2004年、欧州の電気通信業界では、米国、わが国の場合と同様、ブロードバンド、携帯電話が大きく成長したが、とりわけ懸案の第3世代方式携帯電話(3G)の商用化が大きく進展した。
高速のブロードバンド技術を使用することにより、携帯電話に音声サービスのほか、高速データ、ビデオ、3Dゲーム等新サービスを可能にする新技術は、欧州各国政府がこれの免許付与に当たって、オークション方式によりできるだけ多額の免許料を徴収しようとしたため、スタート時から問題を引き起こした。実に、免許料の総額は1200億ドルにも達したのであり、関係者の誰しもこの莫大な投資に見合う収益を得る自信を持たなかった。このため、各通信事業者から、免許料の減免、あるいはサービス開始期日延伸、またはネットワークがサービス提供エリアをカバーする比率の引き下げなど、陳情が相次いだ。また、これを受ける規制機関の側は、免許料の減免は原則として認めなかった(多分、唯一の例外はフランス)。しかし、サービス期日、カバーする提供エリアについては、ある程度携帯電話会社の要求に応じざるを得ず、さらに幾つかの複数キャリアに対しては、一部設備の共用も認められた。しかし、加入者数が比較的少ない中規規模程度の携帯電話事業者のなかには、免許料支払いに加えるにネットワークへの投資金額を支払うことができず、途中で規制機関に対し免許を返納するものも生じた(たとえばドイツの携帯電話事業者Mobilcom)。
このように、サービス実施に至るまで幾つもの隘路があったにもかかわらず、2004年上半期から下半期に掛けて、欧州携帯電話会社は、おおむね試行サービス提供から本サービスの実施に移り始め、3Gサービスもようやくテイクオフの段階に達したということができる。以下、本サービスの施状況について注目すべき点の幾つかを列挙する。
- 欧州で最初に出現した3Gサービスは、香港随一のコングロマリット企業(通信・船舶・海運・不動産等の事業を経営)であるHuchison Whampoa社の各国における子会社が提供する“3”であった。各国(英国、イタリア、香港、オーストリア等)に設置された同社の子会社は、他の携帯電話会社のように2Gあるいは2.5Gのネットワークを有していないため、ゼロからネットワーク構築を行わざるを得ず、投資が嵩んだ。しかし同社は、莫大な負債を抱えながらも、2004年末、総体で680万の加入者獲得まで漕ぎ着け、現在、一日に約3万の割合で加入者数を増やしている。欧州の3Gサービスを論じる場合、このパイオニア・サービスを無視することはできない。
- かねてから欧州一の3Gサービスを提供すると宣言していたVodafone社は、2004年5月初めのドイツにおけるサービス提開始以来、サービス提供の市場を増やし、同年11月には、わが国を含む13カ国でサービス提供開始を宣言した。同社は、2006年3月までに1000万の加入者獲得を目指している。
- Vodafoneに次ぐ欧州の大手携帯電話会社、Orange(フランス・テレコムの携帯電話提供事業部門)および、T-Mobile(ドイツ・テレコムの携帯電話部門)もそれぞれ2004年春から年末に掛けて、主要市場における3Gサービスを開始した。しかし、Vodafoneに比し3Gに賭ける迫力が少し欠け、サービス内容、ネットワークの規模もやや劣るように思われる。情報に乏しく、断定的なことはいえないが、特にT-Mobileの3Gサービスには、まだ問題点が解決されていないようである。
- 結局、欧州における3Gサービスの関心は、3UK(Huchison Whamporeの英国における“3”提供子会社)と英国におけるVodafoneUKの競争に集中されよう。今後、半年から一年程度でどちらが勝利者になるかが定まるだろう。もちろん、他のサービス提供業者のサービスも次第にじわじわと加入者を獲得していき、加入者数の3分の1近くが3G加入者になっているわが国のタイプに近づいていくだろう。
- わが国の携帯電話機器メーカは、これまで自国において大量の3G機器を販売しているのにもかかわらず、欧州諸国における3G機器のシェアは低かった。3Gサービス加入者数のグローバルな増大は、莫大な端末機器の取替え需要を生み出すので、これらメーカは海外における端末機器のシェアを増やす絶好の機会が訪れている。特に、超携帯電話大国である中国市場への期待が高い。
本論では、上記の点についてさらに解説を加える。
欧州における3Gサービスの牽引車となっているHuchison Whampoaの“3”サービス
欧州の3Gサービス事業は、欧州企業でないHuchison Whampoa(港湾・海運・不動産・通信等の業務を手掛ける香港随一のコングロマリット)が同社の巨大な資源、人材の多くを投入し、欧州中心にグローバルなサービス開始を計る計画を早期に展開する意表を付いた戦略を展開したことにより、他の一般携帯電話事業者は、大きな影響を受けることとなった(注1)。
同社の“3”サービスは、2003年5月に英国、イタリアに対しサービス提供を開始して以来、1年ほどの間(2004年5、6月頃まで)は、莫大な投資にもかかわらず、所期した加入者数が得られず、また投資額はかさむばかりであった。同年5月には、一部アナリストたちから市場撤退のうわさが流れたほどである。
しかし、2004年下半期に至ると、同社による“3”サービスの加入者吸引力は大きく強まり、主な市場である英国、イタリアの加入者数は、相次いで200万加入を突破した。
2004年末現在、“3”サービスは、7つの市場(英国、イタリア、オーストラリア、オーストリア、スエーデン、香港)で計680万の加入者を獲得している。さらに現在では、日々3万の割合で加入者が増えているという。しかし、これまで同社がこの事業に投資してきた金額は130億ポンドにのぼり、さらに今後も100億ポンド規模の投資を必要とすると見られる。HuchisonWhampore自体は、最悪の時期は脱したのであり、2006年中にでも税込みベースでの単年度黒字を実現できるだろうと楽観的であるが、親会社HuchisonWhamporeが財務面でこの事業を最後まで支えられるかどうか疑疑問視する向きも多い。
これまでHuchison Whamporeは、もっとも多くの加入者を獲得している英国にせよイタリアにせよ、パイオニアの利点を生かし、3Gプロパーのサービスにおいては、競争相手なしでサービスを提供できていたのであるが、2004年後半期からはVodafone、T-Mobile、Orangeといった競合3Gサービス提供会社と真正面から対決を余儀なくされている。
果して、サービス面でまた、新規加入者獲得面(他の携帯電話加入者は2G、2.5Gの加入者を3G加入者に勧誘できるのであるが、Huchison Whamporeには既設加入者がないため、すべて新規加入者あるいは他社の加入者を求めなければならないというハンディがある)で後発の競合他社に対抗できるかという疑問が生じる。また、Huchison Whampoaが最近大幅に加入者を伸ばしてきた大きな理由は、実のところ同社の提供する3Gサービス自体であるより、一般の音声携帯電話サービスの料金が他社の2G、2.5Gのサービスより安価に提供されているためであるとも言われており、この面でも“3”Gサービスには脆弱性がある。
しかし、同社の将来についての懸念はともかくとして、Huthison Whampoaが欧州3Gサービスのパイオニアとして、他事業者に刺激を与え、これら事業者の実施計画に影響をもたらして来た事実は否めない。たとえば、Vodafoneのよる同社の本拠地、英国におけるサービス開始は、予想より遅れて2004年11月にずれこんでしまったのであるが、これは英国において加入者数を大きく伸ばしつつあるHuchison Whamporeの“3”サービスとの競争に対抗するため、Vodafoneが万全の準備をしたことによるものである。
欧州諸国において3Gの覇権を狙う欧州携帯電話競合3社(Vodafone、T-Mobaile、Orange)
表1 欧州3大携帯電話会社の3G提供状況(注2)
| Vodafone | T-Mobile | Orange |
サービス 開始時期 | 2004年5月初旬にドイツで最初の住宅用加入者サービスを開始。同年11月中旬、欧州13の諸国における3Gサービス提供を宣言。 | 2004年5月初旬、Vodafoneに数日遅れてドイツ、オーストリアでサービスを開始。 | 2004年12月初旬、フランス、英国においてサービスを開始。 |
サービス 提供エリア | 日本も含む13国の市場 | ドイツ、オーストリア | フランス、英国 |
サービス内容 | Vodafoneは、2002年11月にGPRS標準(2.5G)に基づくデータ・画像サービス“VodafoneLive”の提供を開始し、特にカメラ・フォーンのサービスは大きな成功を収めている。同社の3Gサービスは、特に新たなブランド名を付与しない。"VodafoneLive! With 3G"であるとして、Vodafone Live!サービスの拡張版に位置付けている。 | サービスの名称は、TM3(GPRS、W-CDMA、W-LANをベースにしたマルティメディア・サービス)。具体的なサービス品目として、写真の送受、音楽のダウンロード、eメイル等が列挙されているが、サービス範囲はVodafone Live! with3Gより狭いようである。 | サービスの名称は、Orange World。サービスの種類は、娯楽、情報、映画、音楽等。 |
端末業者、 端末種類 | Sharp、Motorola、Sony Ericsson、NEC、Nokia、Sanyoの6社から10機種。 | 機種は、Nokia7600に絞っている模様。 | Sanyo、Nokia、Motorola、LGElectronics、Sony Ericsson、Samsung |
戦 略 | “3”サービスに対抗し、2G、2.5Gサービスの場合同様、3Gサービスにおいてもトップを目指す。2006年3月末における3G加入者数目標1000万。 | 主市場であるドイツ、英国におけるサービス提供が遅れたし、サービス、端末の品揃えもVodafoneに劣るようである。ネットワーク、端末の双方においてNokiaとの提携度合いが高く、当面、この連合が不利に働いているのではないかとの懸念も持たれる。 | フランス、英国両国におけるサービス提供のスタートが予定よりも大きく遅れた。Vodafoneに比して、及び腰の姿勢。 |
注目される欧州3G携帯電話市場におけるアジア機器メーカーの台頭
以上、欧州の4つの主要携帯キャリアについて、それぞれの3Gサービス提供状況を見てきたわけであるが、3Gサービスを提供しているキャリアはこの3社に留まるものではない。Vodafone、T-Mobileが本拠を置く、英国、ドイツはもっとも携帯電話サービスの競争が激しい市場である。英国では、すでに述べたように、Vodafoneは先行競争業者、3GUKのほか、Orangeがサービスの提供を始めた。また、T-Mobileは、強豪VodafoneおよびE-Plusとすでにドイツ市場で競合している。
このほか、イタリア(3Italia、Vodafone)、スペイン(Telefonica、Vodafone)、オランダ(KPN)等の諸国でも、2004年の全般から後半に掛けてサービス提供が進んでいる。
パイオニアであるHuchison Whamporeが2004年末における加入者総数を680万と発表したほか、今の段階ではサービス・イン後まだ日が浅いため、他の業者の加入者数は発表されていない。
ただVodafoneは、2006年3月末には同社の3G加入者数を1000万にすると宣言している。同社だけでなく、他の携帯電話会社も3Gサービス利用に当たり、音声サービスの料金が従来より高くなることはなく、また3Gサービスの利用に当たっては、一般的に従量制あるいは一件当たり幾らの課金にしている。ユーザーは比較的気楽に3Gサービスの契約を受けやすいため、欧州でもわが国の場合と同様、今後、加入者が大きく伸びていくものと考えられる。
ついでながら、周知のとおり、3Gサービスにおいては、わが国と韓国がもっとも進んでいる。また、シンガポールは、近々サービスが提供される予定であり、世界最大の携帯電話大国の中国も現在、3G導入に向けての準備を急ピッチで進めている。
これまで3Gサービスの提供で遅れていた米国においても、業界第2位の携帯電話会社、VerizonWirelessが新年早々の2007年1月7日、CDMA2000EV−DO標準に基づくVCASTサービスを開始した(注3)。米国ではこのほか、最大手のCingular Wirelessおよび業界3位のSprint Corpsも一部3Gサービスを開始しており、新年に至り、米国の3Gはほぼ欧州の水準に追い付いたことになる。
このように2005年は、グローバルに3Gサービスが展開されて行く最初の年になるが、この状況のもとで期待されているのが、日本携帯電話端末メーカの活躍である。
これまで、日本の端末機器メーカが国外市場で不振であった点は、外国の調査会社ですら奇異であると見ていた。たとえば、表2に示すGartner社の調査によれば、日本の携帯電話機器メーカの国際進出がいかに遅れているかが読み取れる(注4)。
表2 日本携帯電話事業者5社の国内・国際シェア(2004年6月末)
携帯電話事業者 | 国内市場のシェア(%) | 国際市場のシェア(%) |
NEC | 22.2 | 2.4 |
松下 | 15.2 | 2.4 |
シャープ | 14.3 | 1.6 |
三洋電機 | 10.7 | 1.6 |
東芝 | 8.8 | 不明 |
もっとも、上記の表には、SonyとEricssonが合弁で設立した欧州携帯電話会社のSonyEricssonの市場シェアが掲載されていない。同社は、2004年第4四半期の売り上げはきわめて好調であった。SonyEricssonは、Nokia、Samsung、Motorola、Siemensに次ぐ世界第5位の携帯電話メーカとなっている。著者の推計によれば、2004年末における市場シェアは6.8%に達していることを付記しておく(注5)。
日本勢のNEC、シャープ、三洋電機、Sony(Ericssonとの合弁で)の4社が、欧州携帯電話業者から3G提供業者に指定されており、今後の売り上げ増が期待できる。また、3億を超える携帯電話加入者を有する中国市場への進出の期待も大きく高まっている(注6)。
(注1) | Huchison Whampoaが2003年5月に3Gサービスを開始して以来、2004年3月まで莫大な投資とネットワーク、端末の不符号の下で、加入者の獲得に努めてきたかの経緯については、2004年4月15日号テレコムウォッチャー「“3”サービスのグローバル展開に社運を賭するHuthison Whampoa」を参照されたい。 |
(注2) | 3Gに関するニュースの検索には、最新のトピックスを簡潔に紹介してくれるネット情報、http://3gnewsroom.comがもっとも役に立つ。表および本文中の記述については、このネットに負うところが多かった。参照した記事は幾十にも及ぶので、原則としてレファランスは省略した。 |
(注3) | 2005.1.7付けのVerizon Wirelessのプレスレリース、"Verizon Wireless Launches VCAS, Nation's First And Only Consumer 3G Multimedia Service" |
(注4) | 2004.12.3付けBusiness Week, "The coolest phones-and skimpiest profit"より孫引き。 |
(注5) | Sony Ericssonは、2004年の同社の携帯電話端末の出荷数が4230万であったと報告している。他方、2004年の携帯電話端末の総出荷数は推計6.5億程度である(Nokia社の推計値)。6.8%は、双方の数値より計算した。なお、Sony Ericssonの数値は、2005.1.18付けhttp://3gnewsroom.com, "3G boosts Sony Ericsson sales in Q4"によった。 |
(注6) | 特にNECは、すでに3Hongkongへの大量の端末納入に成功した実績をベースにして、中国市場への果敢な進出を計画していると報道されている。2005.1.8付け朝日新聞、"第3世代携帯、中国へ熱視線"。 |
データリソース社では、「3G、移動体」関連の下記のレポートをお取り扱いしています。
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