米国の携帯電話事業は、スタート時に携帯電話事業はローカルなものであり、国内全土、さらには国際通話にまで到底進展しないだろうとの憶測の下に、数百もの業者に営業免許を細分して付与したため、全土にサービスを提供する事業者の形成が遅れた。さらに、技術方式を業者に任せて、規制機関の指導による標準化を怠ったため、これまたサービスの全国展開を遅らせる結果となった。
それでも、ここ数年間で、RHC資本の2社(VerizonWireless、Cingular Wireless)、長距離系1社(SprintFON)、独立系3社(AT&TWireless、Nextel、T-MobileUSA)の計6社が、ナショナル・キャリアとしての地位を確立し、それぞれシェアの拡大、新サービスの提供を競っている。
2003年末から2004年初めに掛けてのこの業界の大きなニュースは、業界第2位のCingularWirelessと業界第3位のAT&TWirelessが合併を発表し、2004年末までには、この合併が実現する見通しが確実になったことと、ナンバーポータビリティーが2004年5月末をもって全国的に実施可能になったことである。
6社中2社の事業者が統合することにより、大手携帯事業者は5社に収斂される。これをRHCの側から見れば、4RHCのうちQwestを除く3社は、それぞれ米国第1位、第2位の携帯電話事業を自社の事業部門として所有する(VerizonはVerizonWirelessを、またSBC CommunicationsとBellllSouthは共同所有によるCingular Wireless)。
これにより今後、特に強敵であるケーブル会社諸社に対抗して、固定電話と携帯電話との組み合わせをサービス・パッケージのなかに組み込み、加入者の囲い込みを行う戦略を、今後より積極的に推進していくものと考えられる。ナンバーポータビリティーもこのプロジェクトを助長するものと考えられよう。確かにRHCの固定電話回線の減少は引き続いているのであるが、前号で紹介したとおり、RHC側は最近、この減少をさほど問題視しなくなった。固定電話の加入者が携帯電話に移行するなら、自社の携帯電話部門を受け皿にすればよいとの考えによるものであろう。また、長距離会社系のSprintFONも、RHC3社と同様の戦略を実施に移している。
こうなると、携帯サービスのみを業としているNextel、T-MobileUSAの両社は、携帯、固定のパッケージ販売を行っていないだけ不利になるはずであるが、今のところ両社とも、業績はむしろ他社より好調である。特にここ数ヶ月来、T-MobileUSAのユーザーからの評価が著しく高い点が注目される。T-Mobileの評価が、本文の注3で紹介した調査結果によるように、単にサービス品質が相対的に優れていることによるのならば、案外、米国の携帯電話サービスが、欧州やわが国より総体的に劣悪なのではないかとすら思われるほどである。もちろん米国でも、携帯電話は全般的に2.5世代に入っており、音声だけでなくデータ、写真の送受も行われている。また、ATTWireless、VerizonWirelessでは、3Gサービスの提供を開始も始まった。しかし、これらについては資料が乏しく、しかも、欧州、わが国におけるような熱気が伝わってこない。携帯電話新サービスの展開については、資料入手、分析が出来た段階で紹介したい。
本論では、2004年第1、第2四半期における米国携帯電話6社の収入、利益、加入者増の状況とナンバーポータビリティーが、これら業者に及ぼした影響を紹介する。
なお今回の論説は、RHC3社の携帯電話分野の側面の説明を兼ねたものであり、前回(2004.8.15号に紹介した記事の続編としての意味を持つものである。この機会に、是非、前号の記事(「新事業分野の成長が著しいRHC4社」)も併読して頂きたい。
業績・加入者数ともに好調 - 2004.第2四半期決算から -
表1、表2にそれぞれ、2004年第2四半期における米国大手携帯電話会社6社の業績及び、加入者数を示す(注1)。
表1 2004年第2四半期における米国大手携帯電話会社4社の財務状況
(単位:加入者数は万、収入は億ドル)
携帯電話会社 | 収入 | 営業利益率(%) | *3 加入者数 |
Verizon | 68(+12.4%) | 23.6(17.9) | 4040(+16.8%) |
AT&T Wireless | 42.2(+6.2) | 5.6(10.8) | 2185 |
Cingular Wireless | 41.5(+7.3%) | 17.9(20.8) | 2500(+10.6%) |
*1 SprintFON | 36.1(+5.2%) | 11.2(7.8) | 2220 |
Nextel | 33.0(+29%) | 24.4(22.7) | 1390 |
T-MobileUSA | 28.0 | *2 18.0 | 1540 |
(括弧内の数値は、%表示のものは、前年同期対比の増減率、その他は前年同期の実績である)
*1 携帯電話事業のSprintPCSは、最近SprintFONに統合された。ここで、SprintFONは正確にはSprintFONの携帯事業部門を指す。
*2 営業利益でなく、EBITA(原価償却前の営業利益)。
*3 2004年6月末の加入者数
表2 2004年第1・2四半期における大手携帯電話6社の加入者増加数(単位:万)
項目 | 四半期別加入者増加数 | 上半期増加数 |
第1四半期 | 第2四半期 |
T-MobileUSA | 117.4 | 90.0 | 207.6 |
SprintFON | 97.2 | 89.7 | 186.9 |
Nextel | 47.4 | 54.6 | 102.0 |
Cingular Wireless | 55.4 | 42.8 | 98.2 |
AT&TWireless | -36.7 | 15.0 | -21.7 |
表1、表2から次の諸点が読み取れる。
加入者数で見て成長率が高かったのは、VerizonWireless、T-MobileUSA、SprintFONの3社である。VerizonWireless、T-MobileUSAの2社は、第1四半期、第2四半期2期に平均して、100万を超える加入者を獲得した。また、SprintFONも両期にほぼ100万に近い加入者を得た。3社とも、第1四半期における加入者数の方が、第2四半期に比し増が大きいのは、2003年11月24日からのナンバーポータビリティ開始で争奪戦の山場がこの期に集中したためであろう(ナンバーポータビリティー実施がもたらした結果については、次項で説明する)。これに対し、Nextel、CingularWirelessの加入者獲得数は、前期3社の半数に留まり、さほど振るわなかった。この間、第1四半期には相当数の加入者数を減少させ、第2四半期には増に転じたものの、両四半期総計で21.7万の加入者数を減らしてしまったのは、AT&TWirelessである。これは、同社がナンバーポータビリティーの加入者獲得競争での敗者となり、他社からの草刈場にされたことを物語る。
加入者の絶対数で見ると、携帯電話6社は、4000万を超え他社を圧している超大携帯電話会社Verizonと、2000万台の中規模携帯電話会社3社(CingularWireless、AT&TWireless、SprintFON)及び、1000万台のNextel、T-MobileUSAの2社に層別されよう。もっとも2004年末には、Cingular WirelessとAT&TWirelessの合併が確実視されているので、この合併実施の暁には、4000万加入を超える2大携帯電話会社とその他3社へと業界統合が進むこととなる。
携帯電話各社はおおむね、純利益を公表しないので、ここでは各社の営業利益率を掲上した。
この数字比較によると、Nextel、VerizonWireless、CingularWirelessが良好であり、SprintFON及びT-MobileUSAがこれに次ぐ。AT&TWirelessが、利益の点でも最下位である。もっともAT&TWirelessは、2004年第2四半期、わずか(0.61億ドル)ながら純利益を上げたと報告している。従来、携帯電話各社が果たして純利益を上げているのかどうかは不明であったが、営業利益率で最低のAT&Tが純利益を上げているのであるから、他の5社も多分黒字だと想定されよう。
両表から明らかな通り、T-MobileUSAの躍進が目覚しい。同社は、周知の通り、DT(ドイツテレコム)が米国の独立系携帯電話会社VoiceStreamを買収、その後、自社の携帯電話部門T-Mobile Internationalに吸収したものである。6社中最小の携帯電話会社でありながら、最近両四半期にわたり、最大規模のVerizonWirelessと並ぶ加入者数を獲得し、ついに加入者数においてNextelを追い抜き、最下位を脱した。今回の決算では、T-MobileUSAは、T-Mobile International内において、T-Mobile Deutsland、T-Mobile UKを収入において抜き、DT事業の中核となっている。
同社の急速な伸びが何により支えられているのか定かでないが、ユーザーからの最優秀携帯キャリアとして、Verizom Wirelessとトップを競い合っていることからすると、ネットワークの安定性、サービスの信頼性において他社より優れているのであろう。
比較的軽微だったナンバーポータビリティーの影響
米国における携帯電話相互間、携帯電話および固定電話間のナンバーポータビリティーは、2003年11月24日からスタートした。同日から、主要都市を含む100地域で実施が始まり半年後の2004年5月24日からは、全国展開が行われるようになった。2004年第沁l半期、第2四半期は、特に、主要都市部をめぐって、6社による加入者争奪がもっとも、熾烈に行われた時期であった。従って、すでに述べた6事業者の加入者獲得実績は、このナンバーポータビリティーの影響を大きく受けたものであると考えてよい(注2)。
この期間、AT&TWirelessが加入者数を減らしたのは、同社のサービスが劣悪であって、機会があれば、他社のサービスに転じたいと考えていた他社の加入者に、ポータビリティー実施が格好のキッカケを与えたものであろう。しかし、さればといって、この制度切り替えにより2004年 第1・第2四半期の事業者間の加入者増減が、大きく左右されたわけでもない。従来から、加入者増を大きく進める事業者(Verizon、T-MobileUSA)と平均程度の成長を示す事業者(Cingular Wireless、Nextel)、成長が鈍い事業者(AT&TWireless、CingularWireless)の層別化は、進行していた。ナンバ−ポータビリティーの実施は、この傾向を一層、強化したに留まり、事業者間の勢力分布を大きく変えるには至らなかったのである。
ただし、これまで、加入者獲得においても、業績においても、低位に評価されていたSpringFONが大きく、加入者をのばしたことは、注目に値する。SprintFONは、半期決算のなかで、特に、 第2四半期に、ネットワークの改善と顧客ネットワークの改善のために、懸命の努力を払った成果が実を結んだものであるとしている(注3)。
ところで、FCC担当者は、2004年5月中旬(ポータビリティーの全国展開の直前)、ナンバーポタビリティーの実施結果について、おおむね、次のようなコメントを行っている。そのいずれもが、すでに説明した2004年第1・2四半期の決算報告から得られた結論を裏付ける内容になっている(注4)。
- 2003年11月以来、ナンバーポータビリティーの制度の下で、番号を変えず、携帯電話相互、あるいは、固定電話、携帯電話相互で、事業者を変えた加入者の数は、約260万であった。
(例えば、2004年4月、ナンバーポータビリティーを実施した加入者は、携帯―携帯で、61.3万、固定から携帯で、4.9万であった)。
- 最初の月に、FCCは切替えがうまく行かないとの苦情を2400件受けた。その大半は、AT&T Wirelessが起こしたものである。2004年4月には、苦情件数は400件に減少した。AT&Tの事故は、業者に委ねた加入者のコンピューター処理に問題があったためだという。
- FCCは、顧客の申請から切り替え終了までの時間の目標を2.5時間に設定した。FCCのパウエル委員長は、自分の携帯電話について、試みたところ、驚いたことに一時間で終了したとして、その結果に満足の意を表明した。しかし、幾日も要した例も数多いようである。
(注1) | 表1、表2の資料は、すべて6社の決算報告から、選んだ。なかには、加工したものもある(例えば、幾社かの営業利益率は、営業利益を収入で除して計算した数値を使った)。 |
(注2) | FCCが実施した携帯電話事業におけるナンバーポータビリティー実施に至る経緯とその意義については、2003年12月1日のテレコムウオッチャー、「全面実施が始まった米国電気通信分野における電話番号持ち運び制」を参照されたい。 |
(注3) | ちなみに米国では、多くの調査会社が加入者による携帯電話会社の評価を発表している。最新のある調査会社(JD Power and Associates Call Quality Performance Study)による調査によると、6携帯電話会社の評点(100点を平均)は次の通りである(原資料は米国6地域別になっているが、ここでは筆者が単純平均した数値を紹介した。
1 T-MobileUSA(103.1) 、2 SprintFON (101.0 ) 、3 Verizon(101.0) 、3 Nextel(101.0)、4. Cingular Wireless(-96.5)、5 AT&TMobile(-96.0)
なおこの資料は、顧客による各社の携帯通話品質を聞き取り調査したもののようであり、特に評点に当っては、混線、雑音の度合いにウェイトをおいたとしている。このような調査が行われていることからすると、米国携帯電話の通話品質は意外に劣悪ではないかとの疑いを禁じえない。
この資料は、2004.8.19付けmoney.cnn/com,"AT&T wireless ranks worst in cell survey"によった。 |
(注4) | 2004.5.19付けPicayun Item,"Cell switch rules expand to cover entire country May24" |
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