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  Winny被害で浮上した超低価格PCのリアリティ  (IT アナリスト 新井 研氏)
2006年4月5日号

 途上国の子供たちにPCを普及させようと、米国のネグロポンテ氏は価格を100ドルに抑えたノートPCを提唱している。インテルもこのほど400ドルのノートPCのプロトタイプを発表し、超低価格PC市場の創出を目論んでおり、PC低価格化のブレークスルーが試みられている。ところで、わが国ではWinnyのウイルスによる情報流出事件が後を絶たない。機密情報流出に手を焼いた防衛庁は自衛隊員のPC、7万台を官費で購入するという。PC購入の予算がつかずに仕方なく個人のPCで業務を行っていたためだというが、この超低価格PCは案外Winny被害の切り札になるかもしれない。

■超低価格ノートPC
 米国MITメディアラボ理事長のニコラス・ネグロポンテ氏は価格を100ドルに抑え、途上国の子供たちもノートPCが使えるよう、OLPC(One Laptop Per Child)プロジェクトをAMD、Redhat、Googleなどを巻き込んで推進している。氏は最近このプロジェクトに専念するため同理事長職を辞任するほどの熱の入れようだ。機器のプロトタイプは昨年11月に発表され、CPUが500Mhz、スクリーンは1メガピクセル、ハードディスクはなく1ギガバイトのフラッシュメモリを持つ。バッテリが弱いために手で内蔵発電機を回す涙ぐましい仕組みで製造は台湾のクアンタ社が担当する。100万台単位の国による買い上げを目指すという。無線LANを内蔵しアドホック方のメッシュ式のネットワークでインターネットを活用するというが、そちらのほうも実に興味深いチャレンジだ。
 一方この動きに対抗したのが、インテル、マイクロソフトによるDiscover PC Initiative。こちらは途上国向けのWindows XP Starter Editionを採用、OLPCのフラッシュメモリのみのマシンとは異なり、ハードディスクもUSBも搭載した本格PCのスペックである。価格は400ドル前後になりそうだ。インテルはこれにともない50億ドルの基金を設立し、途上国に融資する形で普及を目指している。
 これ以外にも、途上国では過去に超低価格のPCへのチャレンジが行われてきている。インドのSimputer、ブラジルのLinuxPC、などがあるがいずれも成功はしておらず、ネグロポンテ氏とDiscover PC Initiativeの取り組みは比較的実現性が高いと見られている。
 さて、このネグロポンテ氏らのプロジェクトとDiscover PC Initiativeの切磋琢磨がもたらすものは何か。いうまでもなく更なるPC価格のブレークスルーだ。かつて1990年代半ばには“サブ1,000ドルPC”が価格低下のシンボルであったが、今回は“サブ100ドル”である。ここで培われた低コストの製造技術やノウハウはいずれ先進国のPC市場にも大いに影響を与えることはまちがいない。

■Winnyで後を絶たない情報流出
 話は変わるが、実はわが国ではファイル共有ソフトWinnyのウイルスによる情報流出事件が後を絶たない。つい最近も北海道武蔵女子短期大学の受験生の合否や個人情報がWinnyウイルスで流出したことが発覚、また自衛隊員の個人PCのWinny利用による機密情報流出に手を焼いた防衛庁は隊員のPC、7万台を官費で購入するという。1台10万円としても70億円、ソフトウエアを含めると200億円近くに上る大きな出費だ。自衛隊、警察、教職員、役人などからのWinnyのウイルスによる機密情報流出事故が目立つが、個人のPCを業務で利用する公私混同が後を絶たないためだ。残業を減らすためにデータをUSBメモリなどで持ち帰りWinnyがインストールされた自宅のパソコンから流出する気の毒なケースもあり、一概には責められない。安部官房長官もWinnyを使わないよう呼びかけているが、個人の趣味はそう簡単にやめられるものではない。確かにWinnyウイルスによる被害を防ぐには安部官房長官の言うようにWinnyを使わないことだが、もっと正確に言えば仕事で使うPCではWinnyをインストールしなければよい。

■Winny専用ネットワーク?
 そこで、どうせWinnyがやめられないなら、逆に開き直ってWinny専用PC設定し、漏れてはならないデータは絶対読み込ませず、そのかわりに心置きなくWinny専用PCでWinnyを楽しんではどうだろうか。わかりきった話であるが、1台10万円もするとなかなか2台も持つのは躊躇するが、これが1台100ドル、1万円前後で購入できたらどうだろうか。2台、3台と携帯電話のような気安さで持つことができるようになり、Winnyウイルスによる公的機関からの情報流出は激減するのではないだろうか。逆に“Winny専用ネットワーク”も構築され、それはそれでブロードバンドの格好の実験材料になるかもしれない。
 ライブドアの調べによるとWinnyでやり取りされるコンテンツで最も多いのは(いかがわしい)動画、次いで音楽ファイル、ついで静止画といわれており、いうなれば非合法、あるいは非合法すれすれの危ないコンテンツである。しかし、これらがわが国を世界に冠たるブロードバンド大国に押し上げた牽引車であったことは否定できず、いうなれば必要悪であろう。Winnyはネットワーク社会のパンドラの箱から出てきた悪の部分であり、それを手にしてしまった今、後戻りすることはできない。重要なことはWinnyと重要情報を切り分けることである。途上国を支援するネグロポンテ氏の崇高な理念をまぜっかえすわけではないが、サブ100ドルPCが案外現実的な解かもしれない。



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