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規制撤廃に向かう米国の専用線
- Verizonの請願を丸ごと承認したFCCのMartin委員長

2006年4月15日号

 Verizonが約1年半前に請願した高度ブロードバンド専用線サービス規制解除のFCC審査期間が2006年3月19日に期限切れとなり、この請願は翌日そのままの内容で発効した。
 これにより、利用頻度の高いビジネス用専用線(いわゆるD1、D3などの特別アクセス)を除く高速ビジネス用専用回線に対する公衆電話事業者(コモン・キャリア)規制が、Verizonについて解除された。
 今回の規制解除は、類例のない方式で行われたものであるだけに、FCCの2名の民主党委員からの強い反対を招いた。
 彼等は、(1)FCCの検討をなんら経ることなく、Verizonの要望が100%認められてしまったこと(2)現実に競争事業者、ユーザーに対する影響が危惧されること(主として、専用線料金引き上げおよびその波及効果)(3)Verizon高速ビジネス用ブロードバンド専用線に対する公衆通信事業者規制が差し控えられる結果、この分野についての幾点かの国策の遂行にも支障が及ぶ可能性がある等の問題点を指摘している。
 FCC委員長のMartin氏は、これまで着々と光ファイバー、ブロードバンドの規制撤廃を進めて来ており、今回のFCC決定は、Martin氏自身がいうように、これまでのFCC規制撤廃政策の延長線上の措置であることは確かである。
 しかし、民主党委員が指摘する懸念は、多少誇張されている点はあるにせよ、従来の審議を尽くした上で委員全員による採決による決定という手順を踏む通常のFCC規制方式に慣れ親しんできた者(筆者もその一人であるが)からすると、今回の“FCCの不作為による規制撤廃”(筆者の造語)は、あまりにもドラステイックに過ぎ、いささか正道から外れていると言いたくなる。
 Martin委員長と民主党委員2名との関連で今回の決定を見ると、これまでMartin委員長は抜群の調整能力を発揮して、本来なら反対が出るような事案についても、巧に民主党委員を説得して賛成に導き、幾度も全員一致によるFCC裁定を実施してきた。しかし、今回Verizon請願の処理を契機にして起こった民主党委員の強硬な反対は、FCC共和党、民主党議員相互の蜜月時代の終了を意味するものだと解釈できるだろう。
 すでに、AT&TはVerizonと同様の請願を出すことを定めたし、他のRHCも同様の措置を取る公算が高いと考えられる。従って今後、FCCによるこの不作為決定のもたらす影響は、単にVerizonに対するのみでなく、早晩、他のRHCにも波及していくことになることは確実である。現にMartin委員長は、他の電気通信事業者から類似の請願があれば、支持を惜しまないと発言している。
 以下、上記の点について、より詳しく解説する。

Verizonの請願内容とFCC共和党両委員(Martin、Tate)がこれを受け入れた理由

1.Verizonの請願内容(注1)
 2004年12月、Verizonは10種類のブロードバンド専用線サービスについて、公衆電気通信事業者規制の差し控え(筆者注:事実上の規制撤廃)を行って欲しいとFCCに請願(Petition)した。ここでVerizonが列挙したブロードバンド専用線は、パケット交換ブロードバンド・サービス(フレームリレー、ATM等)、TDMをベースとしないオプティカル・ネットワーキング、オプティカル・ハビング、オプティカル・伝送サービスを含む10種類のブロードバンド・サービスであって、特別アクセスサービス(DS1、DS3)は除外されている。
 なお、Verizonはこの請願に際し、連邦ユニバーサル・サービスへの拠出の免除は求めないとしている。

2.FCCがVerizonの請願を認めた理由(注2)
 ブロードバンド・アクセスは、インターネットをベースにした情報経済にとって肝要なものであり、この目的を達成するため、FCCは、ブロードバンド投資を容易にし、勧奨し、市場力により消費者へのブロードバンドの利便の提供ができるような政策環境を築こうと努めている。
 今日のFCC措置は、ブロードバンド・インフラ、光ファイバーについてVerizonによる規制上の救済を承認したものであって、上記の政策をさらに拡大したものにほかならない。この救済措置により、Verizonは過度に負担が掛かるような規制を受けることなく、ブロードバンド・サービスをさらに提供して行く柔軟性が得られよう。

3.Verizon請願の承認による異例なブロードバンド専用線規制の差し控え
 Verizonの請願を受け入れる意思を示したのは、共和党のMartin委員長およびTate委員両名である。他方、民主党のCopps、Adelsteinの両委員はこの請願に対し、次項で説明するように強行に反対した。
 通常のFCC採決であれば、FCC委員の賛成、反対それぞれ2票で、FCC決定は不可能であったはずである。ところが今回の請願については、これまで滅多に使われることがなかった通信法条文の適用により、請願内容がすべて承認されることとなってしまった。つまり、FCCが一定期間内に請願を否定しない限り、それが承認されたことになると看做すという規定である。この規定の適用により、FCCはその気があれば、Verizonの請願内容について調査を開始することができたのにもかかわらず、請願内容は審査期間期限切れの翌日、2006年3月20日から発効した。

FCC民主党両議員(Copps、 Adelstein)の強い反対(注3)

 FCCのMichael J.CoppsとJonathan S.Adelsteinの両民主党委員は、今回のVerizon請願の効力発生に強く抗議した。両者主張の概要は次の通りである。
 FCCは、Verizonによる本件請願提出後、この案件の審理を行わず、その請願内容をそのまま承認してしまう失態を犯した。この結果、次のような問題が引き起こされている。

(1)これまでのFCC政策決定プロセスの否定、救済措置なし
 通常のFCC審理では、調査開始、データの検討、公聴会の開催、期即原案作成、FCC委員による検討、討論等慎重な手続きを慎重に積み重ねて、結論を出す。FCCの規則制定は、長年にわたるこのような経験の積み重ねであるが、今回のFCC不作為による特定企業への請願内容の全面的承認は、このような手続きをスキップし、幾十年にもわたりFCCが積み重ねてきた通信政策のやりかたを一挙に覆すことになってしまった。
 しかも、規制撤廃の結論だけが認められ、分析も審理もそれについての書類もないから、裁判所への提訴による救済の道も閉ざされてしまった。
(2)Verizonのみの利益が認められ、他の事業者、ユーザーが被害を受ける
 被害を受ける事業者には、中小電話会社、ルーラル電話会社が含まれる。また、請願においてVerizonは「高次の通信サービスを利用する大口ユーザーのニーズにフレクシブルに対応するため、規制差し控えの措置が必要だと称しているが、それは間違いである。大口ユーザーを代弁するAd Hoc Telecommunications Users Committeeは、FCCへの書簡のなかで、「RHCは、競争がもたらす将来についてばら色の像を描いているが、当社の所属企業の経験はこの像と符合していない」と述べている。
(3)高速ブロードバンドが公衆通信規制の免除を受けることにより、影響を受ける国策
 Copps委員は、今回、高速ブロードバンド提供が公衆通信の枠から外れたことにより、影響を受ける国策として、次表の8件を列挙している。

表 影響を受ける国策項目、予想される影響の概要
国策項目影響の概要
米国の保安すべての保安対象に対し、高い関心が払われているこの時期において、重要な通信ネットワークの一環を為すビジネス専用線の大きな部分が、*CALEAの規制対象から外れる。これは、連邦、地方段階の捜査当局の職務遂行に支障をもたらすリスクを生む。
ユニバーサル・サービスユニバーサル・サービスの遂行が危うくなりかねない。高速専用通信にユニバーサル・サービス基金拠出の義務を解除したことにより、ユニバーサル・サービスの基礎はより脆弱なものとなりかねない(注4)。
プライバシー顧客は、通信法で定められているプライバシーの権利を享受できなくなる。つまり、銀行、病院等のセンシティブで人命を脅かす危険がある情報を取り扱う機関が、通信法222条の保護を受けることができない。FCCのプライバシー保護体制を崩すことは、直接的な危険をもたらす。
身障者への
アクセス
議会が通信法255条で求めている幾100万もの米国人へのアクセスに支障を与えかねない。米国の身障者コミュニティーへのアクセスは進歩しているので、いまさら時計の針を後に戻すことはできない。
料金引き上げFCCは今回の措置により、規制の監視を伴わない料金引き上げにグリーンライトを与えた。特別アクセスのようなサービスは、わが国ビジネス通信の中核である。しかし今後、顧客は特別アクセスの料金が急上昇し、競争業者が締め出されることとなりかねない。
これにより、わが国の大中ビジネスの運営コストは上昇するだろう(注5)。
ルーラルエリアの相互接続僻地において、IPの基幹回線に接続できるアクセス回線がVerizonのものだけである場合には、ルーラル地域の通信事業者は、相互接続料金を引き上げられ、業者がビジネス分野から締め出されてしまうばかりか、この地域のユーザーも料金値上げに苦しむこととなる。
異なった技術相互の接続Verizonは、他業者との相互接続の義務からか開放される。相互接続に当って、差別的料金、差別条件が通常のものとなろう。相互接続料金は、他種の(インターモーダル)事業者からの競争を締め出す程度のレベルに設定される可能性がある(筆者注:例えば、ケーブルテレビ会社のアクセス料金が高い場合、料金は引き上げられる可能性がある)。これにより、Verizonと資本関係のないワイアレス事業者、ケーブル事業者のコストが釣り上がり、ひいては消費者が高料金の負担を負うということになりかねない。
* CALEA:Communications Assistance for Law Enforcement Act、法執行機関に対する通信援助法

Martin委員長は、他社についても同様の救済措置を講じると言明

 競争通信事業者の利益団体、Comptel は、今回のFCC決定の修正を求め、早速、コロンビア控訴裁判所に控訴した。Comptel役員のJames Oxman氏は、"FCCは、公益保護の責務を放棄し、特定企業権益を擁護する道を選んだ" とFCCを強く批判している(注6)。
 他方、FCC委員長Martin氏は、2006年3月21日、ラスベガスにおけるある会合が開催された機会に記者団の声明に応え、"自社ネットワークへの投資について、同様の機会を求める事業者があれば、FCCはそれを支持する" と今後、他のRHC等の通信事業者からの請願があれば、それが満たされるような措置を取る姿勢を明らかにした。事実、AT&TのCEO、Whitacre氏は、同じラスベガスにおける会議の際に、AT&TもVerizonと同様の救済措置を求める請願を求める旨を明らかにしている(注7)。
 しかし、FCCは別途の救済方法を取ると思われる。それは、(1)再度、異例な救済措置を取れば、ただでさえ強い批判がますます高まる(2)請願してから、期限切れによる発効を待っていたのでは、その間に1年半もの期間が経過し、請願企業であるAT&Tからの非難を招くからである。
 従って、FCCは他の措置(もっともあり得ると考えられるのは、通常の調査手続きによる事案として取り上げ、審理を早め急速に採決に持ち込む)を採用することになるだろう。
 Martin委員長にとって幸いなことに、欠員となっている共和党FCC委員には、すでにRobert McDowell氏が任命されており、近々、上院の承認を得て、FCC委員は、正規の5名体制(共和党委員3名、民主党委員2名)に復帰する見通しがあることである。
 多分、この案件をも含め、今後のFCCの採決は、旧来の党派別の方向に戻っていくこととなろう(注8)。

(注1)2006.3.20付け、FCCプレスレリース、"Verizon Telephone Companies' Petition for Forbearance from Title II and Computer Inquiry Rules with Respect to their Broadband Services Is Granted by Operation of Law"
(注2)2006.3.20付けFCCプレスレリース、Joint Statement of Chairman Kelvin J.Martin and Commissioner Deborah Taylor Tate
(注3)2006.3.20、"Statement of Commissioner Michael J,Copps in response to commission inaction on Verizon's forbearance petition" および同日付け "Statement of commissioner Jonathan S.Adelstein in response to commission inaction on Verizon forbearance petition"
(注4)Verizonは引き続きユニバーサル基金への拠出を続けることを確約している。ここでCopps氏が、仮定法のcouldを使用(訳では「なりかねない」と、一応、訳しておいた)しているのは、そのためである。
(注5)Verizonは、D1、D3のような特別アクセス・サービス料金は上げないといっているのだから、これも将来起りうるかもしれない問題である。
(注6)2006.3.29付けnews.Com,"Rivals contest FCC's ruling on Verizon"
(注7)2006.3.21付けBrock Town News,"AT&T next to seek business broadband deregulation"
(注8)FCC委員は、委員長が共和党、民主党のいずれに所属していても、5名の委員を委員長政党の委員数(委員長を含む)が3名、その他が2名の割り振りにしている。これは、党派別に票決が行われる場合を想定し、多数決による採決がスムーズに進行することを慮ってのことであった。事実、旧来の採決は党派別で行われることが多かった。これが崩れ始めたのは、前委員長Powell氏、現委員長Martin氏のとき以来のことであり、いずれにせよMartin氏がかかわっている。

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