自治体ワイヤレス・ブロードバンドの矛盾
自治体がワイヤレス・ブロードバンドを運営する場合、ビジネスモデルと、制度上の問題が障害になる。
ビジネスモデルの問題とは、事業の採算性をどうやって確保するかであり、制度上の問題とは、民間企業との競争関係をいかに健全なものとするかである。この2つの問題は、表裏一体である。
ある地域で、自治体ワイヤレス・ブロードバンド事業の採算性が高ければ、その地域では民間企業もサービス提供可能となり、自治体の参入は民業圧迫となる。一方、採算性の低い地域では、民間企業が参入しないため、自治体ワイヤレス・ブロードバンドの提供は民業圧迫とならないが、採算性は確保し難い。
補助金の投入による事業化は、確かにひとつの答えではあるが、自治体が効率的な事業運営を行えるとは限らず、財政悪化のリスクもある。
米国は15州で自治体ブロードバンドを禁止したが...
米国では、全米第8位の人口を有する大都市フィラデルフィア(人口約150万人)が、市の全域を覆う無線LANネットワークを構築する計画を発表した途端、自治体ブロードバンドへの反対運動が沸き起こった。Verizonなど既存のブロードバンド事業者は、民業圧迫を訴え、猛烈なロビー活動を行った。その結果、現在までに15州で、自治体のブロードバンドサービス提供を禁ずる州法が成立している。
青 | : | 自治体ブロードバンドを禁じる法律が審理中の州 |
濃いグレー | : | 自治体ブロードバンドを禁じる法律が成立した州 |
水色 | : | 自治体ブロードバンドを禁じる法律が否決された州 |
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図:米国での自治体ブロードバンド規制状況
出所 : www.freepress.net
しかし、自治体ワイヤレス・ブロードバンド普及の勢いは止まらない。日本でも、地域の安全・安心確保が自治体の重要な課題のひとつとなっているが、米国でも、9月11日の同時多発テロを契機にテロ対策予算が増額され、FCCが公衆安全用途に4.9GHz帯を割り当てたこともあって、多くの自治体が、警察・消防・公安等の利用するワイヤレス・ブロードバンド網構築を進めている。
そして、民業を圧迫しない自治体ワイヤレス・ブロードバンドのビジネスモデルが現れた。
矛盾を解く鍵は「官民連携」
現在、米国の多くの自治体が選択しているのは、アンカーテナント・モデルである。自治体は、自ら投資してネットワークを構築することはしない。その代わりに、特定の民間企業との間に、フランチャイズ契約を締結し、街灯、信号機など自治体資産の利用を許可する。民間企業がネットワークを構築・運用し、自治体は、アンカーテナントとしてネットワークを利用する。
民間企業にとっては、自治体がアンカーテナントとなることで、経営の安定化が図れる。また、自治体にとっては、ネットワークを利用することで、通信コストの削減や、業務の効率化が図れる。
民間企業には、他社への卸売を義務付けることにより、サービス競争を促す。
このアンカーテナント・モデルは、冒頭に述べた2つの問題をクリアする解のひとつである。ただし、実際に事業運営が成功するかどうかは、アプリケーションにかかっている。
台北のメッシュ型無線LANプロジェクト
この、官民連携によるアンカーテナント・モデルを採用し、自治体ワイヤレス・ブロードバンドを実現した都市が、アジアにある。台湾の台北市である。
台北市は、モバイル・シティプロジェクトの一環として、台北市内134 km2のエリアで無線LANサービスを提供している。台北市人口265万人の9割をカバーする、このネットワークは、2006年7月に完成した。
ネットワーク構築に公的資金は投入せず、公共施設(街灯柱、信号機、交友建築物)の利用権を入札にかけ、落札した統一安源資訊に9年間の営業権を付与した。
台北市は、このネットワークを、市バスの運行管理等の公共サービスにも活用する。
台北で開催されたW2iデジタルシティ国際会議
台北の無線LANプロジェクトがほぼ完成した2006年6月28日〜30日、台北市で、W2iデジタルシティ国際会議(Digital Cities Convention Taipei)が開催された。
W2iデジタルシティ国際会議は、年数回、世界各地で開催され、自治体ワイヤレス・ブロードバンドに関して、各国の先進事例の発表、製品・ソリューションの展示等が行われる。2005年は上海で開催された。2007年のアジア地域での開催場所は未定である。
この国際会議には、台北市長、台南市長、桃園県長など台湾各地の首長が参加し、海外からは、米国サンフランシスコ市、フィラデルフィア市、ポートランド市、英国グラスゴー市、カナダのウォータールー市、オーストラリアのゴールドコースト市などからも、市長、CIO(最高技術責任者)など幹部が出席した。
写真:国際会議で「デジタルシティ宣言」に署名した首長ら
出所 : english.taipei.gov.tw
持続可能な運営モデルに向けて
アンカーテナント・モデルの場合、事業運営する会社が倒産した場合にどうするかも考えておかなくてはならない。台北市の国際会議では、持続可能な運営モデルについての議論なども行われた。
現在、米国各地でブーム化している自治体ワイヤレス・ブロードバンドは、果たして長期的に成功するのか?台北市の無線LANプロジェクトは、どのような発展を遂げるのか?今後の我が国の地域情報化を考えるうえで、海外の先進事例は追いかける価値のあるテーマである。
詳しくは...
データリソース社では、海外自治体の地域情報化への取り組みを紹介した「−海外事例に学ぶ− ワイヤレス・ブロードバンドによる地域情報化ハンドブック」を発行する。
6月に発行した「先進10事例分析版」では、海外事例を通して、地域情報化のノウハウを紹介している。失敗事例も含めて、様々なビジネスモデルを取り上げているので、参考にしていただきたい。
http://www.dri.co.jp/auto/report/dri/wbb102006.htm
なお、台北国際会議の様子、台北市の事例については、「世界150事例紹介版」で取り上げる予定である。
http://www.dri.co.jp/auto/report/dri/wbb1502006.htm
データリソース社は、「ワイヤレス・ブロードバンドによる地域情報化」の最新情報を提供する無料メルマガを発刊した。国内や世界各地の最新動向なども発信するので、興味のある方は是非購読されたい。
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DRIレポートの「メッシュネットワークの未来」シリーズは今回で終わる。関連情報は、上記メルマガで発信を続ける予定である。
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無線メッシュネットワーキング:都市およびキャンパス規模の技術と導入戦略
Wireless Mesh Networking: Technologies and Deployment Strategies for Metropolitan and Campus Networks (米国 ABIリサーチ)
地方自治体における無線技術とアプリケーションのビジネスチャンスと戦略
Mobile Local Government-Opportunities & Strategies for Wireless Technologies & Applications
(英国 ジュニパーリサーチ社)
メトロゾーン:市内をつなぐ無線ネットワークの戦略、技術、ケーススタディ
Metrozones: Strategies, technologies and case studies for city-wide wireless networks
(英国 ARCチャート社)
メッシュネットワーク:アドホックから固定インフラへ
Mesh Networks:Moving From Ad Hoc to Mesh Networks (米国 インスタット社)