DRI テレコムウォッチャー


新生AT&T Inc、IPネットワークによる通信・娯楽サービス提供のトップ事業者を目指す

2005年12月1日号

新生AT&T Inc.のロゴ旧AT&T Corp.のロゴ

 2005年11月18日、新生AT&T(AT&T Inc)のCEO兼会長となったWhitacre氏(前日までSBC CommunicationsのCEO兼会長であった)は、SBC CommunicationsとAT&Tの合併による新企業の誕生を高らかに宣言した(注1)。また同氏は、“SBC CommunicationsとAT&TCorpの統合は、国内・グローバルのネットワーク化に大きく寄与するものであって、今後AT&T Incは住宅・ビジネス用ユーザーに対し、革新的な通信・娯楽サービスを提供していく”と述べた。この宣言は、1984年にベルシステムが、長距離通信会社AT&Tと地域電話会社7社に分割されて以来21年の年月の後、地域電話会社の流れを汲むSBC Communications及び、この間、業務の縮小を続けすっかり積年の勢威を喪失した長距離通信会社のAT&Tが、再び統合した経緯を踏まえたものであった。
 新会社の名称については、前AT&T社長のDorman氏からAT&Tブランドを残して欲しいとの強い要請があり、Whitacre氏もこの要請を十分に考慮すると回答していた。合併企業の側が被合併企業の社名を採用するということは異例のことである。ただ、ベルシステム出身のWhitacre氏は、最近、規制環境が自社に有利である点、全国津々浦々に電気通信サービスを提供していくというベルシステムの企業理念は、提供するサービスの内容からして変わりはないとの信念に基づき、AT&Tのブランド力が低下している事実を承知の上で、敢えてAT&Tブランドを選んだものであろう。
 本文では、新生AT&T創設に当っての決定事項、AT&T米国第一の電気通信会社となったAT&T Incの強さ、それにもかかわらず将来予想される困難、早くも噂されているBellSouth買収の可能性等について述べる。

新生AT&T創設に当っての幾点かの決定事項

 AT&T創設の発表は、いかにも迅速であった。FCCがSBC Communications及びAT&Tの合併を承認した10月30日以来、3週間足らず、カリフォルニア州公益事業委員会が規制機関としての最後の承認(10月23日)を行って以来、わずか数日後のことであった(注2)。この点についてWhitacre氏は、「われわれは、顧客が今回の事業統合から受けるシナジーによる利益をすぐに得ることができるよう、新会社発足初日から本格的な業務を開始する」と述べている。もちろん、初日から統合のメリットがすぐさま現れるはずもないが、今回の合併に賭けたWhitacre氏の気迫はよく伝わってくる。
 ちなみに、VerizonによるMCI取得は、まだ幾つもの州公益事業委員会からの承認が得られていないこともあり、統合会社の発足は2006年にずれ込むことが確実となった。
 統合先の事業規模、統合実施の時期の双方において、今回、平行して進展してきた2組のメガマージャー結成劇で、SBC Communicationsの方がVerizonより、初戦において先んじたということができよう。

AT&T Incが定めた主要決定事項

 AT&T Incが発足当日の同社プレスレリースで発表した決定事項は、およそ次の通りである。

  • 本社所在地 : テキサス州サン・アントニオ(旧SBC Communicationsの本社所在地)
  • 株式上場の銘柄 : “T”(この銘柄により、2005年12月1日より取引が開始)
  • 新役員構成 : 旧SBC Communicationsの総帥、Edward Whitacre Jr氏は、新生AT&TのCEO兼会長に就任した。また、旧SBC Communicationsの役員15名に旧AT&T Incから、David W.Dorman、 William F Aidinger、John C. Madonnaの3人が加わった(筆者注 : 役員数の比率15名対3名からして、新会社が旧SBC Communication経営陣主導で運営されることは確実である。なお、旧AT&TのCEO、Dorman氏の役員就任は暫定的なものであって、早晩、退任すると見られている)
  • 合併後、旧SBC Communications及びAT&Tのみを利用していた加入者は、従来どおりのサービスの提供を受ける。両社のサービスの提供を受けている加入者(主としてビジネス加入者)に対する新サービスは、今後、数週間で発表する。

IPネットワークによる一元サービスの提供に賭ける新生AT&T
 - 最大の問題点はビデオサービスの提供 -


住宅部門だけでなくビジネス部門に対する米国最大の通信事業者となった新生AT&T
 すでにDRIテレコムウオッチャーでは、SBC Communicationsは幾つもの指標においてVerizonを抜き、米国最大の電気通信事業者になっている事実を紹介済みである(注3)。
 SBC CommunicationsがVerizonに唯一及ばなかった指標は収入であったが、今回、両社によるAT&T、MCIそれぞれの統合後の収入からすると、新生AT&Tの収入はVerizonのそれを上回る(ただしCingular Wirelessの収入をすべて新生AT&Tに繰り入れた場合)。これは、被合併会社の旧AT&T、MCIの年商がそれぞれ約200億ドル、100億ドル程度と見込まれ、約100億ドル程度の差異があることによるものである。
 新生AT&Tの収入は800億ドル程度と見込まれ、この額は年商規模において世界最大の電気通信会社NTTとほぼ匹敵する。2006年早期に完了が予定されているMCI統合により、Verizonの年商も新生AT&Tに迫るものとなる。したがって2006年からは、米国で年商においてNTT並の大通信会社が誕生することとなる。
 さらに今回の合併により、新生AT&Tは、これまで攻略が難しかったビジネス通信市場において最大の市場シェアを持つAT&TCorpの事業を傘下に収めることにより、ようやくライバルのVerizonより優位の立場に立つことができた。これは、統合によるコスト節減(年商150億ドルと見積もられている)と並び、同社にとって最大の収穫であったといえよう(注4)。
 すなわち、YankeeGroupが発表した数値によれば、新生AT&Tのビジネス通信市場シェアは29%(旧AT&T15%+SBCCommunications14%)となった。これに対しMCI統合後のVerizonのシェアは26%(MCI 11%+Verizon15%)であって、これに及ばない。もっともVerizonは、世界最大のIPバックボーン回線を手に入れることができるので、これはVerizonに取り、今後、競争上大きな武器となろう。

Whitacre氏、IPネットワークによる新サービス提供を宣言
 Whitacre氏は、現在は旧来の回線交換からIPネットワークへの進展の過渡期であって、新生AT&Tは米国の主導的通信事業としてこの転換期をリードし、米国の消費者、ビジネスユーザーに対し、固定音声・携帯・データ・ビデオの各種サービスを一元的に、単一の料金請求書により、提供していくと述べている。
 実のところ同趣旨の発言は、2004年にVerizonのCEO、Seidenberg氏が言い始めたことであって、二番煎じの感を免れない(注5)。Whitacre氏が新生AT&T発足の機会に、Seidenberg氏と同一基調の企業戦略を打ち出したことは、旧来の音声市場が縮小しつつある状況からして、同社はこれ以外に生存の方法がないことを示すものである。また、米国だけでなく、わが国においても欧州諸国においても、通信事業者の将来が、IPネットワークへの急速な移行の中で収益を収めていけるかに掛かっている点は同様である。
 ただ米国の場合、MSO(大手ケーブル業者)からの激しい競争があるため、新生AT&TもVerizonもビデオの提供への本格的参入(いわば通信会社がテレビ会社を兼ねる)を決意せざるを得なかった点が特徴的である。
 ビデオの本格的な導入戦略遂行の点では、AT&T IncはVerizonに立ち遅れている。Verizonは、すでにFiOSTV(ケーブルテレビ会社と同様のブロードバンドテレビのサービス)の提供をテキサス州から始めており、目下、他州に拡大中である。
 ところが、IPTV方式によるAT&T Incのサービスは2006年に提供が始まる予定であるが、まだ最初のサービス提供計画の概要も定かでない。サービスのシステムはマイクロソフト社が請け負っており、AT&T、マイクロソフト両社ともに、サービス開始に当たり、技術上の問題はクリアされたと称している。しかし、まだ問題があるのではないかと疑問を投げかけている向きもある。
 いずれにせよ、長年月にわたり確固たる地盤を築いてきた米国ケーブルテレビのビデオ市場に、これまでこの分野に全くの素人であった通信事業者が攻勢を掛け、収益を上げ得るだけの市場を獲得するという企ては、新生AT&Tにとっても先行するVerizonにとっても、大きな賭けであることは疑いない。Wall Street Journalが新生AT&Tの将来について評した記事ではこの点が強調されている(注6)。

AT&T、携帯電話サービスをCingular Wirewlessのブランド名で販売することを計画
 - AT&TがさらにBellSouth獲得を狙うかどうかと絡む問題


 ところで、一大統合をなし終えたばかりのAT&T Incは、早くも同社がBellSouthと共同経営している携帯電話合弁事業であるCingular WirelessをAT&TWirelessに改称することを計画していると報道されている(注7)。最初に報道したのはUSA Todayであるが、Whitacre氏自身、“われわれは携帯電話事業にAT&TWirelessのブランド名を復活したいと考えている。しかしまだ細部を固めていない”とこの報道を肯定している。
 新生AT&Tにとって、携帯サービスの販売を引き続き諸種の固定サービスとは異なったCingularWirelessのブランド名で提供することは、マーケティング上効率が悪い。したがって、AT&Tが携帯のブランド名をAT&TWirelessにしたいと望むのは当然のことである。
 しかしCingular Wireless、さらにCingular Wirelessに40%の持分を持つBellSouthには、このブランド変更は深刻な影響をおよぼす。Cingular Wirelessの代表者、Mark Siegel氏はこの件について、早速、“AT&Tがブランド変更の決定をしても、われわれがCingularWirelessブランドのサービスを引き続き販売していく。CingularWirelessは知名度の高いナショナル・ブランドであり、AT&Tの決定に当ってはこの要因が考慮されなければならない”と牽制球を投げている。
 SBC CommunicationsとBellSouthとの間のCingular Wireless設立に関する協定では、AT&T(旧SBC Communicationsの権利を引き継いだ)は、自由に同社が販売するブランド名を変更できる模様であるが、実際にこれを適用するとなると、上記Mark Siegel氏の指摘にもあるように、Cingular Wireless、BellSouthとの提携関係に大きな亀裂が入ることとなろう。
 米国のニュースレターでは、Cingular Wireless改称の問題と平行して、新生AT&Tが今後BellSouthの買収を計画するのではないかとの推測も流れている。事実、両社がこの件について、話し合いをしていることは確実のようである。
 筆者は、AT&TのAT&TWirelessブランドの使用とBellSouth獲得計画の問題は、AT&Tがこれまで地域電気通信事業者として提携関係にあったBellSouthに対し競争関係に移行した場合、どのように対処すべきかの戦略問題の一貫として、統一的に解決されるだろう考える。さまざまの見通しがすでに報じられているが、ここでは将来実現するであろう3種類のシナリオ(軽いものの順)を列挙するに留める(注8)。

  • AT&Tが一部のエリアで携帯電話について、AT&T Wirelessのブランド名を使用する。
  • AT&TがCingular Wirelessに対するBellSouthの持分(40%)を買収する(注9)。
  • AT&TがBellSouthを買収する(注10)。


(注1)SBCCommunicationsの2005.11.18付けプレスレリース、"New AT&T Launches"。なおWhitacre氏は、1964年にテキサス技術大学(Texas Tech University) を卒業、ベルシステムに入社して以来、電話事業一筋に歩み今日の大を成した。1990年にSouthwesternBellのCEOに就任、以来、Pacific Telesis(1997)、 SNET(1998)、Comcast Cellar(1999)、Ameritec(1999)を次々と合併して手中に収めた。さらに2000年には、BellSouthと合弁でCingular Wirelessを設立、2004年末には、その上AT&TWirelessをも買収、米国最大の携帯電話部門を創り上げた。
合併を通じて成長を続けてきた点ではVerizonも同様であるが、SBC CommunicationsのM&A戦略はより果断、かつ迅速であった。今回の統合により、テキサス州サンアントニオ(アラモの砦の所在地)を本拠とするSBC Communicationsは、遂に米国全土を市場に持つグローバル会社となった。Whitacre氏にとり2005年11月18日は人生最大の光栄ある日であったろう。
(注2)2005年11月1日付けDRIテレコムウォッチャー「FCC、激論の末にメガマージャーを承認」
(注3)2005年11月15日付けDRIテレコムウォッチャー「ブロードバンド・携帯のウェイトが高まるRHC3社 - 2005年第3四半期の決算報告から」
(注4)(注1)で紹介したSBC Communicationsプレスレリース及び、2005.11.18付けLight Reading,"Merged Telcos Will Sport Different Looks"
(注5)2004年12月1日付けDRIテレコムウォッチャー「大手RHC2社、社運を賭して光ファイバーブロードバンドを推進へ」
(注6)2005.11.22付けThe Wall Street Journal, "AT&T bets online technology"
(注7)2005.11.21付けBusiness Week Online, "AT&T plans to resurrect wireless brand"
(注8)3点のシナリオを提案した資料は幾点かあるが、この案件は今後も議論が続く可能性がある。ここでは資料名は省略した。
(注9)このシナリオの場合、BellSouthは携帯部門なしでは生存不可能であるので、NextelSprint等から回線借用、MVNO(仮想携帯電話事業者)として、携帯サービスを維持していくだろう。また、実現の可能性は薄いが、T-Mobileとの提携、買収提案を行うことも考えられよう。
(注10)筆者はWhitacre氏が68才の高齢であること、規制環境が同社にとって追い風であることを勘案すると、必ずやBellSouth買収を試みるものと考える。BellSouthと実質的な合意ができた段階で、必ず規制上の問題があるかどうかについて、事前にFCCに打診するであろう。従って、新生AT&TとBellSouthが合意を発表すれば、2006年内にでも両社の合併は実現する可能性が強い。

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