DT は2006年8月10日、2006年上半期の決算を発表した。DTグループ総体で、収入は前年同期に比し3.2%増、純利益は3.2%減という投資家にとってきわめて魅力のない成果であった。収入の内訳を見ていくとさらに、DTが置かれている財務の危機がクッキリと浮き彫りにされているのが分かる。DTの収入は、国内部分ではすべての部門で減収、この減収分を国外収入の増でカバーしている。しかも、国外で好調なのは携帯部門であって、特に米国の携帯電話部門、T-MobileUSAがDTの収入減を辛うじて支えているといった構図になっている(注1)。
DTのRicke会長は、上記の危機的な決算からの反省に立ち、同社が(1)国内部門は守りに徹してこれまでの収入確保に努めること(2)業務の拡張は国外部門で行うこと(3)投資、人件費カットも含め、今後コスト節減に努力すること(4)業績の回復は、2007年末までは見込めないこと(5)当面、配当は従来の水準を維持すること、などの今後の対策、将来の見通しを発表した。また同時に、近々、業績回線の具体策を発表する旨、約束した。
上記の約束通り、Ricke会長は2006年9月2日、3人の幹部(Ricke氏自身も含む)が部門間にまたがるDTの重要な経営課題(DTの広報活動、DTのネットワーク管理、国内市場の販売等)を分担して、同氏が陣頭指揮に当る意気込みを示した。同時に"Telekom2010"という同社の2010年までの7項目の達成目標も発表した。
"Telekom2010" は、その内容が具体的であり目標数値も示されている点、確かにDTとしては画期的なものである。しかし、最後の第7項目で示された「ドイツの企業のなかでの最高レベルの利益を確保する」という目標は、2010年までの期間がさほど長くないだけに、果たして実行できる達成目標か否か疑問を感じさせられる。DT は、今後、投資家筋に対し、年次別にどのようなステップでこの目標が達成できるか否かを追及されることとなろう。
すでに一部の報道では、DT は2006年11月にも、2010年までに50億ユーロに及ぶコスト削減計画を追加発表すると報じている。
いずれにせよ、DT、Ricke会長の捨て身と思われるほどの財務改革戦略の発表にもかかわらず、市場は冷めており、株価は低い水準のまま低迷している。2007年11月に任期満了を控えたRicke会長は、まさに正念場を迎えたというべきであろう(注2)。
本文では、2006年のDT上半期決算の骨子、決算と同時あるいはそれ以降に出されたDTの業績見通し・戦略を紹介する。
業績悪化が明確に現れたDTの2006年次上半期決算(注3)
表1に、DTの最新の決算に基づく、2006年次上半期の部門別収入状況(前年同期との比較を含む)を示す。
表1 2006年・2005年次上半期におけるDTの部門別収入(単位:億ユーロ)
項目 | 2006年次上半期 | 2005年次上半期 | 2006/2005(%) |
携帯通信(T-Mobile) | 計 155 国内 41 国外 114 | 計 139 国内 42 国外 97 | 計 +11.5 国内 -3.3 国外 +16.7 |
固定+ブロードバンド (T-Com) | 計 122.9 国内 109 国外 13.9 | 計 130.9 国内 117 国外 13.6 | 計 -5.9 国内 -6.1 国外 +2.7 |
大口加入者 (T-Systems) | 計 62 国内 52 国外 10 | 計 64 国内 55 国外 9 | 計 -3.2 国内 -5.2 国外 +13.7 |
* 総計 | 計 299 国内 163 国外 136 | 計 290 国内 170 国外 190 | 計 +3.1 国内 -4.0 国外 +13.6 |
* | 総計は、携帯通信、固定+ブロードバンド、大口のトータルではない。その他の部門を含み、さらに部門間の重複を差し引いた数値である。なお今回、DT は100万ユーロ単位の収入数値を発表していない。そのため、上表の総計では、DTの収入は299億ユーロであるが(DTのプリゼンテイション用グラフィックからの引用)、Ricke氏の説明では約300億ユーロであるといった食い違いも生じている。これは、DTの2006年上半期の決算がこれまでのものに比し、不十分なものであることによる。 |
表1から、次の2点が指摘できよう。
- DTの国内部門は、収入が3部門ともに減少している。国内部門で収入の根幹を占めているT-Comの減少は6.1%と特に著しい。これは、DTの固定通信部門の減収分(競争激化による加入者数の減少、料金の低下による)をブロードバンドの収入増でカバーできていないことを示す。
- DTの収入構造は2極化している。片やすべての部門が減収である国内部門と、片やすべての部門が増収である国外部門の対照が際立つ。今期の決算数値の面でも、DT は国外の事業活動に強く依存しているものと見られる。国外事業でも特に好調なのは、携帯事業(T-Mobile)の国外事業であり、さらにこれを追求していけば、総収入増の究極の源はT-MobileUSAに行き着く。同社の2006年第1四半期、第2四半期の収入増だけで、上半期DTの総収入の増分9億ユーロを軽く上回っている(注4)。
DT、業績保持のための具体的施策を発表(2006年8月20日)
このように、危機的な状況に陥った業績を少なくともこれ以上低下させないため、DTのRicke会長は新規サービスの開発、コストの持続的な削減、さらに次第に現行の複数ネットワークからIPネットワークへの移行を実現していくという戦略を発表した。これまでDT は、持続的に利益を増大させ、これに基づいた株主への配当も増やしていくとの楽観的な見通しを語っていた。従って、今回のDTの新戦略発表は、DTに取り大変な路線変更であると見て差し支えない。
表2に、DT新戦略の概要を示す(注5)。
表2 DTの新戦略
項目 | 概要 |
国内部門、国外部門 での力点の置き方 | 今後、国内部門は、当分の間、成長が期待できないので、コスト削減を主とした「守り」の姿勢を貫く。国外部門では従来どおり、成長にも力を入れる。 |
競争力強化 | DTの主要部門であるT-Mobile、T-Comの両部門で熾烈な競争に直面して業績が低下しているので、次の通り、利用者に魅力的な料金設定により、対処する。 1、T-Mobile 分当り0.1ユーロ、組み合わせサービスの場合、固定と同一料金を目指す。 2、T-Com シングルプレー、ダブルプレー、トリプルプレーのサービスごとに、ユーザーに 分かりやすい低廉な料金を設定する。 |
コストの削減 | 投資の削減、重点部門への投資:当初、100億ドルを予定していた2006年次の投資額を90億ドルに削減した。今後、投資は新サービスの開発、合理化のための投資に重点を置く。IPネットワークへの移行は、次期を早めるよう計画する。 全部門における徹底的なコスト削減政策:現に従業員数の削減(2008末までに32000人カットが目標)をも含め、コスト削減を実施しているが、この施策をより徹底する。 具体策は、2006年次第3四半期決算時に発表。 |
2006、2007年次の 業績目標の見直し | 収入目標:2006年次の収入目標を当初の621-627億ユーロから、615-621億ユーロに修正する。
また、2007年の収入増は、2006年対比、僅少なものとなろう。 EBITDA:2006年次のEBITDAの目標を、202-207億ユーロから、192-197億ユーロに修正。 なお、株主に約束している1株当り0.71ユーロの配当は変更しない。 将来、利益の指標として、EBITDAに代えフリーキャッシュフローを使う予定。 |
幹部への重点職務の指定と "Telekom2010" の発表(2006年9月2日)
DT は、2006年上半期決算を発表してから3週間後の2006年9月2日に、Ricke会長をも含む3人の幹部への重点職務の指定、および、"Telekom2010" (2010年までに遂行すべき経営目標)を発表した(表6)。その内容(ほぼ忠実な翻訳)を表3、表4に示す。
両表からは、諸種の推測が可能であるが、その特徴点として、(1)Ricke会長自身がみずから会長、CEOとの職責のほか、重点職務を引き受け、陣頭指揮に立ったこと(2)DT最大部門のT-ComのCEO、Raizner氏が重点職務を与えられなかったことの2点を指摘するに留める(注7)。
表3 3幹部への横断的重点職務の指定
幹部氏名 | 指定された重点職務 |
Kai-Uwe-Ricke (DTのCEO兼会長) | グローバル・ブランドの運営、広告経費、メディア計画、メディア調整 |
Latahl Pauly (T-SysiemsのCEO) | ネットワーク、IT、全世界での調達 |
Rene Obermann (T-MobileのCEO) | 国内市場における販売 |
表4 DTの "Telekom2010" 計画
項目 | 目標 |
1.ドイツ国内市場 | 現在の利益を持続的に確保することにより、長期的な将来の利益拡大の基盤を作る。魅力的なサービスパッケージと卓越した諸種のサービス提供により、市場シェアを防衛する。 |
2.欧州市場 | 2010年までに持続的に収入の市場シェアを増大させることをも目標とする。DT は、このための明確な戦力を有している。 |
3.米国市場 | DT は、収入の市場シェアを最大限に伸ばし、T-MobileUSAをT-Mobile部門の最大のビジネスユニットに育て上げる。 |
4.ビジネス加入者市場 | 欧州のビジネス加入者市場におけるすべての顧客分野で、トップ第3位の地位になることを目指す。 |
5.イノベーション | DT は、IPTV、モバイルインターネット、ICTサービス等通信・IT分野の主要事業分野へのR&D投資に集中する。 |
6.サービス | DT は、完了率(顧客が一回でサービス利用を達成できる比率)80%の達成を目標としている。2007年には、サービスを最優先順位に位置づける。このためDT は、統合顧客ベースを断固として保持していく。同時に、米国のスタフの経験から学ぶ等により、新生面を切り開く。 |
7.効率 | DT は、2010年までに欧州企業のなかで利益額で最強の企業になることを目標にする。このための手段は、IPをベースにしたインフラ、IPアーキテクチャー、売り上げの増進、マーケティングの効率化である。 |
(注1) | 実はこの結論は、すでにDTの2006年第一4半期の決算からも明らかになっていた。筆者は、2006年7月15日付けDRIテレコムウォッチャー「T-Onlineを吸収したDT、いよいよ"トリプルプレイ"の提供に乗り出す」でこの点を指摘している。DT は2006年第2四半期のみの決算を発表していないが、筆者が推計したところでは、20006年第1四半期と横ばいの数字であって、DTの業績が最近急激に悪化したわけではない。要はRicke会長が、2006年次上半期の決算を機会に、一大勇猛心を振るって、DT財務の問題点を公表して、抜本的なDT改革に乗り出したまでのことである。 |
(注2) | フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイツング紙は、業績悪化によりRicke会長の辞任を求める動きが一部にある旨を報道している。筆者は、"Telecommunications2010" の発表は、このような動きに対するRicke氏からの強烈な反応の意味も強いと解する。2006.9.4付けの同紙、"Teleom-Aufsichitrat billligt Umbauplene von Ricke." |
(注3) | 本項では、DT2006年次決算資料(2006年8月10日発表)のうち、プレスレリース2種類(1)グラフィックによるHI Press Conference/Deutsche Telekom)と(2)Ricke会長によるDT新戦略の表明(タイトルなし)を使用した。 |
(注4) | DT は、今回の決算で各国携帯電話事業子会社の収入を公表していない。ここでは別の資料から、DTの第2四半期だけの収入増が9億ユーロに及ぶことを確認した上で、結論を出した。 |
(注5) | Ricke氏が発表した戦略説明はかなり冗長なので、筆者の判断で4項目にまとめ、表にした。 |
(注6) | 2006.9.2付けDTのプレスレリース、"New management structure." |
(注7) | 注2で紹介したフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイツング紙の記事は、今回の重要担務指定は、明らかにRaizner氏の影響力を弱めるものだと指摘している。 |