訴追された王者インテルの功罪 (IT アナリスト 新井 研氏)
2005年7月7日号
概要
6月下旬、パソコンのCPUトップシェアのインテルはライバルのAMDから独禁法違反として、米国と日本で提訴を受けた。AMDはインテルの独占的な立場を利用したビジネス手法により、多くのセットメーカー、ディストリビューターなど38社の名前をあげ、これらベンダーや消費者までが多くの損害を受けていると主張し、「インテルvsすべて」の構図を描こうとしている。インテルは年間1億2千万台が生産されるPCの80%のシェアを占めており独占的な立場にいるが、提訴の事実から透けて見えるインテルの功罪について考えたい。
■ 日本と米国で提訴
6月27日、米国インテルは同業者のAMDから独占禁止法に抵触するとしてデラウエア地裁に提訴された。3日後の30日にはAMDの日本法人AMD(株)がインテルジャパン(株)を、60億円の損害賠償を求めて提訴している。AMD米国本社は米国、アジア、欧州の3大陸で損害を受けているとしての提訴で、欧州各国の法人も日本のようにそれぞれローカルで訴追する可能性もあるが、現時点では米国以外での提訴は日本だけだ。
独占的行為や非関税障壁などの排除にはそもそも日本に市場開放を求める米国の意向が強く働いているといわれ、最近の橋梁工事談合事件、道路公団談合疑惑など、自由公正な競争活動を排除しようという昨今の(米国寄りの)小泉政権の姿勢と合致することから、追い風にある日本での提訴に踏み切ったものとみられる。
■ PCの歴史がみえる48ページの訴訟状
まずデラウエア地裁に提出したAMD社の訴状は48ページに及び、1980年代からのPC草創期から、AMD社はいかにインテルからの圧力下で苦しみ、他のベンダーも利益を圧迫されてきたかを切々と訴えている。
IBMがIBM-PCを発売するに当たり、モトローラ、ザイログ、ナショナルセミコンダクター、フェアチャイルド、インテル、AMDの中からx86アーキテクチャのインテルを選択し、CPUの安定供給のためIBMはインテルにAMDへのセカンドソース契約を結ばせたがそれ以来AMDはx86系のCPU生産に足を踏み入れるようになっている。 1982年からの80286以降はインテルとAMDは改めて包括契約を結ぶが、それ以降いかに不当な圧力や妨害を受け続けてきたかを訴えている。このあたりはまるでPCの発展の歴史をみるようで、当時を知るものとしては懐かしくさえある。
また、デル、ゲートウエイ、HP(コンパック)、IBM、ソニー、東芝、日立、富士通、NEC、ACERなどPCメーカーに加え、大手小売のオフィスデポ、ベストバイ、サーキットシティ、メディアマート(ドイツ)など、合計で38社もインテルの独占の被害者だとして訴状に列記している。
■ 有形無形の妨害?
ここで主張されているインテルからの“被害”は多岐に渡る。それはさておき、筆者の記憶では、日本では90年代の半ばごろ、「インテル インサイド(米国ではIntel in it)」キャンペーンがあったが、この「インテルインサイド」のロゴを入れたり、テレビやラジオで「インテル入ってる」といったせりふを入れると、広告費の半額をインテルが負担する仕組みがあることは知られていた。大手PCメーカーのコマーシャルの最後に聞きなれた音楽と共にロゴが浮かび上がり、いまでもインテルは相応の負担をしているとみられる。当時日本AMDの幹部は「インテルからもらう広告費は自分たちが高いCPUを買わされているから、自分たちで負担しているのとなんら変わらない」と言っていたことを思い出す。また、こんなこともあった。AMDの新製品の発表会に祝辞を述べるために出席が予定されていた大手PCメーカーの役員が、当日の朝になって出席を断ってきたことがあったという。このような様々な圧力は訴状にも書かれているので、興味のある方は一読されたい。
■ ピーク時のAMDシェアは20%
AMD社は訴状の中で出典は伏せて、インテルとAMD社のシェアを経年的に表で示しているが、2000年に20.2%をピークに徐々に減少し2004年は15.8%に落ち込んでいる。さらにAMD幹部によるとAMDやPCメーカーの営業利益は5%程度、これに比べインテルのそれは30%にものぼると主張している。実際2004年のインテルの決算書は、売り上げ324億ドルで営業利益が29.6%。一方のAMDは50億ドルの売り上げで営業利益は4.4%であった。インテルの正当な企業努力は否定しないが、あまりにも大きな差であり、AMD社の主張はわからないでもない。
■ インテルの功罪
確かにPCマーケットから吸い上げた利益は膨大であるが、これが必ずしも業界38社や消費者の利益を阻害しているかどうかは一概に言えないというのが筆者の見方だ。しかし、ここ数年14〜15%の、営業利益の半分にも及ぶ膨大なR&D投資を行ってきているのも事実だ。もちろんR&D投資が大きいだけで企業努力を評価するつもりもなく、これらの投資がすべて成功しているわけでもない。しかし、最近ではモバイルCenrinoの投入でノートPCと無線LANを不可分にしたり、Wi-Fiを定着させようとしたり、かつては省電力CPUの投入でPCの裾野を広げたことも確かである。古くはマルチメディアテクノロジ、またAGP(Advanced Graphic Port)、PCIバス、USB(ユニバーサルシリアルバス)、などの技術の普及はインテルの主導であり、巨額のR&D投資の成果でもあり、これらのインテルの姿勢を必ずしも否定するものではない。このあたりが、38社が必ずしもAMD社の主張に賛同しているわけではないことからも明らかだ(もちろんメーカーがおおっぴらにインテルに異を唱えるこなどできるはずもないが)。少なくともPC市場の裾野を拡大し、PCを20年以上も情報処理の中心的役割を担い続けさせていることの意味も大きい。
AMDの主張するように、インテルの利益も4.5%であったらどうだろうか。不要なメーカーが生き残ったり、R&Dが分散しなかったろうか。歴史でタラレバは禁句だが、AMDの主張には心情的に賛同できるが、消費者の利益はそれほど失われたろうか。AMDに60億円払えばPCの価格は安くなるのだろうか。やはりインテルには功と罪がありそうだ。
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