米国電気通信規制において、UNE-P(アンバンドリング・ネットワーク・エレメント・プラットホーム。ネットワークを所有するRHCが競争業者に対し、ネットワークの各要素ごとに料金を付し、提供すること)は、1996年電気通信法の第251条に規定され実施に移されており、今日に至っている。
ただ第251条の規定が弾力的であるため、(1)例外なくUNE-Pを適用し、しかも料金もできるだけ安く設定するよう指導する規制方針を取ってきたFCC、および、このFCCの政策を支持してきた長距離通信事業者、CLEC(競争通信事業者)(2)251条の規定をできるだけ、競争業者が競争を遂行するのに必要最小限の場合に限る狭い解釈を取り、RHCの行動の制約を必要最小限にとどめるべきであるとするRHCとの間で、激しい対立が生じており、現在、未だ解決に至っていない。
2002年後半から、2003年半ばに掛けて、FCCのPowell委員長(共和党)はそもそも競争通信事業は他社の施設のリースに頼るべきでなく、自前の施設を利用して競争に対処すべきであるとの基本的な考え方を提唱し、UNE-Pの適用を大幅に制約する方向でのFCC規則の修正を提唱した。
Powell委員長は、この修正は、自分を含め他の2名の共和党FCC委員の賛同により容易に実施に移せるものと考えていた模様である。しかし意外なことに、Martin委員(共和党)が他の民主党2委員と多数派を組みPowell委員長と異なった実施案を推進、3対2で可決したため、Powell委員長の試みは失敗に終わった。この結果、2004年の7月に制定の運びとなった新たなUNE-P規則は、ブロードバンド回線の分野では、大幅にアンバンドリング実施の要件が緩和されたものの、銅線の市内設備(市内回線、交換機を含む)の分野では、UNE-P提供の可否を条件(しかもRHCにとって、きわめてUNE-P提供を拒否しにくい条件)を付した上で、州公益事業委員会にUNE-P案件の決定権限を移管するという内容のものとなった(注1)。つまり、UNE-Pについての州公益事業委員会の権限が著しく高まるとともに、競争業者によるUNE-P利用の実体は、旧規則と総体的に変わらないことが予想されることとなった。
ここで説明したFCCによるUNE-P新規則制定までが、いわばUNE-P規則裁定の第一幕であって、以降、連邦控訴審の判決によって、UNE-P新規則は、さらに修正を模索する第2幕の経過を辿ることとなる。
第2幕は、2004年3月3日、連邦控訴裁判所が、FCCの新規則を1996年電気通信法の適用違反であるとして、再検討を命じたことに始まる。当初アナリストたちの大方の予測は、今回もFCCは、前回UNE-P規則制定を主導した多数派3委員の主張が貫徹し、最高裁に上告されることとなる。従って、UNE-P規則の有効、無効は、最高裁判決(多分2005年)が出るまで結論がでないというものであった。
ところが、FCCのPowell委員長は、今回強い指導力を発揮し、RHCに対しUNE-Pの内容を事業者間交渉で競争業者と取り付ける方式を推進するよう呼び掛けた。他方、連邦控訴裁判所に対しては、同裁判所に対する意見提出の期限の延伸(延伸期間は45日間で、新提出期限は6月15日)の許可を得た。
しかもPowell委員長は、これまで同委員長の政策に強硬に反対してきたMartin委員を味方に付けた。このため、RHCはもちろんのことAT&Tも自社設備を主体とした提案を行っている。最近行われたブッシュ大統領の講演で、初めてPowell委員長の政策(規制撤廃政策もその1つとして述べられている)に言及されていることもあり、今回の同氏の自信に満ちたUNE-P再改定推進が現ブッシュ共和党政権のサポートを得ていることも充分推測できる(注2)。
UNE-P改革の実施は、何分大仕事であるだけに、FCCによるこの米国通信規制上最大の難問への再挑戦が成功するものかどうか、また成功するとして、完成までにどれだけの日時を要するものか、今の段階では定かでない。
しかしSBC Communications、BellSouth両社は、未だ初歩的な段階であるにせよ、現に幾社かのCLECと業者協定を結び、実績を作っている。また、SBC CommunicationsとAT&Tは、業者間協定の条件について、それぞれの立場からの条件の提示を行った。特に注目すべきなのは、AT&Tが交換機を自前で構築することを原則とし、主としてローカルアクセスのリースについて、条件(年度ごとにリース料金をアップしていくことも含め)を提案していることである。実のところ、2003年におけるFCC規則改定に際しFCCのPowell委員長とRHC側が狙った規則改正は、まさに交換要素リースの廃止(つまり競争業者側の交換機の自前構築)であったのであり、AT&Tは、FCC新規則制定時の少数派、RHCが主張していた条件を時期遅れで承諾したことになる。今回、同社が、いかに事態を深刻に捉えているかが伺われる。
以下、上記の案件についての最新の経緯(3月初旬から5月初旬)を解説する。この経緯はとりもなおさず、筆者が第2幕の大綱が、早期に決着する可能性を示唆するものに他ならない。
FCCのPowell委員長、事業者間交渉による契約締結を指示
FCCは2004年3月31日、全委員連名で通信事業者、通信業界団体に書簡を送り、電気通信規制の不安定な状況を打破するため、UNE-P案件を回線、設備をリースする側、リースさせる側の事業者間交渉により解決する方法を提案し、早速交渉を開始するよう呼び掛けた(注3)。
3月初旬に、連邦控訴裁がFCCによる昨年8月のUNE-P新規則破棄の判決を下したとき、この判決に対して、Powell委員長とAbernathy委員は賛成(この判決の線に沿ってのUNE-P新規則の改定を主張)、Martin委員と他の民主党委員2名は反対(判決不服を理由に最高裁判所への上告を主張)し、またまた2003年の時と同じく、FCC委員2グループの対立図式が再現した。従って、3月中にこの案件の取り扱いについて、全員一致での合意が成り立つまでには、委員間でかなりの話合いなされたことが予想される(注4)。
1ページに過ぎないこの書簡では、事業者間交渉方式を推進する理由として、次の諸点が挙げられている。
- これまで、度重なる訴訟により、電気通信市場は不安定であったこと。
- 1996年電気通信法は、競争市場を形成するツールとして、当事者間の交渉の役割を強調していること。
- 連邦裁判所には、この事業者間方式を成功させるため、新規則無効の発効期限を45日延期するよう求めたこと(その後、延期は認められた)。
また書簡では、FCC委員間にはこれまで対立があったが、今回は一致して、明確なメッセージを業界に送ったものであるから、業界は善意をもって、速やかに業者間交渉により、解決を計る努力をしてほしいと呼び掛けている。
交渉の進展とその成果
RHC4社は、FCCの指示に基づき、鋭意、競争通信事業者(AT&T、MCI、Sprintの3大長距離事業者はRHCとの契約交渉を拒否しているので、交渉相手はCLECとなる)と業者間交渉の締結を進めているが、その模様等は表1に示す通り(Qwest については資料なし)である。
表1 RHC3社の契約締結状況等
事業者名 | 契約締結状況等 |
Bell South | 7社との間で、再販ベースでの契約を締結したと発表(注5)。 |
SBC Communications | FCCから、事業者間での契約方式締結の指示が出て数日後の4月3日、Sage Telecomと7年間の再販ベース契約を締結した。RHCにおける最初の契約である(注6)。 |
Verizon | 業者間契約方式により、顧客を獲得したとか、獲得に努力しているとかのニュースはない。多分、BellSouth、SBC Communicationsと競争業者との関係が異なった環境にあるものと考えられる。たとえば、主たる競争業者が3大競争業者であって、他のCLECの占める地位が少ないため、契約締結の努力をしないとか、またこれと関連することであるが、当面、州公益事業委員会に再販料金のアップ申請を依頼した方が有効であるとか(注7)。 |
上表が示すとおり、FCCの指示に従った事業者協定の締結を積極的に推進しているのは、BellSouthとSBC Communicationsの2社であって、しかも現在までのところ、獲得した契約はごく少数に過ぎず、両社が誇示するように順調に進行しているとは、とてもいえない状況である(注8)。また、両社にとっての最重要の市内回線販売の顧客は、長距離通信事業者3社であるが、これら3社はいすれも早々に交渉拒否を声明している。
しかしそれにもかかわらず、次項で述べるとおり、SBC Communications、AT&Tの2社は、それぞれ業者協定の条件について、提案(特にAT&Tのものは料金額も織り込んだ具体的な内容を折り込んでいる)を提出しており、この点も加味すると業者間協定に向けての準備はかなり進んだと評価をすることもできる。
AT&TとSBC Communicationsの提案
4月29日、AT&Tは、FCCの指導どおり、今後自力で市内設備を構築していくことを原則とするが、市内ループについては暫定期間、RHCからリースに頼るとの趣旨の声明を発表した(注9)。これに対抗して、SBCCommunicationsは、5月4日と5月6日の2回にわたり、事業者協定の条件を提案した(注10)。5月4日の提案は、州公益事業委員会に対する事業者協定内容の申請を無しで済ませてほしいというものであり、5月6日の提案は、競争業者との協定はリースを拒むものではないが、原則として回線、設備の卸売りを主体としたいとの内容である。AT&T、SBC Communicationsの提案内容の骨子は、表2に示すとおりである。
表2 AT&T CommunicationsとSBC Communicationsの事業者協定についての提案
事業者名 | 提案内容の骨子 |
AT&T |
● | UNE-P方式による市内回線のリースは、最大4年で解消、順次、自前交換機への収容に切り替えていく。 |
● | 2005年1月1日から3年間、月額リース料を値上げ(月額1ドルづつ)する。これは、自前設備への切り替えを促進するためである。 |
● | 事業者協定の内容は、州公益事業委員会あるいは、他の第3者機関(協定の両当事者が受け入れられる両当事者)が承認する。 | |
SBC Communications | FCCへの要請(5月4日)
下記の点を明らかにしてほしい。
● | 州公益事業委員会の関与は、法律が定める義務に関するもののみに留めること。 |
● | すなわち、事業者協定は、州公益事業委員会への申請の必要がないこと。 |
競争業者への公開書簡(5月6日)
以下は、事業者協定についての誤解を解消するためのものである。
● | SBC Communicationsの事業者協定の対象は、全ネットワークの長期間の利用、競争業者が自前設備への切り替えを行う過渡期の短期間のネットワーク要素の利用まで、すべてにわたる。 |
● | 大口顧客には、割引料金を適用する。また、自社設備、SBC Communications外の事業者の設備も加えて、事業計画を組む顧客にも弾力的に対処する。 |
● | 自社設備を主として、ラースト・マイルの市内ループのみのリースを求める業者にも応じる。 |
|
今後の見通しーFCC、業者一体となった事業者協定方式への規則変更は成果を生み出すか
FCCのPowell委員長とMartin委員長は、AT&Tが事業者協定方式に基づく抜本的なリース提案を発表した同日の2004年4月29日、それぞれ、AT&T提案を高く評価する旨の声明、RHCが事業者協定の締結に向けて行っている努力を多とする旨の短い声明を発表した(注11)。
両声明は、数行の簡潔なものであるが、対象は異にするものの、その論旨は事業者協定の推進を強く期待するものであって、Powell委員長、Martin委員が、これまでの見解の相違を清算し、協力一致して新FCC規則の改定に邁進している事実を推察させるに充分なものである。
また、事業協定の枠組みについては、公式には、SBC Communicationsだけが表面に出ているが、RHC社4社は、この案件について密接な連絡を取っていることを示唆する記事もあり、表2で紹介したSBC Communicationsの意見は、即、RHC全体の意見であると見てよい(注12)。
さらにRHC4社は、AT&Tが画期的な自社提案をしたのに対し、早速これを拒否したのであるが、表2で紹介した5月6日のSBC Communicationsの提案内容は、AT&Tとの交渉が充分可能な(むしろそれを想定し)内容のものになっている。
上記の情勢から判断すると、連邦控訴裁判所に対する6月15日までの期限までに、多分、FCCを仲介として、RHC4社と長距離通信事業者、CLEC間の話し合いが大きく進み、さらにはその後、連邦控訴裁判所の承認のもとに、FCCがUNE-P新規則の修正作業に掛かれる可能性も、相当出てきたと考えてよさそうである。
業者間協定が、連邦控訴裁をクリアできなかった場合のシナリオは予想しがたいが、少なくとも当初に予想された判決を不服としての最高裁への上程というケースは、Powell委員長が多数派を制したことによって、消滅したと断言できる。
今後1ヶ月間で、この案件については、その方向がいづれに向かうにせよ、さらに大きな動きが予想される。第2幕が軟着陸するか、着地できずに破綻するか、この案件について目が離せない。
(注1) | 2003年中に筆者は、DRIテレコムウォッチャーにおいて、UNE-P新規則制定までの経緯について、次の3本の論説を書いた。
|
(注2) | 2004.2.26付けホワイト・ハウスのニュースレリース、"President Unveils Tech Initiatives For Energy,Health Care,Internet" このプレスレリースは、11ページのうち2ページを電気通信(その大半はブロードバンド振興の必要性強調)に当てている。しかし、次の箇所は名指ししているものではないにせよ、今回の「規制から業者交渉へ」の動きを支持しているように思われる。「政府の適切な役割は、投資をしようとするものができるように、規制上の障壁を取り除くことである」。この政策は、FCCのPowell委員長が、就任以来、主張してきたことである。
|
(注3) | 2004.3.31付けFCCニュース、"Press Statement of Chairman Michael K.Powell and Commissioners Kathleen Q。Abernathy,Michael J,Copps, Kelvin J.Martin and Jonathan S,Adelstein On Triennial Review Next Steps" |
(注4) | この書簡に名を連ねたことは、かならずしも、FCC委員全員が事業者交渉による契約路線への移行そのものに賛意を表したことを意味しない。Copps,Adelstein両氏は、他の3委員とは異なり、多分、この方式を実施してみることに反対できなかったのであろう。 |
(注5) | 2004.5.5付けLocalTech Wire,com, "BellSouth Signs More Agreements With Wholesale Provider" |
(注6) | 2004.4.4付けCBS MarketWatch, "SBC in 7Yeas local line pact with Sage" |
(注7) | 例えば、Verizonは、ニュージャージー公衆電気通信委員会と市内回線再販の料金引き上げについて、交渉しているが、CLECとの交渉を行っているとの報道なない。2004.4.3付けDaily Record Business, "Verizon gets OK to raise lease fee" 及び2004.4.9付けUSA Today "Verizon tells staff it may not build fiber network in N.J" |
(注8) | 米国南東部地方で、アクセス回線をリースするため結成された業者団体、CompSouthは、BellSouthの業者競争の進め方について幾つもの批判を行う声明を出し、特に同社が業者契約を結んだと称する事業者7社はきわめて規模が小さく、総リース回線数約270万の1%にも足らないと指摘している。 2004.5.5付けTodays News, "CompSouth Reacts to BellSouth Negotiations" |
(注9) | 2004.4.29付けAT&Tプレスレリース、"AT&T Proposes Roadmap To Facilities-based Local Telecom Competition" |
(注10) | 2004.5.4付けAltaVista, "SBC Communications Moves To Clear State Regulatory Impediments To Additional Commercial Wholesale Agreements" 2004.5.6付け AltaVista, "SBC Communications Reiterates Offer for Wholesale Communications" |
(注11) | 2004.4.29付けFCCプレスレリース、"FCC Chaiman Michael Powell`s comments on AT&T's proposal to transition to facilities-based competition" 及び "FCC commissioner Kelvin J.Martin praises industry efforts to reach agreement on local phone competition" |
(注12) | 2004.5.2付けLos Angeles Times、"Baby Bells lobby FCC to keep deals secret" |
テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから