DRI テレコムウォッチャー


米国最高裁、FCCのブロードバンド推進政策を支持

2005年7月15日号

 米国最高裁は2005年6月27日、BrandX vs FCCの訴訟案件について判決を下した。この判決は、被告FCCの裁定を支持して原告BrandXの主張を退けた。つまり、ケーブルテレビ会社が提供するケーブルモデムによるブロードバンド・サービスは“情報サービス”であるから、競争会社への提供を義務付けられることはないとの判断を示したものである(注1)。
 上記判決は、現状のFCC解釈を正当と認めたものであって、ただちにインパクトを及ぼすものではない。しかし、これまでブロードバンド回線について、片や、一般電気通信回線の場合と同様に、競争業者への利用に供すべきでありそれがブロードバンド分野への競争促進に資することになるとするISP、消費者団体等の主張、方や、ブロードバンド回線はそれを所有する業者の自由に任せ規制をしないことがこのサービスによる投資が進み、ブロードバンドの供給にも弾みが付くとするケーブルテレビ業者、ILECs(Incumbent Local Exchange Carriers、既存市内通信業者)等の主張に対し、後者に組する司法の最終判断を下したものであって、この判決がもたらす長期的なインパクトはきわめて大きい(注2)。
 共和党FCC委員のAbernathy氏は、最高裁判決の直後に出した声明のなかで、FCCは早急に、ケーブルモデムのみでなくDSL、光ファイバーについても同様の規制撤廃を折り込んだ裁定を下すべきだと主張している。当然のことながら、ILECs(設備を所有する市内電気通信事業者)諸社も、最大の競争相手であるケーブルテレビ会社との競争条件を同一にすることを求め、すべてのブロードバンド・サービス(ILECsが推進しているDSL、光ファイバーを含む)について、回線リースの義務を解除してほしいとの態度を明らかにしている。

 もっとも、FCC委員長のMartin氏は、本文の表1に示すとおり、最高裁判決がすべてのブロードバンド非規制化の指針を与えた点を評価したのに留まり、今後のFCCの行動について触れてはいない。
 Martin委員長は、2003、2004の両年にわたり、それぞれDSL、光ファイバーの双方について競争業者へのリースの義務をFCCの権限の範囲内において最大限の規則制定に尽力してきた実績を有している。それだけに、同委員長の態度は慎重なのであろう。これは、現行1996年電気通信法の枠内ではFCCがこれ以上、光ファイバー、DSLの非規制化を行なうことは難しいという事情が影響しているものと見られる。
 IT、電気通信が大きく、しかも急速に変化する状況に適合した規制環境を整えるためには、もはやFCCの権限では力不足であり、どうしても1996年電気通信法自体の改定が必要となっている。今後もっとも望まれるのは議会による電気通信法の抜本的な改定作業であろう。
 他方、今回の最高裁判決に対する消費者、地方公共団体からの反発(ISPの存在を否定するものであって、ILECs、光ファイバー両業者によるブロードバンド寡占化を招くものとして)は、きわめて強いものがある。
 本文では、上記の諸点について、さらに詳しく紹介する。

最高裁判決に対するFCC委員の反応

 表1に最高裁判決に対するFCC委員4名(現在、1名欠員)の意見を示す。

表1 最高裁判決に対するFCC委員の意見
FCC委員
意見の概要
Kelvin J. Martin(委員長、共和党)
長く待ち望まれていたこの判決は、すべての米国人に対するブロードバンド・サービスの推進を最終的に確定するための規制の透明性を与えてくれたものである。
Kathleen Q. Abernathy(共和党)
今後、FCCが、有線DSLの分野でも、同様のアプローチを早急に行うよう裁定を下すよう希望する。
Michael J Copps(民主党)
FCCは、最高裁判決後、消費者保護、ユニヴァーサル・サービスの維持、公共の安全の保護等の課題を背負うこととなる。FCCは、これらの課題を果たすため、新たに考え方の変革を行うことが必要である。
Jonathan S Adelstein(民主党)
最高裁の判決が出たからといって、規制当局が米国消費者、公共の安全に背を向けてよいわけはない。FCCと議会が共同して、真に競争的な市場を推進すると同時に、すべての消費者が保護され、安いブロードバンド・サービスを提供するため、同僚FCC委員と作業をしたい。

 共和党委員2名が賛成意見を示したのに対し、民主党委員2名がこの判決のもたらすインパクトを想定し、消費者保護とブロードバンド促進のバランスを計った政策推進に努力すべき点を強調している点が対照的である。
 もっとも、民主党委員2名の見解を見ても、ブロードバンド推進という最大の国家目標を堅持した上で、サービスの提供状況、規制環境の変化に弾力的に対応すべであると主張しているのであって、教条的にDSL光ファイバー分野での回線開放ストップに反対だとの主張は行っていない点が注目される。

最高裁判決に対する関係者の意見

 表2、表3に、最高裁判決に対する関係者の意見(賛成及び反対)の幾つかを示す(注3)。

表2 最高裁判決に対する賛成意見の事例
意見提出者
賛成意見
* NCTA
この判決によりケーブル業界は規制上の地位が安定し、顧客の一部を奪われることなく、ネットワーク投資ができる。消費者にとっても勝利である。(理事長 Kyle McSlarrow氏)
Verizon
FCCと議会は、消費者がブロードバンドの利益を最大限に享受できるよう早急に行動し、この事案を終結すべきである。(上級副社長 Tom Tauke氏)
Qwest Communications
この政策優位、成長優位の政策をケーブルテレビだけでなく、すべてのブロードバンドに適用されるよう期待する。(副社長 Steve Davis氏)
Vonage
大手ケーブル会社は、相対契約でのケーブルモデムへのアクセスを拒まない姿勢である。当社は、最高裁の判決をプラスであると評価する。(副社長 Brooks Shulz氏)
* NCTA(National Cable and Telecommunications Association)は、ケーブルテレビ業者の利害を代弁する団体である。

 上表では、ケーブル業界がこの判決をもっとも歓迎していることは当然のこととして、Verizon、Qwest等のILECsが、この判決の後を受けてDSL、さらには光ファイバーの規制撤廃実現も待ち望んでいる点が特徴的である。もっとも最高裁判決に反対を示すと見られていたVonageが賛成側に回った点は意外であった。これは、ひとつにはVonageが一部ケーブル会社、ISPに同社VOIPのOEM販売を行っており、自社技術に自信を持っているからであろう。

表3 最高裁判決に対する反対意見の事例
意見提出者
反対意見
BrandX
ケーブルモデムがコモン・キャリアのサービスとして位置づけられなくなると、消費者は競争業者としてのISPのサービスが得られず、寡占、高料金に悩まされることとなる。
* CFA
最高裁判決は消費者に害を与え、事業者のイノベーションを封殺するものであって、重大な誤りである。これまでケーブルテレビ会社と電話会社は米国ブロードバンド市場の競争をあざ笑ってきたのであって、このため幾百もの地方自治体がブロードバンドの構築を推進してきた。この判決は、この独占傾向を強める危険性を持つ。
* ALOAP
ブロードバンド・サービスを情報サービスであると定義するのは、市場に多大の不安定性を招く。キャリアの利害と地方自治体、地方住民の利害が、今後、調整されるよう望む。
* CFA(Consumer Federations Associations)は、米国の大手消費者団体である。
ALOAP(Alliance of Local Organization of Telecommunications Officers Against Preemption)は、最近、結成されたばかりの各種地方公共団体の電気通信設備運用、企画担当者による団体である。

 表3において、ISP、消費者団体、地方公共団体のいずれもが、最高裁判決がケーブルテレビと電話事業者のブロードバンド寡占化、あるいはケーブルモデムがコモンキャリア・サービスから外されることによる規制撤廃から生ずる害の危険性を指摘している。
 最後に、Business Week Onlineに掲載された最高裁判決に対する欧州筋からの批判を紹介しておこう(注4)。
 スエーデンの光ファイバー会社Pachet FrontのCEO、MartinThunman氏は「最高裁の判決結果は競争業者を破滅させ、自らがISPを兼ねることとなりかねない。欧州は顧客第一主義であるのに対し、米国はプロバイダーが最優先である」と述べている。
 世界有数のブロードバンド普及率を誇るスエーデンの事業者からの発言であるだけに、この批判には重みがある。しかも、これまで電気通信の自由化ではパイオニアとしての地位を誇ってきた米国が、規制撤廃の名の下に、その実、大手キャリア(IXCとケーブル会社)の利益擁護を図っているとの皮肉な批判を行っている意見とした読み取りもできよう。

ブロードバンド規制に関する今後の展開

 ブロードバンドの完全な非規制化を狙うILECsが、今回の最高裁判決を有力な支援材料として、DSL、光ファイバーについてもケーブルモデムと同様の規制撤廃を強く要求してロビーング活動を行っていくであろうことは、表2におけるVerizon、Qwest Communicationsの意見からみても確実である。
 ただ筆者は、Martin委員長の声明からすると、FCCはDSL、光ファイバーに対するいっそうの規制緩和に向けての新たな調査開始を早急に行うことはないと考える。
 そのように考える理由は、すでにFCCは、2003年、2004年と2回にわたり、それぞれDSL、光ファイバーの非規制化(具体的にはIXCの競争業者に対するリース提供の義務付け解除)を実施してきたことによる。しかも、1996年電気通信法の中で、IXCが提供するサービスが原則として“電気通信サービス”と定義されているため、このような非規制化は、「規制の差し控え」という姑息な論理構成によるものでしかなく、これ以上のケーブルモデム並みの措置は、FCC規則設定の枠に収まりきれないからである(注5)。
 1996年電気通信法は制定以来9年を超えたが、この間、インターネットの登場、IXCとケーブルテレビが同種サービス組み合わせ(いわゆるトリプル・プレイ)提供をめぐっての激甚な競争という事態を迎えた今日、早くも改正すべき時期にきているというべきである。
 2005年後半からは、ここ数年間、電気通信分野では開店休業といってよかった議会も、法案提出、審議の活動を開始することが期待されよう(注6)。


(注1)2005.6.27付け最高裁のBrandX vs FCCの案件に関する判決。
なお、ケーブルテレビ会社がRHCに先駆けて1990年代後半以来、ケーブルモデムによるブロードバンド・サービスを提供し始めて以来、FCCは終始、このサービスを情報サービスであると定義し、規制をしないと主張してきたが、これに対しIXC(市内電話会社)からの場合と同様、ブロードバンド回線を廉価な料金で借り受け業を営みたいとするISPから、幾件かの訴訟が提起されてきた。
今回の最高裁判決に至るまでの経緯はおよそ次の通りである。
第9巡回裁判所は、Portland市からの訴えに対し、ケーブルモデムによるブロードバンド・サービスは、電気通信サービスと情報サービスの複合であって、FCCはこのサービスの分類に従った規制を行うべきであるとの判決を下した(AT&T vs City of Portland)。
FCCは同年、上記裁判所の判決を受けて、ケーブルモデム・サービスは 情報サービスであって、ケーブルテレビ会社は競争業者に対するケーブルモデムの利用提供を義務付けられないと裁定した。
第9巡回裁判所は、2003年10月、上記FCC裁定を不服とする一部ISPからの訴えに対し、再度、当初と同様の判決を下し、FCCの解釈を退けた。
2005年6月27日、最高裁判所は、上記FCC判決を不服とするBrandX(カリフォルニア州サンタモニカを拠点とする加入者2000ほどの零細ISP)からの上訴に対し、FCCの解釈を支持する判決を下した。つまり、下級審の判決を覆した。
(注2)最高裁の判決文は、ケーブルモデム・サービスを情報サービスに位置づけるべきか、電気通信サービスに位置づけるべきかの法解釈議論に終始しており、双方の解釈が利害関係者にもたらすインパクトには触れていない。しかしそれにもかかわらず、この判決に携わった9名の判事(6名が多数意見)の全員が、判決のもたらすインパクトの大きさを認識していたことは間違いない。
(注3)米国のジャーナリズムは、最高裁が判決を下した6月27日以降の数日間、利害関係者の反応について多くの記事を掲載した。表2、表3では、これらの幾つもの記事を参照したが、出典を列挙するのは省略させていただく。
(注4)2005.6.28付けBusiness Week Online,"Good for Cable,Bad for America"
(注5)2005年1月1日号テレコムウォッチャー、「FCC、市内アクセス新規則についての裁定を下すー狭められた競争業者によるILCsの回線利用」および2003年9月1日号テレコムウォッチャー、「FCC、市内アクセスの枠組み改定についての規則を発出」をご参照いただきたい。
(注6)上院商務委員会では、John Ensign氏(電気通信をもとり扱うTechnology、Inovation and Competitiveness Subcommitteeの委員長)は、包括的な電気通信法案を7月中にも提出すると報じられている。ただ、米国の最近の議会の活動状況については筆者は不勉強であるが、どうも抜本的に電気通信法制を見直そうという熱気が乏しく、これまでも幾つかの法案は提出されたものの、その後未審理のままで終わった模様である。

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