米国の電気通信事業者は、2005年2月の初旬から中旬に掛けて2004年次の決算を発表した。今回は、大手6社(Verizon、SBC Communications、BellSouth、Qwest Communications、AT&T、MCI )について、この期の決算から読み取れる主な事項を解説する(注1)。
上記6社のうち4社はRHC(Regional Holding Company、1984年のベルシステム分割時に設けられた名称、地域電話会社)であり、2社は長距離電話会社である。しかし、20年有余の期間の経過により、これら6社の事業内容、業績は大きく変貌した。さらに、SBC CommunicationsによるAT&T、VerizonによるMCI取得についての当事者間の合意は、この変貌をさらに加速化するものである。
本文で紹介する6社の決算概要は、RHC4社のうち3社の比較的好調な業績と、減益、減収ぺースが止まらず自前で存続できないAT&T、MCIの惨憺たる業績との際立った対照を示す。同時に、RHC4社のうちQwest Communicationsが未だバブルの後始末を解消し切れておらず、大幅な赤字、膨大な負債に悩んでいる様も明らかとなっている。
長距離通信事業者にはSprintCorpも含まれるのであるが、同社は2004年10月、長距離部門は分離しNextelと合併、携帯電話会社に衣替えする方針を明らかにしているので、本稿では同社の業績紹介を省いた(注2)。
なお、4RHCでは、DSL(ブローバンド)、携帯電話、サービスの組み合わせ販売等の新分野への転換もかなり進んでおり、これら事業者が旧来の回線交換網による固定通信から、デジタル、インターネット、携帯等新しい通信の方向に力点を移している努力がうかがえる。本論ではこの点についても紹介する。
決算の数値、並びに今後のM&Aの実行から読み取れる最大のポイントは、米国電気通信業界における寡占化の進展である。仮に、VerizonがMCIを、またSBC CommunicationsがAT&Tを吸収するという目論見が、たとえば2006年末にでも実行に移されれば(筆者が繰り返すようにその可能性は高いのであるが)、その時点におけるVerizonの収入は購買力レートでNTT収入を抜くこととなろう。また、これに次ぐSBC CommunicationsもNTTに匹敵する規模の通信事業者となろう。
上記両社と比較すると、消滅する運命にあるAT&T、MCIの両社は論外として、その他のBellSouth、Qwest Communicationsの2社はVerizon、SBC Communications両社の前では、全く色褪せた存在に過ぎなくなる可能性が強い。
AT&T分割(1994年)、新電気通信法(1996年)が想定したのは、中規模程度のかなりの数のキャリアが切磋琢磨して、自由市場で競争し合い、利用者に良質・安価なサービスを提供するという見取り図であった。今後、米国においてVerizon、SBC Communicationsの寡占化が強まり、それに伴う弊害が懸念される。こういった状況は、今後4年継続する共和党政権下にあっても、大きな政策論争を惹き起こすこととなろう。
本文では、6通信事業者についての決算資料から得られた数値、並びに筆者のコメントを紹介する。
2004年次における4RHCおよびAT&T、MCIの収入・利益(注3)
4RHCの収入・利益(単位:億ドル)
事業者名 | 収入(括弧内は対前年増減比) | 利益(括弧内は対前年増減比) |
Verizon(トータル) | *1 713(+5.2%) | 78(+251%) |
国内通信 | 386(-2.7%) | *2 不明 |
携帯電話(Verizon Wireless) | 277(+23.0%) | *2 不明 |
SBC Communications(トータル) | 511.3(+4.3%) | 57.5(+17.3%) |
固定通信 | 368.9(+0.9%) | 36.2(-10.3%) |
*3 携帯電話(Cingular Wireless) | 104.8(+22.9%) | 0.3(-62.0%) |
電話帳事業 | 37.6(-0.4%) | 21(-84.5%) |
BellSouth(トータル) | 279(+5.9%) | 33.6(-7.1%) |
携帯電話以外 | 209.1(-1.5%) | 32.3%(-3.6%) |
*3 携帯電話(Cingular Wireless) | 69.9(+22.9%) | 1.3(-50.6%) |
Qwest Communications | 138(-3.4%) | *4 -17.98(+17.5) |
*1 | Verizonのトータルと国内通信+携帯電話との間には、59億ドルほどの差がある。この差は、(1)外国における通信事業の収入分19億ドル(2)海外資産売却(カナダにおける同社の情報サービス部門等)等により説明できる。 |
*2 | Verizonは、携帯、固定部門の純利益分計を発表していない。その理由は定かでないが、その他の利益の数値から見ると、今や、Verizon Wirelessの利益率は、固定通信のそれを上回っているようである。これは、利幅が極めて薄いCingular Wireless(SBC Communications、Verizon両社が関係する)と大きな対照であり、Verizonの他社に比しての最大の強みである。 |
*3 | SBC Communicationsは、Cingular Wireless総体の収入、利益を、またBellSouthは、自社持分比率(40%分)のCingulr Wirelessの収入、比率をそれぞれ計上している。筆者は比較の便を計るため、SBC Communicationsの自社持分比率(60%)による収入、利益を推計し、この数値を上表に記入した。 |
*4 | この数値は2003年実績。 |
以下、簡潔に各RHCの2004年次決算数値から汲み取れる主要点を列記する。
Verizon - 最強の携帯電話事業による増収増益
Verizonは2004年大きく収益を伸ばし、業績低迷の他の3RHCに差を付けた。しかし表1から見られるように、国内通信部門は2003年対比2.7%の減収であって、わずかではあるが増収となったSBC Communications、減収比率が低かったBellSouthより劣っている。Verizonの最大の強みは、結局携帯電話部門のVerizon Wirelessにある。
ついでながら、最大のRHCといわれるVerizonは、国内通信部門の規模がSBC Communicationsとほぼ同程度である点に注目頂きたい。また、表3で明らかなとおり、DSL回線数、長距離加入者数では、SBC CommunicationsがVerizonに勝っている。しかも、2005年次には2004年末に合併したAT&T Wireless分の収入がSBC Communicationsに入る(60%分)ので、携帯電話分野での両社の差異も縮まる。さらに確実視されている買収によるAT&Tの収入分(2005年次には250から260億ドル程度)を加えると、SBC Wirelessは収入においてVerizon Wirelessを抜くこととなる。
現在、VerizonによるMCI取得の企てに対し、Qwest Communicationsが強く巻き返しを行っているが、VerizonもQwest以上にMCI に強い執念を持っており、Qwestの反撃は成功しないと見られる。これは、MCIを獲得することにより、Verizonは始めて米国におけるナンバーワン通信事業者の座を維持できるからである。
SBC Communications−規模の拡大が続くもののAT&T Wireless買収等に伴い利益が低下
SBC Communicationsの国内通信は微増(+0.9)であったが、表3から明らかなとおり、同社は現時点において、DSL加入者数、携帯電話加入者数、パッケージ率でVerizonを凌ぎトップの座にあり、今後Verizonとの覇権争いが熾烈となろう。
他方、BellSouthの場合と同様に、同社は2004年次にAT&T WirelessのCingular Wirelessの合併に多大の経費を支出し、これが同社の利益率を下げる大きな要因となった。なお、2004年次携帯電話部門の収入の伸び(対2003年比22.9%)が大きかったのは、2004年次10月中旬以降の旧AT&T Wireless部門の収支が2004年決算に繰り入れられた結果である。
なお同社はAT&T Wireless統合の経費を支弁するため、新たに64.6億ドルの負債を負っており、この負債増は2005年の利益を圧迫する要因となろう。
BellSouth−国内通信は減収、減益、将来の成長に不安
BellSouthは、これまで規模は小さいものの、堅実経営により他の3RHCに比し比較的業績は好調であった。しかし、2004年次の収入は見掛け上5.9%の伸び率を示しているものの、これはSBC Communicationsの場合同様、AT&T Wireless統合2ヶ月分の収入を含んだCingular Wirelessの収入増によるところが大きい。携帯電話以外の収入(通信部門のほか電話帳部門を含む)は、2004年のレベルを維持できなかった。
しかも、表1に示した収支は、2004年と比較可能な経常的な項目のみを含めた数字である。2004年だけに生じた収支では13.64億ドルの赤字が計上されている。仮に、この数値を含めれば、2004年の減益幅はかなり大きいものとなる。この赤字は、SBC Communicationsの場合と同様に、その多くはAT&T Wirelessの買収に伴って生じた買収費、PR費用、加入者獲得費用等であろう(ちなみにBellSouth携帯電話部門の利益は1.3億ドルとわずかながら黒字になっているが、この数字は故意に赤字を避けた数値であると考えられる)。
BellSouthは、SBC Communicationsより前にAT&Tと同社取得について交渉した実績がある。いまやVerizon、SBC Communications両社が、それぞれMCI、 AT&Tを統合する動きのなかにあって、規模が両社より一段と小さいBellSouthは、今後何らかの生き残りの方途を探らなければなるまい。
Qwest Communications−地域通話を中心に事業運営を図る以外に方途なし
表1によると、最小のRHCであるQwest Communicationsの将来性はRHCの中で一層暗い。それだけに必死になってMCIとの合併を狙っているのであるが、合併後リストラを強化し、両社のインフラを統合することにより利益を生み出そうという構想では、大部分の株主を惹きつけることはできず、仮にMCI争奪が長期戦になってもVerizonには勝てないだろう。
ただ、中西部14州の広大な地域に地域通信を提供している事業者であるだけに、ユニバーサルサービス制度に抜本的な変更が加えられない限り、破綻をせずに生き延びることはできよう(注4)。
AT&T、MCI両社の収入・利益
表2 2004年次におけるAT&T及びMCIの収入・利益(単位:億ドル)
事業者名 | 収入(括弧内は対2003年収入比) | 利益(括弧内は2003年利益) |
AT&T | 305.4(345.3に対し15.7%減) | -61.1(2003年次は+18.7) |
MCI | 207.0(243に対し15.0% 減) | -32.0(2003年次は+7) |
表3は、AT&T、MCI両社が2003年次にはなんとか持ちこたえたものの、2004年次に至って大幅な減収、減益の決算を発表せざるを得なくなったことを示すものである。この簡潔な数値からしても、両社が他社への身売り以外に、自社のリソースを活用する道がなかったことが明白である。
もっとも、2003年次に比しての両社の大幅赤字は収支が急速に悪化したことによるものではない。両社が住宅用市場からの撤廃を決意したのに伴って、大量に過剰となった回線、設備の償却を行い、これを費用に計上したことによるところが大きい。
両社の決算については、今後、それぞれRHC2社に吸収されることでもあり、ここでの説明は上記の程度に留める。
新規事業への移行を進めるRHC4社
表3 高まる新規事業への移行比率(2004年末、パッケージ率を除き単位は万)
項目 | Verizon | SBC Com | BellSouth | Qwest |
長距離加入者数 | 1770 (+6.6%) | 2090(+45.1%) | 610(+74.2%) | 460(+109%) |
DSL回線数 | 360(+53.5%) | 510(+45.7%) | 210(+43.8%) | 100(+8.7%) |
携帯加入者数 | 4380(+16.8%) | 2950(+132%) | 1960(+132%) | 75.4(-3.2%) |
パッケージ率 | 56%(+30.2%) | 61%(+38.6%) | 不明 | 46%(+91.7%) |
アクセス回線数 | 5440(-4.4%) | 4510(-4.3%) | 2140(-4.1%) | 1550(不明) |
上表のうち、新規サービスに関係があるのは最初の4項目である。当初RHC各社は、5項目のアクセス回線の減少を深刻に受け止めていた。しかし最近では、新規分野への参入が進めば減少以上の見返りが得られるはずであり、これを完全に食い止めるわけにはいかないとの考え方に変わっているようである。以下、最初の4項目について、多少のコメントを加える。
長距離通話加入者数
表により明らかなとおり、AT&T、MCIの統合がない現在でも、SBC Communications、Verizonの両社は大手長距離離事業者となっている。現在、すでに両社はAT&T、SBC Communicationsに次いで、3位、4位の長距離通信事業者となっている。この両社に比しBellSouth、Qwestの立ち遅れが目立つ。
DSL回線数
4社ともに、2004年次には大きくDSL回線数を伸ばした。しかし、2004年末のブロードバンド回線総数は3320万に達し、そのうちケーブルテレビが1990万、DSLが1330万であるという。これまでスタートが早く、最初から架設数で優位に立っていたケーブルモデムとDSLの架設比率は2対1であるといわれていた。今回、この比率は3対2へと変わり、RHCの追込みが注目される。しかし絶対数でのDSLの劣勢はまだ続いている。
1位から4位までのブロードバンド上位業者および加入数は次のとおりであって、ケーブル業者、RHCが仲良く2社ずつが交互にその地位を占めている(注5)。
1. | Comcast 699万 | 2. | SBC Communications 510万 |
3. | TimeWarner 393万 | 4. | Verizon 360万 |
上記は今後RHCに取り、大手ケーブル業者のComcast、TimeWarner2社がいかに強敵であるかを示す数字でもある。
携帯電話加入数
SBC Communicationsの携帯電話加入者数は、旧Cingular Wireless+AT&T Wirelessの数字であって、今回、SBC Communicationsは初めてVerizonを抜いた。なお、Qwestは、自前の携帯電話ネットワークを有しておらず、SprintCorpからリースした設備により携帯電話サービスを提供している。辛うじてトリプルプレイ(通話・インターネット・携帯)のサービスを提供できているということであろうが、加入者数の減少が示しているように、この携帯部門には将来性が薄い。これは、ただでさえ赤字のハンディを背負ったQwest Communicationsの一層の弱点を示すものである。
パッケージ率
通話・インターネット・携帯・ビデオの各種組み合わせサービスのうち、最低2種以上の組み合わせサービスを利用している加入者の比率である。数字を発表していないBellSouthを除き、この比率を大きく伸ばしており、RHC相互間、RHCおよび大手ケーブル会社相互間の居層が、組み合わせ加入者の争奪をめぐって行われていることが伺われる。