DRI テレコムウォッチャー


望み薄となった米国電気通信改革法案の成立

2006年10月15日号

 2006年春以来、米国では、1996年電気通信法制定以来最大の電気通信分野での立法作業が進行している。この立法作業の一番大きな内容は、ケーブルテレビ会社の競争業者(特にVerizon、AT&T)に対し、ビデオサービスの免許付与を州段階で一括、簡易な手続きで認めるようにするというものである。法案のスポンサーは、ビデオ分野への進出を推進しているVerizon、AT&Tの両RHCであって、巨額の資金を投じたロビーング活動を推進している。ケーブルテレビ会社は、これまで比較的競争の少ない市場で事業展開を認められており、恵まれた企業環境にあったため、ほぼ毎年料金値上げを続けてきた。しかも、サービスも必ずしも良好だとの評価を得ていない。従って、Verizon、AT&T等の市場参入の試みはユーザからの支持も高く、当初は強力に反対していたケーブル業界も条件闘争に切り替えるという状況に追い込まれていた。なお、上院、下院で準備された法案は、携帯電話、ユニバーサルサービス、ポルノビデオ規制強化等幾つもの項目に対する規制も含んでおり、1996年電気通信法に同法制定以来の規制環境の変化に相応した所定の改定を施す包括法案の体裁を備えた内容となっている(注1)。
 2006年7月下院において、COPE法案は圧倒的多数で可決され、改革法案のスタートは快調であった。民主党の一部議員は、強くNet Neutralityの原則を条文化するよう主張したが、下院の審議段階ではこの主張は多数の反対意見により押し切られた(注2)。
 ところが、上院では事態が一変した。商務・科学・運輸小委員会でATOR法案が可決されたものの、Net Neutralityの条文を明記するべきだとの小委員会委員2名の動議が賛成、反対同数(11対11)でようやく否決されるという綱渡り状況の後ギリギリの可決であり、以降の審議の難航を予想させるものとなった。Net Neutrality条項を挿入せよとのIT企業、消費者団体を主体とする運動が活発化し、民主党議員の大半はもとより一部の共和党議員もこの意見に同調しつつあったために生じた現象である(注3)。
 上院小委員会のStevens委員長は、9月末までと会期が限定されているタイトなスケジュールのもとで、フィルバスタ(故意の投票遅延行動)を避けて、一挙に法案を本会議において可決に持ち込むためには、60の賛成票(上院議員は100名)を獲得しなければならないという事態に追い込まれた。
 8月から9月に掛けて、Stevens氏は、「権利章典」という形でNet Neutralityの趣旨を法案に折り込む修正を施し、個々の議員に賛成投票を勧誘するとの戦術を取り、賛成票を増やす努力をしたが、9月末の休会までに所定の得票を得ることができないことを認めざるを得なくなった。意地っ張りの同氏は、11月7日中間選挙後の議会でも、引き続き法案可決に向けての努力を行うとの姿勢を崩さないまま、国会は休会に入った。しかし、休会後の法案成立を信じる者は、当のStevens氏はともかくとして、ほとんどいない模様である。

 半年以上の期間と大変な労力、資金(法案賛成派、反対派双方が支出したロビーング活動の経費は莫大なものだと報道されている)を費やした挙句、休会前に電気通信法改定ができなかった事実の重みはきわめて大きい。このインパクトについては別途論じることとして、本論では法案が国会休会前に不成立で終わった理由、これにより利害関係者の中で、勝者、弱者になったのはどの組織であるかについて解説する(注4)。
 なお、本稿作成に当っては多くのネット資料を利用したが、その数が多いため引用を省略させて頂いた。文中、判断、予測に関する部分は、ほぼ筆者の思考作用によるものであり、資料は事実の記述に使った部分がほとんどであったためである。換言すれば、本来なら第109会期終了を待って発表する内容を時期尚早の現時点で発表してしまったことをお断りしておく。今回の論説は、それほどまで速報に値する価値があると判断したからに他ならない。

上院本会議への法案提出が断念されたまでの経緯

第一段階 - 下院におけるCOPE法案可決まで(2006年6月初旬)
 米国下院は2006年6月8日、共和党議員Burton氏が提案したCOPE法案(Communications Opportunity, Promotion and Enhancement Act of 2006)を321対101の圧倒的多数決で可決した。これは、それ以前の同年4月には、下院の電気通信・インターネット小委員会(Subcommittee on Telecommunications and Internet)において、Net Neutrality原則の法定化を求める法案制定の提案が23対8で否決された後の表決であった。従って、法案推進派からは下院におけるこのような状況からすれば、上院でも同種法案が可決され、2006年9月末の休会前に待望の電気通信改革法が成立するとの期待が高まった。

第二段階 - 上院商務・科学・運輸委員会(Senate Commerce, Science and Transportation Committee)におけるATOR(Consumers' Choice and Broadband Deployment Act)の可決、Net Neutrality条項挿入を要求する提案否決まで(2006年7月末)
 米国上院商務・科学・運輸委員会は、委員長Ted Stevens氏の提案になるATOR(Consumer's Choice and Broadband Deployment Act)を2006年7月28日、15対7で可決した。しかし、一部民主党議員が提出したNet Neutrality条項を同法案に織り込むべきであるとの提案が、反対11に対し賛成11と同数の投票数を得て、ようやく否決されたことはハプニングであった。
 Net Neutrality推進論者である民主党Wyden議員は、休会前までの審議日数が少ないという法案推進派の弱点を突き、上院本会議において明確なNet Neutrality条項が挿入されない場合には、フィルバスタリングに訴えて、法案成立を阻止する旨の宣言を行った。
 こうして、2006年8月に始まる休会前、Steven氏は、同氏提出の法案について60票(フィルバスターを受けないで投票に持ち込める最低議席数)を集めるという超人的な努力を強いられることとなった。

第三段階 - Stevens委員長、中間選挙前の法案成立を断念
 Stevens委員長は、8月初頭からの上院の夏休み休会期間から9月末の上院休会に至るまでの期間に、法案にNet Neutralityの趣旨を織り込んだ「権利章典」を追加することにより、精力的に反対議員に賛成票を投じるよう説得に努めた。ただし、権利章典の中身は、分量こそ多いが抽象的な表現にとどまり、なんらFCCの規制を制約する内容が盛り込まれていなかった。もちろん、Net Neutrality推進派が強く要望する二層料金を実施に移せる項目など折り込まれてはいない。この間、Net Neutrality推進派も大同団結して、同様に個々に法案に反対票を投じるよう議員説得を行った。おおむね、法案への賛否は、共和党議員賛成、民主党議員反対の党派的な色彩を帯びたものの、一定数の共和党議員も法案に反対している模様である。
 Stevens委員長は、休会までの60票獲得ができなかったことを明らかにしたが、なおも中間選挙後に法案を成立させていると強気の姿勢を崩していない(注5)。

電気通信改革法案審議はどうして上院で頓挫したか

 第1に電気通信改革法の一大スポンサーであったVerizon、AT&T両社の大きな作戦誤りである。これらRHC2社(とりわけVerizon)は、同社の戦略に理解のあるMartins委員長を有するFCCと共和党優位の米国議会に働きかけて、同社の念願であるブロードバンド分野における覇権確立のための2つの施策 - FCCからお墨付きを得ているブロードバンド回線規制の撤廃の下における料金の二層化(より具体的にいえば、Google、Yahoo!等利益を多く上げているIT業者に対しては、高サービス提供の代償として高料金を課する)および、ビデオサービス提供の州単位一括付与の双方を同時に2006年内に実現しようと計画した。しかし料金の二層化は、インターネットと大なり小なり関係する広汎な利害関係者の反対運動により、上院段階では二層料金反対派が主張するNet Neutralityの原則を法案に織り込まざるを得なくなった。しかし、それでもNet Neutrality推進派は満足せず、このため法案は審議未了に終わってしまった。Verizon、AT&Tの両社が、二層料金の打ち出しを2007年の課題として留保し、ビデオ免許一括付与だけにしぼってロビーング活動を展開すれば、電気通信改革法案が今頃成立を見ていた可能性は十分あったと思われる。
 第2は、Net Neutralityを法案に明記せよと主張する利害関係者が大同団結をして、強力な電気通信法案反対を展開し、このキャンペーンが成功したことである。反対派はIT関連企業はもとより、教育機関、教育者(大学教授等)、消費者団体、マスメディア等広範な層を含み、これら団体、個人が "Save The Internet.Com Coalition" (加入者数783)に結集した。大手IT企業のGoogle、Yahoo!、Microsoft、E-Bay等はAT&T、Verizon2社と直接に対決する業者であるが、この団体への参加は避けている。この団体は、"Save The Internet" を合言葉にして、署名運動(100万以上の署名を獲得)、個々の議員への電気通信法案反対への働き掛け等の活動を活発に行った。この活動の成果は、特に2006年7月以降、上院議員の本法案に対する考え方に大きく影響し、結局、Stevens議員の60票獲得の目標を断念させたものである。
 第3は、中間選挙を間近に控え、選挙民の反響を心配して、電気通信法案への賛成(つまりNet Neutralityへの反対)を躊躇する議員がかなり出たことである。これには、地方新聞の多くが法案に反対する論陣を張ったことが影響する。マスメディアは、Net Neutrality条項による歯止めを掛けないとゆくゆくは、AT&T、Verizon等がインターネットのコンテンツを支配するようになる事態を恐れ、法案反対に回ったのである。

電気通信法案の流産における勝者、敗者

 上院のStevens委員長は中間選挙後の上院の会期(いわゆるレーム・ダック国会)でもさらに、60票の法案賛成票獲得に努力し、法案可決を実現したいと主張しているが、法案が109会期中(会期は2007年3月末まで)に成立を信じている者はほとんどいない模様である(注6)。従って、ここでは、包括電気通信改正が109会期内に可決さらなかったことを前提として法案の主要利害関係者3陣営について、勝者、敗者はどこであったかについての筆者の見解を述べ、本論を締めくくることとしたい。

表 電気通信法改革法案流産における勝者、敗者
利害関係者
ビデオ免許一括付与
Net Neutrality
Verizon、AT&T
×
IT連合(Google、Yahoo!、Microsoft を含む)
ケーブルテレビ会社
(○は勝利、△は一部勝利、▲は一部敗北、×は敗北、−は無関係を意味する)

 上表を解説すると次の通りとなる。

 当初、電気通信改革法案の最大の目標は、AT&T、Verizonが強く主張したビデオ免許の一括付与を法定化することであり、これに反対する両社とケーブルテレビ会社が激しく争った。しかし、AT&T、Verizonの財力とこれをサポートする世論の暗黙の支持が強く、ケーブル会社は、下院法案が成立したころには、反対をほぼあきらめていた。
 他方、電気通信法案にNet Neutrality条項を織り込むべきであるとの強力なIT連合のロビーング活動は日増しに強くなり、上院の法案ではこれに民主党議員のほとんどが同調、この結果、電気通信法案が廃案になるという事態が生じ、Net Neutralityについては、IT連合が所定の目的を達した。
 ただし、Net Neutralityは法律の制定がなくても、FCCがブロードバンドの自由化裁定を行っている以上、本来FCCが裁量できる問題である(今回のIT連合の主張も、FCCの裁量に歯止めを掛けるため二層料金の禁止を含めたNet Neutrality原則を定めてほしいということに尽きる)。筆者が法案流産の結果として、○、×の代わりに▲、△を使った理由はここにある。今後、Verizon、AT&Tは、二層料金の実施を計画することとなろうが、最近、特にVerizon、AT&T寄りの政策を進めてきているFCCのMartin委員長にしてみても、これだけのIT連動および多数の議員(大半は民主党議員であるが)の反対の後で、三層料金を承認する(Martin委員長はAT&T、Verizonが二層料金を導入することは一向に差し支えないといっているのだが)という決断をするかどうか、疑問である。また、IT連合にしたところで、今後もNet Neutrality原則の法定化の努力は怠らないだろう。仮に中間選挙で下院において民主党がマジョリティーを握れば、早速、民主党議員をしてNet Neutralityに関する単独法案を提出させるぐらいの試みは行うだろう。
 今回の電気通信法案制定をめぐる争いで漁夫の利を得たのは、ケーブルテレビ会社であった。Verizonのブロードバンドによるビデオ加入者獲得は、着々進んでいるのであるが、従来どおり個別の免許取得を続けていると設備が先行していても、サービス提供エリアを全国に広げるまでの期間がまだまだ掛かる。この期間を利用して、大手ケーブルテレビ会社は、トリプルプレイによる電話加入者の争奪を加速することができるだろう。

(注1)本文に示す通り、下院、上院でそれぞれ可決、検討された法案は次の2件である。
 下院法案:CPE(Communications Opportunity, Promotion and Enhancement Act of 2006
 上院法案:ATOR(Consumer's Choice and Broadband Deployment Act)
(注2)Net Neutralityの定義と意義については、2006年5月1日付けDRIテレコムウォッチャー「FCCが仕切るネット・ニュートラリティー法案」で解説したので、参照頂きたい。
ついでながら、この記事を執筆した当時、筆者はIT連合がその後、これだけ強硬なNet Neutrality擁護策を発動して、法案成立を危うくさせるまでの力を持つことは予想しなかったので、その点についての見通しは誤った。しかし、表題に記した命題「FCCがNet Neutralityを仕切る」という見通しは、今後、この案件についてどのような法案が成立しようとも変わらないと考える。そもそもこの論説に明記したように、Net Neutrality問題は2005年5月、FCCがブロードバンドを自由化したことに端を発するのであって、その後の管理をするのがFCCであるのは当然である。
(注3)IT連合のNet Neutrality擁護活動については、多くの資料があるが、例えば次の2点を参照されたい。
2006.8.1付けhttp://www.webpronews.com "Net Neutrality Wins More Senators"
2006.9.21付けhttp://www.consumeraffairs.com "Net Neutrality Opponents Steps Up PR Blitz"
(注4)法案不成立のインパクトについては、今後の事態の進展状況を見て、新たに論じる機会があると考えるが、思いついたままに項目の幾つかを列挙すれば、次の通りである。(1)AT&T、VerizonとMSO(大手ケーブル会社)との競争に及ぼす影響(2)緊密な連携を取って、電気通信・IT自由化を推進してきたFCCの通信政策に対する影響(中間選挙において、仮に民主党が下院、上院のいずれか、あるいは双方においてマジョリティーの議席を得た場合、FCCのMartin委員長はこれまでの徹底した自由化路線を変更しないで済むかどうか。そもそもブロードバンドの自由化は、国際的には(わが国も含め)実施している国は少数であり、米国でもIT推進派から、"国際的にブロードバンド普及率が低位に留まっている米国は、ブロードバンドの競争業者に対する開放を推進しなければ、なおさら劣位に立つ"との批判がなされている)(3)ロビーング活動に自信を付けたGoogle、Yahoo!、E-Bay等大手IT事業者(従来、ロビーング活動でははるかにAT&T、Verizonより優位に立っていたこれら事業者は、今回、マスメディア、消費者等の広汎なグループを連合に組織することにより、法案にNet Neutralityの条項を挿入させるという目的を達成できなかったにせよ、Net Neutralityの重要性の理解を大きく深めることができ、今後の要求継続を有利に展開できる基盤を作ることができた)
(注5)2006年9月末現在、Stevens氏はあと55票までは、数票に迫っていると称している。当事者の発言であるだけに、氏の発言を信じたいところであるが、上院の共和党議員、民主党議員の数はそれぞれ55対45であって、60票を集めるには共和党全員+民主党5票を要する。実のところ、党派にかかわらず、共和党員の反対票、民主党員の賛成者が幾人かいることは分かっている。この数が同数だと仮定しても(実は共和党賛成の数が多いようである)Stevensは55票しか獲得できないことになる。従って、中間選挙後もStevensが60票を獲得することは、まず不可能と考えられる。
(注6)ただ、筆者は今後、共和、民主両党の話し合いにより、包括法案ではなく、ビデオ免許の一括付与だけを目的とした法案が策定され、この法案が可決される可能性はあるものと考えている。

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