2006年8月20日、カリフォルニア州の公益事業委員会は、従来のプライスキャップ方式(料金上限規制、注1)による市内通話料金規制を廃して、おおむね料金規制を撤廃する旨の裁定を5名の公益事業委員の満場一致で採択した。また同月末、同州議会は、個々の地方自治体がテレビ免許を付与してきた従来の方式を改め、州公益事業委員会に州全体の免許付与の権限を与える趣旨の法案を可決した。9月末までには、この法案は州知事のサインを得て、発効する見通しである。
米国最大の州であるカリフォルニア州が、電気通信・ビデオの規制に関する上記の改革に成功した意義は極めて大きい。
まず市内通話規制の撤廃であるが、この流れは、2005年春頃から、ほとんどすべての州公益事業委員会で議論され、また、一部州では実施に移されてきた。米国のどの州においても、市内通信分野においては、片や携帯電話からの競争を受け、また片や、VOIP事業者、ケーブルテレビ会社等が市場に参入し始めたため、旧来のキャップシステムによる規制が時代遅れになっていることは、規制撤廃を強く要望する通信事業者(その最たるものはAT&T、Verizon、BellSouth等のRHC)はもちろん、州の規制担当者にも明らかであった。また、ここ数年来、連邦段階での電気通信、ブロードバンドを積極的に進めてきたFCCの見解も州段階の規制撤廃の動きに大きなインパクトを与えてきた (注2)。
市内通話規制を撤廃した最初の大規模な州として、2005年秋、テキサス州がいち早く、この趣旨の法律を可決した(注3)。一年後の今日、米国最大の人口を有する州、カリフォルニア州で法案が可決され、これで米国における市内通話規制の流れは決定的なものとなった。現在、市内通話の規制を撤廃した州は、28州と過半数を超えている。この勢いで進むと、多分ここ数年の間に、市内通話が規制されたままで残る州は例外的なものとなるだろう。ごく数年前まで、市内通話といえば、独占サービスには料金規制を課すというのが常識になっていたことを考えると、時代の流れの速さに驚かされる。
今ひとつのケーブル免許一括付与を認める法案は、これに反対するケーブルテレビ事業者、地方公共団体を切り崩し、最後まで反対をやめない消費者団体を孤立させて、長期にわたる審議の末、ようやく可決されたものである。現在、米国下院では、テレビ免許を州段階で一括付与するこの件をも含めた電気通信法案の審議が行われているが、審議は難航しており、本国会では審議未了となる可能性は十分にある。こうなると、AT&T、Verizon両社は、州段階での一括付与法案の成立をこれまで同様に今後も継続せざるを得ず、今回のカリフォルニア州における法案可決の意義はますます大きくなる(注4)。もっとも、この分野での法案成立の進展も著しく、すでに20州に及んでいるという。
以下、上記のFCC裁定、カリフォルニア議会の法案制定について、より詳細に解説する。
カリフォルニア州公益事業委員会、市内通話の規制をおおむね撤廃する趣旨の法律を制定へ
- 基本サービスについては2009年末まで発効を延期(注5)
市内通話規制撤廃の概要
- 加入者に提供する住宅用サービスの料金規制を撤廃する(実施時期は2007年4月1日)
- ただし、住宅用通話料(度数料金、定額制の双方とも)、基本料の規制撤廃は2009年1月1日からとする。
- さらに、USF(ユニバーサル・サービスファンド)配付の対象となるサービスの料金規制は、2009年9月1日以降も継続する(注6)。
- 組み合わせサービス(bundled service )は、キャップ方式の規制を受けることなく提供できる。
- FCCは引き続きサービス提供業者の反競争的行動の監視を続ける。また、ユーザーからの訴えがあれば、FCCはこれを調査するものとする。
撤廃が遅れたカリフォルニア州の通話料金規制
カリフォルニア州が電気通信規制の見直しを行ったのは、実に18年ぶりのことであるという。これは、前記規制撤廃概要の最後の項目からして、これまで組み合わせサービスについても、キャップシステムの規制を実施していたことにも伺われる。現在20州において、規制緩和ならびに規制撤廃が実施されていると言うが、その大半の州において、規制撤廃は時期を異にした2段階にわたる規制撤廃によって実現した州が多い。すなわち、(1)第1段階:市内通話料、基本料以外の市内サービス(発信者番号表示等の付帯サービス、組み合わせサービス等)(2)第2段階:市内通話、基本料。カリフォルニア州の場合、この2段階の規制撤廃を一挙に行ったことになる。
カリフォルニア州は米国最大の人口を有する州であるが、消費者運動、市民活動の激しい土地柄であることでも有名である。AT&T、Verizon等大手電気通信会社からの強い働きかけがあったのにもかかわらず、規制撤廃の時期が遅れたのは、多分にこの反対勢力の存在によるものであろう。
市内通話料金規制撤廃への批判
一般的に言えば、カリフォルニア州では、市内市場に主なキャリアだけでもAT&T、Verizon、Frontier、SureWestの4社がそれぞれシェアを競い合っているし、携帯電話会社、ブロードバンド業者にも事欠かないので、競争の圧力が十分に働いていると考えられる。
しかし、消費者団体は、このような趨勢は是認しながらも、州公益事業委員会が具体的な競争状況の資料を提出することなく、定性的な議論のみで規制撤廃に踏み切ったことに不満を示している。今回の裁定は、カリフォルニア州公益事業委員会としては珍しく、5人の委員の満場一致で採択がなされたものであるが、最後まで2人の委員が難色を示し、「通信事業者の反競争的慣行への公益事業院会の監視」の項目を挿入することで、初めて賛成の意向を示したといわれる。
2人委員のうちの一人、Geoffrey Brown氏は、競争のないところ絶対に通話料金は上がるという固い信念(裏返せば通信事業者に対する不信)を抱いており、この件について次のように述べている。
「競争がない地域の電話料金が上がることは、まず間違いない。しかも、カリフォルニア州には、有効な競争が働かない地域は数多い。今回の採決は、この否定すべくもない事実を見過ごしている」。
実のこころ、基本電話サービス料金の規制撤廃は、これを先行実施している州でもまだ、その効果を測定できる段階に至っていない。Brown氏の危惧が当るか否かの判定は、なお今後2、3年を要するだろう。
カリフォルニア州議会、ビデオ免許を業者に一括付与する法案を可決(注7)
長期間の審議、AT&T、Verizon、Comcast等の激しいロビーイング活動の末ようやく成立
カリフォルニア州議会で、数ヶ月にわたり審議が続けられてきた法案”The Digital Infrastructure and Video Competition Bill of 2006”(新規参入者にテレビ提供の免許を州段階で一括付与する趣旨の法案)は、2006年8月31日、上院が修正可決した法案を、再度下院が66対6の多数決で可決したことにより、議会での審議を終えた。この後、カリフォルニア州知事のサインを得て発効することになる(法律の発効次期は2007年1月)。
この法案の骨子は次の通りである。
- これまで、地方自治体によるテレビ免許付与の権限を州公益事業委員会に移管する。免許申請者は、申請後10日で免許を付与される。
- ケーブルテレビ会社は、自社地域で競争業者の参入があった場合、免許申請を地方自治体から、州公益事業委員会に変更することができる。
- 免許付与を受けた事業者は、今後、手数料を州公益事業委員会と地方自治体に支払う。
この法案の最大の受益者は、現に米国各地TVサービスの展開を始めているAT&TとVerizonであった。また最大の被害者は、この地域で過去数十年間にわたりTVサービスを提供しているCox Communications等のテレビ会社である。
AT&T、Verizonは、両社で1,770万ドルものロビーイング活動費用を使ったといわれている。当初、ケーブルテレビ会社側も、法案反対のため巨額の資金を費やしたと見られるが、6月31日、下院で77対0で法案が可決されるや法案反対を止め、条件闘争に転じた。つまり、上院の法案修正で、ケーブルテレビ会社もAT&T、Verizon等の競争業者と同一の条件で州単位の免許付与を受けられる条項を受け入れ、妥協したのである。
地方公共団体の一部は、必ずしもこの法案に納得したわけではなく、また、消費者団体ももちろん、この法案の運営に危惧を抱いているものの、議会における滔々とした法案賛成の流れに抗することはできなかった。
カリフォルニア州で始まる熾烈な加入者獲得合戦
カリフォルニア州のテレビ収入は年間50億ドルを超え、この収入の約3分の1をケーブルテレビ業者が、また約3分の2を2社の衛星通信事業者(DirectTV、EchoStar)が分け合っている。ケーブテレビ事業者としては、TimeWarnerおよびCox Communicationsの勢いが強いようだ。
2007年からこの市場に、AT&TとVerizonがそれぞれ、FiOSとU-verseサービスにより参入し、熾烈な競争を展開することになる。著名な電気通信アナリストのJeff Kagan氏は、「AT&T、Verizonの参入によってユーザーの選択肢は広がり、テレビサービスはようやく事業者主体のサービスからユーザー本位のサービスになる」と述べている。
カリフォルニア州は、AT&Tの営業エリアである13州のうちの1州であって、しかも収入面では同社収入の3分の1を占めるほど同社にとって重要な州である。従って同社は、今の段階ではU-verseサービスの実施時期を明示してはいないものの、今後カリフォルニア州に10億ドルを投じ、ネットワークを高度化して、サービス拡大に努めると意欲を示している。
(注1) | 料金の上限規制(通常、物価上昇率から生産性向上見合いの一定比率(%)を差し引いた値)を定める料金規制方式。古典的な総括原価主義方式(収支を見積もり、これに公正報酬率を認めた値に料金を修正することを認めた規制方式)より、コスト削減のインセンティブがあるとして、通信業界のみならず、その他の公益的な事業(電力、ガス、水道等)に広く導入されるようになった規制方式である。 |
(注2) | 特に、前FCCのPowell委員長は、市内通信事業者は、通信事業者からのみならず、携帯電話業者、VOIP業者からの激しい競争にさらされており、市内通信市場は十分に競争的な市場になっている旨を強調し、この見解は今では通信業界で通説となっている。 |
(注3) | 2005年10月1日付けDRIテレコムウォッチャー「Verizon、テキサス州ケラー地区でFiOSTVサービスをキックオフ」。この論説では、テレビ免許法案の説明が主であるが、この法案が実は市内通話の規制撤廃を織り込んでいる旨も書き添えてある。 |
(注4) | この法案の決着は、遅くとも9月末までには結論が出るはずである。現在時点での報道はいずれも、(1)そもそも中間選挙の年に大きな電気通信関係の法案成立は過去に例がないこと(2)この法案にはネットニュートライティーの明確な条文が無いので、Google、Yahoo!等IT企業が強く要望し、この要望をサポートする消費者団体の活動が議員(特に民主党の)の投票を法案反対に動かしつつあること、の2つの理由から、本会期での成立はきわめて困難との観測が強い。この件については、次号あるいは次々号のウオッチャーで取り上げることとしたい。
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(注5) | この稿の執筆に当っては、次の4点の資料によった。 2006.9.1付けwww.mondaq.com,“United States:Communications Law Bulletin” 2006.8.26付けwww.montereyherald.com,”Phone firms free to alter rates” 2006.8.25付けwww.latimes.com.”Caps on Phone Rates Lifted” 2006.8.25付けwww.mercurynews,”Phone price control lifted” |
(注6) | USF(ユニバーサル・サービス・ファンド)は、コストが嵩み、収入が赤字になる過疎地域に支給される補助金であって、ユニバーサルサービスの維持を目的とする。したがって、この補助の支給対象地域に対する通話サービスが、引き続き規制下に置かれることは、当を得た措置である。 |
(注7) | この項の執筆に当っては、主として次の資料によった。 2006.8.28付けwww.sfgate.com,"Big business lobbies hard for video licensing bill” 2006.8.30付けwww.mercurynews.com,”Competition bill clears Senate” 2006.8.31付けwww.latimes.com,” Pay-TV Bill OKd State Senate” 2006.9.1付けwww.signondiego.com,”State law to expand video service OK7d” |