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  遊び半分、おもしろ半分、ポッドキャスティングで学んでしまおう  (IT アナリスト 新井 研氏)
2006年11月1日号


 米国ではポッドキャスティングが急激に普及しており、ブログに次ぐ新たなメディアとして確立されようとしている。また学習ツールとしてe-ラーニングの復活の鍵を握るメディアとしても注目されている。好きな音楽やコンテンツを楽しむ合間に、遊び半分、おもしろ半分、ポッドキャスティングで学んでしまおう、というわけだ。

■ ポッドノミクス
 ポッドノミクスとは、ポッドキャスティングとエコノミクスを合わせた造語であり、ポッドキャスティングにまつわるビジネス全体の総称である。iPodなどの携帯型音楽プレイヤーはもはや音楽プレイヤーの域を出て、タイムシフト、プレイスシフトを実現した非常にパーソナルなメディアとして評価されている。米国の調査会社IDC社によると「2010年には米国だけでポッドキャスティングユーザーが5680万人に達する」といった見方もあり、有力な広告媒体としても期待されている。ポッドキャスティングのコンテンツの領域は、音声だけでなく、静止画、動画へ、娯楽系だけでなく知識教養系、ビジネス情報系などに広がり、幅も奥行きも拡大を続けている。
 米国でポッドキャスティングが急激に伸びた背景には、まず第一に、ダウンロード・カルチャの副産物であったことを理解しよう。ブロードバンドの普及では日本や韓国は米国を凌駕しているが、その分だけハードディスクに記録してしまうダウンロードよりコンテンツがコピーされにくいストリーミングが普及した。その流れに乗って成功したのがUsenのGyaoである。一方、米国はインターネットの母国ではあるが、ブロードバンドは日本ほど普及していない。米国の家庭では地域電話会社の競争が激しく、ほとんどが料金固定制のかけ放題であったため、皮肉なことにアナログ回線とモデムをつないだいわば旧式な接続方式で、つなぎ放題、かけ放題のインターネットを実現していた。そのためブロードバンドのインターネット・インフラ需要は日本や韓国などよりも切実ではなかった。これがストリーミングよりもダウンロードが普及した理由だ。さらにダウンロード・カルチャの特徴は、ストリーミングと違いコピーフリーとなるため、友人間でのコピー、デバイス間コピーがきわめて簡単で、気に入ったものであれば猛烈な勢いで伝播するメリットがある。ポッドノミクスはこの流れに乗ったダウンロード・カルチャの果実といえる。

■ e-ラーニングの復権
 今から4,5年前、インターネットとオンデマンド性とパソコンのインタラクティブ性を生かして、学校教育から企業教育に至るまで幅広く教育にこの技術を生かそうとe-ラーニング・ビジネスが大いに期待された時期があった。人事・総務部であれば労務管理や法律知識、経理であれば企業会計、簿記、技術系であれば、スキルの向上や資格取得、営業マンであれば英会話、ビジネス情報などなど、好きなときに、空いた時間にいつでも出来るとあって、講習会などと違った新たな学習手段として大きな注目を浴びた。しかし、自主的に学ぶ環境を自ら作り出すことが難しく、結局、講習会など強制されるスタイルの方が日本のビジネスマンには合っていたようで、e-ラーニングは目を見張るような普及にはつながらなかった。しかし、ポッドキャスティングでまた様子が変わってきた。

■ 遊び半分学んでしまおう
 深夜のラジオ番組をポッドキャスティングで提供することはもはや当たり前になり、オーディオブック、ネットラジオ、プロモーションビデオクリップ、企業のIR情報もポッドキャスティングの重要なコンテンツになってきている。特に本や雑誌、専門書から得られるビジネス情報が、文字ばかりか音声で聞けるようになるメリットは大きい。ましてや、アマゾンやグーグルが取り組んでいる本の全文検索、すなわち全文テキスト公開などが普及すると、あらゆる本がポッドキャスティングのコンテンツになる。ここだけでもポッドキャスティングのe-ラーニングへの展開が見えて来る。
 iPodなど携帯音楽プレーヤーの最大の特徴は、好きな音楽やコンテンツがいつでも見れるからいつも持ち歩きたくなる点だ。この娯楽性の高いデバイスをe-ラーニングに結びつけたことが成功のポイントであろう。これを最大限に活用したのが、メジャーリーグ・コロラド・ロッキーズの試みである。これまでは分析担当スコアラーが投手に対戦相手打者の特徴をビデオやメモで試合前に渡していたが、これをポッドキャスティングで行うようになっている。登板投手のロッカーには対戦打者を分析したコンテンツが収められたiPodがロッカーに置かれるという。移動の合間に好きな音楽を聴き、その合間にiPodで対戦相手の攻略をインプットするというものだ。まさしくe-ラーニングだ。今シーズンのロッキーズの成績をみるとこれが成果に結びついたかは不明だが、遊び半分、おもしろ半分というe-ラーニングは肩の力が抜いた分だけ取り組みやすいものといえよう。
 最近、我が国で高校の必修逃れ問題が広がりを見せている。文科省や県の教育委員会はその対応に追われているが、年間1科目の未履修は70時間分もあり、中には150時間足りない生徒もいるという。大学受験の追い込みに時期に気の毒と言えば気の毒だが、レポート提出で済まそうとか受験シーズンが過ぎてから補習を行おうとか様々な対応策が出されているが、ポッドキャスティングでの学習も履修として認めるという選択肢もあれば救われる受験生も多いかもしれない(現実味は薄いが)。少なくとも「世界的視野で地理の授業を行ったことで世界史を受けたものと見なした」などといった苦し紛れの詭弁よりよほど説得力はあるのではないだろうか。5年後、ポッドキャスティング履修は当然となっているかもしれない。



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