DRI テレコムウォッチャー


新段階に入った電気通信事業者間の競争
- 巨大電気通信事業者2社(AT&T、Verizon)が覇権を争い米国全土で全面競争を展開へ

2006年1月15日号

 Verizonは、新年早々2006年1月6日に、MCIの取得を完了したと発表した。2005年12月中旬には、ライバルの旧SBC CommunicationsがAT&TCorpを統合し、新生AT&TIncが創設されている。このようにメガマージャー2件が相次いで終結し、米国電気通信業界における企業統合は大きく進み、競争も新段階に入った(注1)。
 上記2件のメガマージャーにより出現したAT&TとVerizonの企業目標は、一見きわめて似通っている。いずれも固定通信、携帯通信、データ、ビデオのすべてのサービスを、米国のいずれの場所からも、いつでも提供すると宣言している。もっとも本文で詳しくのべるように、Verizonは携帯通信、ブロードバンドへの傾斜を大きく強め、今後、固定通信には重きを置かない旨を強調した点、AT&Tとの差異化を明らかにした。
 2大メガキャリアの出現は、今後の米国電気通信業界の秩序に深刻なインパクトを及ぼすこととなろう。長距離通信業界1、2位の業者AT&T、MCIが吸収されてしまったことにより、事実上、"長距離通信事業"という業種は消滅してしまった。もちろん、Global CrossingとかLevel3とかといった中規模の長距離通信事業者はまだ存在してはいるが、いずれもバブル期の後遺症から回復できず、今後も高々、ペリフェラルな役割しか果たせまい。
 ところで、1996年電気通信法の根底にある考え方は、市内通信事業者と長距離通信事業者相互間の競争によって新技術、新サービスの促進を図り、ユーザーに対し、諸種のサービスを手頃な料金で提供しようというものであった。しかし、今回の2大メガキャリアの出現は、この前提条件が完全に崩れ去ったことを示すものである。また、1980年初頭に初めて電気通信業界において、既存事業者に対する競争業者第1号となったMCIが消滅したことのシンボリックな意義も大きいものがある。
 今や、米国電気通信業界において、独立系の大規模キャリアとして残っているのは、SprintNextelだけとなった。20数年間の激烈な競争、バブル期を経過した後までに生じた企業トップの有為転変も著しい。元MCI会長のEbbers氏のように、監獄入りする者まで現れたし、今回の2大統合劇においてもMCI及びAT&TCorpのトップであったCappelas氏、Dormans氏も退任を余儀なくされた。このような状況を見ると、1996年通信法が想定した路線に沿っての当初の自由化の目標は、明らかに達成できなかったといってよいだろう。(注2)。
 ただ、これまでの事態の変遷についての反省を別にすれば、インターネットの凄まじいまでの浸透、携帯通信等に見られるような著しい技術進歩により、電気通信企業の置かれた環境は恐ろしく変貌してしまった。この結果、これからの競争は米国全土、さらにはグローバルな規模での固定・携帯通信、データ、ビデオのすべての分野におけるものとなる。この競争は、さらなる他社の吸収、提携をも含め、テンポが速く、一層激烈なものとなっていくだろう。
 本文では、VerizonによるMCI統合の条件、Verizon最近の発表から看取される意外な同社の財務面の弱点等を紹介する。

VerizonによるMCIの吸収 - 消滅したMCIブランド、役員も登用せず(注3)

VerizonによるMCI取得の条件

  • Verizonは、総額77.9億ドルでMCIを取得する(注4)。
  • MCI 株主は、MCI 1株あたり0.573株の比率で、Verizon 1株を受け取る、また、このほかMCI 1株あたり、現金2738ドルの交付を受ける。
  • Verizonの経営陣は従来どおり。MCIのCEO兼会長のMichael Capellas氏も退陣する。

 SBC Communicationsが旧AT&TCorpを合併したとき、SBCは、自社名を旧合併会社の名称AT&TIncに変更したのみか、AT&TCorpの役員2名を新生AT&TIncの役員に任命し、単なる企業吸収ではなく、合併(対等合併とはいえないにせよ)の実をしめした。これとは対照的に、VerizonのMCI に対する措置は、純然たる吸収合併であった。

組織改正 - Verizon Businessを創設
 従来Verizonは、固定通信部門を国内、国内の2部門に分けていたが、今回マーケット別に分ける方式に改めた。これは、顧客のほとんどがビジネス加入者であるMCI 統合に伴う当然の措置であろう。
 新たなVerizonの主要組織は、Verizon Bisiness(大中企業のユーザー対象)、Verizon Landline(小企業、住宅用加入者対象、米国でもっとも進んだIPビデオのネットワーク)、携帯部門(Verizon Wireless)の3部門である。旧MCI業務のほとんどはVerizon Businessに吸収された。

MCI取得完了に当ってのVerizonのSeidenberg会長の声明
 Seidenberg会長の声明の主要点は、次のとおりである。「Verizonの戦略は、住宅用加入者に対するブロードバンド及び、ビデオ、固定・携帯双方におけるビジネス・官庁サービスの分野で、顧客志向の主導的事業者になることである。当社は、卓越したネットワークが、通信におけるイノベーション、競争上の利点の基礎になるものと信じる。当社は、世界最高クラスの携帯通信ネットワーク及び、グローバルなIP幹線ネットワークとつながるIPアクセス・ネットワークを兼ね備えているので、これにより、顧客に対し、エンド・ツー・エンドの最高品質のサービスを提供する」。
 2005年11月末、新生AT&TInc誕生に当たり、同社総帥のWhitcre氏が述べた戦略とほぼ同趣旨の内容であるが、提供するサービスがしぼられている点は異なる。
 すなわち、Verizonは、自社の米国最大・最良の携帯ネットワーク(Verizon Wirelessのもの)と、今回MCIから受け継いだこれまた世界1のIPネットワークを武器にして、覇権を握ろうと意図している。
 裏を返すと、年々加入者数を減らしつつある固定の音声サービスには、重点を置かない旨を宣言したのである(注5)。

投資資金調達のための努力 - 管理者に対する企業年金の切替えと電話帳部門切り離しの決定

MCI取得完了に当ってのVerizonのSeidenberg会長の声明
 Verizonは2005年12月5日、管理者5万名に対し、企業年金の凍結を行う等の合理化策を発表した。その骨子は次の通り(注6)。
 2006年6月末から、福利厚生費用削減のため、5万名の管理者に対し次の措置を取る。

  • 年金制度の運用を凍結(たとえば2005年6月末の時点で20年勤続していたとすれば、20年分の年金を受給する権利を得るが、これにより年金保障は打ち切る)。
  • 2006年6月末の時点において、勤続年数15年未満の管理者には、医療保険給付を打ち切る(これまでVerizonは勤続年数15年から30年の従業員に対し、医療費の50%から80%をカバーする企業保険制度を運用していた)。つまり、これら該当者は、定年退職後の医療保険受給の資格を喪失することになる。
  • 年金制度を凍結された管理者には、401Kによる年金(筆者注:企業と従業員の同等金額の支出により、年金額を積み立てる制度。確定給付から確定拠出への転換)

 Verizonは、通信事業における競争が激しく、しかも競争事業者はおおむね年金制度を有していないため、これまでのように旧来の年金を維持していく余裕がないことを制度切り替えの理由に挙げている。この論法からすれば、早晩一般組合員への拡大も目指し、今後、組合と交渉をしていくことになることも予想される。この措置により、同社は今後10年間で30億ドルのコスト節減が実現できるとしている。
 現在、米国では、企業年金制度の受給額削減、廃止が相次いでいるが、そのほとんどは業績が不良な企業に限られていた。Verizonはほどほどの利益を上げており、優良企業であると見られていただけに、今回の同社の決定は意外の念を持って受け止められ、また、大企業として社会的責任を果たしていないとの非難も強い。
 新年早々、これまた従来は従業員に対する福利厚生の手厚さでは定評があったIBMも年金制度を廃止し、401K制度に移行する旨の発表を行った。

電話帳部門を手放すことも計画
 米国の一部ジャーナリズムは、Verizonは同社が所有している巨大な電話帳部門を分離するか、あるいは売却することを決意したと報道している(注7)。
 Verizonの電話帳事業部門(Verizon Information Services)は7300名の従業員を有し、35億ドルの年商、税引き・減価償却前利益17億ドルもの利益を上げている(2004年次)大規模事業である。同社が仮にこの部門を売却するとなると、170億ドル程度のキャッシュを手に入れることができると観測されている。
 しかし、現に利益を上げている事業部門を手放す決定をするということは、同社が付帯事業をも含め固定電話事業の将来に見切りをつけたと見られると同時に、今後の投資資金の調達に支障が生じてきたのではいかとの疑念を持たれても、不思議ではない。
 ともかく、VerizonがMCI統合に先立つ1、2ヶ月前に、このようなドラスチックな経費節減施策を2件打ち出したことは、財務面から見た同社の将来が容易ならざるものであることを推測させるに十分である。

Verizonの将来に懐疑的な観測筋、事業は順調だと弁明するSeidenberg会長

 上記のような状況からして、観測筋はおおむねVerizonの将来について、懐疑的である。
 Moody(大手格付会社)は2005年12月末、同社の光ファイバーFiOSの実施計画(今後10年間で3000万のユーザーに利用可能)が期間が掛かり過ぎ、投資の回収ができないはずであるとの理由で、Verizonの格付けをワンランク下げた(注8)。
 また、Lehman Brotherのアナリスト、Blake Bath氏は、個人的意見であると断りながらも、VerizonのFTTP(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)によるFiOSの実施は、期間と投資コストが掛かりすぎ(終期2010年で総投資額10億ドル)るのに対し、AT&Tが推進しているFTTN(ファイバー・ツー・ザ・カーブ)によるIPTVは、終期(2008年)は早く、投資コスト(60億ドル)も安い点を指摘している。同氏は、この結果、Verizonは計画の修正あるいは、FTTNへの変換を余儀なくされる可能性もあると推測している(注9)。
 これに対し、VerizonのSeidenberg会長は、最近FiOSサービスの順調な進捗振りを誇示し、同社の財務は健全である点を説明するのに懸命である。同氏は、テキサス州Kellar市における最初のFiOSTVサービス加入者の獲得率は20%(利用可能世帯8000のうち、1600世帯が加入)に達していると発表した(注10)。

 なるほど、この数値自体は満足すべきものかもしれない。しかし、他地域における数値が示されていないこと、さらにVerizonが2006年についても、それ以降の年次についても、ケーブル架設目標を明示していない点が、今一、同社が信頼を勝ち取ることができない大きな理由になっている。
 要約するに、現に華々しく、新しいロゴをも含め、市場最大ともいわれるコーポレイト・イメージ浸透のための大規模なPR戦略を遂行中のAT&Tに比し、拡大Verizonの船出は、幸先が良くないとの印象を与える。


(注1)旧SBC CommunicationsによるAT&TCorpの吸収については、2005年12月1日付けDRIテレコムウォッチャー「新生AT&T Inc、IPネットワークによる通信・娯楽提供のトップ事業者を目指す」。
(注2)これと関連して、AT&TIncのWhitcre氏、VerizonののSeidenberg氏のいずれも生え抜きのCEOが、60代にしてトップの座を維持しえていることは注目に値する。しかもWhitcre氏は、米国通信業界において類を見ないほどの巨額を投じて、新生AT&Tのコーポレイト・イメージを高めるための各種メディア媒体を使ってのPRキャンペインを実施中である。電話事業を創始し、19世紀末以来の長い伝統を持つ旧AT&Tの伝統を受け継ぐ経営層は、競争業者さらにはインターネットからの猛攻を受けながらも、それなりに相当にタフな人々ではある。
(注3)本稿はおおむね、Verizonが2006.1.6に発表したプレスレリース、"Verizon and MCI Close Merger ,Creating a Stronger Competitor for Advanced Communications Services"によった。
(注4)Verizonが当初に提示した買収金額は68億ドルであった。ところがQwest Communicationsが競争者として応札、この結果、Verizonも買収提示価格を 吊り上げざるを得なくなった。Qwestの粘り強い数ヶ月に及ぶ、応札活動によって、Verizonは予想外の出費を強いられたばかりか、合併準備活動をも遅らせた。これが、2005年内の合併完了ができない大きな原因となった。
(注5)テレコムウオッチャーではあまり紹介してこなかったが、これまでVerizonは幾度にもわたり、市内加入回線(加入者もろとも)をCLEC(市内競争業者)に販売してきたのである。最たるものはハワイ州における電気通信事業である。多分、今後も採算の取りにくい市内通信事業は手放していくであろう。
(注6)2005.12.8付けWorld Socialist Web Site, "US:Verizon to freeze defined-benefit pensions for 50,000 managers"
(注7)もっとも要領のよい紹介記事として、2005.12.06付けAsian Wall Street Journal,"Verizon to shed its phone-book unit"。
(注8)2005.12.23付けTech Web,"Verizon Protests Drop In Its Credit Rating"
(注9)2006.1.4付けTelephony online,"Lehman:Verizon may want to rethink FTTP"
(注10)2006.1.6付けReuters,"Verizon signs up 20PCT of its TV market"

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