DRI テレコムウォッチャー


創業125年のAT&T、SBC Communicationsに売却へ

2005年2月15日号

 SBC Communicationsは、2005年1月31日、AT&Tを取得することで暫定合意に達したと発表した。
 前々回のテレコムウォッチャーで紹介したように(注1)、2004年後半から2005年初頭にかけて、米国の携帯電話業界ではM&Aが大きく進展した。2004年10月には、CingularWirelessによるAT&TWirelessの取得が完了、また2005年初頭には、SprintCorpsとNextelが合併について合意した。
 今回のSBC CommunicationsによるAT&Tの合併発表は、M&Aが米国の携帯業界だけでなく、固定通信業界にも及び始めたことを示す。前々から、多くの論者がその可能性を指摘していたことであるが、米国電気通信業界はいよいよ激しいM&Aの嵐に巻き込まれたといえよう。
 裁判所の判決(同意審決)によって、世界最大の電気通信企業、ベルシステム(長距離通信事業を提供するAT&Tと地域通信を提供する22の電話運営会社)が解体され、電気通信サービス分野では、長距離電話会社としてのAT&Tと地域ごとに地域通信(市内通信および限られたエリア内の地域通信)を提供する7社の地域通信会社(RHC、俗称ベイビー・ベル)に分割されたのは1984年、今から20年以上前のことであった。
 以来AT&Tは、電気通信技術の発展による多彩なサービスの変化(とりわけインターネットによる電子メール、携帯電話の普及)、規制の転換によって、たえず不利な条件の下で悪戦苦闘を続けた。一時期は、携帯電話、ケーブルテレビの分野で大掛かりな拡張政策に出て業務多角化による業績の向上を図ったが、財務面の行き詰まりにより、これらの部門を売却する羽目となった。
 最後にAT&Tが活路を求めたのは、FCCが破格の安値でRHCへの提供を命じた市内アクセス回線のリースによる地域通信(市内通話を含む)分野への進出である。しかし、RHC側からの長距離通信事業部門への進出による反撃、さらには2004年内に進行し、年末12月15日におけるFCCの新アクセス裁定により一応の結論が出たFCCアクセス政策の転換により、AT&Tは事業の将来展望がなくなった。
 このため、AT&TのCEO兼会長のDorman氏にとって、できるだけ良い条件での他社への売却が、他社のなかでのAT&Tのリソースを生かす最後の選択となった。本文で紹介するとおり、SBC Communicationsが発表した暫定合意には、AT&Tの3名(Dorman氏とその他2名の役員)は、SBCの経営層の一部に残ることではあるし、SBC CommunicationsがAT&Tのリソース(特にビジネス通信分野におけるネットワーク、IT技術等)に多く期待する旨の文言も多く散りばめられている。買収されるAT&Tの側としては、最低限、面子が立った条件であるといえよう。
 ところでSBCからすれば、この合併が実施に移されると、同社はVerizonと並ぶ米国最大の電気通信事業者となる。1984年当時、BellSouthの前身、SouthWesternBellは、テキサス州、サン・アントニオ市を本拠とし、米国中西部の数州にサービスを提供する7RHCのうちで最小の企業であった。この企業が、以来、米国西部のPacific Bell、Ameritechを吸収、さらに2004年10月には、子会社を通じAT&TWirelessを吸収し携帯電話部門でも米国最大の電気通信業者となった。さらに今回、米国東部のニュージャージーに本社を置くAT&Tを傘下に収めることとなり、同社は、中西部を中心に、西部、東部にも確固としたサービス地盤を持つ固定・携帯の両事業でナショナルキャリアと米国最大の存在になる。同時に、1988年以来、SBC CommunicationsのCEO兼会長として、同社の拡大政策を推進してきたWhitacre氏(Edward Whitcre Jr.)がにわかに米国電気通信事業界の大立者として注目を浴びることとなった。
 以下本文では、SBC Communications、AT&Tの暫定協定の内容、差し当たりの大きいインパクトの現われとしてのMCI取得に向けてのQwest、Verizonの動き、またAT&Tの終焉をもたらした主要要因について解説する。

SBC CommunicationsとAT&Tの合意の概要

 SBC Communicationsが発表したAT&Tとの合併についての暫定合意の内容は、次のとおり簡潔なものである(注2)。

  • SBC Communicationsは、AT&Tを総額160億ドル(株式で150億ドル、現金で10億ドル)で取得する。AT&T株主は、1株について、0.777942の比率でSBC Communicastions株式を受け取るほか、多少の現金を受け取る。株価比率の算出については、2005年1月28日のAT&Tの株価(19.71ドル)を適用。
  • Whitacre氏は、引き続きSBC CommunicationsのCEO兼会長に留まる。現AT&TのCEO兼会長のDorman氏は、SBC Communicationsの社長に就任する。さらに、AT&Tから新会社の役員2名が選任される。
  • 株主総会における承認と規制当局(FCC、司法省等)の承認を経て、2006年上半期の完了を目途とする。

 上記の合意概要を報道したSBC Communicationsのプレスレリースのなかでは、両社合併により、シナジー効果がどのような財務面での効果を生むかを説明している。
 これによればシナジー効果は、合併に要する経費を除き、総計150億ドルの価値を生むが、その効果が現れるのは2008年(年間利益増20億ドル)からである。
 つまり、2005年から2007年の間は両社統合に至る過渡期間であって、新会社は両社ネットワーク・重複部門の統合、特に進んでいるAT&TのIP、VOIPの住宅部門加入者への拡大、新規サービス拡大等に忙殺され、一時的に、財務が悪化することも予期している。また、この期間に13,000名もの大量の人員削減も報道されている。
 なお、新会社にAT&Tのブランドがどのように活用されるかは、大きな関心事である。この点については、合意内容には触れられておらず、Whitacre氏は、プレスレリースのなかで、“われわれは、世界中で知名度が高く、尊敬されているAT&Tブランドの遺産(heritage)を尊重する。AT&Tブランドは、必ずや、新会社の将来の一部になるだろう”。と述べるに留まっている。大方の意見は、新会社のビジネス部門、あるいはビジネス部門の一部サービスに"AT&T"のロゴが冠せられるのではないかと観測しているようである。(つまり、新会社の社名に組み込まれることはあるまい)(注4)。
 いずれにせよ、新会社の名称は、別途、慎重な検討のもとに決定されよう。Verizonと覇権を争う米国最大の通信事業者となるSBC Communicationsが、現在の社名をそのまま保持するとは考えられず、米国全土さらには、グローバル市場を見据えた新たな社名を創ることとなろう(注3)。

買収についてMCIと交渉を進めるQwestとVerizon

 SBC CommunicationsによるAT&T買収のもたらすインパクトは、深刻である。その最大のものは、これにより、これまでアナリストたちが予想してきたRHC諸社による長距離電話会社の買収がいよいよ開始され、他の類似の買収を引き起こす引金となることである。
 その前兆はすでに、2005年2月初旬から中旬にかけて、MCIについて生じている。
 Wall Street Journalは2月3日に、RHCのQwest CommunicationsがMCIに対し、60億ドルで買収する旨の呼び掛けを行ったと報道した(注4)。この報道はその後、他紙による同様の報道により裏付けられたが、Qwest Communicationsは、その後、MCIに対して何らの回答を行っていない。MCIは、破産法第12章の適用を解除されて以降も業績の悪化に歯止めが掛からず、自社の売却先を求めて、非公式に幾つものキャリア(その中にはAT&Tすらも含まれていたといわれる)に働きかけをしているといわれる。MCIに取り、Qwest Communicationsから、誘いがあったのは有難いが、Qwest自体がバブルでもっとも痛手を受け、その後、SEC(米国証券取引委員会)から財務の不正行為のゆえに訴追を受けた企業である。MCIは、他によい売り込み先はないかと同社に対する回答を保留しているらしい。
 さらに一週間後の2月10日、またもやWallStreetJournal紙は、VerizonがQwest Communicationsが提示したのと同様の金額で、MCI取得の非公式のオファーを行ったと報じている(注5)。
 VerizonのCEO兼会長のSeidenberg氏は、かねてから同社は自社の自力成長のポテンシャルを信頼するから、M&Aに頼らず独自路線を歩むと主張してきた。独自路線の堅持は、同社の財務状況からしても、必然的に出てくる戦略である。Verizonのアキレス腱は、他社に比し大きい負債額であって、減少しつつあるとはいっても、まだ393億ドルの巨額に達し、同社の財務を圧迫している。また周知のように、Verizonは、社運を賭しての光ファイバー敷設計画を推進しており、投資額(総体2004年)を見ても、133億ドルと他のRHCに比し、格段に大きい。ただ、AT&Tを手中に収めた後に米国最大の通信事業者となるSBC Communicationsの後塵を拝することは、Verizonにとって耐えがたいことではある。従って、急遽MCI取得に戦略を切り替えたとも見られるが、Verizonは、携帯電話企業としてのSprintCorpの吸収に一層の魅力を感じているともいわれ、今の時点でMCIの取得に本気となるかどうか定かでない(注6)。

なにがAT&Tの終焉をもたらしたか -技術革新による市場の変化と規制の転換-

 AT&Tの終焉をもたらした主要因はなにか。ここでは、技術革新と規制の転換の2点にしぼって、説明を加えておきたい。
 まず、AT&Tは、技術進歩によるサービスの多角化とこれを利用した他事業者との競争に敗れた。同社は、1986年新電気通信法施行後、まず、MCI、Sprintなど同業諸社との競争でシェアを大きく失い、収支を悪化させた。しかし、1990年代に入ってから、当初は、インターネットの普及によるメール、さらには携帯電話からの競争により、AT&Tのビジネスモデルは通用しなくなった。FCCのPowell委員長の持論である、新たなintermodal(事業を異にする事業者間の)競争が主流になったのである。RHCやケーブルテレビ会社が、トリプルプレイさらにはクオドラプル・プレイと音声・インターネット・携帯・ビデオの多様なサービスの組み合わせによるサービスの提供に向かっている時代に、携帯、ビデオのサービス提供の展望を欠いたAT&Tは、いかにも新時代の通信事業者としての資格要件を欠き、将来のロードマップを描くことができなくなった。
 次に、FCCの規制転換がAT&Tに最終的な打撃を加え、同社終焉の時期を1、2年は早めた。1996年電気通信法施行後、Hundt、Kenardと民主党FCC委員長が2代にわたり続き、この間、AT&Tは市内アクセスの面ではFCC規制から恩恵を受けた。すなわち、FCCはRHCが長距離通信事業者に安い料金(マージナル・コストに基づくTerlic料金原則による)で市内アクセスを提供せしめたからである。しかし、2002年1月にFCC委員長に就任したPowell氏は、確信的な自前通信網による競争推進の主唱者であって、ブロードバンド推進策と相並んで、勇猛果敢に市内アクセスの縮小、市内アクセス料金の引き上げに向かう政策を強力に推し進めた。この結果、2004年12月中旬には、FCCは約束期日とおりFCC新アクセス規則に関する裁定を下すことができ、Powell氏はついに宿願を果たした(注7)。
 また、Powell委員長も司法省も企業合併の申請にはきわめて寛容であった。今回のSBC Communicationsによる取得についても、かなり多くの条件を付すにせよ、合併が阻止される可能性はまず考えられない。かってにも、SBCは、AT&T買収の意向を漏らしたことがあるが、当時のFCC委員長、Hundt氏の猛烈な拒絶を受けて、断念したこともあった。
 実のところ、両社の合併は、業種を異にする事業者相互の合併であって、1984年にベルシステムが解体したときの基礎となった司法省の同意審決に真っ向から反することになり、旧来の規制の流れからすれば、規制機関から拒否されても当然の代物である。
 上記の規制環境の変化について、元FCC委員長のHundt氏は、「AT&Tの消滅を主宰したのはFCCである。これにより、現在の競争業者も将来の競争業者も、屑籠につっこまれてしまった。SBCが今後、これら業者を吸収しようとした場合、反トラスト機関がこれに大きな関心を払うかいなか、疑問である」と皮肉混じりに慨嘆している。(注8)。
 上記のように、電気通信分野の技術進歩によるサービスの多様化と競争の激化、これを大きく促進した米国の規制により、自前のアクセス回線を有しないAT&Tが追い詰められて、125年の歴史の歴史を閉じようとしているのであるというのが、筆者の結論である。

 この機会に、今回の出来事により、RHCと長距離通信事業者間の競争を前提にし、異業種業者間の競争のインパクトを考慮していなかった1996年電気通信法の欠陥が大きく露呈された点も強調しておく必要があろう。FCCのPowell委員長は、2005年3月に辞任する意向を明らかにしている。次期共和党委員長の課題は、Powell氏がやりのこした幾つもの調査案件の解決とならんで1996年電気通信法の制定に向けての議会の作業とへの協力が大きな仕事となろう。

 2005年2月14日、Verizonは、MCIを買収することで同社と合意した。米国電気通信業界ではまさに、M&Aが津波のような勢いで進行しており、当テレコムウォッチャーもこれに追いついていけない状況である。この件については、次回(3月1日号)で解説する。


(注1)2005年1月15日号テレコムウォッチャー「合併相次ぐ米国の携帯電話事業者 - ナショナルキャリアは4社体制へ」
(注2)2005.1.31付けSBC Communicationsのプレスレリース、"SBC to Acquire AT&T"
(注3)2005.2.3付けThe Street.com, "SBC Faces Brand old issues"
(注4)2005.2.4付けUSA Today, "Qwest makes $6B bid for MCI"
(注5)2005.210付けYahoo!News, "Report:VerizonEnters MCI Bidding"
(注6)2005.1.27付けForbes,"Verizon Goes It Alone"
(注7)この件については、幾度にもわたりテレコムウォッチャーで紹介してきたが、最新のイベントであるFCCによる最新の裁定の概要については、2005年1月1日号テレコムウォッチャー、「FCC、市内アクセス新規則についての裁定を下すー狭められた競争業者によるILCsの利用」を参照。なおこの論説は、FCCの限られた裁定本文により記述したものであり、内容は不十分である。詳細は、規則の本文が発表された後、再度、解説したい。
(注8)2005.1.28付けYahoo!News, "SBC,AT&T discuss merger"

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