DRI テレコムウォッチャー


一部地域通信市場からの撤退を計画し始めたCLEC(AT&T、MCIを含む)

2004年7月1日号

 2004年6月9日、米国司法省のOlson次官は、市内アクセスの枠組みに関するFCC新規則の多くの部分を否定したワシントン連邦地裁による判決(2004年3月2日)を最高裁に上告しない旨の声明を発表した(注1)。
 この声明は、すでにFCCがRHC4社に対し当事者間の交渉によりアクセスの協定を締結することを要請し、この交渉が現に進められていること、RHC4社が2004年中はともかく、2005年からはアクセス料金の引き上げを行う旨を明らかにしていること等からして、今後、CLEC諸社がこれまでのような安いアクセス料金の利用ができず、そのバイアビリティー(生存可能性)が脅かされていることを示す(注2)。
 ワシントン連邦地裁の効力発効(同時にFCCのアクセス規則の失効)は、すでにCLECに対し深刻な影響を及ぼし始めている。発効日の6月16日から間もない6月25日前後に、CLECのZ-Tel、AT&Tは、近い将来、採算割れとなることが明らかな一部地域通信市場において新規加入者の勧誘を行わない旨を発表した。また、MCIは、一部コールセンターの閉鎖及び合理化を発表した。さらに同社についても、近々、一部地域通信市場からの撤廃を決意するのではないかとの噂が流れている。加入者獲得競争の激しい電気通信業界にあって、こういった発表で既存の加入者が保持できるとも考えられない。上記3社は、将来これら市場からの撤退を覚悟あるいは予定してか、あるいはこの発表がもたらす政治的効果を狙ってこのような発表を行ったと見られている。
 また、特にAT&Tの今回の発表には、多分に政治的意図があるのではないかとの憶測がもたれている。
 なお、ブッシュ政権じきじきのイニシャティブによる市内アクセス自由化への今回の方針決定は、市内アクセス案件だけではなく、今後、米国電気通信分野のすべての側面(例えば現在、FCCで審理が行われているVOIP、ユニバーサルサービスの審理等)に今後、深刻な影響を及ぼして行くこととなろう。折に触れてこの案件を紹介していくつもりであるが、今回は当面、CLECの市場縮小発表だけに絞って論じる。

AT&T、7州における住宅用加入者サービスの拡大放棄と2004年業績の下方修正を発表

 AT&Tは、2004年6月23日、次のように同社が提供している7つの州での住宅用地域サービス提供の凍結を発表した(注3)。

  • 7州(アーカンサス、ルイジアナ、ミズーリ、ニューハンプシャー、オハイオ、テネシー、ワシントン)において、今後、地域電話サービス新規加入者を獲得するセールスは行わない。
  • 上記7州において、状況いかんによっては地域電話サービスの提供の廃止も考える。
  • AT&Tがサービスを提供している他の州(37州)においても、同様の措置のオプションを検討する。
  • 上記は住宅用加入者についての措置であって、ビジネス加入者、およびVOIPサービスについては従来通り(注4)。

 同時にAT&Tは、2004年の業績の修正値を発表した。収入は290 億ドルから303億ドル、営業利益は10億ドルから14億ドル、住宅部門の営業利益率は、10%台上位を期待する、また、設備投資も当初予定の23億ドルから18億ドルに縮小するという。2004年4月に発表されたAT&Tの2004年第1四半期の総収入が80億ドルであったのから推計するだけでも、(この額のペースが年末まで続けば、総収入は320億ドルになる)同社が、2004年にさらに大きい業績低下を見込まざるを得なくなったことが伺える(注5)。
 AT&Tが期待をつないでいるのは、2004年4月からスタートしたVOIPサービス、AT&T CallVantageである。すでに同社は、米国12州においてこのサービスを提供しているという。しかし、CallVantageにどれだけ顧客の吸引力があるか、また利益率がどれだけあるのかは未知数である。AT&Tは、VOIP-サービス提供についても、ローカル部分を他業者からのリース(DSLを利用しようとケーブルによろうと)に頼らざるをえず、VOIP事業がそれほど利益率の高い事業に育つとも思われない。

MCI、一部コールセンターの閉鎖、さらに合理化と住宅用市場からの撤退検討へ

 AT&Tが上記の発表を行って、わずか2日後の2004年6月25日、MCIは同社のコールセンターの一部の閉鎖、従業員の合理化を行い、これに伴い2000名の従業員を削減すると発表した。これで、2004年内に同社が削減する従業員数は、全従業員数の約30%の17400名となる見込み(注6)。
 MCIが閉鎖するコールセンターはコロラド、カンサスの両州に所在するものであり、またサウスカロライナ、アイオワのコールセンターでも従業員が削減される。  なおMCIに近い消息筋によれば、同社は真剣に住宅用市場からの全面撤廃を検討中であるという。MCIは、収入ベースで住宅用サービス比率が総収入の20%程度であり、AT&Tに比すれば、撤退はむしろ容易なのかもしれない。

Z-Tel、8州において新規加入者の獲得を断念

 小規模なCLEC、Z-Tel(フロリダ州タンパ市が拠点。加入者は26.5万)は、AT&Tに先駆けて、7州での新規加入者獲得セールスの実施を2004年10月4日から断念すると発表、この旨をそれぞれの州の公益事業委員会に通告した。7州は、アーカンサス、アイダホ、アイオワ、メイン、モンタナ、ネブラスカ、ニューメキシコ、ウェストバージニアで、いずれもZ-Telに取り、加入者数は少なく、これら州における収入は5%程度であるという(注7)。
 CLECの中には、Sage TelecomのようにSBC Communicationsと7年間の業者間協定を結んだところもあるが、今後AT&T、MCI、Z-Telのように、一部もしくは全部の市場からの撤退を行うCLECも増えてくるだろう。

懸念されるRHCとCLEC間競争の終焉

 実のところ、AT&TとMCIは、ここ数年以来のRHC4社との加入者獲得競争ですでに完敗している。AT&T、MCIが有している地域通信加入者数(これら加入者に対し、両社は地域、長距離の両サービスをパッケージで提供している)は、それぞれ430万、300万程度である。これに対し、2大RHCのVerizonとSBCは、それぞれ1760万、1700万(2004年3月末)の加入者を得ており、加入者数において、すでにAT&T、MCIに次ぐ業界、第3位、4位の事業者になっている。

 次表に代表的なRHC、長距離通信事業者の住宅用通信市場におけるシェアを示す(注8)。

表 RHC、長距離通信事業者上位5社の住宅用加入市場シェア
事業者名
市場シェア(加入者数ベース、%)
AT&T
30.0
Verizon Communications
12.0
SBC Communications
11.0
MCI
9.0
Sprint FON
5.5

 全CLEC(長距離事業者を含む)が現に取得している加入者数は2960万人であり、これは総市内加入者数の16.3%に過ぎない。上表が示すように、VerizonとSBC Communicationsの2社だけで長距離通信市場の23%も占めており、しかも加入者獲得のスピードが高まっている今日、すでにCLECはRHCとの競争に敗れていたのである。
 従って、ブッシュ政権による市内アクセスの自由化方向への今回の決定は、長期的に見るとRHCとCLECとの競争に終止符を打つことになりはしまいかが懸念される。

AT&Tの戦線縮小に冷淡な構えを見せるRHC各社

 RHC各社は、AT&Tの一部市場からの撤退発表に冷淡な構えである。例えばSBCは、 次のように今回のAT&Tの市場撤退の動きを批判している。
 "この安っぽいAT&TのPR作戦は、額面どおりに受け取っておけばよい。つまり政策決定者、国会議員を脅かすスタンドプレイなのだ。AT&Tの政治を狙った芝居は見え見えなのであって、政治の駆け引きの駒に加入者を使うのである。このような企業と今後取引を望まれるのかどうか、加入者の皆さんも自問して頂きたい(注9)。"
 これは、アナリストはもとより一部消費者団体でも抱かれている見方でもある。あるアナリスト(Guzman社のComack氏)は、上告せずとの司法省の決定が出された直後に、"RHCの一部競争業者は、自社の議論の正しさを支持する手段として、選択した市場から撤退し、加入者料金を上げるだろう"と述べていた(注10)。こういう見方をする人からすれば、AT&Tが選んだ7州は、同社の収支見込よりも、次期大統領選挙で微妙な立場にある州だということらしい。
 何分、今後FCCによる暫定規則制定、大統領選挙はそう遠くない時期に為される。RHCと並んで政界、規制機関、消費者への働きかけ、PRに熟達しているAT&Tのことである。アクセスの枠組みについて、おおむね敗北と決まったものの、なおさまざまの捨て身の攻撃を掛けると思われる。
 そもそも、「政治優位」で始まった今回のアクセス規制の見直しであるだけに、今後も政治の要因が絡んでくるのは、避けられない。


(注1)米国司法省のOlson次官は、2004年6月9日、ワシントン連邦地裁が2004年3月2日に下した判決を最高裁に上告しない旨の決定を行った。
この決定は、ブッシュ政権が(米国司法省は訴訟当事者として政権を代表)上告を行わないという形でFCC新規則を否定したものにほかならない。
DRIテレコムウォッチャー2004年5月15日号「市内アクセスの枠組み変更(規制から事業者交渉へ)」では、FCCが2004年4月初頭以来、RHC及びCLECに対し、事業者間交渉による市内アクセス契約の締結を要請(事実上の命令)しており、また、一部契約締結が進んでいることを紹介した。この記事を書いた当時、まだ筆者には状況の把握ができていなかったが、今にして思えば、この当事者間の契約締結の勧奨自体、FCCがブッシュ政権の強い要請を受けて行われたものと推測される。
市内アクセスに関し、従来通りの割引料金による規制を続けるか(CLECの主張)、ネットワーク要素の数を減らすとか、料金を安くするとかして、もっとRHCに有利かつ自由なものにするかは、2002年後半以来のRHCとCLECとの大きな対立点であった。2003年7月のFCC新規則制定により、銅線へのアクセス設備について、事実上、既得条件を確保したかに見えたCLEC側は、今回のワシントン連邦地裁の判決遵守により、完全に敗者の立場に立たされた。他方FCCは、RHC、CLECが4月から始まった業者間協定交渉を継続しながら、他方、FCCが早急にワシントン連邦地裁の判決内容に沿った暫定改定規則、改定本規則の制定を行うむねを表明している。

すでに、米国、日本の新聞紙上では、「米国の市内アクセスが当事者交渉に任され、RHCが料金を自由に課することができるようになった」と報じている。この表現は必ずしも正確とは言えないが多少の法的制約を受けることとなっても、将来に定められるFCC改定規則では、FCCや州公益事業委員会の規制ではなく、当事者間の交渉とそれにもとづく合意が基礎となることは、ほぼ確実である。今回のウオッチャーの記事は、このような急激な市内アクセスに関する規制環境の変化が当事者間で了承されているとの背景の下で読んでいただきたい。
なお、数年に一度しか起こらないほどの今回のブッシュ政権の電気通信政策転換についてのさらに詳しい内容、意義については、現在勉強中である。今後、回を改めて論じることとしたい。
(注2)CLEC(Competitive Local Exchange Carrier、競争通信事業者)は、地域通信市場に参入している電気通信事業者を意味し、広義には、AT&T、MCI等の長距離通信事業者を含む。ここではCLECの語を広義の意味に使っている。
(注3)AT&Tは、この市場撤廃を報道しているはずであるが、ネットでの検索ができなかったので、この件についてもっとも詳しく報道している2004年6月24日付けNew York times によった。"AT&T to Stop Competing in 7 States after Ruling on Fees"
(注4)AT&Tは大手電気通信事業者では、もっともVoIPの提供に力を入れている企業であって、2004年4月半ばには、月額35ドルで、地域・長距離通話サービスを提供するVoIPサービスの提供をボストン地域で始めたところである。
(注5)2004年6月23日付けAT&Tのプレスレリース、"AT&T Updates 2004 Full-Year Financial Outlook"
(注6)2004年6月21日付けAtlanta Business Chronicle, "AT&T, Z-tel to pull out, cease new orders in eight states"
(注7)2004年6月26日付けNew York Times, "MCI to Cut 2,000 More Jobs and Consider Curbs in Service"
(注8)Yankee Groupの推計値。2004年6月12日付けウォール・ストリート・ジャーナル、"U.S. Backs Bell Firms on Local Calls"
(注9)2004年6月23日付けABCのプレスレリース、"Plenty Of Competitive Options Remains As AT&T Walks Away From Consumers"
(注10)Yahoo! Finance, "Telecom ruling likely means higher consumer prices"

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