長は、2005年11月、FCC委員から委員長に就任して以来、FCC委員欠員のまま、同氏を含め共和党委員は2名、民主党委員2名の計4名のFCC委員の構成でFCCを運営してきた。FCC委員会の裁定は、利害対立の激しい重要規制案件の場合、通常5名の委員(委員長に属する党の委員が3名、反対党に属する委員が2名)で3対2の多数決により、裁定が行われるのが通常である。Martin委員長は、民主党委員両名の意見を多少とも採決のなかに反映させながら、核心部分は自分の裁量通り決定するという、いわば名人芸により、これまで巧みに幾件もの重要案件を処理してきたのである。
今回、共和党FCC委員3名、民主党委員2名のFCC委員のフルメンバーが揃い、Martin委員長が所期する規制政策を民主党委員の思惑を考えないでも、思う存分に実施に移せると見られていた矢先に、この出来事である。最も頼りとする新任共和党委員のMacDonell氏から意外な投票忌避行動に出られたことは、Martin氏にとり大変なショックであったに違いない。
10月13日のFCC裁定延期以降、AT&Tは早々にBellSouth統合に伴う条件を提示し、利害関係者はこのAT&Tが提案した条件に対する意見を提出、その後FCC委員相互間の議論、調整が続いている。
ここで注目すべきなのは、Net Neutralityについて、提示した条件を飲むよう要求している強硬派は、FCC民主党の2委員および It's Our Net Coalition(Gougle、Yahoo!、E-Bay他、インターネットを従来どおり安価に利用し、特にAT&T、Verison等が主張するインターネットユーザを層別してハイビットのユーザには付加料金を課するとの考え方に反対する団体を総結集した連合組織)であることである。その主張は、FCCが、ユーザの利用に当り、差別されることがないとの条項を規則として定めるべしということであって、これは、本文で詳細に解説するとおり、事実上廃案になった米国上院における電気通信法案制定の過程で一部議員が法案への挿入を提案した条件と同じである(注1)。
つまり、AT&T とBellSouthの合併問題で争われているのは、議会で電気通信改革法案審議の際に討議されたのと同じく、Net Neutrality問題に他ならない。さらに言えば、FCCによるAT&TとBellSouthの合併審議という場を借りて、旧来の電気通信事業者(AT&T、Verizonを代表とする)と新興のIT企業グループ(Gougle、Yahoo!、E-Bay等を代表とする)が自らに有利な規制環境を求めて激突している。議会の場では、共和党議員を主とするNet Neutrality反対議員と民主党議員を主とするNet Neutrality賛成議員が、またFCCの場では、Net Neutralityに反対するMartin、Teteの両共和党委員と賛成派の民主党Copps、Adelstein の両議員とが、それぞれ電気通信事業者、新興のIT企業の利害を代弁して抗争したし、現に抗争しているという図式なのである(注2)。
本論では、FCC両委員の表決延期提案、AT&Tの提案、AT&T提案に対するConsumer Union、It's Our Net Coalitionの見解を紹介する。
FCC民主党委員両名、FCC委員長に強くAT&T、BellSouth統合案件についての関係者意見を求めての公開審理を迫る
FCCのCoppsおよびAdelstein両委員は、2006年10月13日、FCCのMartin委員長に対し、諸般の情勢からしてAT&TとBellSouthの合併案件を本日、FCC委員の投票に付することは得策ではなく、投票日を繰り延べ利害関係者からの意見を聴取した上で裁定を下すべきであるとの書簡を送った。その要旨は、次の通りである(「案件の重要性」および「効率の良い迅速な審理の必要性」のタイトルは筆者が付したものである)。
なお、この書簡において、両委員は速やかにこの案件を処理すべきである点を強調してはいるものの、審理終結の期限をなんら明示していない点は、注目に値する(注3)。
案件の重要性
- AT&TとBellSouthの統合は、最大級の有線・無線・ブロードバンド会社を作り出すものであって、米国史上最大級の合併である。
- 幾万もの利害関係者 - 国会議員、各州のスタフ、ルーラル地域の利害関係者、消費者団体、AT&TとBellSouthの競争業者、多くの市民を含む - がFCCに対し、この案件においての完全な審査を求めている。
- さらに、FCCの本件審査は、電気通信業界における迅速な集中化の進行、市場集中の高度化の背景の下で行われるものである。
効率の良い迅速な審理の必要性
- われわれFCC委員2名は、今回のM&A提案が提起する懸念について、すでにFCCにおいて討議を重ねており、この懸念を和らげる方策を探ってきたところである。この案件について、本日まで進展はあったと信じるものであり、この討議に参加された貴下(Martin委員長)の努力に謝意を表する。
- これまでの48時間にも、この案件についての新提案は幾つも出されている。これら提案は、複雑な問題、技術問題を含み、われわれの検討を必要とするものである。
- このため、われわれは、公衆から意見を求めるのが、上記の問題を真剣に検討するのに、適切であると信じる。
- われわれは、本M&Aの申請者(AT&T)から最善の提案を求め、それについての公衆の意見を早急に徴するよう、FCCにも求める。
- 上記の方策は、司法省が実質的な審議をほとんど行わず、しかもわれわれが投票を予定した前日にこの案件を承認したという事実により、ますます重要になる。
- 公衆意見の処理は、迅速に処理し得る可能性があるものであって、ことさら遅らせる必要はないだろう。最近の他のM&A案件の処理よりは早く処理できることも可能である。
AT&T、早々にSBC統合に伴う新提案を発表
AT&Tは、FCCの要請に基づき、早々に同社がBellSouth統合に当っての条件を提示した(注4)。この条件はかなり詳細なものであり、ここでその全体を紹介するのは省略するが、その主要な幾つかを示せば、次表(原文の文章を筆者が表にまとめた)のようなものである。
なお、書簡では、(1)AT&TとBellSouthの合併が消費者の利益を増大することは明らかなこと(2)すでに、18の州公益事業委員会と外国3国が承認していること(3)AT&T/BellSouthとしては、なんら特段の条件を付して合併を認めてもらう必要はない旨を強調した上で、特に、FCCからの強い要請があったためと、両社がともに迅速な合併承認を求めるがゆえに、条件提示を行うのに付いては、やぶさかではないと述べられており、さらに、下表の条件は合併契約を結んでから30ヶ月の期限付きである旨を明示している。
表 AT&TがFCCに提案した主要BellSouth合併条件
項目 | 概要 |
ブロードバンドサービスの拡大 | 2007年3月31日までに、AT&T/BellSouthの営業エリア内で200Kビット超のインターネット・アクセスを提供可能にする。 |
ADSLモデムの無料提供 | 2007年中に、AT&T/Bell Southの有線営業エリア内利用者に対し、ADSLモデムを無料提供する。 |
電話サービスを伴わない ADSLサービスの提供 | AT&T/BellSouthは、合併契約締結後12ヶ月以内に、BellSouthのエリアにおいて、電話サービスを伴わないADSLサービスを提供できるようにする。 |
低速ADSL料金の引き下げ | 768Kビット未満の新規ADSL料金を月額10ドルで提供する。 |
UNE、コロケーション料金の据置き | AT&T/BellSouth傘下の市内電話料金会社は、両社合併締結時点で州政府が定めたUNE、コロケーション料金を据え置く。ただしこれは、業者間協定によるUNE、コロケーション料金に影響をおよぼさない。 |
専用線料金の凍結 | AT&T/BellSouthは、既存加入者に対する専用線サービス、DS1、DS2の料金を凍結する。 |
専用アクセスサービスの提供 | AT&T/BellSouthは、自社傘下の市内電話会社に対し、他社と異なった専用アクセスサービスを提供しない。 |
専用アクセスサービス料金の凍結 | AT&T/Bellsouthは、契約料金も含め、現在AT&T/BellSouth営業エリア内で提供している専用アクセスサービス料金を凍結する。 |
Net Neutrality | 合併契約締結後、30ヶ月の期間、AT&T/Bellsouthは、2005年9月23日にFCCが發出した政策宣言に則って行動する。 |
AT&T、BellSouthの提示条件に対する批判
- It's Our Net Coalition、FCCに対し、Net Neutrality政策宣言の拡充、規則化を要求
AT&T/BellSouthの提示条件は、両社が自画自賛しているのにもかかわらず、消費者団体、It's Our Net Coalitionは、この条件はまだまだAT&T、BellSouthの合併を認めるには程遠いとしており、冷やかな態度を取っている。
例えば、大手消費者団体、Consumer Unionの副社長、Kimmelmann氏は、提案を評して、“見掛けは立派だが、競争を維持しようというより、自社のマーケティング施策を列挙したみたいだ”と皮肉っている。
また氏は、専用線料金については、凍結でなく引き下げて欲しい、いわゆる“裸のDSL” (電話サービスの提供を伴わない)については、競争料金で提供して欲しい、Net Neutralityについては、インターネット利用で利用者を差別することがないよう保証を強化して欲しい、の3点の修正を特に強調している(注5)。
Net Neutralityの原則の法定化を求めて強力なロビーング活動を展開しており、2006年9月には、米国上院において米国通信改革法案(権利章典という名称でNet Neutralityについて記述を行ったが、その内容はFCCの政策宣言の枠をでなかった)を事実上、廃案に追い込んだ実績を持つIt's Our Net Coalition は、2006年10月23日、FCCにAT&T BellSouthに対する長文の意見書(8ページ)を提出した(注6)。
この意見書は、AT&TとBellSouthの合併により、ブロードバンドの提供分野において電話会社とケーブルテレビ会社の寡占化がますます進み、このためインターネットのコンテンツとラストマイル(ユーザへのアクセス部分)へのゲートキーパー機能を排除する必要性がますます高まっている事態を強調する。
意見書は結論として、FCCに対し、FCCが2006年9月に定めたNet Neutralityについての政策宣言(4項目からなる)にさらに次の1項目を付加し、インターネット利用者に対する平等の取り扱いを保証するとともに、政策宣言を強制力のあるもの、ユーザに不満がある場合、訴訟ができるようにすること(筆者注:つまり規則化)を要求している(注7)。
“エンドユーザーは、ブロードバンド・インターネットの提供業者から、インターネットにより運ばれるトラヒックの伝送、取り扱いについて、その提供元、提供先あるいは所有者に基づいて差別されることのないサービスの提供を受ける権利を有する”(注8)。
具体的には、この条項は、Net Coalitionは、AT&T、Verizon、BellSouthの3社が実施を公言している2層料金(高ビットのインターネット利用者と低ビットのインターネット利用者を層別化し、前者から別途のアクセス料金を徴収する)実施を断念させる意図を持つものであることはいうまでもない。
意見書は、この文言が2006年夏、上院における電気通信改革法案に対する修正として、Snowe(共和党)、Dorgan(民主党)両委員から提案されたものと同一である点を強調している。
【補追 (2006年11月6日)】
11月2日、FCCは翌日(11月3日)に予定されているFCC委員会の議題から、AT&T
とBellSouthの合併案件を削除する旨の告示を発出した。この告示により、両社合併に関するFCC委員の投票は、またまた延期されたことになる。次期投票の期日は定められていないが、FCCのMartin委員長は、中間選挙後の適当な機会に、この案件についての対処策を講じるものとみられる。
11月3日、4日付けの米国の一部ジャーナリズムの報道によれば、予想したとおり、FCCでは、民主党、共和党のそれぞれ2名の委員が対立したままで、議論は進展しなかったと言う。対立点はNet Neutralityに留まらず、AT&Tが提出したその他の条件についても生じ、AT&Tも当初提案を押し通して欲しいとMartin委員長に強く迫った模様である。
この案件の進展模様については、DRIにおいて、再度(12月1日号あるいは12月15日号で)取り上げることとする。
(注1) | 筆者は、2006年10月15付けDRIテレコムウォッチャーに「望み薄となった米国通信改革法の成立」とのタイトルを付けた。しかし、最近の米国のジャーナリズムでは、米国通信改革法は実質廃案になったことを前提とした論議が行われている。それどころか、11月7日に予定されている中間選挙で、民主党が少なくとも下院においてマジョリティーを握ることを予想して、すでに民主党は、下院通信小委員会の委員長を握る議論すら行なっているという。 |
(注2) | FCCが11月3日にどのような判断をくだすか、安易に推測すべきではないが、民主党のCopps、Adelstein両氏がキャスティングボートを握っており、両氏ともに、確信的なNet Neutrality推進者(そもそも、FCCのNet Neutralityについての政策提案は、両氏の提言によって挿入されたものであって、FCC委員長Martin氏はブロードバンドの非規制化を実現する妥協として不承不承これを認めたとの経緯がある)である点からして、Martin委員長はきわめて苦しい立場にある模様である。 |
(注3) | 2006年10月13日付けのCopps、Adelstein両FCC委員からFCC委員長に宛てた書簡、タイトルなし。 |
(注4) | 2006年10月16日付けのFCCの公告(Public Notice)。この文書には、FCC有線競争局々長、Thomas W.Navin氏からの(1)AT&T、BellSouthによる両社合併についての再提出提案が出されたこと(2)この提案について、利害関係者は10月24日までに意見を提出してほしいとの要請および10月13日付けのAT&T/Bellsouthの提出意見が添付されている。 |
(注5) | 2006.10.21付けhttp:www/mercurynewa.com, "Consumer group say AT&T concessions not enough to allow BellSouth buyout." |
(注6) | 2005.10.24付けhttp://www.itsournet.org/, "In the Matter of AT&T Inc and BellSouth Corporations for Approvals of Transfer of Control, Comment of It's Our Net Coalition." |
(注7) | FCCが策定したNet Neutralityの政策宣言については、2006年5月1付けDRIテレコムウォッチャー「FCCが仕切る米国のネット・ニュートラリティー政策」に紹介したので参照されたい。 |
(注8) | 多少の意訳を試みた箇所もあるので、次に原文を掲載しておく。
"End users are entitled to services from each broadband Internet access provider that shall not discriminate in their carriage, and treatment of internet traffic based on the source, destination or ownership of such traffic." |