DRI テレコムウォッチャー


FCCが仕切る米国のネット・ニュートラリティー政策

2006年5月1日号

 インターネットは、これまでと同様にエンドユーザーに平等に開放され、誰しも同じ条件で利用できるようなサービスとして維持していくべきか(ネット・ニュートラリティー)、あるいは、インターネットが高次化し投資コストも嵩むようになってきた現状を踏まえ、インターネット設備を構築するRHC(Verizon、AT&T等)、MSO(Comcast等の大手ケーブル会社)等の提唱する2層料金(主としてビデオを伝送する高次インターネットの利用については、料金を有料にする)も認められるべきかをめぐり、2005年秋以来、米国で激しい議論が行われている。また、この議論は欧州にも波及し、DT(ドイツテレコム)、FT(フランステレコム)等の大手電気通信事業者は、2層料金設定の必要性を強く訴えている。
 ネット・ニュートラリティー問題には、最近大きな進展があった。2006年4月初旬、2層料金阻止を強く要求する(すなわちネット・ニュートラリティーの法定化を要求)大手ISP事業者(Google、Yahoo!等)が、下院通信・インターネット小委員会の票決により、所期する2層料金の禁止及びネット・ニュートラリティーの法定化に失敗したからである。これにより、米国におけるこの案件の取り扱いは、事実上、第一ラウンドの実施段階に入った。FCCが早晩、インターネット所有事業者の主張する2層料金の実施を認めるのは確実だからである。
 もっとも、2層料金の承認がネット・ニュートラリティーと両立するものなのか。あるいは、2層料金の反対業者が強く主張するように、2層料金の実施により、現にユーザーが享受している無料、オープンで世界を結ぶ“ネットワーク・オブ・ネットワークス”としてのインターネットの利点が消滅してしまうものなのかどうかを予測することは難しい。この問題は、2層料金実施の影響が現れるネットワーク・ニュートラリティー取り扱いの第二ラウンド開始の時期に、明らかとなろう。
 しかし、上記の事態は、米国におけるブロードバンドを情報サービスとみなし、規制を原則的に全面撤廃した2005年夏のFCC裁定から生じる当然の帰結である。AT&TのCEO、Whitacre氏は、2005年秋に、"私が所有する管路(my pipe)の使用に対し、料金を課すことがどうしていけないのだ" とビジネスウイークの紙面で啖呵を切り、これが現在まで引き続く論争の皮切りとなった。氏の発言は、いかにドギツク聞こえるにせよ、十分に合法的な意見である。また、ブッシュ大統領が政権の基本原則の一つとする "所有者社会" の趣旨にも沿っている点に注目すべきである。
 こうしてみると、ISP事業者、消費者団体からの2層料金反対、ネット・ニュートラリティー原則の法定化のロビーング活動は、当初からFCCが定めた法的枠組みに対する挑戦であり、勝算が乏しかったとみて差し支えない。
 本文では、上記の結論の経緯をさらに詳しく述べる。

FCCの現在のネット・ニュートラリティー政策 - 公衆インターネットについての政策宣言

 FCCは2005年8月5日、DSLサービスを情報サービスと位置づけ、ケーブルモデム・サービスの場合と同様に、規制を撤廃することを定めた(注1)。この裁定を下すに当り、FCCは、公衆インターネットに関する政策宣言(Policy Statement)を發出した(注2)。
 この政策宣言は、DSLのみならずすべてのブロードバンド(ケーブルモデム、光ファイバーを含む)について、ブロードバンド利用者の立場から、ブロードバンド所有者の行動に対して、歯止めを掛けることを目的としている。
 宣言に織り込まれた原則は次の4項目であり、FCCはこの宣言を今後のインターネット政策設定に当ってのガイドラインにすると明言している。
 なお、FCCのDSLサービスの規制撤廃の裁定は、委員全員の賛成により行われたものであるが、民主党委員2名(Copps氏およびAdelstein氏)は、この政策宣言の採択を条件として、始めて裁定に賛成票を投じたものである。
消費者は、適法なインターネット・コンテンツを自ら選び、これにアクセスする権利を有する。
消費者は、法律の要件に従うことを条件として、自らが選択するアプリケーション、サービスを運営する権利を有する。
消費者は、ネットワークに害をおよぼさない適法な機器をネットワークと接続する権利を有する。
消費者は、ネットワーク・プロバイダー、アプリケーケーション・サービス・プロバイダーとの競争に参画する権利を有する。

 上記4原則は、Martin委員長の言を借りれば、「規則ではなく、強制力はないものの、FCC委員全員が今後ブロードバンド・アクセスの運営のありかたについて有している信念を表明している」ものである。
 宣言自体にネット・ニュートラリティーの文言こそ使われていないが、民主党Copps委員は同氏の声明書のなかで、この宣言をネット・ニュートラリティーの宣言であると読み替えている。つまり、この点については、FCCの共和党委員2名(Martin委員長を含む)と民主党委員2名は、同床異夢であるといって差し支えない。
 なお、ネット・ニュートラリティーに関し、現在大手ISP等が要求しているのは、当面2層料金の設定であるが、上記の基本原則からすれば、2層料金の設定は、違反だとする意見、違反しないとする意見の双方を共に容易に構成できる。つまり、字句どおりに解釈すれば、この原則は2層料金について触れていないのであるから、原則に違反していないと解釈できる。しかし、2層料金の実施は、必然的に消費者のコンテンツの選択、アクセスに支障を及ぼすような効果をもたらす(ISP側は、現にこのように主張している)と解釈して、この政策宣言に反するとの判断も可能である。Martin委員長は、みずからの声明書のなかで、"宣言の内容は、競争を通じ遵守されていくものと確信する"と述べている。したがって、委員長自身は、今後ネット・ニュートラリティーのため、インターネット所有事業者の行動を制約するような解釈を取らないであろう(注3)。

インターネット利用業者・消費者団体、2層料金阻止のロビーング活動に失敗

 2006年4月6日、米国下院の「電気通信・インターネット小委員会」(Subcommittee on Telecommunications and Internet)は、Markey民主党議員(長年、電気通信政策に関与してきた長老議員)のネット・ニュートラリティー法定化の提案を23対8の多数決で否決した。
 この提案は、(1)ネット・ニュートラリティー遵守の法定化(2)RHC、MSOの各社が主張している2層料金の禁止を内容としたものであって、共和党議員、Joe Burton氏が提案している「通信の機会・促進・高度化法案」(Communications Opportunity、Promotion and Enhancement Bill)への補追として提出されたものである(注4)。
 この提案否決の後、同委員会は、(1)ネット・ニュートラリティー確保の権限をFCCに付与する(2)ネット・ニュートラリティー違反に対し、最高50万ドルの罰金を科するとの条文を追加、この条文を含んだBurton氏法案を27対4で可決した。 この条文の趣旨は、ネット・ニュートラリティーの運営をFCCに丸投げして、議会がこの案件について責任を負うことを回避したものである。罰金の規定は、罰金の対象になる構成要件が定まっておらず不完全なものであって、ネット・ニュートラリティーを推進する事業者、消費者団体に対するリップ・サービスにすぎないと見られても、止むを得ない。
 こうして、2005年夏から2006年春に掛けて繰り広げられたネット・ニュートラリティーをめぐる攻防戦は、インターネットを利用するIP企業(Google、Yahoo!、Microsoft、eBay、Amazon、 Skype等)の敗北、RHC(Verizon、AT&T、BellSouth、Qwest)、MSO(Comcast等)の勝利に終わった(注5)。

 ついでながら、両陣営ともに、有利な法律の制定を期して、莫大な費用を費やしてロビーング活動を行った。このロビーング活動は、上記法律の審議期間中、なおも続けられるだろう。
 CNET Newsの報道によれば、その状況は次の通りであり、RHC、MSO側の拠出額(ロビーング費用、個人献金、関連政治団体への献金等を含む)は、IP企業側の3倍を超える(注6)。
AT&T、Comcast、Time Warner、Verizon2億3090万ドル
eBay、 Google Microsoft 、Yahoo!7120万ドル

 皮肉にも、拠出金額の3対1の比率は、すでに紹介した通信・インターネット委員会における当初のMarkey氏提案の賛成反対票27対4の比率に近似する。通信・インターネット委員会は共和党色の強い委員会だとはいっても、本来、ネット・ニュートラリティーの法定化に賛成すべきだと見て然るべき民主党議員の票も、かなり反対に引き付けたことを示す。小委員会委員にも多くのロビーング資金が流れたとの報道もあり、ネット・ニュートラリティー法定に賛成する側は、実弾投入を伴ったロビーング活動でも遅れを取ったといって差し支えあるまい。

2層料金設定に対する賛否両論

 ネット・ニュートラリティーについての議論は、2005年秋以降、Verizon、AT&Tが今後は、高次のインターネット回線を使用するユーザーから料金を徴収し、インターネット料金を2層(two-tied)にするとの宣言により、激しくなった。ここでは、2層料金設定の賛成、反対両派の根拠を次表にまとめてみた(注7)。

表 2層料金の設定に対する賛否両論の根拠
項 目
2層料金設定賛成
2層料金設定反対
投資誘発か抑制かインターネット基幹回線の投資に要するコストは莫大な金額に上っている。今後、このコストを高次、高品質の需要があるビジネス・ユーザーから徴収しなければ、インターネット設定事業者は、投資を削減せざるを得なくなり、インターネットの発展が阻害される。インターネットは、すべてのユーザーがアクセス回線料を支払うだけで、無料で利用できる原則の下に発展してきた。これにより、Yahoo!、Google、Amazon等のベンチャー企業が大企業へと成長し、米国経済の発展に寄与してきた。今後、2層料金実施により、インターネットの囲い込みが行われるならば、ベンチャーが育たなくなり、投資が著しく減少する。
インターネット料金・品質2層料金のうち、有料部分はコストに対する正当な対価である。無料部分は、従来と変わらず、品質も維持される。一般大衆向けの品質は、有料サービス部分の影響を受け、投資が抑制され低下が免れない。
インターネットサービスへのアクセサビリティー2層料金が設定されても、これまでと同様、誰でも、無料のインターネットサービスにアクセスできる。インターネット幹線所有事業者とコンテンツ所有者との提携が進んでいる。このような環境では、エンドユーザーは、アクセスの段階で、特定のコンテンツだけにしかアクセスできなくなる危険が生じる。
インターネットの将来に及ぼす影響2層料金は、投資資金回収の必要性、インターネットの高度化から、必然的に生じた問題である。これまでと同様に、インターネット・ニュートラリティーは確保されるから、インターネットは今後も発展する。むしろ、投資資金が確保されるため、ビジネス向けの回線容量は増え、品質は高まる。2層料金導入を契機として、誰でも、無料で、インターネットにアクセスできるという長所は薄れる。つまり、インターネットは、オープン・ネットワークから、クローズドネットワークに変質してしまい、インターネットは変質する。つまり、インターネットは単一の公衆ネットワークから、幾つもの、囲い込まれたクローズドネットワークに変貌してしまう。

FCCのMartin委員長、2層料金の導入に賛成、同時にネット・ニュートラリティーの管理に積極的な姿勢を示す(注8)

 2006年3月21日、ラスベガスにおいて電気通信の展示会、Telecom Nextが催された機会に、通信業界の大物連が相次いで講演を行なった。この展示会は、たまたまホットな話題となっているネット・ニュートラリティーについて、利害関係者が見解を開陳する良い機会ともなった。
 AT&TのCEO、Whitacre氏、VerizonのCEO、Seidenberg氏は事前に打ち合わせをしたかのように、(1)ネット・ニュートラリティーの法定化は不要である(2)2層料金を実施に移すからといって、消費者向け無料のインターネットへの接続を妨げるとか、品質を下げるとかの行動は絶対に取らない。こういうことをやれば、自殺行為だと強調した。
 FCCのMartin委員長は、基調演説の後の質疑応答の場において、ネット・ニュートラリティー管理についての見解を発表した。氏は、(1)FCCはネット・ニュートラリティーに違反があった場合、これを是正する権限を有する(2)インターネットについての2層料金の設定には賛成である(3)(2)の場合、無料ユーザーのサービス品質を落としてはならない、と述べた。 
 Martin氏の意見は、AT&T、Verizon等2層料金導入を望む事業者の立場を強くサポートしたものに他ならない。また、すでに述べたように、ラスベガス展示会の後、約2週間後に行われた電気通信・インターネット小委員会の場で、FCCにインターネット案件を委ねる趣旨の条文のBurton法案への挿入が可決された事実に注目されたい。
 つまり、ラスベガスにおける展示会開催の前後に、2層料金の推進、ネット・ニュートラリティー案件の取り扱いについて、Burton法案の推進を計る米国下院議員のメンバー、2層料金の実施を望むインターネット所有事業者(Verizon、AT&T等)、FCCのMartin委員長との間でBurton法案に織り込むネット・ニュートラリティーの内容についての話し合いが付いていたとの推測が成り立つ。
 今後、FCCは、関連法律が可決されるか否かを問わず、あらゆる法的技術を駆使してインターネット所有事業者の要求を、ネット・ニュートラリティーに反するものではないとの判断の下に最大限強める政策を取っていくものと考えられる。
 4月26日、米国下院エネルギー小委員会(通信・インターネット小委員会が所 属する委員会)も、ネットニュートラリティーを法制化するというマーキー提案を否決した。ただし、票決は、否決賛成34、否決反対22であり、小委員会の場合より否決派、賛成派の格差は縮まっている。

(注1)2005.8.5付けFCCニュースレリース、"FCC eliminates Mandated Sharing Requirement on Incumbents' Wireline Broadband Internet Access Service"
なお、このFCC裁定については、2005年8月15日付けDRIテレコムウォッチャー「FCC、設備所有電話会社の競争会社へのDSLシェアリング義務を解除」を参照されたい。
(注2)2005.8.5付けFCCニュースレリース、"FCC Adopts Policy Statement"
(注3)2005.8.5付けFCCニュースレリース、"Chairman Kelvin Martin comments on commission policy statement"
(注4)Communications Opportunity、Promotions and Enhancement Billは、ネット・ニュートラリティー案件の他、ビデオの免許を一括州段階で取得できるようにする案件、地方公共団体が自前のネットワークの運営を認める案件(すなわち、州法によりこの権利を制約することを禁じる)が含まれている。この法案の提出者、Joe Burton氏は、下院エネルギー・商務委員会の委員長の要職にあるだけに、近々、委員会段階の審議を終え、下院本会議に正規の法案として上程されることは確実である。Burton氏自身は、今会期中に法案の可決・成立について、強い自信を持ってはいる。しかし、米国議会は1996年通信法成立以来、あまたの同法修正法案が上程されて以来、ほとんど法定化された例がないという惨めな実績を有している。しかも、2006年は秋に中間選挙を控えている。したがって、玄人筋の判断は、この法案も多分、今国会での成立は難しいということである。
(注5)2006.4.6付けSan Francisco Chronicle,"Telecom reform moves forward ,House panel OKs measure favored by phone companies"
(注6)2006.4.5付けCNET News,"Republicans defeat Net neutrality proposal"
(注7)この表の作成に当っては諸種の報道記事を参照したが、もっとも有益であったのは2層料金賛成論者のTom Tauke氏(Verison上級副社長)と2層料金反対論者のVinton Cerf(Google副社長)の意見である。前者については、2006.3.16付けBusiness Week Online,"Say No to 'net neutrality' Rules"、また後者については、2006.2.7付けPC World,"Father of the internet Asks for Internet Neutrality Law"によった。
(注8)この項の説明は、次の2つの資料によった。
 2006.3.24付けthe inquirer,"FCC backs two tiered internet"
 2006.3.21付けnetworking pipeline,"Martin Says FCC has Authority To Enforce Net Neutrality"

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