1年経ったグーグルアースのインパクト (IT アナリスト 新井 研氏)
2006年5月1日号
グーグル社の地球衛星写真の地図サービス、グーグルアースがサービスインからほぼ1年が経過した。発表当初、“地球ブラウザ”と銘打って登場し、地図愛好家や旅行愛好家だけでなく多くの人々にインターネットの新たな活用法、または未来のITの活用法を示唆している。ここでは、1年が経過したグーグルアースの評価と意義について考えてみる。
■グーグルアースとは
グーグルアースは2005年6月にグーグル社がサービスを開始した地球の衛星写真を画面上の地球儀に貼り付けた地図サービスだ。地上約4万マイルの高度から最低地上30フィート高さまで目線をズームできる。都市部など高解像度の写真が使われているので、乗用車かトラックかぐらいまでは識別できる。ご存知の方も多いと思うので、グーグルアースの説明は省略するが、まだご存知でない方は“百聞は一見にしかず”http://earth.google.com/で体験されたい。
サービス開始当初は“居ながらにして世界旅行ができる”とか、“グライダーで空中散歩の気分が味わえる”、さらにはグーグル社に“よくぞこのようにすばらしいものを無料で提供してくれた”と賞賛の声が相次いだ。エッフェル塔、ピサの斜塔、コロセウム、ビッグベンといった名所を上空から眺めたりできるが、実際に旅行で現地を訪ねた人なら、再び思い出に浸れ、これから行く人は思いを馳せることができる。ちなみに筆者は生まれ故郷の生家やワールドカップイヤーにちなんで世界のサッカースタジアムを空中漫歩で楽しんでいる。
■Web2.0の牽引車
サービス開始当初、これだけの精巧な衛星写真が誰でも簡単に手に入れられるので、これはテロリストを利することになるのではないか、といった当然予想された懸念が指摘された。グーグル社は、軍の施設を高解像度での提供は自粛することで一定の配慮は見せたが、空港、港湾、発電所、などほとんどの施設は見せている。ホワイトハウスやペンタゴンまでもくっきりと見せているのには驚いた。特にペンタゴンでは9.11のアメリカン航空77便が墜落した傷跡も見ることができるほどだ。もちろん、イラクの旧フセイン王宮、板門店、ピョンヤン市街も高解像度で提供され、ヨンピョンの核施設なども見ることができる。要するに、よほどのことがない限り、グーグルアースは徹底公開を貫いている。改めてアメリカの懐の深さを感じずにはいられない。つまり、軍施設などを隠すメリットより公開で得られるメリットがはるかに大きいといった考えだ。この考え方こそがWeb2.0といわれる最近の新しいインターネットの潮流の牽引車たりうる。
Web2.0とは、新たなインターネットの技術、使い方、存在の仕方など広く包含した概念で、2005年はじめごろからシリコンバレーの技術者の間で語られるようになった新語だ。その本質のひとつが“公開”だ。公開することで万人のアイデアが集積することができ世界最高の唯一無二の知識ベースができることである。それは知識を隠蔽し独占することでは成しえず、公開することでのみ可能であるといった思想である。インターネットはもともとオープンなものであり、Web2.0はある意味で原点回帰といった見方もできる。
■グーグルアースの本質
グーグルアースの本質は単なる美しい衛星写真の提供ではない。世界中の人が、その現地に住む人にしかわからない情報を衛星写真に融合させることである。ある人は世界のサッカースタジアムめぐり、ある人は自分の会社の宣伝、自分の大学の宣伝に、あるいは自分の旅行経路の紹介、何でも良いだろう。さまざまな情報を書き込むことができる。グーグルアースのコミュニティにそのデータベースがあるが、昨年のサービス開始以来、膨大な世界各地の衛星写真に魂を吹き込むデータベースができ、日夜進化を続けている。おそらく現存する地球最大の地図情報データベースが出来上がるのは間違いない。おそらくそのことがグーグル社の将来の膨大な利益の源泉のひとつになることは間違いないであろう。
地球規模での話題だけでなく、もっと狭い範囲での活用が現実的になるであろう。おそらく不動産会社は自社のマンションがいかに好立地にあるか、学校や病院などの位置関係が一目でわかるし、売り手にも買い手にも公正な情報を提供できる。こういった形で不動産会社からスポンサー収入を得るなどのモデルが考えられる。
あるいはこの地域に関してグーグルアースコミュニティのデータベースで検索すれば、さまざまな情報が得られるようになるだろう。たとえば、隣のマンションにに有名人が住んでいるとか、その隣のアパートには釈放されたばかりの犯罪者が住んでいるとか、この店で一度ぼったくられたとか、検索しだいでさまざまな情報を得る事ができる。悪意のある使い方も可能なため、一定のルールや規範は必要だろう。そのあたりは匿名性の高いインターネットと変わりはない。
■その先にあるもの
地上4万マイルから地上30フィートまで一気にズーミングできるグーグルアースだが、現時点では衛星写真の限界から、人の顔を識別するまでにはならず、また、写真の更新は一定期間ごとに行われため、リアルタイムではない。しかし、“街角カメラ”のような、観光目的、あるいは治安目的によるカメラが町中に増殖している。川崎の男児投げ落とし事件の犯人逮捕の契機にもなっている。極論だが、これらがWebに結びつき、グーグルアースからリンクが張られれば、完全に人の顔が識別できてしまう。WorldCamといったWebサイトがあるが、ここからは世界中の都市の街角カメラがリアルタイムで動画を提供している。ニューヨーク市外に11個のカメラを置き、5番街の交差点やロックフェラーセンター付近を行き交う人の顔が識別できるほどの映像が流されている。プライバシーや監視社会の弊害などここで議論するつもりはないが、こういった防犯カメラや街角カメラとグーグルアースが結びつけばまた新しいWeb活用の世界が見えてくる。グーグルアースは今も進化し続けているが、新たな“Web3.0”のヒントも与えてくれている。
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