DRI テレコムウォッチャー


業績不振のSprint Nextel、WiMaxサービスに賭ける

2006年9月1日号

 米国の携帯業界は、これまで全国にサービスを提供するナショナルキャリア間の統合が進んできたが、この過程は2005年8月の業界3位、4位の事業者であるSprintとNextelが合併したSprint Nextelの創設によって、ようやく一段落した。RHC系のVerizon Wireless、Cingular Wirelessが依然として業界第1位、2位の最大手事業者であるが、Sprint Nextel は収入、加入者数において、この2社に迫る第3位の独立系事業者として、しかもその履歴からして革新的なサービスを提供するパイオニアとして、期待を集めることとなった。それだけに同社に対する期待は大きい。ウォールストリートも2006年5月ごろまでは好意的な姿勢を示し、株価の上昇により、同社の門出に対しエールを送った(注1)。
 しかし、2006年の第2四半期決算で、同社は利益を大きく減らし、異なった両ネットワーク(NextelのiDenネットワーク、SprintのCDMAネットワーク)の統合が順調に進んでいないこと、さらに業績は2007年末までは回復しないことを明らかにした。決算発表後、間もない8月初旬、同社はWiMaxの導入を発表し、このプロジェクトに今後2年間で20億ドルないし25億ドルを投資し、第4世代携帯データネットワークによる大量の加入者獲得により、将来の活路を切り開く決意を表明している。

 WiMaxプロジェクトについては、将来を高速携帯データ通信に賭ける旨を宣言してきたSprint Nextelの決断を評価する向きは多い。特に、この技術によるサービス開発に力を入れてきたIntel、Motorolaの両社は、諸手を挙げてSprint Nextelの決断を歓迎している。機器メーカは、機器の売り込みにより収入を得るのであって、サービスの成否に対する危険負担が少ないからである。ただ、一部には、利益低下の決算発表の直後になされた発表であっただけに、社内の問題点の批判をそらす効果を狙ったのではないかとの辛らつな批判も行われている。
 本論では、上記の状況についてさらに詳しく解説する。

米国携帯業界に占めるSprint Nextelの地位

 まず次表により、米国の4大携帯事業者のなかでSprint Nextelがどのような位置づけにあるのかを見てみよう(注2)。

表1 米国4大携帯事業者の経営指標(2006年次第1四半期末あるいは2006年次第1四半期の数値)
項目
Cingular
Verizon
Sprint Nextel
T-Mobile
収入(億ドル)
82.9(+7.5%)
92.6(+18.0%)
*1 85.2(+7.7%)
42.8(+16.9%)
利益(億ドル)
6.8(+61.8%)
7.3(+41.0%)
*1 1.3(不明)
不明
加入者数(万)
5,730
5,480
5,170
2,300
加入者増数(万)
150(+36.4%)
180(-5.3%)
70.8(-47%)
61.3(-47%)
取消し率(%)
1.9
1.1
*2 2.1
2.9
3G標準
*3 HSDPA
*4 EV-DO
EV-DO
未導入
*1Sprint Nextelの総収入は約100億ドルであるが、本表では、他社との比較の便を計るため、同社の長距離通信収入を除いた携帯事業収入のみを計上した。なお、同社は携帯事業のみの純利益を発表していないので、総収入についての純利益2.9億ドルを携帯電話と長距離通信の営業利益の比率で配分した数値(さほどあてにならない推計値)を計上した。
*2この取り消し率は、プリペイド加入者の取り消し率(6.0%)を含んでいない。
*3HSDPAは、W−CDMAに属する高速データ規格
*4EV-DOは、CDMA2000に属する高速データ通信規格

 2005年9月のDRIテレコムウォッチャーにも、2005年第2四半期の決算資料に基づき、同様の表を掲示したので、参照いただきたい(注3)。
 上表によると、2005年8月に総合通信電気通信事業者であるSprintが特異な経歴を持つ独立携帯電話事業者のNextelと統合して誕生した新会社、Sprint Nextelが米国携帯事業においていかに大きな地位を占めているかが明らかである。同社は、所有加入者数においてCingular Wireless、VerizonWirelessに迫る第3位の携帯事業者となったが、それだけではない。収入においては、CingularWirelessを抜いて米国携帯業界第2位の地位を占めている点に注目すべきである(注4)。
 このように、統合実施後1年を経過した今日、Sprint Nextel は、見かけ上は当初予定通り、新たな体制の下での事業運営を行っている。ところが次項で述べるとおり、2006年次第2四半期の決算では、大幅な減益に見舞われた。最近、他社に比し同社のサービスがきわめて劣悪であるとの批判も高まっており、同社の株価も大きく低落している。

iDEN、CDMAの両通信網の統合が順調に進まず、加入者数獲得競争でVerizonWireless、AT&Tに遅れを取るSprint Nextel

 Sprint Nextelが2006年8月2日に発表した2006年次第2四半期決算は、過去4年間で最悪のものであった。収入はアナリストたちが期待した10.5億ドルを下回り10億ドル(長距離部門を含む)に留まった。また利益は前年の6億ドルからほぼ半減し、3.7億ドルとなった。
 当然のことながら、Sprint Nextelの株価は大きく値下がりしており、8月21日の株価は、過去1年間の最高値24.4ドルから33%下がった16.2ドルとなった。
 Sprint Nextelの業績がどうしてこのように悪化したのか。同社の決算報告も、かなり率直に自社の経営、マーケティングの非を認めているが、これについては、Business Week、Bloombergが、いずれも簡にして要を得た報道をしている。以下、主としてこの両レポートの記述を基にして、Sprint Nextelの抱えている問題点を紹介する(注5)。

加入者獲得競争で遅れを取る-加入者獲得数の激減とプリペイド加入者数の増加
 Sprint Nextelの加入者数の増加は、Verizonが180万、AT&Tが150万と依然として大きいのにもかかわらず、70.8万と両社獲得数の半数以下に留まった。しかもその内訳を見ると、同社の加入者の根幹を成している後払い従量制加入者数の獲得数は、21万加入とわずか28%に過ぎず、基本料を要しない若年加入者が多いプリペイド加入者が大半(72%)を占めた。
 本来、Nextel Sprintの強みは、支払い料金額の大きいビジネス加入者を多く有しているところにあった(月額加入者一人当たり料金収入は62ドルであって、Cingular、Verizonの約50ドルに比し、格段に高い)。ところが、競争激化の過程で、同社は低料金加入者の市場に力を入れ始めざるを得なくなったのである。上記の数字は、同社に既存加入者が、ある程度、Verizon、AT&T等の競争業者からの攻勢の草刈場になっていることを意味するものであり、Nextel Sprintの側)も、この事実を認めている。

iDEN、CDMA網の統合の遅れ
 両社統合以前、Sprintの主たる携帯網は、国際基準に則ったCDMAディジタル網であり、これに対し、Nextelの携帯網は携帯電話というよりも、むしろ無線呼出しの機能に力を入れたiDENという特殊な網であった。両携帯網の統合が困難な問題であるとは、かねがね指摘されていたところであるが、案の定、この作業は難航している模様である。統合の成果は、当然、iDEN、CDMAの双方の機能を繰り込んだ、デュアル端末の提供となって、結実していなければならないはずである。ところが、Nextel Sprintはすぐにでもこの端末の商用化ができると称しながらも、現時点では、デュアル端末は市場に提供されていない。
 自然、事業活動は、従来通り、トーキー機能(無線呼出し機能)を備えたNextelサービス、プリペイドの低加入者市場への浸透にかなりの軸足を移さざるを得なくなり、ネットワークの統合が遅れている。この両社統合網結成の遅れが、Sprint Nextelのコスト削減を妨げる最大の問題となっている。

不十分なマーケティング、新規サービス提供の遅れ
 Sprint Nextel は、ホットなサービス、ホットな端末の販売のマーケティングでも立ち遅れていると批判されている。たとえば、同社はVerizonと並び、音楽のネット配信サービスをいち早く発表した携帯会社であった。Verizonの音楽配信サービス、Vcastの評判がよく、利用を伸ばしているにもかかわらず、Sprint Nextelの音楽配信サービスがその後どうなったか、一向に情報が流れていない始末である。
 また現在、電話端末で最も評価の高いのは、Motolora社のRAZRシリーズ(超薄型携帯電話)であって、Verizon、Cingularはもちろん、Alltel(米国第5位の携帯電話事業者)も競ってこの機種を導入している。Sprint Nextelも最近、ようやくこの機種の利用を決定したが、自社でこの決定を行ったというよりも、周囲からの批判に応じてようやく神輿を挙げたという感がある。

Sprint Nextel、WiMax導入を発表(注6)

 Sprint-Nextel は2006年8月9日、第4世代のワイアレス・ブロードバンド技術、WiMaxを使用したサービスを2007年から2008年に掛けて開始すると発表した。
 その計画の概要、考えられる効果等は表2の通りである。かねてから携帯によるブロードバンドサービスの提供を目指しているSprint Nextel は、入札により2.5Gの周波数帯を大量に購入していた。WiMaxの使用には、この帯域幅を利用する。

表2 Sprint-NextelのWiMax導入計画
項 目
概 要
導入時期、投資額
2007年、2008年にそれぞれ10億ドル、15億ドルから20億ドルを投資。2007年末にサービスを開始、2008年には全国展開(サービス提供加入者対象1億人)を計る。
3G技術に比してのメリット
現に提供しているEV-DOに比し、伝送速度は4倍強。
また、同社無線LANサービスのWi-Fiに比すると、基地局から半径10キロメートルをカバーすることができ、 格段に通信範囲が広がる。また、チップの単価が他の3G技術に比し10分の1に収まるので、コストが大幅に削減できる。
現に提供している
EV-DOサービスとの関連
EV-DOとWiMaxに共通に利用できるデュアルモード端末を開発し、両サービスの共存を可能にする。
提携企業
Intel、Motorola、Samsungの3社である。インテルは、WiMaxのコンセプトを提供するとともに、チップを開発。
Motorola、Samsung の両社は、インフラ、端末を提供。
WiMax導入の意義
米国におけるWiMax標準による初の4Gワイアレス・ブロードバンドの計画発表であって、その先導的意義は大きい。他業者による高速ブロードバンドの導入を促進する役割を果たすものと期待される。

 Sprint NextelのWiMax技術の導入計画にはリスクが伴う。世界初の大掛かりな次世代携帯サービスを2年程度の短期間(しかもサービス開始までには1年4ヶ月程度)で実行しようというのであるから、その過程における難関を突破できるかどうかに危惧を抱く向きが多いのは当然である。例えば、現に既存の2つの携帯通信網の統合が完了せず、シナジー効果が発揮できないで困惑しているさなかに、さらに新たな次世代携帯網架設に巨費を投じるというのは、明らかに無謀であるとの批判もあろう。
 ただ、Sprint Nextel は、そもそも独立系携帯電話業者として幾多の修羅場を潜り抜け、今日の一大携帯事業者としての地位を獲得した経験を有しているだけに、同社のパイオニア精神を高く評価するアナリストも多い。同社を弁護する論者は、Sprint Nextelのキャッシュフローは依然大きく、たとえWiMaxプロジェクトが失敗したと仮定しても、さほどの大事には至らないという。
 不思議なことに、今回の決算報告で触れられることはなかったが、Sprint Nextel は、Comcast、TimeWarnerの2社と長距離サービス、携帯サービス提供に当っての提携を行っている。この成果のほども期待されているところであって、今後、Sprint Nextelの創造破壊的な経営活動から目を離すわけには行かない。

(注1)たとえば、2006年4月19日、Sprint Nextelの株価は26.65ドルの高値を付けた。また、2006年5月1日付けビジネスウィーク誌の "Sprint has Room to Run" は、同社の利益は、今後上昇を続けると予想し、2007年末には37ドルの株価が期待できるとの好意的な記事を掲載した。
(注2)表の作成に当っては、対象とした大手携帯事業者の2006年次第2四半期の決算資料を利用した。
(注3)2005年9月1日付けDRIテレコムウォッチャー「新生Sprint Nextel、ワイアレスブロードバンドに賭ける」
(注4)Sprint Nextel は、合併当初の計画通り、旧Sprintの市内通信部門を2006年5月に切り離して資本関係を断った。新たに設立されたEMBARQは、従業員数約2万名、18州において1800万の加入者数を有する独立系の一大通信事業者として事業展開をしている、2006年第2四半期の同社の決算を見ると、ほどほどの利益を上げているようである。なお、同社は、市外回線、無線回線を有していないが、これら回線は、他社(相当部分はSprint Nextelからであろう)からリースし、さらにWi-Fiサービスの展開によって、各種組み合わせサービスを展開する戦略を遂行している。
(注5)2006年8月4日付けBusiness Week Online,"Sprint Nextel: Way Off the Hook" および、2006年8月16日付けBloomsberg.com,"Sprint Nextel Profit Misses Estimates;Shares Plunges"
(注6)Sprint Nextel は、WiMaxサービスへの取り組みについて、特に、プレスレリースを発表していない。本稿執筆に当っては、主として、次の3点の報道資料を使用した。
2006.8.17付けThe New York Times、"After Spinoff,Sprint Nextel Finds Still More Is needed"
2006.8.8付けzdnet.com,"Sprint to use WiMax for 4G wireless network"
2006,issue22,optimize magazine.com,"In Depth: Sprint Nextel's WiMax picks Spurs The Wireless Broadband Race"

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