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  個人情報保護法を機に変革されるパソコンのかたち  (IT アナリスト 新井 研氏)
2005年5月10日号

概要
 2005年4月に個人情報保護法が施行されたが、「“最大”のセキュリティ・ホール」といわれるクライアントパソコンについて、これを機に情報漏えいの危険性が少ない様々な形の企業向け機器が提案されるようになった。セキュリティと運用コストの削減を同時に実現するブレードPCやバーチャルPCなど新しいコンセプトが登場し、日本でもいくつかの導入事例が見られるようになってきた。こういった流れは個人が利用する情報機器にどのような影響を及ぼすのだろうか。

■ 個人情報保護法がきっかけ
 個人情報保護法施行を目前に控えた2月、金融庁から「個人情報保護に関するガイドライン」が出された。これは個人情報保護に関して金融機関として万全の体制をとるよう指示したものだが、これを機に金融機関のIT管理者たちからより安全なビジネス・パソコンの導入への関心が高くなった。具体的にはハードディスクをエンドユーザーの手元に置かないことで個人情報などの重要な情報の漏洩の危険性を低くしたシンクライアントなどに関する関心が一挙に高まった。ハードディスクを取り外し、その分サーバ側でデータやアプリケーションを保持・実行し、処理の結果のみをクライアントパソコンに表示するため、手元もクライアントパソコンは表示と入力だけの“薄っぺら”な機能でよくなることから従来の“太ったクライアントパソコン”に対し“シン(薄っぺらな)クライアント”と言われる。この考え方は10年以上も前からあるが、この機に様々なアーキテクチャ(設計思想)のクライアントパソコンが提案されており、この動きはいずれビジネスの世界だけではなく、家庭でのコンピューティングに大きな影響を与えるものになるかも知れない。

■ ブレードPC
 シンクライアントは、サーバ・ベースのコンピューティングであり、管理性やセキュリティの面は良いが、・ハードディスクを前提として機能するアプリケーション・ソフトウェアが使用できない・端末側のパワーが脆弱であるとMacromediaのFlashの動作に不具合が出る・メモリ領域を大量に消費するAcrobatのPDFファイルを多くのユーザーが同時に使えない、などの問題点がある。その悩みを解消しようとするのがブレードPCの取り組みだ。
 その基本的な仕組みは、ケージと呼ばれるボックスに最大8枚のブレードが入り、ブレード1枚が1台のPCとなる。標準的な構成ではCPUがPentium4 (2.6〜3.0GHz)、メモリ (256M〜2GB)、ハードディスク・ドライブ (80〜120GB) が搭載される。個々のユーザーは、これらのブレードPCにLANケーブルで接続しているユーザー・ポートにキーボードやモニタを接続して利用する。いうなればPC本体と入出力装置を結ぶケーブルを伸ばし、ユーザー・ポート側から遠隔操作を行うようなものである。ブレードPCはサーバ群と一緒にバックヤードで情報システム専任者が一括運用管理することが可能なため、管理コストを削減できるし、情報漏えいの可能性のあるハードディスクを手元に置かなくともよい。

■ ネットブート式とバーチャルPC
 同様なシステムで最近NECから提案されたものに、ネットブート式とバーチャルPCといったものがある。ネットブート式とは、手元のパソコンにはハードディスクはあるが、スイッチを入れないときは全くの空っぽの状態である。利用時に電源を入れるとサーバ側からWindowsやアプリケーションソフト、データが一気に送られ、使い終わると結果はサーバ側に記録され、手元のパソコンは再び空っぽになる。ハードディスクやCPU、メモリは手元の資源を使うため、パワフルなアプリケーション用途に向いている。しかも、通常は空っぽなため、どこかに置き忘れてきても情報が漏れる心配はないというわけだ。
 バーチャルPCというのは、Windows、アプリケーションソフト、データとパソコン一式のイメージを丸々サーバ側に置いておき、手元のパソコンは入力と表示のみの役割を果たす。手元の装置は入力と表示ができる薄っぺらな機能でかまわない。

■ ユーティリティコンピューティングへの足がかり?
 個人情報保護法を機に登場したこれら新たなアーキテクチャのクライアントパソコンの展開は、80年代後期から主流になったクライアント・サーバシステムによる情報の分散から、情報の集中管理へといった点で振り子のゆり戻しという人がいるが、決してそれだけではない。集中管理の動きはサーバ側から見た場合、「サーバベースコンピューティング」が主流になるといった見方ができるが、また「ユーティリティコンピューティングへの足がかり」といった見方もできる。水道の蛇口をひねれば水が出てくるように、ケーブルにパソコンをつなげばそのパソコンの性能にかかわりなく、いつでもどこでも膨大なコンピューティングパワーが得られる社会である。
 現在世界で年間2億台のパソコンが生産されている。平均寿命は段々と短くなっており、企業では3年、個人でも4年未満であろう。そういった短期のスパンで膨大な量のパソコンが廃棄される。それは技術的な陳腐化が起きるからだ。技術的な陳腐化がハードウエアと直結しないたとえばテレビのような世界では製品寿命は長くなる。テレビ局側が設備を更新するとか、既存のテレビ受像機の受信と表示技術の範囲内で技術革新すればよい。しかし最近でこそ、ハイビジョンやデジタル放送といった新たな技術に既存技術が陳腐化されようとしているが、それとて何十年に一度の大変革である。ところがITの世界ではこれまで日進月歩の技術進化はことごとく新たなハードウエアを要求した。
 しかし、これがテレビや水道のようにユーティリティ化されたらどうだろう。ソニーのグラストロンのようにめがねにバーチャルに表示するものや携帯電話のようなものでもよくなるかもしれない。それでもスーパーコンピュータの性能が得られたり、資源を無駄に消費しなくてすむようになり、必要な分だけ、利用した分だけのコンピューティングパワーの料金を支払えばよくなる。また質さえよければ、国内だけでなくインドや中国のコンピューティングパワーを購入することも可能になる。もしそうなると、今、企業向けのパソコンのアーキテクチャが変わりつつあるように、家庭のパソコンの“かたち”も、我々のパソコンとのかかわり方も決定的に変わるかもしれない。



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