FCCは、2005年8月5日、DSLサービスを情報サービスと位置づけ、ケーブルモデムサービスの場合と同様に、規制を行わないことを定めた。具体的には、現在、DSLサービスに課しているシェアリングサービス義務を解除する(注1)。同時にFCCは、この裁定実施に伴う経過措置も講じている。
FCCの今回の裁定は、2005年6月末、米国最高裁が下したケーブル・モデムによるブロードバンドを「情報サービス」と認定した決定(FCCが2003年に下した認定を支持したもの)が下されてから、わずか1ヶ月半で為されたものである(注1)。
FCCの今回の裁定は、(1)上記最高裁の判決によりケーブルモデムによるブロードバンドサービスの完全非規制化が確定したのであるから、ケーブル会社と共に、ブロードバンド市場のシェア争奪を狙って熾烈な闘争を展開している設備所有電話会社(4RHCが中心)にも、競争条件を平等にする上で、FCCとしては、当然、同様の措置を講じる必要があること(2)ブロードバンドサービスの普及はブッシュ政権の目標であるし、Powell前委員長の後を受けてFCC委員長に就任したMartin氏がFCCの最優先課題として取り上げていることからしても、当然に予想されたことであった。
Martin委員長にしてみれば、多分、就任後最初の重要な裁定であったが、調整力抜群と評判が高かった同委員長らしく、同僚FCC委員、不利益を蒙るISPへの配慮を十分行い、バランスの取れた裁定を行った。
まずFCCは、これまで「通信サービス」と位置づけていたDSLサービスを「情報サービス」へと定義を変えた。これにより、1996年電気通信法の下で、DSLは規制を解除されることとなる。もし従来どおり、DSLサービスを通信サービスと位置づければ、これまでの規制(競争業者に対する低料金によるシェアリングの義務付け)の根拠は、「規制の差し控え」という苦しい法解釈を行わざるを得なくなっていただろう。
FCCはまた、法律上の拘束力はないと断りながらも政策宣言を発表し、消費者がDSLブロードバンドを非差別で、あらゆる場合に利用できるようにすると約束した。おそらくこの文書の発表は、お役所であるFCCと消費者の距離をできるだけ縮め、透明性の高い行政を行おうとする意図に基づいた新機軸であろう。
第3に、FCCは、今回の非規制化措置が関係者に及ぼすインパクトを和らげるため、経過措置の設定、設備所有電話会社による一定期間のユニバーサルサービス基金への拠出の継続を定めた。
これまで、FCCが重要な裁定を下す場合には、FCC委員の党派に応じた投票がなされるのが、常であった(FCCの5人の委員は、与党3人、野党2人の5人から構成されている。従って、FCCは意見が対立した場合には、3対2の多数決で与党委員の採決が多数意見として、採決が通る仕組みを作ってある)。
しかし今回は、FCC委員4名(現在、委員は1名欠員)の全員一致でこの裁定が行われた。
もちろん、今回の裁定に対する一部ISP、消費者団体等の批判は強いものがあるが、この裁定を主導したMartin委員長の指導力を賞賛する向きは多い。
以下、上記の点について、さらに詳しく紹介する。
FCC、設備所有電話事業者に対し競争業者へのシェアリング・サービス提供義務を解除
FCCが8月5日に下した有線ブロードバンドサービス業者に対するシェアリング要件解除についての裁定の骨子は、次の通りである(注2)。
- DSLサービスを情報サービスと定義し、有線ブロードバンドサービス提供業者に課している競争業者に対するシェアリングのサービス提供義務を解除する(注3)。
- 上記の新たな規制撤廃措置をスムーズに移行させるため、FCCは次の2点の経過措置を講じる。(1)シェアリング・サービスを利用しているISP業者は、この裁定が発効した日から、1年の期間、このサービスを利用できる。(2)設備所有市内通信事業者は、規則制定の270日後あるいは、新たなユニバーサルサービス基金徴収体制が実施に移される時点、いずれかの早い時期までは、DSLサービス提供に関し課せられる現行のユニバーサル基金への拠出を義務付けられる。
- 有線ブロードバンドサービス提供業者に対し、有線ブロードバンドサービスの伝送部分をコモン・キャリアベース(筆者注:購買者に対し、平等条件)にせよ、非コモン・キャリアベース(筆者注:相対契約ベース)にせよ、ISPに提供する弾力性を与える。
Martin委員長は、この裁定を出したときのコメントのなかで、裁定の持つ重要性について、幾点かの説明をしている。ただ、筆者の前書きでその概要は事実上含まれているので、ここでは紹介を省略する。
公衆インターネットについてのFCCの政策宣言
FCCは、上記のDSLサービスの全面的な非規制化の措置を講ずるのと同時に、ユーザーが公衆インターネットをフルに利用できるようにする目的で、FCCが政策を実施するに当たってのガイドラインとなる政策を宣言した(注4)。この宣言には、DSLだけでなく、その他のブロードバンドサービスも対象とする。
Martin委員長は、この宣言は規則の一部を構成するものではなく、それ自体、拘束力のあるものでもないが、今後、ブロードバンド・アクセスの運営に関し、施策を実施するに当たって、核となる信念を表明したものだと強調している(注5)。
宣言は、次の項目からなっている。
- 消費者は、自らが選ぶ法律に従ったインターネット・コンテンツにアクセスする権利がある。
- 消費者は、法律に従うことを条件として、自らが選択したアプリケーション、サービスで事業運営する権利がある。
- 消費者は、ネットワーク・プロバイダー、アプリケーション・サービスのプロバイダー相互の競争に参画する権利がある。
裁定に対する民主党FCC委員両名の声明書−実質的には、条件付きの裁定への賛成
公表されたFCC委員4名の裁定に対する声明書のうち、Martin委員長とAbernathy委員の両保守党委員がなんらの保留を置くことなく、今回の裁定を評価(いわば自画自賛)しているのは当然として、民主党委員2名(Copps、Adelstein)の声明書は、裁定自体に賛成をしているものの、実は条件付きの賛成である点が特徴である(注6)。
それぞれの表現でさまざまなことが言われているが、両委員がもっともこだわったのは次の2点である(注7)。
- FCCは、これまでDSLサービスを「通信サービス」と定義してきたのであるが、今回、簡単に「情報サービス」へ位置付けを変えてよいのか。
- 上記の解釈の結果、当然、設備所有電話会社は、競争会社に対するシェアリング提供の義務を解除されることになったが、これでは、ケーブル会社、市内電話会社の2業種が競争上、有利になりすぎないか。
両者は、この結果、今後の経緯により、この裁定の結果が成功しないという事実が認められれば、料金引き下げ、サービス改善のためにどのような方策を取るのが適切か再検討したいとして、それぞれの声明書を結んでいる。
なお両委員は、消費者保護、ユニバーサルサービスの保持等の点について、Martin委員長が深い理解を示してくれている点に感謝の意を表している。これは、Martin氏が多分、両議員の提案の一部を今回の「政策表明」に取り入れているのではないかと推測をさせるのに十分な発言であり、現FCCチームが党派の垣根を超えて協働していることを伺わせる。
利害関係者の反応(注8)
RHC:RHC4社は、これまで強くケーブルテレビ会社とのブロードバンド提供についての競争条件平等化を主張し続けて来ただけに、今回のFCC裁定を大きく歓迎している。
Verizonの代表者は、ブロードバンドの競争業者への提供が自由化されても、この市場自体が競争状況にあるから、料金は、規制下にある現在とさほど変わらないとの見通しを述べた。
大手IP業者のEarthLink、Covad:最も、FCC裁定の影響をうけるものと見られる両社は、今回のFCC裁定には冷静であり、1年間の経過期間の後、RHCとの間の相対契約料金の下で、十分、業務を継続していけるとの自信を示している。これは、DSLアクセスの自由化は、2003年当時から十分予期されていたことであるので、それに対する準備が整っていたためである。また、Verizonの代表者が述べているように、今後、相対契約によるアクセス料金は、さほど上がらないと予測しているのかもしれない。
Forrester Reserch:大手電気通信コンサルタント会社、Forrester Reserchの副社長、Lisa Pierce氏は、DSLサービスの規制解除により、小規模な独立ISPは、特別な付加価値を付けたサービスを提供できない限り、事業を継続できなくなるだろうとの悲観的な見通しを示している。
Consumer Union:大手消費者団体のConsumer unionは、今回のFCC裁定は、長期的に見て、消費者にとってブロードバンド料金を引き上げまた、消費者の選択肢を狭めるものであるとし、米国議会にこのFCC政策を否定する法律を制定してもらうほかないと批判している。
(注1) | 2005年7月15日付けDRIテレコムウォッチャー、「米国最高裁、FCCブロードバンド推進政策を支持」。なお、この記事のなかで、私は、「FCCは、DSL、光ファイバーに対するいっそうの規制緩和に向けての調査開始を早急に行うことはないと考える」と書いたが、この予想は見事に外れた。これは、明らかに、当時のMartin委員長の発言の誤読によるものである。ただ、8月5日のFCC裁定はあくまでもDSLについてのものだけであって、光ファイバーの規制(まだ一部残っている)の全面解除は、今後の問題として残されている点を指摘しておきたい。 |
(注2) | 2005.8.5付けFCCのプレスレリース、"FCC Eliminates Mandated Sharing Requirement on Incumbents' Wireline Broadband Internet Access Service" |
(注3) | シェアリング・サービスとは、DSLサービス出現当時、当時の民主党政権下におけるFCCが定めた市内アクセス回線のうちのDSL機能部分のみを安い料金(マージナル・コスト計算に基づいた)で提供することを義務付けられたサービスを指す。 |
(注4) | 2005.8.5付けのFCCプレスレリース、"FCC Adopt Policy Statement" |
(注5) | 2005.8.5付けのFCCプレスレリース、"Chairman Kelvin J. Martin Comments on Commission policy Statement" |
(注6) | 2005.8.5付けのFCCプレスレリース、"Statement of Commissioner Michael J Copps"及び"Statement of Commissioner Kathleen Q. Abernathy" |
(注7) | 実は、両者が使っている表現はもっと婉曲なものであるが、この部分は読者の便宜を考え、多少わかりやすい表現にしたことをお断りしておく。 |
(注8) | 本項については、多くのニュースがあったが、主として8月9日付けのYahoo.com, "US Government Deregulates DSL"を利用した。 |