実用近づくRFID。人につけたり羊につけたり (IT アナリスト 新井 研氏)
2005年11月1日号
様々な業種、分野においてRFIDに関する実証実験が盛んに行われている。特に欧米では積極的にRFIDに投資し、業界において主導権を握ることにチャレンジをしている企業が多い。その点、残念ながらわが国では積極的なベンダーはみられるが、ユーザー側にそれほど積極的な企業がみられないのは残念なことだ。それはさておき、各国の政府もそれぞれの事情がありRFIDに熱心である。ここでは二つの対照的な政府の取り組みを紹介してみよう。
■ プライバシー問題の大合唱
米国政府は2006年10月からパスポートにRFIDをのせることを決定した。テロ対策が後押ししているため動きは早い。今回、米国国務省が発表した内容によると、2006年10月から米国で発行するパスポートには、所持人の氏名、国籍、性別、生年月日、出生地、顔写真のデジタルデータという個人情報を記録したRFIDチップをのせることになるという。最終的には「指紋や虹彩のスキャン」などのデータをこれに追加して個人認証を徹底的に強化するという。
かつてウォルマートが店内商品のアイテムごとにRFIDを取り付ける実証実験をしただけでプライバシー問題の大反対合唱が沸き起こり、商品のケースや棚レベルでのサプライチェーンのみでの利用にとどめることを余儀なくされるほど、欧米の市民団体はRFIDの利用に神経質になっている。そういった中で米国政府のパスポートへの取り組みは非常に強い意志を感じるが、やはりプライバシーに関する懸念は払拭されていない。政府はパスポートのRFIDは読み取り電波を通さない特殊なシールド材で覆ってしまうため他人から読まれることはないとしている。もちろん安全上の理由からその素材や技術は明らかにされないが、案の定2000件以上のプライバシー問題に関するコメントが寄せられている。この動きには英国やドイツも徐々にこの計画を示唆しており、パスポートでは米国方式が事実上の標準方式になる可能性は高い。いずれにしても来年の今頃から世界で初のRFIDパスポートを持った米国人が登場することになる。
■ 最もプライバシーと遠い分野での利用
米国の事例が最もプライバシー問題と直結する分野だとすると、オーストラリア政府の取り組みはこの対極にあるといえる。オーストラリアの基幹産業のひとつといえば、羊の飼育である。人口よりも羊の頭数が多いと言われるお国柄だけあって、RFIDの効果的な利用分野として羊牧場での活用が注目を集めている。
最近オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州政府農業省が、羊の耳にRFIDを埋め込んで管理する“e-シープ牧場”のプロトタイプを発表した。牧場のいたるところ、例えばゲート、餌場、水のみ場などに読み取りポイントをおき、羊がえさを求めてゲートに向かい始めたら、羊のRFIDを感知し、ソーラーパネルで蓄電された動力でゲートを自動的に開閉するなどのアイデアが織り込まれている。だが最も威力を発揮するのは固体管理。RFIDは書き換え可能型が採用され生まれてからマトンになるまで管理されるが、体重や体格、体調データが自動計測され一定期間ごとにRFIDに書き込まれ、自動管理される。例えば、妊娠している羊だけを選んで出産に備えたり、羊毛の刈り取り時期が来た羊をより分けたりすることができる。これまでは、羊飼いが手作業でより分けるなどの固体管理をしていたが、羊を並ばせ左右のゲートの開閉だけでより分けることができるようになる。実はこのシステムによる作業効率効果は非常に大きい。何しろ人口より羊が多いお国柄だけに大牧場ともなると一人当たりの管理する羊の頭数は大変なものになる。これがRFIDでビジネスプロセスが全く変わってしまう。
羊毛の刈り取り時期は通常年に1回。日本であれば5,6月の初夏に刈り取るケースが多いと言う。ところがオーストラリアなどでは頭数が多いため一定の時期に集中させることはしないという。真冬に刈っても数日で分厚い皮下脂肪が形成されるらしく、実は羊毛の刈り取りはいつでもかまわない。一回の刈り取りで2,3キログラムの羊毛が刈り取られるが、RFIDで体重管理をすることである程度、毛の育成状況も推定できるらしい。このシステムはニュー・サウス・ウエールズ州政府が民間と協力して開発したものだが、ゲート、体重計など管理システムは約150万円、羊の耳に埋め込むRFIDは1個200円程度という。
いかにも羊牧大国のお国柄、米国のパスポート・プロジェクト同様国を挙げて推進する好対照をなす事例として注目される。人につけたり羊につけたりである。ちなみに“e-シープ・システム”でプライバシーを問題視する羊からのクレームはひとつもなかったそうである。
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