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  メールでよみがえるプッシュ・テクノロジ  (IT アナリスト 新井 研氏)
2005年12月1日号


 最近プッシュ・メールという言葉を聞くようになった。十年ぐらい前にインターネットの世界でプッシュ技術というのがもてはやされ、あっという間に語られなくなったが、ここにきてビジネスワイヤレスメールの世界で再び“プッシュ”というフレーズを聞くようになった。これはどういうことだろう。

■ プッシュ・テクノロジとは

 商用インターネットが解禁された1990年代中頃、インターネットの情報はすべからく利用者が能動的にホームページにアクセスし引き出すプル型の世界であった。図書館や書店に似ていた。しかし、テレビやラジオなどの放送型メディアはこちらが黙っていても情報を届けてくるプッシュ型のメディアであり、これに慣れていた人々はインターネットからの情報入手法にまどろっこしさを感じていた。そこで登場したのが、今となっては懐かしい“ポイントキャスト”だ。1996年に米国でサービスが開始され、97年には日本に上陸している。ご存じの貴兄も多いと思うが、これをダウンロードしてPCにインストールしておくと、一定時間間隔でPCがポイントキャストサーバーにアクセスし、アップデイトな情報を引き出すもので、物理的にはプル型だがあたかもプッシュのような効果があった。競合にMarimbaというサービスもあったが、使い勝手の良さから、ポイントキャストの軍門に下った。

■ブロードバンド普及で死語化

 株価、ニュース、などの素早い動きをインターネットでもチェックできるとあって、当時は“インターネット放送局”ともてはやされ、“放送局”だけにバナー広告によるビジネスモデルを確立し、インターネットと通信の垣根を取り払う歴史的役割を果たした。当時は朝日新聞、共同通信もコンテンツを供給しているほどだった。
 しかし、ブロードバンドが進展し、PCを常時オンにしてインターネットにつなぎっぱなしのスタイルが主流になると、ブラウザ側でホームページを自動更新したり、メールマガジンが普及し、更新されたホームページまでリードするなどで、事実上のプッシュ型配信を確立してきたことなどから、ポイントキャストは1999年に米国のEntryPoint社に買収され、2000年に日本から撤退している。それ以降はマルチキャスティング技術やストリーミング配信といった技術が普及しプッシュはあたりまえのことになり、プッシュ技術という名称はもはや死語となっていた。

■ ビジネスワイヤレスメールで浮上

 ところが最近メールの世界でプッシュ・テクノロジを聞くようになった。電子メールの世界で、送り手が送った直後に、多少の遅延はあるにせよ、メールをリアルタイムで受け取ることができるのは、電子メールをつけっぱなしにしているPCでは普通のことだし、携帯電話での電子メールでも至極普通のことである。しかし、PCでは実はPCを付けっぱなしにしているから事実上のプッシュが可能だし、携帯電話にしても待機モードとはいえ、付けっぱなしにしているから、ほぼリアルタイムに相手からメールが受け取れるのである。ただし携帯電話のメールは、若者がプライベートに使うのには向いているが、複雑なやりとりや、そこそこの長さのメッセージを作成するのには向いていない。特にご年輩のビジネスマンにはつらいものだ。
 そこで、うまいこと成功したのが米国で普及したResearchInMotion社のBlackBerryである(当連載2005年6月5日号参照)。QWERTY(標準)キーを付けて文字入力をしやすくし、ご年輩でも使いやすくした。

■ 要はPDAメール?

 さて、日本は携帯メール大国だが、ビジネスに適した本格的なモバイル環境は発展しなかった。ビジネスで使うメールは小型軽量化したノートPCとPHSカードで行えばいいし、緊急なら携帯電話で通話すればいいし、複雑なメールはPCでといった具合になっていた。若い人なら携帯のメールで、といった具合に、PCと携帯の中間であったPDAのようなものは普及しなかった。ところが最近、シャープやウィルコムなどからW-ZERO3のような端末や、PDAの機能を持ったスマートフォンがどんどん発売されるようになり、PCで使っているメールと連携できるようになった。ところがPDAだけではリアルタイムにメールはうけとれない。そのためにプッシュ型のメールシステムを使い、企業で使っているOutlookやDominoのようなメールシステムと連携させ、プッシュして送ってくれるソリューションが登場してきた。
 NTT Docomoは今年の夏からBINWANというサービスで企業のメールをPDA機能のある携帯電話やスマートフォンに送受信するサービスを始めている。これはバックヤードで米国のセブン社のプッシュ型メールシステムが動いている。また、同じく米国のVISTO社が日本でVodafoneと組んで、早ければ2006年始め頃から同様のサービスを開始しようとしている。
 これらは既存のメールサーバーと絶えず同期を取るためリダイレクト(携帯電話への転送など)機能やモバイル専用に新たに設置したグループウエアのメールシステムと二重の管理を迫られることなく(シングル・データ・ストア)、またメールアドレスが複数にならず、混乱することなく、ひとつのメールアドレスで済んでいる(シングル・アドレス)。また企業のメールサーバーがメールを受信すると、通常のPDAであればアクセスしたときにしかデバイスとサーバーが同期を取らないが、これらはリアルタイムに送信してくれる、プッシュ機能を実現している。ようやく日本でも死語になったプッシュが改めて実現されることになったわけだ。

■プッシュといわないで!

 ところが、実はこの動きは真にユーザーのニーズから盛り上がってきたものでもなさそうだ。携帯電話キャリアは消費者向け市場がほぼ飽和し、従来のような売り上げ拡大が望めなくなったため、ビジネス向けに市場を求めて新たにサービスを開始したようだ。真のニーズがあればとっくに盛り上がっていてもいいはずだが、このあたりが悩ましいところで、市場オリエンテッドではなくベンダーの事情で展開されることになりそうだ。ただ、世の中に受け入れられたものが、必ずしもユーザーオリエンテッドばかりでなく、ベンダーがリードして成功した例は枚挙にいとまはない。いったん死語となったプッシュ技術を前に出しても、「え、そんなの当たり前じゃん」といわれるのがおちであるが、プッシュといわずに、もう少ししゃれたキーワードで、ビジネスマンを惹き付けてもらいたいものだ。




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