2005年の米国電気通信業界ではRHC4社の電話から、携帯、データ、ビデオへのサービス多様化が大きく進展した(注1)。
この流れのクライマックスとして、大手RHC(主としてVerizon、SBCommunications)とMSO(大手ケーブルテレビ会社Comcast、Time Warner、CableVision等)とのブロードバンド加入者の獲得競争、さらにはこれと関連した音声・データ・ビデオのパッケージ販売(いわゆるトリプル・プレイ)による加入者獲得競争の進展が挙げられよう。またFCCによるVerizonとMCI、SBC CommunicationsとAT&Tの2組のメガマージャーの承認が、予想以上に統合する側のVerizon、SBCCommunications両社に有利な条件で行われたことも、上記の出来事と大きく関連する(注2)。
つまりFCCは、RHC及びMSOによる競争を通じての米国のブロードバンドの急成長を政策目標としており、このため、競争上まだまだMSOより立ち遅れているRHC側に有利な規制環境を整備することを意図しているのである。
以下、本論では、RHC3社の2005年第3四半期の決算が発表されたのを機会に、(1)Verizon、SBCCommunications、Bellsouth3社の収支の特色(2)3社が過去1年間でどれほど旧来の音声・固定電話中心から、業務多角化を行なったか、またデータ、携帯、ビデオ(この分野はまだ始まったばかりで実態はさほどないが)の分野に進出をしたかを紹介する。
本文をお読み頂けば明らかなことではあるが、ここで2005年第3四半期におけるRHC3社の収入・利益の特色を要約しておく。
- 3社とも、不思議なほど利益率が10%前後と近似している。この数字は多分、米国における収益性の下限値なのであって、3社ともに、この下限値を割らない努力(通常、利益率の管理は営業利益率について行っているものであるが)をしていることを示しているかのようである。
- 3社とも、今後数年の間は、10%を大きく超える利益率を生み出すことはできないと考えられる。Verizon、SBCCommunicationsの両社は、それぞれMCI、AT&Tの統合に経費を要するし、統合にともなうシナジー効果を発揮するのに、まだ相当の期間が掛かる。さらに、ブロードバンドに多額の投資を行ってもいる。BellSouthとなると、Verizon、SBC Communicationsからの強い競争の追撃を受けて、多分、利益率減少を食い止めるのに精一杯の状況が続くだろう。
- RHC3社の株価は、2005年には前年に引き続き低落しており、この傾向は2006年初頭における2組のメガマージャー実現が確実になった現在も続いている。これまで、かなりSBCCommunications、BellSouthより高かったVerizonの株価も振るわない。今、30ドルギリギリであって、一度転落した20ドル台にいつ引き戻されるか判らない状況である。ウォール街は、Verizonからのややセンセーショナルな報道に惑わされることなく、冷静に同社の光ファイバー、ビデオサービスへの投資が利益を生むかいなかを見守っている段階である(注3)。
- VerizonとSBCCommunicationsの収入・利益の構造は、きわめて対照的である。Verizonのワイアレス部門(Verizon Wireless)の成長率は高く、また、利益総額もワイアライン部門を上回っている。Verizonはいつのまにか、ワイアライン主導の企業になってしまった感がある。これに対しSBC Communicationsは、ワイアラインのウェイト、収益率がいづれも高く、Verizonのワイアライン部門を、収入、利益の双方で大きく凌駕している。しかも、両社ともにワイアライン、ワイアレスの総計で同程度の利益率を挙げている。収入総額において、SBC Communicationsは相当にVerizonに迫っており、2006年、それぞれMCI、AT&Tを吸収することにより、両社の格差はさらに縮まる。AT&Tの売り上げは、かなりMCIのそれを上回るからである。寡占に近い状況の下で、また旧のRHCの営業エリアの垣根が大きく崩れていく状況の下で、両社の覇権争いは、ますます激烈なものとなろう。
- BellSouthは、これまで守りの姿勢を強め、Verizon及びSBC Communicationsに伍する収益を上げてきた。しかしそのためには、これまで同社の収入の相当部分を占めてきたラテン・アメリカにおける携帯電話事業の利権の大半をTelefonicaに売却するという犠牲も払わざるを得なかったのであって、かなり無理な経営を行っていることも事実である。これからは、サービス多様化の波に棹差して、新事業の開拓につとめなければならない。Cingular Wirelessの共有を介して、これまで強い絆があったパートナーのSBCCommunicationsが2006年早期から、新生AT&Tに傾斜し、BellSouthとの関係が薄くなる事態が想定されるので、同社の将来は多難であろう(注4)。
- ついでながら、今回、SBC Communicationsと張り合ってAT&Tの取得を試み、敗退した第4のRHC、Qwestは、その後、FCCがVerizon、SBCCommunicationsに対し、合併に伴う一部重複資産の売却による期待(Qwestは資産買収を期待していた)の夢も破れ、全く、将来の生き残りのチャンスがなくなった。Qwestがどのような運命を辿るか、これは、2006年における大きな関心の的となろう。
2005年第3四半期におけるRHC3社の収入・利益
Verizon Communications
表1 Verizon Communicationsの収入・利益(単位:億ドル、括弧内は前年同期比の数値)
項目 | 収入 | 利益 | 利益率 |
総計 | 190.0(+5.4%) | 18.7(-3.8%) | 9.9% |
ワイアライン | 94.5(-0.7%) | *17.2(-7.0% ) |
ワイアレス | 83.5(+14.2%) | *21.8(-3.2%) |
1、*総計が純利益であるのとは異なり、営業利益である。
2、ワイアライン及びワイアレスは、総計の中核であるが、すべてではない。Verizonの収入には、このほか、電話帳、海外事業等があるが、ここではこれらサービス項目の掲載を省略した。
上記の簡単な表からも、(1)Verizonがブロードバンドへの懸命な移行を進めているにもかかわらず、その効果が収入に反映されておらず、ワイアライン部門の減収が止まらない。この点、後述するとおりワイアレス部門の黒字が定着化したかに見えるSBC Communicationsに遅れを取っていること(2)これに比し、ワイアライン(Verizon Wireless)の成長率、利益率がきわめて高く、この部門がVerizon Communicationsの牽引車であることが読み取れる。
確かに、Verizonは社運を賭けたFiOSをはじめ、大型新規事業に大きく投資している。2005年次の予定金額は、2004年並みの154億ドルから157億ドル程度に達すると発表しており、この額はSBC Communications、BellSouth(SBCCom、BellSouthの推計投資額はそれぞれ13億ドル、36億程度)に比し、大きい。
SBC Communications
表2 SBC Communicationsの収入・利益(単位:100万ドル)
項目 | 収入 | 利益 | 利益率 |
ワイアライン 音声 データ 長距離 その他(電話帳等) 計 | 4,929(-6.8%) 3,009(+10.1) 949(+9.7%) 1,453(+3.2%) 10,320(+0.3%) | 1,246(-40.5%) | 12.1% |
ワイアレス | 4,730 | 260 | 5.5% |
(表2のうち、ワイアレス及び総計は、BellSouthが発表しているCingular Wirelessの決算数値及び、BellSouthのワイアレスの数値を使って推計した。SBC Communicationsは自社の決算数値にCingularWireless分を計上していない。その主たる理由は、Cingular Wirelessの低い利益率を公にしたくないためであろう。)
SBC Communicationsの今期利益は、前年に比し大きく減少したが、これはAT&TWireless取得の費用計上、カトリーナ、リータの両ハリケーンによる被害復旧費用を計上したことによるものである。
BellSouthの収入、利益
表3 BellSouthの収入・利益(単位:100万ドル)
項目 | 収入 | 利益 | 利益率 |
通信グループ | 4,480(-1.3%) | 611(-14.7%) | 13.6% |
ワイアレス | 3,499(103.9%) | 193 | 5.5% |
その他(電話帳等) | 515(+1.8%) | 41 | 8.0% |
計 | 8,498(+25.7%) | 845(-5.4%) | 10.0% |
今期、通信グループは、8月末のカトリーナ台風の影響を受け、収入が大きく減少し、また支出が増えた。この影響がなければ、収入は前年並み、利益率もこれほど落ち込むことはなかったはずである。
BellSouthの収支構造は、Cingular Wirelessを共有しているSBC Communicationsと類似している。つまり、ワイアライン部門が比較的好調であって、この部門から利益率の低いワイアレス部門を支える仕組みとなっている
データ・携帯・ビデオへのウェイトを強める3RHC
表4 RHC3社の携帯電話・データの分野への移行を示す数値
(2005年9月末、単位:万、括弧内は2004年9月末の数値)
項目 | Verizon | SBC Communications | BellSouth |
長距離加入者数 | 1,815(1,700) | 2,330(2,275) | 699(566) |
携帯加入者数 | 4,929(4,212) | *3,138(2,874) | *2,092(1,916) |
アクセス回線数 | 4,969(5,298) | 5,020(-5.1%) | 2,040(2,159) |
DSL回線数 | 453(318) | 650(470) | 268(187) |
ビデオ加入者数 | 不明 | 41.9(85.4%) | 46.0(前期増6.6) |
(SBC Communications及びBellSouthの携帯電話会社加入者数は、Cingular Wireless加入者数5230万を同社に対する両社の株式持分比率、60%、40%により配分したものであって、両社が発表した数字ではない)
表3は、RHC3社について、過去1年間にどれほど、長距離津信・携帯・DSL分野に向かっての移行が進捗したかの数値を集約したものである。
前項における3社の2005年決算分析において示されたRHC3社の新分野への移行傾向の進展を設備数、加入者数で裏付けたものであって、自明の内容であるが、各項目について、一言ずつ説明を付け加えておく。
SBC Communications
3社による長距離加入者の争奪は、ようやく沈静化した模様である。すでにSBC Communications、Verizonの2社は、住宅用市場において、多分米国1位、2位の事業者になっている。2006年早期にはSBC Communications、Verizonは、それぞれAT&T、MCIを統合し、名実ともに米国第1位、第2位の長距離電話事業者になることが確実視されている。
携帯加入者数
わが国、欧州先進国に比し、携帯電話の成長がやや遅れた米国では、まだ携帯電話の成長が続いており、2005年第3四半期には、多分ここ数年来で最高の加入者増を果たした。今期に至り、Verizon、BellSouthの両社では、携帯加入者数がアクセス回線数に並んだ点に注目されたい。これは、わが国、欧州の一部通信先進国では、すでに数年前から現れている現象であり、米国の携帯電話事業がようやくわが国、国際水準に近づいたことを示す。
DSL回線数
RHC3社が、低料金によりケーブルテレビ会社のブロードバンドに対抗している効果が現れており、DSL回線数新規増の絶対数は、ここ1年ほどの間、ケーブルモデムを上回っている。なお、Verizonの数値にはFiOS (同社の光ファイバー)の数字も含まれている。
アクセス回線数
3社ともアクセス回線数の減少は続いている。特に、Verizon社のアクセス回線の減少は大きく、年間6%を超えている。もっとも、アクセス回線が自社の携帯電話回線、DSL回線に振り替わるのは、新サービスへの移行に伴う必然的な現象とも言えるものであって、移行に見合う新サービス加入者を獲得できていれば、さほど心配することはない。
Verizonは、今回の決算報告のなかで、"Growth in Total Customer Connection"という項目を設け、同社の総加入者接続回線(アクセス回線+携帯電話加入者数+ブロードバンド回線)は、2005年9月末現在1億を超え、前年同期に比し5.3%の増である点を強調している。Verizonの主張はもっともであり、多分今後、このTCCの指標(OECDの報告書ではすでに数年前から採用している)が米国でも、使用されていくであろう。ただし、Verizonの固定通信収入が減収であるため、同社の主張は迫力を欠く。
ビデオ加入者数
3社ともに、DirectTV、EcoStarなどの衛星通信事業者と提携し、これら会社の衛星テレビサービス(両社サービスを加工せず小売り)を顧客にパッケージ・サービスにより提供している。3社のうち、SBC Communications、BellSouthの2社はこのサービスの加入者数を発表しているが、Verizonは数字を公表していない。
(注1) | 筆者は、2005年第3四半期のRHC3社の決算についても同様の視点から分析を行った。2005年6月15日付けDRIテレコムウォッチャー「増収・減益基調のRHC3社―2005年次第1四半期の決算からー」。 |
(注2) | 2005年11月1日付けDRIテレコムウォッチャー「FCC、激論の末にメガマージャーを承認」 |
(注3) | これと関連し、金融筋がもっとも関心を持っているのは、Verizonが2005年以来、一部市場において販売しているFiOS(Verizon社による光ファイバーのブランド名)の加入者数である。Verizonは売り上げは好調だといっているが、加入者数を公表していない。 |
(注4) | もちろん、BellSouthも対応した対策を考えているのであって、同社は、FCCが4キャリアのそれぞれペアによる2組の合併(Verizon/MCI、SBCCom/AT&T)を認めた10月31日の3週間前の10月9日、Sprint Nextelとネットワークの乗り合いについての提携で合意した。 当面、提携関係は、ビジネス加入者を狙いとしての両社のデータ網の相互乗り合い、この乗り合いを利用してのサービスの開発に絞られる模様であるが、すでに観測筋は、将来、BellSouthとSprint Nextelの合併の可能性を示唆している。 |