インターネット、携帯電話等の技術進歩が主導力となって、業界相互の垣根が大きく崩れ、電気通信キャリアの合従連合・提携、他の事業者(携帯電話事業者、ケーブルテレビ会社、ISP等)との競争が急激に進んでいる。
この結果、将来、コンテンツとそれを加入者に配送する通信の提供を、その形態が音声、データ、ビデオのいずれであろうと、また固定端末、携帯端末のいずれによるものであろうと、これらサービスを同一の窓口(ワンストップショッピング)により、月額固定料金で提供していこうという強い動きが起こっている。米国ではこの動きは、IPネットワークへの切り替えを促進し、ゆくゆくは単一ネットワークによりすべてのサービスを統合的に提供する計画を遂行しているRHC諸社及び、需要の低迷から来る加入者の減、収入の落ち込みを通信分野への進出により補強しようとするMSO(大手ケーブル事業者)の間での、激烈な市場争奪戦となって現れている。
テレコムウォッチャーでは、RHCとMSOの市場争奪戦については、すでに幾回も
紹介してきたところであるが、そのすべてがRHCサイドからの考察に留まっていた。
2006年には、この垣根が消滅しつつある電気通信、テレビ、娯楽、インターネット検索等、相互に絡み合う市場における主な事業者活動についても、積極的に紹介していくこととする。新年初の今回の論説は、その手始めとして、MSOの側からみてRHCとの市場争奪戦がどの程度進んだか、またRHCの場合と同様に、市場競争のための有効なマーケッティングツールであるサービスのパッケージ販売(進行中の"トリプルプレイ"と現在、構築中の"クオドラプルプレイ”)がどの程度進捗しているかを解説する。
詳細は本文に譲るが、今回MSO各社の状況を検討してみて、MSOの側から見ても、RHCとの市場競争は容易ならざる負担を負わせるものであると感じた。そもそもMSOの業界といっても、トップ企業2社、Comcast、TimeWarnerを除いては、加入者数1000万に満たない規模の小さな業者の集合体に過ぎない。ブロードバンド、VOIPの新市場に大規模な投資をすれば、すぐさま赤字を出してしまう虚弱な財務体質である。新規サービス提供にもっとも積極的であった業界第5位のAdelphiが破産し、現在、Comcast、TimeWarner2社が同社の買収手続きを行っているのは、この業会の脆弱体質を如実に示すものである。またこのトップ業者2社にしたところで、多額の借金を抱えており、利益率もRHC各社並である。RHCから、特に事業の中核であるビデオ分野の競争を受け、今後大幅なシェアを奪われると、事業の存続自体が危ぶまれる状況に追い込まれてしまう。
同様のことはもちろん、ビデオ分野に参入しなければ将来の成長が見込めないRHCの側についても言えることである。要するにMSOとRHCの競争は、共に財務基盤が弱い両業界にとり、いずれの側も負けられないデスマッチなのである。
今後の推移が注目されるところである。
MSO、ブロードバンド販売合戦でRHCに追い上げられる
2004年までは、ブロードバンド販売競争において、MSOはRHC諸社より、かなり優位な立場にあった。なにしろ、MSOは巨額の投資によりデジタルケーブル回線の高度化を進めてきており、ブロードバンド販売を始めた時期も早かった。さらに、同軸ケーブルの高度化によるデジタル回線は、銅線のビット部分を抜き出し利用するRHCのADSLに比し、伝送速度、品質が優れていた。このため、追撃するRHCはなかなかMSOに追いつくことができない状況が続いていた。
しかし、2005年後半に至り転機が訪れた。表1に示すとおり、2005年第3四半期の成果で見ると、RHC大手3社のブロードバンド加入者数はほぼMSOのそれと並んだ(注1)。
これは、RHC諸社 - 特にAT&T、Verizonの2社 - が意図的にMSOより安い低料金を提示し、しかも伝送速度もアップして強力な販売合戦を展開し、MSOを追撃した成果が実ったことを示す。2005年第3四半期におけるケーブルテレビ会社、RHCの加入者獲得数はそれぞれ120万、140万であって、RHC加入者増のほうが多かった。
しかし業界全体でみると、2005年第3四半期末におけるケーブルテレビ会社のブロードバンド加入者の総数は2320万、これに対しRHCのブロードバンド数は1700万であり、その差は620万もある。従ってRHCは、今後さらに加入者獲得のピッチを上げない限り、ブロードバンドにおけるケーブルテレビの優位がまだ当分の期間、継続することとなろう(注2)。
表1 MSO、RHC上位3社についてのブロードバンド加入者数比較(単位:万、2005年9月末)
MSO上位3社 | 加入者数 | RHC上位3社 | 加入者数 |
Comcast | 810 | AT&T | 650 |
TimeWarner | 460 | Verizon | 453 |
Cox Communications | *285 | BellSouth | 268 |
*表の数値はすべて各社の2005年第3四半期の決算報告から入手した。しかし、Cox Communicationsはこの期の数値を発表していないので、とりあえず前期(2005年第3四半期)の数値を使用した。
要するに、"ダブルプレイ"(MSOはビデオ+データ、RHCは音声+データ)の段階では、MSOはRHCに対し、やや有利に競争を進めているとみてよい。
VOIPにより進展したMSOの"トリプルプレイ" - RHCの最大の脅威は長期的にはTimeWarnerとComcastの2社
Comcastをはじめとする一部MSOは、旧来の回線交換方式により通信分野への進出を模索した期間がこれまで数年続いたが、その成果は見るべきものがなかった。ここ1、2年来、IP利用のVOIPが好調に伸びている。これは、VOIP技術がようやく進み、旧来の市内・長距離通信にさほど劣らない品質のサービスを提供できるようになったことによる。順調に加入者数を増大させているMSO4社の最新の加入者数を表2に示す。(注3)。
表2 MSO4社のVOIP加入者数(単位:万)
MSO | 2005年9月末の加入者数 | 2004年9月末の加入者数 |
TimeWarner | 85.4 | 24.0 |
Cablevision | 60.1 | 12.3 |
Cox Communications | 13.0 | 4.0 |
Comcast | 8.3 | 4.6 |
計 | 166.8 | 44.9 |
米国のVOIPの加入者数は未だ案外少なく、総計300万ほどであるという。独立系のVonageの加入者数が最近100万を超えた模様であるが、上表からするとTimeWarner、Cablevisionの両社は、僅差でVonageに続いている。最近、緊急通話(911)の処理で苦情が多く、伸びが鈍っているVonageを追い抜く日もまぢかではないかと推測される。
以下、4社の状況をさらに解説する。
TimeWarner
業界第2位のMSOであるTimeWarnerは、VOIPではトップを走っている。もっとも後述するとおり、加入者数で最大のMSOであるComcastは周到な準備の下に最近、VOIPの販売を本格的に開始したので、早晩TimeWarnerとComcastは、販売数を競い合うこととなろう。
Cablevision
加入者数300万、業界第6位の小規模なケーブル会社であるCablevisionは、ニューヨーク市を地盤とし、ブロードバンド、VOIPの拡大にはもっとも力を入れている特色のあるケーブル会社である。同社は、売り上げに占めるブロードバンド、VOIPの比率が最も高いMSOであって、すでに単なるケーブル事業者の枠を超えつつある。しかし、強力な競争相手、Verizonとの消耗戦に引き込まれている結果、投資、販売コスト等の支出が大きい。2004年次に黒字に転換した財務も2005年には再び赤字となった。従って、現在急速に加入者数もブロードバンドも伸ばしているが、Verizonとの競争で敗北を喫すると、すぐさま事業の存続が危ぶまれることとなりかねない。
Cox Communications
Cox Communicationsは業界第3位のMSOであり、ブロードバンド、VOIPに力を入れている点でCablevisionと類似している。しかし、赤字続きで財務状況はCablevisionよりさらに悪い。同社は2005年10月末、Cedbridge Communicationsとの間で、自社加入者94万(総加入者620万の約15%)を売却することで合意した。こうして、Coxはすでに過酷な加入者獲得競争で脱落しつつある。早晩、業界第5位のMSOであるAdelphi(経営破綻のためTimeWarner、Comcast両社への売却が決定、現在FCCの承認待ち)と同様の運命を辿ることとなる危険が迫っている。
Comcast
最大のMSOであるComcastが本格的にVOIP事業に参入したのは、最近のことである。従って、今のところ、加入者数は未だ少ないが、同社は最高品質のサービスが提供できる体制を整えたと自負しており、最大のブロードバンド加入者数を基盤として、今後大きく加入者数を伸ばしていくものと考えられる。なおComcastは、回線交換による電話加入者も120万有している。
"トリプルプレイ"の目標は、MSOの側からすればVOIP加入者の獲得であり、RHCの側からすればブロードバンド加入者(DSLあるいは一部RHCの光ファイバーによる)の獲得である。上記で説明したとおり、RHC、MSOいずれの側もかなりの成功を収めつつあり、争奪戦は互角であると思われる。
"クオドラプルプレイ"への準備を進めるMSO - SprintNextelと提携へ
最後に、ケーブルテレビ会社のクオドラプルプレイの取り組みについて触れる。この件については2005年11月初旬、ケーブルテレビ会社4社(Comcast、TimeWarner Cable、CoxCommunications、Advance/Newhouse Communications)とSpring/Nextelが、クオドラプルプレイの実施に向けて合弁会社を設立し、このサービスの推進を図ることで合意した(注4)。
合意の主要点は次の通り。
- 米国の加入者に対し、どこからでも娯楽・通信・携帯サービスを提供することを目的とする。ビデオ・携帯・データ・ブロードバンドの4サービスの"クオドラプルプレイ"の提供を目指す。
- 合弁会社資本2億ドルのうち、1億ドルはSprint/Nextelが、また同じく1億ドルは参加する4社のケーブル会社が拠出する。
- 提携期間は20年間とし、このうち最初の3年間は第3者の参画を認めず、排他的なものとする。
- 同一の端末で、共同ブランドのワイアレスサービスを提供する。
プレスレリースは、4社のケーブル会社の加入者数4100万、Sprint/Nextelの加入者数4600万であって、計7500万の加入者(筆者注:単純合計は8700万になるはずであるが、何らかの重複要素を差し引いての数値と考えられる)に対し、"クオドラプルサービス"提供の可能性があると述べている。
なお、このサービス提供に当って得られた収入は、すべて加盟する各社が有する加入者収入として配分されることになるという(つまり、Sprintが現在でも幾つかの事業者に対し行っている卸売り方式(MVNO)は取らない。)
このプレスレリースでは、クオドラプルプレイのサービスを開始する時期が明示されていないし、また設立される合弁会社の業務も明らかでない。そもそもこれだけ大規模なプロジェクトが果たしてスムーズに実行されるものかどうかは、いささか疑問である。
ただ、あるアナリスト(調査会社SG Cowenのアナリスト、TomWatt氏)は、今回の5社の提携を高く評価し、2006年次におけるSprintNextelの1株当り利益率の推計を0.69ドルから1.48ドルへと大きく引き上げた(注5)。
このように、MSOの側からの携帯電話を加えての"クオドラプルプレイ"は、まだ計画段階に入ったところであり、その実施は将来の問題である。RHCの側では、すでに衛星通信事業者(EchoStar、DirecTV)との代理契約(すなわち衛星通信事業者のサービスを即、パッケージのなかに組み込む)によるサービス提供をビデオ提供とみなせば、すでにVerizon、AT&T、BellSouthともに、クオドラプルプレイを開始しているといってよい。またVerizonは、周知の通り、光ファイバーによるビデオサービス、FiOSTVを2005年の秋以来、テキサス州をはじめとする幾つかの地域で開始し、目下、鋭意他のエリアにも及ぼそうと懸命の努力をしている。従って、クオドラプルプレイにおいては、現状では明らかにRHC側が先行している。
(注1) | 各社の2005年第3四半期の年次報告書から、所要の数値を引き抜き作成した。 |
(注2) | Leichtman Research Groupの資料による。2005.11.1付けRedHerring, "Broadband by Number"から孫引き |
(注3) | 2005.12.1付けCable Digital Net, "North American MSOs Count 2.4 million VOIP Subscribers"の表から数値を抽出し、作成した。 |
(注4) | 2005.11.2付けのComcastのプレスレリース"Sprint Nextel, Comcast, TimeWarner Communications and Advance/Nethouse Communications to form landmark cable and wireline joint venture" |
(注5) | 2005.12.7付けのForbes.com, "Sprint-Nextel Seen Boosted By Cable Alliance" |