Sprint Corpsに対する評価はこれまで低いものであった。そもそも、米国第3位の長距離電話会社としてAT&T、MCIより一段と低い存在であると見られていたし、経営方針も確たるものでなかった。フランステレコムと国際通信の提供で提携してみたり、それがうまく行かないとWorldCom(現MCIの前身)からの合併の招きに応じ、身売りを決意してみたり(その後、幸いなことにFCCの介入により破談となったが)、迷いが多い企業であった。2003年の決算が大幅な減収減益であったためもあり、この評価は最近まで続いた。
ところが2004年に入り、同社の収入は、毎期、増大を続けており、一部の米国のアナリスト、格付け機関等の評価が高まっている(注1)。
そもそもSprintCorpsは、AT&T、MCIとは異なり、単なる長距離通信会社ではない。750万の加入者を有する市内電話会社の側面もあるし、また、なによりも2300万の加入者を有する大手携帯電話会社である。特に、CingularWirelessがAT&TWirelessを合併した今日、SprintCorpsはこれらCingular Wireless、VerizonWirelessに次ぐ、第3位の携帯電話会社としても米国電気通信業界で大きな存在となった。
SprintCorpsの業績向上の背景として、2003年3月に同社のCEO兼会長に就任したGary Forsee氏の経営手腕があげられよう。同氏はもともと、BellSouth社の役員であって、同社のCEO予定者と目されていた。同氏には、個人上のさる不祥事のため辞任を余儀なくされたSprintCorpの前CEO、William Esrey氏の強い懇請を受けて、BellSouth社からの強い引きとめを振り切り、現職を受諾したという経緯がある。SprintCorpに10年以上勤務した経験を持つだけに、Forsee氏はよほどSprintCorpsの再建について期するところがあったのであろう。
Forsee氏の経営方針については本文においてその一端を紹介するが、要は有線・無線の音声・データサービスのすべてを提供できるというSprintCorpの長所を十二分に生かし、顧客の要望をリアリスティックに分析し、この要望を満たすということのようである。また、大手のケーブルテレビ会社が電気通信サービス分野に進出してきているという現実を踏まえ、これら数社と提携し、長距離回線を提供して、その代償としてケーブルテレビ加入者を自社の顧客にするという戦略も採用している。
ただし同社は、きわめて巨額の負債を抱えている点、他社に比しハンディがある。したがって、同社にようやく増収増益基調が見え初めてきたといっても、これが持続するかどうかも未確定でもある。
本文では、SprintCorpsの財務、経営方針のほか、他の2大長距離通信事業者2社(AT&T、MCI)が、SprintCorpとは対照的に、いかに収入減に歯止めが利かず、他社から吸収される道を歩んでいると評されている状況もあわせて解説する。
増収基調のSprintCorps、市外部門には巨額の資産減額を実施
表1に、2004年第3四半期におけるSprintCorpsの収入、利益等を示す(注2)。
表1 2004年第3四半期におけるSprintCorpsの収入・利益・投資額(単位:億ドル)
項 目 | SprintCorps | 事業別内訳 |
ワイアレス | 市内 | 長距離 |
営業収入 | 69.22(+3.1%) | 32.44(+11.9%) | 14.96(-2.0%) | 18.07(-8.5%) |
営業利益 | -19.10(-4.96) | 451(+18.8%) | 4.11(-11.2%) | -35.70(-1185) |
投資額 | 6.03(+24.3) | 2.57(-4.5%) | 1.91(-17.0%) | 1.91(-17.0%) |
注:1 括弧内は2003年第3四半期に対する増減比である。ただし、SprintCorps、長距離の営業 利益は実績値。
注:2 なお、事業別内訳の総和は、SprintCorpsの数字と合わない。これは部門別の重複があるためであろう。
今回、SprintCorpsが大きな営業欠損を計上したのは、長距離部門の資産35億ドルを帳簿から落としたことによる。後述するとおり、この措置は、AT&T、MCI両社もより大規模な形で行っている。この措置がなかったとすれば、第3四半期の営業利益は3.5億ドルであって、前年同期に比し28.7% 向上していたという。
表1から読み取れる主要点を以下に列挙する。
- 営業収入は前年同期に比し3.1%増大した。いまなお収入の伸び悩み、あるいは減少に見舞われている事業者が多い電気通信事業者の中にあって、この伸びの実績目覚しいものであって、この点はSprintCorpsの評価が最近とみに高まっているゆえんである。同社はこの実績を踏まえ、2004年の収入の伸び率の予想をこれまでの3ないし4%から、4ないし5%に上方修正した。
- 事業を牽引しているのはワイアレス部門であって、この部門の2桁の成長率が市内、長距離部門の収入減をカバーしてあまりあるという成長の構図になっている。
今期の傾向が今後も持続すれば、2005年には、SprintCorpsは、その収入の過半(50%以上)をワイアレス部門で占めることとなる。従って、従来から長距離電話会社とみなされていたSprintCorpsは、実はワイアレスを軸とした『統合サービス提供の事業』(同社CEO、Forsee氏の定義)に変身しつつあるのである。
- 市内の収入は2%減少した。これは、アクセス回線の減少2.7%、音声トラヒック、収入の減少によるものであるが、DSL回線の増設(2004年第3四半期4.9万増、累計43.2万)等によるデータ料金収入の増大によりいくらかカバーされている。
- 長距離通信部門は、料金の低下、代替サービスによる流出、競争の激化により、前年同期比8.5%の大幅な減少を示した。この減少が、今回この部門の資産の帳簿価格を大きく落とした原因となった。
なお、表に示されているように、各部門における投資は相当程度、実施されている。この点は、同社の将来性に期待を持てることを示している。
SprintCorpsの果敢な市場開拓戦略
SprintCorpsのCEO兼会長のForsee氏は、思い切った戦略を実行に移し、他社との差異化を計ることにより、競争の激しい米国通信業界のなかで成長を続けていく戦略を取っている(注3)。
以下、その3点を列挙しておく。
MVNO(Mobile Virtual Network Operator)による携帯電話サービス販売の拡大
SprintCorpsは、2004年第3四半期に95.2万もの加入者数を増やした。このうち、同社が直販したのは42.9万であって半数に満たず、残りは子会社(Virgin Group)を通じての販売(10.1万)、あるいはMVNO契約による他社への販売(42.9万)である。
同社は、Qwest InternationalさらにはAT&T等とMVNO契約を締結しており、今やこの契約が携帯電話加入者増の最大の供給源となっている。ただし、QwestもAT&TもSprintCorpsの競争相手であって、長期的にみると「敵に塩を送る行為」としてその影響が自社に戻ってくると批判する向きもある。ただ、MVNO契約の提供先はSprintに限られたものではなく、他社にMVNO契約を取られるよりは自社で引き受けた方がよいとの思惑によるものであろう。
長距離電話サービス提供をめぐっての大手ケーブル会社との提携
SprintCorpは、ケーブルテレビ会社4社(TimeWarner、Cable、Mediacom、USA Cos、Chater)と長距離電話サービス提供について提携をしている。その契約内容の詳細は不明であるが、SprintCorpが回線、設備、長距離電話サービス提供についてのノーハウを提供、ケーブルテレビ側はSprintCorpsに対し、ケーブルテレビ加入者へのアクセスの便宜を計るというもののようである(注4)。
これらの契約はいずれも締結されてから日が浅く、現段階でどれだけ効果が上がっているかは不明であるが、将来、SprintCorpsの収益向上に資するものと見られる。
中小企業に対するIPネットワークの販売
SprintCorpsは、性能のよい同社の無線・有線の回線・サービスをビジネス加入者に販売することを大きな目標としている。これは、大企業加入者はAT&T、MCIに押さえられており、また、RHC諸社が殴りこみを掛けている市場であって、同社の得手の分野ではないためであろう。
例えば、同社の最近のウェブサイトは、VHA Inc(医療チェイン、従業員2000名)、AMC Entertainment(娯楽会社、劇場200を有する)、Clark Companies N.A(靴卸業)の社内網(フレイムリレイ、ATM等による専用回線利用)をコストが安く、性能がすぐれている専用網に切り替える長期間の契約(3年から7年)を取得するのに成功したと報道している(注5)。
参考:2004年第3四半期決算から見たAT&T、MCIの経営
将来展望が示せないAT&T(注6)
2004年第3四半期におけるAT&Tの収入、純利益を表2に示す。
表2 AT&Tの収入、純利益(単位:億ドル)
項 目 | 収 入 | 純利益(施設簿価変更等調整後) |
ビジネス | 56.0(-10.4%) | 発表なし |
一般 | 20.0(-15.2%) | 発表なし |
計 | 76.0(-11.7%) | 5.93(+47%) |
(括弧内の比率は、前年同期に対する増減比を示す)
今期AT&Tは、自社の設備の価値の目減り分を経理に反映させるため、114億ドルの巨額を会計帳簿から落とした。主としてこの要因により、同社の本4半期は71億ドルの赤字決算となったのであるが、前期と比較するため、表2では調整後の純利益を示すこととした。
収入は昨年同期に比して2桁台の減少を示しているのであるが、AT&Tは2004年第2四半期、つまり前期とはほぼ横這いである点を強調している。
Dorman会長は、今後も経費の縮減、特に要員の削減等で経営の改善に努力をすると述べているのであるが、同社の将来については、依然成長の展望がない。
前年第3四半期におけるAT&Tの収入は86.3億ドルであった。それが今期、76億ドル台に減少した。この傾向が続くと(AT&Tは住宅部門への投資を放棄したのであるから、今後も収入減が続くことは充分に起こりうる)、2005年のうちには、すでにAT&Tに近い収入(表1に示したように69億ドル超)を有するSprintCorpsがAT&Tに追い付き、追い越す可能性が考えられよう。
またも危機的状況に陥っているMCI(注7)
2004年第3四半期におけるMCIの収入、営業利益等は第3表に示すとおりである。
表3 2004年第3四半期におけるMCIの収入・営業利益等(単位:億ドル)
項 目 | MCI | 内 訳 |
ビジネス市場 | 住宅・中小市場 | 国際・卸売り |
収入 | 50.76(-14.9%) | 11.92(-7.8%) | 22.38(-16.7%) | 16.46(-17.4%) |
資産減 | 35.13 | 8.70 | 16.27 | 10.16 |
営業利益 | -33.92 | -7.65 | -15.28 | -10.99 |
実質営業利益 | 1.21 | 1.05 | 0.99 | -0.84 |
(「実質営業利益は、帳場資産(計33.92億ドル)を行わなかったとした場合のもの」
第3表によれば、MCIの収入減は、AT&Tの場合よりさらに大きい。多分、MCIは現在でも世界最大のインターネット基幹回線を有しているはずであるが、国際・卸売り部門の収入減の度合いが一番大きい点から考えると、もはやこの回線網もさほどの威力を発揮していないようである。しかもこの表には計上しなかったが、MCIの第3四半期の収入は、前第2四半期に比し、さらに2.8%減少しており、収入減には歯止めが掛かっていない。MCIは2004年4月20日、米国破産法第11章の適用を免れ、正常の企業として戦線に復帰して未だ日が浅いが、この状況では再度、破産の危機に見舞われないとも限らない。
上記の表2、3を総括すると、AT&T、MCI両社ともに、将来、独立企業としてサバイブできる可能性はまずない。事実、他社による両社の統合は、必ず起こりうることであって、いまやいつ実施されるかの時間の問題になっているとの見通しが米国のジャーナリズム界では共通の認識になっている(注8)。
追記
上記本文を完成した後、SprintCorpとNextelとの合併交渉が終結に近づいているとのニュースが出た。両社の合併は実現する可能性が強いようであるが、これにより、3900万の加入者を有し、Cingular Wireless、Verizon Wireless(いづれも4000万台の加入者を有する)に並ぶ大規模携帯電話事業者が実現することとなる。このニュースは、CingularWirelessによるAT&TWirelessの吸収のインパクトおよび、本文で解説したSprintCorpの最近のプレステージの上昇が予想以上に大きかったことを示すものである。
同時に、この合併が実現すれば、SprintCorpがAT&Tを一挙に凌駕する通信事業者に躍進する事実も付言して置く。
(注1) | 例えば最近、Standard&Poorは、電気通信事業者のなかで、Verizon、SprintCorp、Nextelのみをプラスに評価している。2004.12.2付けLight Reading, "S&P:RBOC Credit Ratings Slip"。 |
(注2) | SprintCorpsの2004年第3四半期決算報告"Investor Update"を基にして作成した。 |
(注3) | SprintCorpsの戦略について、私が目を通した範囲では、2004.9.1付け"BusinessWeek on line,"Sprint to the head of the pack"がもっともすぐれており、大綱はこれを参照した。 |
(注4) | 2004.8.30付けThe Business Journal,"Sprint hooks up with Charter for phone services" |
(注5) | 2004.11.1付けのSprintのウェブサイト、"Sprint Strategy Serves Clear Customer Goals: Save Money, Increase Productivity Prepare For The Future" |
(注6) | 主として、2004.10.21付けAT&Tのニュースレリース、"AT&T Announces Third-Quarter 2004 Earnings"によった。 |
(注7) | MCIの決算報告、"MCI Announces Third Quarter 2004 Results"によった。 |
(注8) | この趣旨の記事にはこと欠かないが、最新のものとして2004.12.9付けUSA Today,"Seismic shifts in Telecom put 2giants on the block" |
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