FCCは、2005年5月19日、VoIP業者(PC相互間で公衆電気通信回線を利用しない業者は除く)に対し、高度緊急サービス(E911)提供の義務を課する指令を発出した(注1)。
FCCは、2004年2月12日、VoIPをも含むIPサービスのありかたについて包括的な調査を開始しており、この調査告示において、VOIP業者に緊急サービスをどのように課すべきかを重要な調査項目の一つとしている(注2)。したがって今回の指令は、その重要性と緊急性からして、上記包括的IPサービス調査の終了を待たず、この項目を先行して結論を下したものと解してよい。
また、早期にこの裁定が下された背景として、Vonage HoldingsCorp(VOIPの大手専担業者)が提供するVOIPの911サービスの不備により犯罪を防ぐことが出来なかった事件が幾件か生じた事実が上げられる。たとえば、2005年2月ヒューストン市(テキサス州の州都)で、強盗が夫妻2名を傷つけ、この間、同夫妻の娘さんがVonage HoldingCorpの回線により、911番通報をしたところ、通報ができなかったという事件が起こった。この事件に対しては、テキサス州の司法当局がVonage社をサービスの虚偽表示のかどで訴追した。この事件は米国全土で大きく報じられた(注3)。
今回の裁定実施にあたっては、VOIP専業事業者は、E911サービス実施について、ILEC(市内電気通信事業者)等の回線提供を受けざるを得ず、今後料金を引き下げていくことは難しくなるだろう。また、Powell前FCC委員長は、VOIP通話については規制をできるだけ軽くするようにと機会あるごとに強調していたものであるが、今回の裁定によると、すでに公衆回線と接続するVOIPサービスは、通常の固定電話サービスとほぼ同等の規制を受けることになるのではなかろうかとの感は否めない。
以下、本論では、FCC裁定の骨子、裁定の反響さらに裁定のインパクトついて解説する。
FCC裁定の骨子、MartinFCC委員長の意見
FCC裁定の骨子
- 公衆ネットワークに接続される(interconnected )VOIPは、すべての911コールを顧客の地域の緊急通話取扱い機関(local emergency operator )に伝送しなければならない。このサービスは、オプショナルなものではなく、基準としなければならない。
- 公衆ネットワークに接続されるVOIPは、緊急通話取扱い機関に対し、911サービスを受信した場所において、呼び返しの電話番号(call back number )、顧客の住所情報を伝送しなければならない(すなわちE911サービスの提供義務付け)。顧客は、自分の住所情報を提供する義務があるが、VOIP提供業者は顧客に対し、自宅に在宅するかいなかを問わず、この情報を現行維持する手段を提供しなければならない。
- 公衆ネットワークに接続されるVOIPは、このサービス提供が可能となる日までに、顧客に対し、E911サービス(現在および将来のサービスの双方)の現行の能力と限界を通報する義務がある。
- 既存の市内通信事業者(LEC)は、それを求めるすべての電気通信事業者に対し、E911ネットワークへのアクセス提供を義務付けられる。これら事業者は、競争通信事業者に対し、局線、特定のルータおよびE911へのアクセスの提供を義務付けられる。FCCは、厳しくこの義務の遂行を監視する。
MartinFCC委員長の意見
FCCのMartin委員長は、その声明のなかで、今回の裁定を出すに至った背景とその重要性を次のごとく説明している。
現在、VOIP提供業者による911サービスの提供状況は、次のごとく区々としたものとなっている。
- E911サービスを提供している。
- 911サービスを全然提供していないか、サービスエリアの一部だけで提供している。
- 顧客に対し、公共セイフティー担当行政職員の緊急通話用でない回線(この回線から、緊急通話用回線に転送される場合と転送されない場合の双方がある)へのアクセスを提供している。
上記のうち、サービス提供が行われていない"2"のケースは論外であるとしても、"3"の場合も、911通話を呼び出す顧客は、当然、緊急通話を取り扱う担当者が呼び出されるものと期待しているのであるから、このような事態を放任することはできない。
すでに、固定電話、携帯電話の場合、E911のサービスの提供がなされているのであって、今後、VOIPサービスについても、同一のサービスを早急に提供する措置を講じる必要がある。
緊急性からいえば、この裁定を即刻、実施に移したいところであるが、技術上の問題、当事者間の調整の問題等もあるので、裁定文書刊行後120日間という猶予期間を設けたものである。
FCCは、今回の裁定を速やかに実施に移し、911サービスへのアクセスができないため、人命が失われるといった事故をなくすため、あらゆる措置を講じる所存である。
通信事業者の準備状況と本裁定の反響
FCCの裁定実施前にE911実施に向けて準備を始めた一部通信事業者
FCCのこの裁定が、2005年2月以降に生じたE911サービス欠如による幾件かの事故を契機として発出され、早晩予想された措置であったため、関連する一部通信事業者の対応は素早かった。
すべての事故に責任があるとみなされ、いわば被告人の立場に立たされたVonage Holding Corpは、2005年4月末から5月の始めにかけて、Verizon、SBC Communications、BellSouth、Qwest Communicationsの4RHCとE911サービス提供のための回線接続協定を結んだ。FCCは、裁定において、LEC(RHCを含む市内回線事業者)に対するE911サービス提供目的のための自社ネットワークへのアクセスを義務付けたのであるが、すでに裁定発出までに、一部、この義務が履行されていたことになる。
また、当初からE911サービスの提供完全実施をほぼ完了しているというVOIP業者があることも明らかとなった。バージニア州Viennaに本社を置くSunRocket社はGlobal Crossing、Broadwing Communicationsと提携し、すでに2005年1月から大多数の顧客に対し、E911の提供を行っている、また、残りの地域も今後1ヶ月で完了するという(注4)。
本裁定の反響
このFCC裁定に対する評判は、かねてから予想されていたことでもあったためだろうか、一般にきわめてよい。
この裁定によって、多大の出費を余儀なくされるはずの当のVonage Holding Corpsの副社長、Brook Shulz氏は、「当社はこのような裁定が出るのを待ちわびていたのだ」と述べている(注5)。Shulz氏は、裁定を歓迎する理由を挙げてはないないが、この裁定により、VOIPが固定電話、携帯電話と同様に認められ、このサービスの市民権がよりよく確立させると考えたのであろう。
CLEC(RHCを含む)の立場からすれば、FCCからのお墨付きで、設備を持たないVOIP業者に対し、回線販売のチャンスが増えることになるため、当然、この裁定を歓迎している。
ただ、FCCが今回定めたこの裁定の実施期限については、この種案件の実施について経験を有する人ほど、その遵守については懸念を有するようである。たとえば、携帯電話事業者に対するE911の導入の責任者であったFCCの元FCC無線局管理者、Muleta氏は、携帯電話の場合、E911の実施は軌道に乗るまでには、約10年を要した点を強調し、VOIP業者の場合にも、E911サービスの完全実施は月単位では到底不可能であって、完成までには今後幾年もの努力を要するであろうと警告している(注6)。
本裁定の意義―VOIPの提供はRHCとケーブルテレビ業者に有利に
現在のVOIPの加入者数および将来予測については、幾つもの異なった数字が発表されているようであるが、一応ここでは、現在の加入者約400万、2008年末の予測加入者約1700万という数字を挙げておく(注7)。独立系最大手のVonage Holding Corpsの現在の加入者数は70万程度といわれ、案外少ない。しかし早晩1000万の大台を超え、固定電話、携帯電話等と並ぶ一大サービスに成長することは確実であろう。
ところで、RHC各社は、公衆ネットワークを提供しているのであるから、当然、自前のE911機能をVOIPサービスに利用できる。そればかりか、今後は独立系VOIP業者にE911機能を販売して、収入を増やすことができる。また最近、ビデオ提供専用会社から通信分野への進出を強めているケーブルテレビ会社も、自前のE911機能を備えている。
これに対し、今後、ILEC(RHCを含む)の回線にアクセスして、E911サービスの提供を義務付けられる独立系VOIP業者は、この体制確立に要する労力、経費さらには、継続的にILECに支払いを求められるアクセス料を勘案すると競争上、いかにも不利な立場におかれる。そもそも、FCCはアクセス料の定め方について、今回の裁定でなんら触れていないが、これまでアクセス料金の水準が当事者間で円満に解決した例はない。多分、州公益事業委員会が関与することになるのだろうが、この問題もVOIP専用業者に不利となる可能性がある要因である。
上記の点を考えると、今後、公衆回線との接続を要するVOIP提供は、少なくとも独立系業者にとってさほどうまみのある市場とは思えない。大手のRHC、ケーブルテレビ業者に圧倒的に有利になるのではないかと懸念される。
2004年春のワシントン地裁の判決を契機としたFCCによるRHCと競争業者間のアクセス体制の見直しにより、規制環境はRHC側にきわめて有利に働いている。
VOIP業者にE911サービス提供を義務付けた今回のFCC裁定は、RHC各社に対する規制環境を有利にする新たな要因を加えたものと考える。
(注1) | 2005年5月19日付けFCCプレスレリース、"Commission Requires Interconnected VOIP Providers to provide Enhanced 911 Service" |
(注2) | 2004年4月1日号テレコムウォッチャー、「FCC、『IPにより可能になる諸サービス』の調査を開始」 |
(注3) | 2005.5.17付けYahoo! News,"FCC set to require 911 dialing for internet phone" |
(注4) | TMCnet,"SunRocket First VOIP Company to Connect on E-911" |
(注5) | 2005.5.20付けNewsletter/RSS,"FCC requires VOIP providers to offer E911" |
(注6) | 2005.5.19付けblogs.zdnet.com,"Former FCC wireless E911 chief: VOIP E911 to take yeas,not 120days" |
(注7) | 2005.5.19付けBloomberg.com."U.S Orders 911 Access for Internet-Phone Companies"によるInfonetic Reserch Inc発表の数値の孫引き |