インディアナ州下院は、2006年2月28日、78対18票の大差で電気通信改革法案(Telecommunications Reform Bill)を可決した。近々、州知事が署名することは確実であって、この法律は2006年3月28日に発効する。
下院で本法案が可決(上院では下院に先立って2月中旬78対16で可決済み)された機会に、州知事のミッチェル・ダニエル氏(Mich Daniel)は、「電気通信改革法は、インディアナ州を他州にも増して主導的地位に押し上げるものであって、これにより、多額の投資、雇用の吸引を果たすことができる」と述べた。
ダニエル知事が自慢するのももっともである。現在、電気通信分野では、主としてRHCの側からのブロードバンドを利用してのビデオ免許取得の州単位での一元化、さらに電気通信サービスの規制撤廃の実現に向けての規制機関、議会への働きかけが熾烈に展開されているが、この法律は、その双方をセットにして実現するとともに、後者の措置により生じる低所得者へのインパクトの救済措置をも定めたきわめて歯切れのよい明確な内容のものだからである。
2005年7月、テキサス州議会において、RHCにビデオ免許を州単位で一括付与する法案が可決された(注1)。これは全米において、この分野での初めての州法成立であった。インディアナ州における今回の電気通信改革法は、テキサス州に次ぐ第2番目のこの種の法律である。また、私の知る範囲では、基本電話サービスの規制撤廃をも最初に行った法律でもある。
以上の点からしてインディアナ州は、一挙に、電気通信規制撤廃および新時代へ向けてのRHCとMSO(大手通信事業者)の競争条件を同等にする方向に向けての先駆州となった。
しかし、上記の2件の規制案件(市内基本電話サービスの料金規制の撤廃とRHCへのビデオ免許付与の簡易化)は、鋭い利害対立を呼んでいる問題であるだけに、今回の法律制定に当っても反対は強かった。議会の投票は党派別ではなく、共和党のなかからも反対票を投じる議員がかなりでた。
他方、ダニエル知事が強調しているように、インディアナ州が今回の法案を圧倒的多数で可決したのは、同州が比較的後進州であることとも関連する。後進州であるからこそ、基本電話サービス撤廃によりRHCが得た利益(従って、電話料金の引き上げは当然の前提となっている)を電話会社が投資に回す。これにより、ブロードバンドのインフラ基盤の確立とこれに伴う他州からの資本誘致、地元労働力の活用を切に期待して、この法案が可決されたのである。
しかし、このシナリオはすべてRHC(特にインディアナで強い市場シェアを持つAT&T)が描いたシナリオどおりであって、市内電話料金を引き上げるだけでなく、投資を特に誘発するほどの効果を持たないとの消費者団体による批判もある。
以下、この法律の概要、賛否両論の意見、法律制定の黒幕と目されるAT&T社の巧みな売り込みについて紹介する。
電気通信改革法の概要
2006年1月28日にインディアナ州下院が可決した改革電気通信法の概要は、次の通りである(注2)。
住宅用基本電話サービスの規制撤廃(ブロードバンドアクセスの拡大が条件)
(1) | 2008年まで、電話会社に、毎年1ドルずつ住宅用基本電話サービスの料金値上げをすることを認める(例えば、現在料金が月額10ドルであれば、2006年11ドル、2007年12ドル、2008年13ドルというように)。 |
(2) | 2009年以降、住宅用基本電話サービス料金に対する規制を全面的に撤廃する。ただし、電話会社が最初の料金引き上げを行ってから18ヶ月以内に、州地域の少なくとも50%の世帯がブロードバンドにアクセスできるようにすることを条件とする。 |
従量制料金設定の禁止
電話会社に対し、分単位による従量制課金の設定を禁止する(注3)。
低所得者への配慮
基本電話料金を支払うことができないものに対し、資金を補助する政府計画を策定する(注4)。
ビデオ免許の付与を地方自治体単位から州単位へ移管
現在、地方自治体単位で行われているビデオ免許の付与権限を単一の州機関に移す。
インディアナ州公益事業委員会の監督権限
インディアナ州公益事業委員会(Indiana Utility Regulatory Commission)は、サービス提供業者間の紛争、相互接続に関する合意、ユニバーサル・サービス等に関しての事業慣行の監督に当る(注5)。
電気通信改革法に対する賛否両論
賛成論
この法案を推進した議員たち、背後で強力なロビーング活動を行い、法案成立を支えたAT&T、法案の規制緩和の側面にのみ賛成したケーブルテレビ事業者の意見を表1に紹介した。これらの意見では、全国ケーブル・電気通信協会(National Cable & Telecommunications Associations) が、きわめて歯切れの悪い見解を出している点が注目される。ケーブルテレビ業界は、この法律のうち、ビデオ免許を州単位で付与する部分については、絶対に反対であったはずである。しかし、ブロードバンドへの投資促進とセットにされたため、この反対が正面切って打ち出せず、自業界の利害に反する法律部分の制定を容認せざるをえなかったという事情が伺える。
表1 電気通信改革法案に賛成した議員・組織の意見(注6)
賛成議員・組織 | 賛成意見の概要 |
下院議員 Mike Murphy | この法律により、幾億ドルもの投資、幾1000人もの雇用が生み出されるだろう。 |
AT&T上級副社長 Tim McKone | この法律により、インディアナ州民は長年にわたり、利益を受けることになろう。AT&Tは、この法律可決に向け、インディアナ州議会の共和・民主両党が大胆な行動を取ってくれたことに感謝する。 |
全国ケーブル・電気通信協会(ケーブルテレビ会社の利益団体) | インデイアナ州議会が市場競争について、平等条件の設定を規制の枠組みの一部であるべきだと認めている点は評価する。しかし、この法律がブロードバンドの普及に資するとは考えていない。 |
反対論
反対論は、この法案に反対票を投じた議員および消費者団体から出された。いずれも、あるいは基本電話料金の必然的な引き上げ、あるいは州公益事業委員会の規制廃止を批判するものであった。なおここでは民主党議員の反対意見を掲げたが、法案採決が超党派的に行われた点もあり、反対意見を投じた共和党員も幾人かいた点を指摘しておく。
表2 電気通信改革法に反対した議員および消費者団体の意見
反対議員・組織 | 反対意見の概要 |
民主党議員 Matt Pierce | 規制機関の役割を廃棄してしまっては、競争の効果は得られない。選挙民を狼に委ねてしまい、他の選択肢を認めないのは意味のないことだ。 |
Grant Smith、インディアナ市民アクション連合(Citizens Action Coalition of Indiana)専務 | 基本電話料金は上がっていくだろう。この法律は、住宅用加入者にとって利益になる点はなにもない。 |
法律を州政府に売り込んだAT&T、Verizon−テキサス州で制定された同種法律と同様のセールステクニック
米国中西部ルーラル地域を主体とするインディアナ州は、さほど富裕な州ではない。もう10年ほど前になるが、映画「マディソン郡の橋」がわが国で上映されたとき、筆者は物悲しいラブストーリーの背景として延々とトウモロコシ畑が連なる牧歌的風景に印象付けられたものであった。このような豊かでない米国の地域において、ブロードバンドの投資誘因は、大きな州政府の政策目標となるのは当然といえる。
しかし、大手消費団体AARPIndianaの役員Nancy Griffin氏は、2006年2月中旬、今回のインディアナ電気通信改革法制定に向けて、AT&TとVerizonがしたたかな計算の下で、Indiana州政府に対し、投資の増大、雇用拡大の効果を巧みに売り込んだロビーング活動を展開しているとの興味ある論説を発表した(注7)。消費団体が発表した記事であるだけに、多少割引をしなければなるまいが、多分、真相に近いと思われるので、以下その説の要点を列挙する。
両社のセールスポイントは、州公益事業委員会の料金規制撤廃(すなわち料金引き上げについて、両社はフリーハンドを得る)と引き換えに、ブロードバンド事業への投資拡大の約束であった。
この約束は、実は次の2点で意味がない。
(1) | すでに両社はインディアナ州政府に対し、今後2年間で70%を上回る家庭へのブロードバンド・アクセスを約束しており、今回の法律制定を待たないでも、州政府は応分のブロードバンド投資を期待できる。 |
(2) | 今後、市内基本料金収入増から得られる利益増分をインディアナ州に再投資するという約束がなされていない。従って、この利益分が他州の競争が激しいサービス分野に投資される可能性は十分にある。 |
さて、2005年7月、テキサス州は、ビデオ免許を州単位で付与する最初の法案を可決した。しかも、そのときに制定された法律もVerizon、AT&T両社の強いロビーング活動があったと報道されたものである(注1でリファーしたDRIテレコムウォッチャーを参照)。
今後、残り49の州がテキサス、インディアナ州に倣い、同様の法律を可決すれば、AT&T、Verizonにとり、理想的な規制環境が得られることとなるが、なかなかそうはいくまい。
少し古いが、ある資料によれば、2005年末現在で、規制改革について、近年、何らかの規制改革の行動を起こした州(公益事業委員会がイニシアティブを取った4つの州を含む)は25州と約半数に留まり、他の半数の州は規制改革にまったく無関心である。
しかし、今後2、3年のうち、幾つかの州があるいはテキサス州タイプ(ビデオ免許付与の週単位一元化付与)あるいは、インディアナ州タイプ(ビデオ免許付与と市内基本料金の規制撤廃の双方実施)の通信規制改革を実施する可能性は十分に考えられる。
(注1) | 2005年10月1日付けDRIテレコムウォッチャー「Verizon、テキサス州ケラー地区でFiOSTVサービスをキックオフ」。 |
(注2) | 2006.2.28付けFort/Wane.com, "A look at the telecommunications deregulation bill"および2006.3.1付けインディアナ州議会のプレスレリース、"Governor Applauds passage of telecom measure" |
(注3) | 筆者注、米国の基本市内電話料金には、定額制、従量制および、双方がオプションで選べる制度の3通りがある。インディアナ州では定額制が実施されており、消費者団体等は、規制撤廃になったあかつきに電話会社がこれを従量制に切り替えることを危惧し、これに反対していた。従って、従量制料金の禁止はこのような反対に配慮したものである。 |
(注4) | 注1に引用したプレスレリースによれば、現にインディアナ政府は連邦政府が定めた低所得者基準(Poverty Line)を50%程度上回る低所得者層に資金を援助するライフ・ライン制度を設けている。同政府は、この制度を基本料金の撤廃と合わせて拡充するとしている。これは、インディアナ政府が基本料金撤廃後も、ユニバーサル・サービスを維持する姿勢を示したものである。 |
(注5) | インディアナ州公益事業委員会の職務内容がどのように変わるのか、これだけの文言ではまだ定かではない。すでに、今回の法律可決の前に、他の電気通信規制は廃止されているはずであるので、この文言は多分、州公益事業委員会の電気通信分野での職務は、規制業務がなくなり、ほぼ監督業務のみになったことを意味する。これも先駆的な意味を有する。 |
(注6) | 表1、2の作成については、幾点かの資料からの利害関係者の発言を引用したが、資料名は省略する。 |
(注7) | 2006.2.12付けINDYSTAR.COM, "The competition for connection" |