2004年10月28日、Cingular WirelessはAT&TWirelessを取得したと発表した。両社の合併はそれぞれ、同年10月25日、26日における司法省、FCCの合併承認に引き続いて行われたものであった。両社が合併について合意したのは、2004年2月17日のことである。年内の合併を目標にしていたが、米国携帯電話会社ナンバー2、3の合併、落札価格410億ドルという近年稀な大型合併としては、発表から実現までの8ヶ月間の経過期間はきわめて短くて済んだ。この間、両社が充分に合併の実現に向けての準備を進めてきたことが伺われる(注1)。
もちろん、拡大CingularWirelessがもろもろの合併業務の遂行(その最大のものとしてFCCから指示されている一部AT&TWireless資産の売却がある)は、これから逐次実施に移していくこととなるので、多少の期間を要するだろう。しかし、すでにCingular Wirelessは、トップの人事の発表(CEOは引き続きStan Sigman氏。AT&TWirelessのCEOであったJohn D.Zeglis氏は退任等)を行っており、同社のホームページも両社統合が加入者にもたらすメリットをPRしている。
このように両社の統合は、予想以上に順調に進行した。しかし、8ヶ月の経過期間中に、当初から懸念されていたところであるが、同社最大のライバル、VerizonWirelessとの経営体力の差がますます拡大した事実は覆うべくもない。
また、FCC委員2名(民主党のCopps、Adelstein)の両氏も指摘しているように、FCCは合併の認可に当り、一部市場におけるAT&TWireless資産の売却を命じたのであり、これは妥当な行為であった。しかし分析に当り、Intermodal 市場(携帯電話市場と固定電話市場との関連)の分析及び、この分析に伴う措置については、手を抜いたように思われる。
さらに米国では、欧州、わが国より一足遅れたものの、携帯電話諸会社は2.5世代携帯電話から、さらには3Gのネットワーク、サービス提供に大きな投資を行っている段階に入っている。CingularWirelessが、将来、発足時の携帯電話事業第一位(加入者数において)の地位を保持し、加入者から歓迎されるサービスを提供できるかいなかは、サービスの改善、次世代ネットワークによる新規サービスの提供いかんにかかっており、そのためには多大の努力を要することとなろう。
以下本文では、上記の点について、さらに詳しく紹介する。
FCC、一部市場におけるAT&TWireless資産売却を条件に両社の合併を承認(注2)
FCCが拡大CingularWirelessに課した条件
FCCは、両携帯電話会社がサービスを提供している734の市場(Cellular Market Area、筆者注:携帯電話サービス発足時にFCCが周波数割り当てをも含む規制上、設定した携帯電話提供区域)について、Intramodalの競争(携帯電話会社相互の競争)が適切に行われるか否かを検討した。
米国では周知の通り、CingularWireless、AT&TWireless以外にも、最大携帯電話会社のVerizonWirelessを初めとして、米国全土にサービスを提供する携帯電話会社が4社ある。従って、上記734区域のうち大半の市場で、合併会社の市場での力が強いため、反競争的行動に訴える恐れはない。FCCは、個々の市場を逐一検討した結果、11の州(注3)内の22の市場についてはCingularWirelessによるAT&TWirelessの買収(資産、電波数免許、加入者を含む)を認めず、別途管理人を通じて第3者に売却することを命じた。
なお、FCCは、Intermodalの競争(固定電話業者と携帯電話会社相互の競争)については、両携帯電話会社の合併が音声住宅用市場における競争条件に影響をもたらす事実を認めながらも、特段条件を付す必要はないとの判断を下した。
民主党の2名の委員(Copps、Adelstein両氏)のIntermodal競争についてのFCC裁定批判
Copps、Adelstein両氏は、FCCのIntramodal競争については賛意を表しながらも、Intermodal競争については、分析は表面的に留まり、しかもなんらの歯止め条件が加えられていないのは、Cingular Wirelessに取り甘すぎると反対意見を出した。
そもそもCingularWirelessは、大手RHCであるSBC CommunicationsとBellSouthがそれぞれ60%、40%ずつの株式を有する合弁会社である。同社がAT&TWirelessの取得を決意したのは、1つには親会社の市内加入者数の減少に伴う収入減をまだ当面は成長市場である携帯電話網で補おうと意図したこと、また2つには、ケーブルテレビ会社からの熾烈な競争に直面して、すでに実施している固定、携帯のアンバンドリングの量的拡大(ケーブルテレビ会社は当面携帯分野に出ていないため、携帯、固定の訓見合わせによるパッケージサービスはケーブルテレビ会社と対抗する上できわめて強力な武器である)を計るためであった。
このような観点からすれば、FCCは、合併の審査に当り、チェック方式が定着したIntramodal市場の分析に加え、綿密にIntermodal市場の分析に力を入れるべきであっただろう。Intermodal市場における競争の重要性を一番強く主張しているのが、他ならぬFCC委員長Powell氏であるだけになおさらである。
拡大CingularWireless、最新のサービスを提供する米国最大の携帯電話会社を誇示
拡大CingularWirelessのCEO、Stan Sigman氏は、AT&T Wirelessを統合した10月28日、同社のプレスレリースのなかで、「本日は、米国携帯電話加入者にとって画期的な日となった。当社は携帯電話網を刷新し、顧客が価値あるものと認めるサービス提供エリア、携帯電話端末、性能、明瞭な通話を提供することを誓約する」と述べた(注4)。
この簡潔なプレスレリースのなかでSigman氏は、米国最大の携帯電話会社として、今後どのような利便を加入者に提供するつもりかを説明し、また拡大会社のラインアップを紹介している。これらの点を次に列挙する。
CingularWireless/AT&TWireless両網の統合によリ、ローミング料金は不要
今後、旧CingularWireless加入者もAT&TWireless加入者も、双方の網が統合される結果、両加入者間の通話はローミング料金を支払わないでできることになる。この点は確かに加入者にとって大きなメリットがあり、拡大Cingular Wirelessは、このメリットを真っ先に述べている。
3Gネットワークの構築による加入者への利便の増大
拡大CingularWirelessは、有利な周波数割り当てと統合網により、今後3Gネットワークの基礎を築いていく。このネットワークを都市部はもちろんルーラル地域にも押し及ぼして行き、この最新技術による高次のサービス、端末を加入者に提供する。これには、PC端末への高速ワイアレス接続、無線のEメール端末の提供も含まれる。
役員の任命
CEO兼会長にはStan Sigman氏(SBC Communications出身)、COOにはRalph de la Vega氏(BellSouth出身)が留任。John D.Zeglis氏(前AT&TWirelessのCEO)は退任。他の拡大CingularWirelessの役員も、すべて旧CingularWirelessから任命された。もっとも「人事の面でも両社統合のシナジー効果を狙った」と述べられてはいる。それは中級以下の管理層についてであろう。
新サービスへのシームレスな移行
両ネットワークの利用者はなんら支障を受けることなく、従来のサービス、料金を受けることができる(注5)。
前途多難なCingularWirelessは-米国最大の携帯電話事業者の地位を保持できるか-
ところで、Sigman氏がこのように将来に向けての大きな抱負を披瀝しているにもかかわらず、合併時点におけるCingularWirelessの経営体力はあまりにも脆弱である。その状況を表1、表2に示す(注6)。
表1 CingularWirelessとVerizonWirelessの最近9ヶ月間の加入者数比較(単位:万)
項 目 | 2003年末 | 2004年6月末 | 2004年9月末 |
Cingular Wireless | 2400 | 2500 | 2570 |
AT&T Wireless | 2200 | 2185 | *2190 |
Cingular/AT&T | 4600 | 4685 | 4760 |
Verizon Wireless | 3750 | 4040 | 4210 |
(*AT&TWirelessの数字は直接に入手できなかったので、発表されていたCingularWirelessの数値、Cingular/Wirelessの数値から引き算で推計した)
上表から、2004年初頭から9月末までの9ヶ月間に、(1)Cingular Wireless/AT&TWirelessの加入者増は160万加入に留まった(AT&Tの微減とCingularWirelessのわずか160万の純増による)のに対し、(2)Verizon Wirelessは460万もの加入者数を獲得したことが明らかである。
このため、CingularWirelessがAT&TWirelessの統合を発表した2004年2月の時点に、1150万の加入があったCingularWireless/AT&TWirelessとVerizon Wirelessとの格差は、550万加入へと半減してしまった。
仮に、この傾向が今後も持続すれば、2005年末までには、VerizonWirelessは、再び加入者数でのトップの地位を奪還し、拡大CingularWirelessは、業界第2位の地位に甘んじなければならなくなる(しかもCingular Wirelessは、FCCから命じられた一部資産の売却に伴い、約35万の加入者を手放すことを義務付けられている)。
表2ではさらに、CingularWirelessとVerizonWirelessの体力を比較してみよう。
表2 CingularWirelessとVerizonWirelessの経営指標比較(2004年第3四半期)
項 目 | Cingular Wireless | Verizon Wireless |
収入 | 43億ドル(+4.9%) | 64億ドル(+20.6%) |
営業利益率 | 10.8%(-44.0%) | 22.5%(+11.9%) |
ARPU(加入者当り月間収入) | 49.78ドル(-1.1%) | 51.58ドル(+3.1%) |
取消率 | 2.8% | 1.5% |
注:括弧内は、2003年実績に対する比率
いずれの指標についてみても、Cingular Wirelessは、Verizon Wirelessより劣っており、しかも昨年前期に比し悪化しているのが特徴である。なお、AT&TWirelessについては資料が得られなかったが、得られていたとすれば、経営指標はCingular Wirelessをさらに下回っていたものと考えられる。敢へて酷評すれば、米国携帯電話業界2位、3位のCingularWirelessとAT&TWirelessの統合は、全般的に伸び行く携帯電話市場のなかで、そのサービス品質が加入者から好意的に受け取られておらず、シェアを減らしつつある弱者同士の連合に過ぎないのである。
最新のファイナンシャル・タイムスは、SBC Communicationsが、SECへの報告書のなかで、両携帯電話の統合に当ってのシナジー効果が当初の予想より遅れて生じることを認めたと報じている。当初、2006年、2007年に従業員の削減、機器購入の合理化等により、それぞれ10億ドル、20億ドルのコスト減を見込んでいたが、統合準備のコスト及びAT&TWireless部分がもたらすコスト(つまり営業赤字)が、当分シナジー効果分を相殺してしまい、コスト減を実現するのは2008年以降になるという(注7)。
このように、拡大Cingular Wireless及び、その親会社2社(SBC CommunicationsとBellSouth2社の今後の経営は多難である(注7)。
(注1) | Cingular Wirelessが、Vodafoneとの競争入札に勝ち、AT&TWirelessを取得するに至った経緯については、DRIテレコムウォッチャー2004年3月1日号「CingularWirelessによるAT&TWirelessの取得とそのインパクト」。 |
(注2) | 2004年10月26日付けFCCニュースレリース、"FCC consents with conditions to Cingular Wireless acquisition of wireless licenses and authorizations"。この他、このプレスレリースと関連したPowell、Copps、AdelsteinFCC委員3氏の声明を参照した。声明のタイトル表示は省略。 |
(注3) | 11州は次の通り。コネティカット、ジョージア、カンサス、ケンタッキー、ルイジアナ、マサチューセッツ、ミズーリ、ミシガン、オクラホマ、テネシー、テキサス。 |
(注4) | 2004.10.26付けCingular Wirelessのプレスレリース、"Cingular Completes merger With AT&TWireless;Creates Nation's Largest Carrier" |
(注5) | プレスレリースは、タイトルでは「シームレスな移行」と述べ、本文では「旧来のサービス保持を保証」するといっている。一見両立しがたいように思われる双方の目的遂行には多くの困難がともなうだろう。多分、長期を掛けて、加入者を統合されたサービス、料金へと誘導する方式を取るものと見られる。 |
(注6) | 主としてCingular Wireless、VerizonWirelessについての2004年第3四半期の決算報告によった。資料のタイトル名は省略。 |
(注7) | 2004年11月5日付けFinancial Times, "Cingular-AT&TWireless costs "will be higher" |
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