米国南東部地域(ルイジアナ、ミズーリ、テキサス州等)は、2005年8月末から9月初めに掛けて、相次いでkatrina、Ritaの2大ハリケーンに見舞われ、甚大な被害を蒙った。
特に、Katrinaの直撃を受けて市の大部分が浸水したニューオーリーンズ市の被害は大きい。ブッシュ政権は莫大な資金(1000億ドルを超え、イラク戦費に匹敵するとの報道すらある)を投入して、災害の復興に全力を尽くしている。
FCCもMartin委員長がニューオーリーンズに乗り込み、現地で通信キャリア、機器メーカ等関係者を集め、緊急対策会議を開くなど、ハリケーン対策の企画実施に当たった。BellSouthなどのキャリアも電気通信インフラの回復に精力的に取り組んでいる。このため復旧は急ピッチで進んでいる模様である。しかし、電力、ガス、水道など他のインフラの整備も進行中であり、損害が比較的少なかったフレンチコーター等一部地域への居住者の帰還が認められただけである。かなりの数の住民が未だ避難所生活を強いられている状況であって、電気通信が旧の状態で利用できるまでには、未だ相当の期間が掛かる。
今回、FCCのMartin委員長は、USF(Universal Service Fund、ユニバーサル・サービス基金)により、総額2.21億ドルの電気通信復旧のための資金をまかなうと発表した。周知のとおり、この基金は本来、米国において、津々浦々まで電話サービスを普及する(具体的には各家庭が電話を持てるようにする)ユニバーサル・サービス推進の目的で、設定された補助金制度である。1997年には、学校・図書館へのブロードバンド設置目的のための制度、E−Rateも追加され、現在年間総額約65億ドル強(7000億円を優に超える)もの資金が投じられている。
本年3月、GAO(米国会計検査院)は、USF基金の管理がきわめて杜撰であると指摘し、この資金の管理をFCCから委任されている非営利会社、USAC(Universal Service Administrative Company)を強く非難する報告書を議会に提出した。事実、この件にからんで、USACの幾人かの職員が汚職のかどで逮捕された。FCCはこのため、2005年6月、USF基金の運営のありかたを検討するための調査を開始した。調査告示を読む限り、FCCは部分的な管理手続きの改定を行って調査を終結したいとの思惑が読み取れる。
このような状勢からすると、FCCのMartin委員長がUSF基金を災害復旧目的に流用する決断を行ったのは、かなり大胆な行動であるいえよう。米国の政界、業界の一部では、電気通信技術の変革、電気通信規制緩和の進展に応じて、USFを縮小しようとする動きも確かに存在する。徹底した市場主義論者であったPowell元FCC委員長も個人的にはそのような意見を持っていた模様である。
Martin委員長は、大胆な規制緩和には賛成(最近のRHCに対するDSL規制の完全撤廃に見られるように)であるが、セイフティーネットは大きく張る(換言すれば大きな政府を好む)という政策の持主らしい。数年前、同氏が民主党FCC委員2名と共に、前Powell委員長の意見に反し、多数採決を主導したとき、共和党国会議員の一部から、同氏はモ隠れ民主党議員だ“との批判を受けたことがある。今回の決断からすると、心底同氏は一部、民主党に近い考え方を持っているようである。
本論では、FCCがとった災害対策および、本年春にFCCがUSF管理の改定について発出した調査告示の案件について紹介する。
FCCのMartin委員長、ハリケーン及び今後予想される自然災害に対して、3段階の対策を打ち出す
FCCは8月末以来、Katrina、Ritaが及ぼした被害に対処するため、最大限の努力を払って、今日に至っている。
Martin委員長は、ハリケーン対策を当面の災害復旧に留まらず、将来に向けての総合的な災害対策実施のための組織設置の提案をも含めた3段階に含めた対策の実施・提案を行った。堂委員長が、2005年9月29日に下院エネルギー・商業委員会所属の電気通信・インターネット小委員会に提出した陳述書に基づき、その骨子を紹介する(注1)。
1、 USF基金流用による災害復旧・罹災者救済のための資金の交付
周知のようにFCCは、州が認定するサービス提供事業者(当初のユニバーサル基金)及び長距離サービスを利用するユーザーから徴収した資金(E-rate)を積み立てたユニバーサル・サービス基金(USF)を使用して、ルーラル地域、低所得者層、学校、図書館のIT助成のため、年々巨額の配付を行っている。
ユニバーサル基金を構成する4プロジェクトごとの配付金額を表1に示す(注2)。
表1 USACが取り扱っている配付額の規模(単位:億ドル)
プロジェクト | 配付額の規模 |
ルーラル・高コストエリア | 34 |
学校・図書館(E-Rate) | 22.5 |
低所得者 | 8.0 |
医療関係 | 1.18 |
計 | 65.68 |
FCCは、表2に示すとおり、今回この基金の諸項目を流用して、Katrina被害の復旧措置に経費を支出することを決定した。
表2 Katrina災害に対するユニバーサル・サービス基金(USF)の支出計画
項目 | 支出対象・条件 | 金額 (単位:100万ドル) |
低所得者 | 低所得者と認定されたものに対して、電話を無料で架設。また、避難者及び電話サービスを受けられない被災地域の人々に対し、携帯電話セット取得の援助及び300コールまで無料電話サービスの提供。 | 51 |
医療機関 | 医療機関の電気通信ニーズに対し、25%から50%の割引実施。 | 28 |
学校・図書館 | ルイジアナ、ミシシッピー、アラバマ州における被害を受けた600の学校に対し、E-Rate基金の使用を認める。 | 132 |
ルーラルエリア・ 高コストエリア | 被害を受けた電気通信設備復旧の任にあたる電気通信事業者(最も大きいのはBellSouth)にコスト補助を行う。 | 発表なし (かなり多額のものになると 想定される) |
上記支出のうち、すべてが本来のユニバーサル・サービス資金の支出趣旨から外れている。たとえば、低所得者に対する援助は、本来低所得者に対する架設費用に対する助成であるが、これが一般避難民、災害で通信が利用できないものに拡大されている。また、医療機関に対する資金援助は、本来、遠隔医療(Telemedicine)に限られたものであるが、ここではすべての電気通信ニーズに限られている。学校・図書館に対しても、使途についてなんらの制限ももうけられていない。多分、学校、図書館の電気通信設備の復興に広く利用できるのであろう。
目的から最も逸脱しているのは、ルーラルエリア・高コストエリアに対する捕縄である。この項目の受益者は本来、RLEC(ルーラル地域市内電話事業者)であるが、これが今回の措置では、電気通信復興に携わる電気通信事業者に置き換わってしまった。
したがって、FCCによる今回の資金支出の意図は、多分潤沢な資金があるUSF基金を災害用に流用する(FCCは流用であるとはいっていないが)ことに他ならない。
2、復旧計画策定のための特別パネルの設置
公安、電気通信産業からの専門家被災地域における将来の災害に応じ得る電気通信インフラを構築する独立したパネルを設立する。このパネルは、層来の災害への対応がよくできる電気通信インフラの構築についてのFCCからの諮問に応じる。
3、災害準備のため、FCCに専門局を設置
FCCに新たな局、Public Safety/Homeland SecurityBureauを設ける。これは従来、幾つもの部局に散在していた機能を統合し、公安、国家の安全、災害時の管理を効率的に行うよう信頼性の高い電気通信サービスを提供するためである。
FCC、USF管理体制の見直しに関する調査を開始 - 期待されそうもない抜本的改革
FCCは2005年6月14日、USFの管理体制の刷新に乗り出し、これを目的とした調査告示を発出した(注3)。
FCCがこの調査を開始するに至った背景には、FCCがUSFの管理運営を委託した非営利会社、USAC(Universal Service Adminisrative Company)の乱脈経営がある。
GAOは2005年5月、高コスト地域電気通信に対する補助とともに、USFを使用するプロジェクトの根幹を占めるE-Rate(学校、図書館へのブロードバンド設置に対する経費援助を行うプロジェクト。1997年このプロジェクトの創設に尽力した元FCC委員長Kennard氏は、このプロジェクトは次世代のITに強い国民を育てるために不可欠なものであるとして、長距離電話料に対する付加税(10%強)として財源が確保されるこのプロジェクトを“E-rate(教育税)と名付けた)の運営について、議会に報告書を提出し、USACによるUSF運営のありかたを厳しく批判した(注4)。
今回の調査告示は、上記GAO報告書の批判を受けて発出されたものであるが、その真の狙いがどこにあるかを知ることは難しい。冒頭において、汚職を生み、非効率であることが明らかなUSACを廃止して、他社あるいは、FCC直轄に移すことも辞さないとの提案もオプションとして示されているものの、提案の力点はUSAC管理の効率化、FCC管理の強化に置かれている。FCCがUSACの廃止はおろか、抜本的改革など全然考えていないのではないかとの印象も受けるほどである。
調査告示について、委員長Martin(共和党)、Copps(民主党)、Adelstein(民主党)の3名が声明を発表している。いずれも、USACの手続き改革についての穏当な意見の開陳に過ぎない。興味あることには、共和党Abernathy委員が声明を出していないことである。案外、同氏だけがUSAC廃止あるいは、抜本的なUSAC刷新の賛成者なのかもしれない。
(注1) | Written Statement of Kelven J.Martin, Chairman of FCC before the Subcommittee on Telecommunications and the Internet Committee on Energy and Commerce September 29, 2005 |
(注2) | 表1は、2005年6月14日付けのFCC調査告示の本文に個々の掲載があるものを寄せ集めて作成した。それぞれの数値が、決算値であるのか、予算の数値であるのか、また、いつの年度のものであるのか一切不明である。そもそも、USACは2004年度の年次報告書を発表しているものの、決算値は発表していない。 |
(注3) | 2005年6月14日付けFCCプレスレリース、"FCC launches broad Inquiry into Management and Oversight of Universal Service Fund" |
(注4) | 2005年3月頃、米国のジャーナリズムはかなりの程度、USAC汚職を報道した。その実態は、詐欺、資金の不正流用等を含み、かなりひどいものであった模様である。逮捕者も数名出た。しかし不思議なことに、E-Rateプロジェクト自体がもう不要だとか、管理会社であるUSACを即、廃止すべきであるというような意見にはお目に掛からなかった。
資料の1つとして、2005年3月17日付けinternetnews, "Tales of Fraud,Abuse in school E-Rate Program"をあげておく。 |