2004年6月初旬に生じた米国電気通信規制政策の急転回は、その後わずか1月余りで電気通信業界に強烈なインパクトを及ぼしつつある(注1)。
すでに、規制方針の転換が明らかになって間もない6月中旬、AT&Tは、10の住宅市場からの撤退(当面、新規加入者を獲得しない形で)を発表していたが、7月22日、同社は、2004年次2四半期決算を発表した機会に、住宅用市場からの全面撤退の方針を明らかにした。今後は、ビジネス用市場、VOIP等新市場に重点を置き、業績の立て直しを計るという。
他方、AT&Tの最大のライバルであるVerizonは、規制環境が同社に有利に進んでいるとの判断のもとに、一部市場における光ファイバー敷設・サービス実施、VOIPサービスの全国展開など、新技術をベースにしたサービス計画への移行を次々に発表しており、当るべからざる勢いである。まもなく発表される2004年第2四半期の同社決算も、増収増益となる見込みである。
本2004年は、旧ベルシステムが分割され、地域通信を受け持つRHC諸社(当時は7社)と長距離通信を提供するAT&Tが独立の道を進むようになってから20年目となる。
ベルシステム分割当時の1984年には誰しも、米国有数の情報通信会社になると予測されていたAT&T本体が、このように衰退し、RHC(旧AT&T子会社)が米国電気通信業界の覇者になるとは予想しなかった。
皮肉なことではある。
本文では、AT&T、Verizonの両社が、規制変化の流れをどのようにとらえているかの点と、最近、Verizonが発表した光ファイバー普及の具体的な計画、転落しつつあるAT&Tに追い討ちを掛けるかのような同社の全国的なVOIPサービス発表について紹介する。
Verizonの勝利宣言、AT&Tの敗北宣言
Verizon上級副社長のTauke氏は、2004年6月9日(クリントン政権がワシントン連邦地裁の判決を受け入れた当日)に、同社のニュースレリースの中で、規制環境変化のなかでの同社の抱負を次のように、高らかに宣言した。
「当社は、ブッシュ政権が高度通信事業への競争事業者の投資を高めることにより、消費者に利益をもたらす決断をしたことを歓迎する。
市場の力に委ねるか、政府の規制に頼るかの2者択一に直面し、ブッシュ政権は市場の力を信頼した。Verizonは今後、ブッシュ政権、FCC、電気通信産業界と共に、電気通信の新世紀を切り開き世界における米国の主導性を取り戻す仕事に取り組んでいく。
今日の電気通信を駆動しているのは消費者である。Verizonは、可及的速やかに当社の卸売り顧客と当事者間で市内アクセスの協定を締結し、優れたサービス、イノベーションの支援を受けた価値を提供することにより、消費者、ビジネスに資する準備が整っている(注2)」。
格調が高いといえば聞こえがよいが、いかにも今回のブッシュ政権の決定にVerizonが深くかかわっていたことを想定させるような論調である。当日FCCは、Martin議員の名前で、ワシントン連邦地裁の裁定に服する趣旨の簡潔な声明を発表したのみであったのと対照的である(注3)。
これに対し、AT&TのDorman会長は、住宅用市場から撤廃せざるを得なくなった理由を次のように述べている。
「AT&Tは、最近における地域電話市場における規制政策の変更のため、地域住宅加入者、長距離通信加入者をめぐる競争は行えなくなる。当社は、既存の住宅用加入者に対しては、旧来のサービスを提供する。しかし、住宅用市場において、新加入者を獲得するための新規投資は行わない。
今後、当社は、ビジネス市場とビジネス・住宅の両市場に対するVOIPの新サービスに重点を置く。
困難な事業環境に絡まる短期的な諸課題があるにもかかわらず、AT&Tは、自らが有するコスト構造、健全なバランスシート、キャッシュフローにより、長期的な事業の成功に向けての柔軟性を有している」(注4)。
将来の多くの可能性に触れ希望に満ちたVerizonの声明と比較し、事業の縮小を発表するAT&Tとは、いかにも対照的である。AT&Tの住宅市場撤退は、今後多くのインパクトをもたらすであろうが、すでに金融会社はAT&Tの社債の格下げを検討中している模様である(注5)。
Verizon、2004年内の光ファイバー敷設計画を発表
Fiosの料金、導入計画等
Verizonは2004年7月19日、同社の2004年における光ファイバー敷設計画を発表した。同社はすでに同年1月、年内に10州において光ファイバーの敷設を行うと宣言していた。今回の発表はその具体化である(注6)。
FTTP(注7)方式により提供する光ファイバーサービスの名称は、"Fios"であって、表1の通り、3種類を提供する。
表1 3種類のFiosサービスのスピード、料金
種類 | スピード(ダウンロード/アップロード) | 月額料金(ドル) |
低速 | 5メガ/2メガ | 34.95 |
中速 | 15メガ/2メガ | 44.95 |
高速 | 30メガ/5メガ | 未定 |
Verizonは、ケーブル会社に対抗するために、これまでDSLのスピード・アップを進めてきたが、DSLでは、せいぜい3メガのスピードがやっとのところである。上表の通りFiosの提供により、同社は始めてケーブル会社が提供するブロードバンドを凌駕するスピードを出すことができることとなる。利用者は、Fiosサービスだけでも、また音声サービスと組み合わせでも、上記光ファイバーサービスを利用することができる。
次に表2に示すとおり、Verizonは、当面、Fiosの工事を行う地域として、3地区を発表した。これら3地区におけるFiosの設備数は計30万であり、年内予定数10地区における100万設備数の30%に当たる。ついでながら、工事を始めた最初の地は、テキサス州Keller市であり、この地域がブッシュ大統領の地盤である点に注意されたい。
表2 Fiosの先行工事地域
所属州 | 工事地域 | 設備数 |
テキサス | Dallas・Fort Worth都市圏(Keller市を含む) | 約10万 |
カリホルニア | Huntintonを含む南カリホルニア地区 | 同上 |
フロリダ | Tampa地域、Hillsborough地区の一部 | 同上 |
Fios導入の狙いは本格的な“トリプル・プレイ”の実施
Verizon のNetwork Service Groupの社長、Lacouture氏は、「Fiosの提供により、当社は、顧客の現在の要望を満たすだけでなく、将来、生ずべきすべての考えられる要請にも応じることができる。このサービスにより、顧客の考え方、通信、情報、娯楽の利用の仕方が変貌するだろう」と述べている。
一般論としては、同氏が指摘するとおりであろう。しかし、Verizonのケーブル会社とのこれまでの熾烈な競争の流れからすれば、トリプル・プレイ(音声、データ、ビデオをパッケージのサービスで提供すること)の真の実現に向けて、同社がDSLで満足せず、光ファイバーの分野に進出した必然性が、明らかとなる。
2003年の夏以来、Verizonは、ケーブルテレビ会社より安いDSL料金を設定することにより、ケーブル会社のブロードバンドに対抗する戦略を取り、今日に至っている。しかし、ケーブル会社(特にComcast、TimeWarner、Cox)が、ビデオサービスを土台として、音声、インターネット接続をセットにする“トリプル・プレイ”のパッケージサービスを導入するや、RHC側でも、これに対抗して同種サービスを提供せざるを得なくなった。
ところが、DSLサービスでは、到底、ビデオサービスを提供するだけのスピードが出ない。そこでRHCは、衛星通信会社であるDirectTV及びEchoStarと提携する道を選んだ。Verizon、BellSouthは、DirectTVと、また、SBC CommunicationsはEchoStarとそれぞれ提携し、トリプル・プレイのパッケージサービスを2004年の2月頃から提供し始めている。ちなみに、SBC Communicationsが提供しているトリプル・プレイのサービスは月額118ドル、Verizonが提供しているサービスは月額114ドルである(注8)。ただ、これらサービスのビデオ部分は、単に提携先の衛星通信会社のサービスの再販に過ぎず、RHC側がテイラーメードで設計し、ソフトも準備したものではない。従って、ケーブル側のトリプル・プレイが純正なものであるのと比すると、RHCの現在のトリプル・プレイは、いわば衛星通信会社の協力を得た擬似トリプル・プレイともいうべきものであって、RHCがケーブルテレビ会社と四つに組んで、ブロードバンド競争を行うためには、どうしても自前のビデオ提供を行わなければならなくなったわけである。この路線を推し進めれば、必然的にRHCの側からも通信と放送の垣根が大きく崩れると予想することも可能である。
Verizonはまずテキサス州で、2005年からビデオサービスの提供を予定している(注9、注10)。
Verizon、VOIPサービス(VoiceWing)の提供を発表
Verizonは7月22日、VOIPサービスのVoiceWingを同日から、全米で展開すると発表した(注11)。
このサービスは、同社のDSLサービス(Verizon Online DSL)を利用しているユーザーに対しては月額34.95ドル。2004年10月末までに申し込んだユーザーには、半年間、29.95ドルで掛け放題の地域・長距離通信が利用できる。また、Verizon Online DSLを利用しない加入者については、料金は39.95 ドルである。一般料金による地域通話・長距離通話の組み合わせパッケージの料金は59.95ドルであるから、40%強の割引となる。
2003年から2004年初頭に掛けて、Vonage、AT&Tを初め、幾つかの電気通信事業者がVOIP事業への参入を開始し始めた。また、大手ケーブル電話会社(Comcast、Cox、TimeWarner等)もトリプル・プレイによるこのサービスの事業展開に力を入れている。
このようにVerizonは、VOIP市場への参入では、後発であるが、住宅用加入者を対象にして、全国展開に踏み切ったのはRHCのなかで同社が最初であり、すでにふれた
これもRHCで最初の米国10州における年末までの光ファイバー敷設、一部サービス提供と合わせ、高速・高容量・デジタル化に向けた同社の意気込みが窺われる。
Verizonのサービス提供の最大の狙いは、繰り返し強調するように、ケーブル会社に対抗するトリプル・プレイの充実である。しかし、このサービスの実施のタイミングからすると、当面もっとも打撃をこうむるのはAT&Tであると考えられる。
AT&Tは決算発表に際し、今度の同社の生存を同社のビジネス部門及びVOIPサービス等の新サービスに託すと述べたのであるが、この方針を発表した7月22日の当日に、VerizonのVOIPサービスの提供開始が始まった。
斜陽化が進んでいるAT&Tに対するVerizonの追撃はまことに容赦なく、鮮やかだというべきであろう。
(注1) | 現在、FCCはアクセス規則に代わる「地域電話競争規則」(Local Telephone Competition Rule)を策定中であるが、現在、市内アクセスを律する規則は存在しない。米国の銅線市内アクセス回線の料金設定は、2004年6月9日にブッシュ政権(代表者は司法省)がこの案件に関するワシントン連邦地裁の判決を受け入れて以来、アクセス回線を所有するRHCの裁量に事実上、移っているといってよいような状況にある。この件については、2004年7月1日号のテレコムウオッチャー「一部地域市場から撤退を始めたCLEC」の(注1)を参照されたい。 |
(注2) | 2004年6月9日付けVerizonのニュースレリース、"Bush Aministration Takes Strong Stand for Consumers" |
(注3) | 2004年6月9日付けFCCのニュースレリース、"Commissioner Martin's Statement on the office of Solicitor General's Decision not to Appeal the D.C Circuit Decision" |
(注4) | 2004年6月22日付けAT&Tのニュースレリース、"AT&T Announces Second-Quarter 2004 Earnings, Company to Stop Investing in Traditional Consumer Services; Concentrate Efforts on Business Markets" なお、この決算発表によれば、2004年第1四半期の収入、純利益は、それぞれ76億ドル、1.08億ドルであって、前年同期より13.2%、80.0%の減となった。 |
(注5) | すでに格付け会社、Fitch Ratingは、AT&T社債の格付けを"BBB"から、"BB(ジャンクポンド水準)"に引き下げた。2004.7.22付けReuter, "Fitch Cuts AT&T Debt Ratings to Junk" |
(注6) | この計画の内容は、主としてVerizonのニュースレリース、"Verizon Poised to Deliver First Set of Services to Customers Over Its FTTP Networks"によった。 |
(注7) | FTTP(fiber-to-the-premise)の名称は、わが国でも業界用語になりつつある。FTTHと実質的には、同義にとらえておいてよいようである。 |
(注8) | 2004.2.5付けForbes,"Telecom`s Bundle of Joy" |
(注9) | Verizonによる2004年における光ファイバーのサービス開始の狙いが、一般的なブロードバンドの提供もさることながら、ビデオサービスの提供にある点については、次の資料を参照した。 2004.7.19 ZD News ,"Verizon's fiber races on"。 |
(注10) | ついでながら、米国の幾社かのCLEC(競争通信事業者)は、光ファイバーを利用しトリプル・プレイのサービスを提供している。Verizonも、またこれに続くRHCも、これらCLECの経験から多くを学ぶことができよう。 |
(注11) | 2004.7.22付けVerizonのニュースレリース、"Verizon Rings in Next Generation of Voice Services With VoiceWing Broadband Phone Service" |
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