MCIは2004年4月20日、破産法第11章の拘束から開放された。これにより同社は、破産法適用前と同様、通常の企業として自由に業務活動ができることとなる。
WorldCom(MCIの前身)が破産法第11章の適用を受けたのは、2002年7月のことである。以来約2年間、同社を巡る環境は厳しく、一時はその存続すら危ぶまれる状況にあった。WorldComの粉飾決算は、アクセス料金の金額の大幅な過少申告、経費に計上すべき費目を投資勘定に繰り込み単年度支出を少なく見せかけるといったような手口を2001、2002の両年にわたり大幅に適用した大胆なものであった。当初は33億ドルといわれていた粉飾金額は次には、51億ドルと逐次増えていき、2004年3月に同社が2001、2002年度の財務諸表を修正し直した結果の最終発表粉飾金額は実に106億ドルを超えた(注1)。多分、米国史上最大の粉飾決算であろう。
WorldComの創設者であるとともに、1990年代後半から2000年代の始めにかけて、M&Aを武器として同社事業を飛躍的に伸ばしてきたEbbers氏も、当初は司法当局の追求を逃れていたが、2004年3月、詐欺、公文書偽造等の罪で起訴され、まもなく裁きを受けることとなろう(同氏は保釈中であり、無罪を主張しているという)。2000年代初頭の電気通信バブル崩壊の後始末が、著名経営者の責任を追及するに至ったエピソードの1つである。
わが国の会社更生法に相当する米国の破産法第11章は、(1)会社再建についての債務者の同意(2)破産裁判所による再建後の会社のバイアビリティー(生存可能性)の確認があれば、会社の再建を認めるというものであって、再建会社にとってはかなり有利な内容のものである。
(1)については、WorldComの債務410億ドルはそのうち340億ドル強が免除され、56.6億ドルに軽減された(注2)。債権者側からすれば、彼らの有する債権は、約7分の1になってしまった。同社に融資を続けてきた金融機関にしてみれば、それでも破産手続きにより、資産売却に訴えるより有利だと判断したのであろう。(2)については、WorldComが破産裁判所に命じられて、報告した破産宣告後の月次収支報告を見ても、WorldComのバイアビリティーは疑わしいところではある。収入は落ち込みを続けており、資本投資を圧縮することにより、辛うじて、幾らかの営業利益を生み出している様が読み取れる。それでも裁判所は、MCIが将来生き残れると判定した。
AT&T等の長距離電話会社は、WorldComは倫理的にも財務的にも市場に生き残る資格がないとして痛烈な攻撃を加え、同社の再生に反対するキャンペーンを行った。粉飾決算を行った企業が、再生後、もっとも負債が少ない企業として蘇るのは不公平であるとの主張に基づくものであった。しかしWorldComは、2000万の加入者を有し、AT&Tに次ぐ米国第2位の長距離通信事業者である。しかも同社はビジネス部門に強く、国防総省をはじめ、米国の官庁にも多くのネットワークを提供している。
Sigmore氏(Ebbers氏の後を受けて、暫定的にWorldComのCEOとなった)は、かつて「WorldComは、分割するには大きすぎる」と豪語して、利害関係者の顰蹙を受けたものであった。しかしその後の経緯からすると、氏の自負には充分な現実的根拠があったと見てよい(注3)。
しかしこのように、約2年間に及ぶ裁判所、司法省の審査を経て、新たな船出をしたものの、新生MCIは、今後、さらに苦難の道を辿らざるを得ないだろう。実のところ、電気通信業界は、ここ1、2年の間に、熾烈な競争とFCCによる参入規制撤廃措置が効果を発揮したことにより、大きく変貌してしまった。このため、MCIだけでなく、AT&T、Sprintなどの旧来の長距離通信事業者のすべてが、現在の経営形態のままでは存続できない立場に追い込まれているといってよい。
以下、本論では、MCIが旧WorldComとどれだけ絶縁した企業になったか、また、同社の戦略、将来性等について論ずる。
旧WorldComとの絶縁
まず、旧WorldComに比し、新生MCIがどのように変化した企業となったかを次表に示す(注4)。
表 旧WorldComと新生MCIの比較
項目 | 新生MCI | 旧WorldCom |
社名 | MCIInc | WorldComInc |
本社所在地 | Ashburn (Virginia州) | Houston(Texas州) |
CEO(最高経営責任者) | Michael D.Cappelas | Bernard Ebbers |
収入規模 | 260億ドル程度(2003年推計) | 320億ドル(2002年) |
負債 | 56.6億ドル | 410億ドル |
社の目標 | 革新、付加価値、廉潔により顧客に奉仕する。 | 世界1のGlobal IP企業を目指す。 |
従業員数 | 50,000 | 70,000 |
なお、2003年のMCIの収入額は、まもなく発表されるはずである。ここでは、2003年の月次の収入が20億ドルから22億ドル程度であるので、一応、上記のように、260億ドル程度であると推計した。
表に示したように、新生MCIは、社名、所在地、経営陣(CEOだけでなく、経営陣の総入れ替えを行った)等をすべて刷新した。粉飾決算犯罪の代名詞となってしまった旧WorldComとの絶縁に重点を置いている様が読み取れる。
2003年4月の就任以来、MCIの指揮に当っているのは、CEOのCappellas氏であるが、氏は顧客の信頼を得ることを第一義においており、同社のホームページでも最初に目に触れる文字は、“Commitment to Integrity”(清廉への献身)“となっている。しかし、現在のところ、Cappelas氏の施策の呼びかけが、MCI個々の社員にどの程度浸透しているか、定かでない。
なお、MCIは、2004年4月21日、債権者に対し、大きく減額された債権額を次の3年から10年物の3種類の債券発行(総額、56.6億ドル)により、支払うと発表した(注4)。
3年物債券 金額 19.8億ドル
5年物債券 金額 19.8億ドル
10年物債券 金額 17億ドル
業務多角化により業務衰退を計画するMCI−しかし同社の見通しは暗い−
Cappellas氏は、新生MCIが船出した日(2004.4.20)のプレスレリースにおいて、「本日は、これまで顧客への奉仕にコミットしてきた50000人の当社従業員にとって、記念すべき日である。われわれは、これまで全員で成し遂げてきたことを誇りに思う。われわれは、新たな経営陣、健全な財務の地位、比類のないグローバル資産、強固な加入者基盤、業界をリードするサービス品質により、再スタートする」と宣言した(注6)。
確かに、同社に対する粉飾決算の批判、競争業者からの加入者の奪取、減少する収入など逆境に耐えた約2年間の保護観察期間の後に、MCIが破産法第11章のくびきから脱することができたことは、一応の評価に値する。ただ、Cappellas氏の上記の宣言は、MCIが依然として、強力なネットワーク、顧客基盤等の業務運営上の能力を有していることを誇示するものではあるが、将来の同社の経営ビジョンについては、消極的に過ぎる。“顧客への奉仕”を謳い文句にしてみたところで、顧客からは、たかだか、公共性を重視した公益事業的経営に徹するのかとの疑問を禁じ得ない。
MCIのこの弱気の姿勢は、明らかに、収入の落ち込みが大きく、財務面から確たる将来展望が描けない点に起因するものであろう。
近々、発表される同社の2003年の決算報告の内容が注目されるが、2001年、2002年にそれぞれ、156億ドル、92億ドルの巨額の赤字を計上した後を受け、しかもさきに表示したとおり、2002年に比し60億ドル程度の収入の落ち込みが予想される状況で、2003年収支が黒字になっているとは考えられない(注7)。
RHC、ケーブルテレビ会社が、大掛かりに長距離通信分野に参入している現在、電気通信業界における競争の重点は、固定通信・ブロードバンド・携帯通信の3サービスを組み込むパッケージ(いわゆるトリプル・プレイ)を提供することによる顧客の囲みこみに移行しつつある。それどころか、RHC各社は、衛星通信会社2社(Direct TV、EchoStar)と提携を結びビデオの提供も、含めるた大型パッケージサービスの提供に向かっている。
MCIのCappelas会長は、2月20日の記者団との会談の席上、このように、長距離電気通信事業者が、従来のように、固定通信だけでは、業を営んではいけない状況(換言すれば、モ長距離通信事業“という名称そのものが時代遅れになりつつある)を踏まえて、将来の事業拡大の方針を打ち出した。すなわち、同社が最大のネットワークを持ち強みを有するIP駆使の諸サービス(VOIP)は、もとより、無線サービス(セルラー、Wi-Fi等)の提供を行って行くというものである(注8)。
ただ、これは、MCI最大のライバルであるAT&Tもすでに追求しており、しかも、未だ成功していない戦略であって、特に新味はない。新生MCIもさらに、AT&T、Sprintも現在の収入減の傾向が続く限り、長期にわたる将来性はない。しかも、RHCやケーブル会社の跡を追うにしても、余りにも出遅れており、新たなサービスを提供していくだけの投資力を欠いている。
従って、所詮は、何らかの他社との提携あるいは、事業の一部または、全部の売却に追い込まれるのではないかという見通しで、米国のアナリストの見方は一致している(注9)。
(注1) | 2004.3.21付けエイシャン・ウオールストリート・ジャーナル、"MCI Removes $74.4 Billion Of Pretax Profit" |
(注2) | 一般的には、60億ドルと報じられているが、本文で説明するとおり、債権者に配分する新債券の総計は56.6億ドルであるので、この数値を使った。 |
(注3) | 2002.7.15付けDRIテレコムウォッチャー、「WorldComによる粉飾決算のインパクトの深刻さ」 |
(注4) | 各種資料から、筆者が作成した。資料名は省略。 |
(注5) | 2004.4.21付けForbs.com, "MCI details $5.66bln in senior notes" |
(注6) | 2004.4.20付けMCIのプレスレリース、"MCI Emerges From U.S Chapter 11" |
(注7) | MCIが、2003年次の決算の報告を4月20日あるいは、それ以前に行わず、遅らせていることも、同社決算が、良好な数字になっていないことを疑わせる根拠の1つである。 |
(注8) | 2004.4.20付けForbes, "MCI CEO sees wireless ,data as top priorities" なお、この件については、2004年4月22日付け日経「IP・無線通信 米で競争過熱」も詳しく報道している。 |
(注9) | 具体的なMCIの将来の進路として、2004.4.20付けファイナンシャル・タイムス、"MCI is reborn into a tough world"に掲載されたPeter Thal Larsen氏の論を紹介する。 氏によれば、どのような形を取るかは別として、MCIのCappelas氏自身、終局的には、同社が現状のままで、生き残りができないことを認めているという。同氏は、将来、起こりうるMCIの変貌として、次の3つのオプションを挙げている。
●RHCによる買収
●長距離通信事業者同士の統合(AT&T、Sprint、MCI相互)
●IT大グループによる買収
ただし、氏は、RHCによる買収は、当面、RHCの関心が携帯電話事業にあるため、少なくとも、その時期はずれ込むと見ている。また、長距離電話会社同士の合併は、もはや、長距離電話事業自体が、シナジー効果をもたらすほどの価値が認められないと考える。最後のシナリオは、多分、ITの雄であるマイクロソフトなどを念頭に置いた議論であろうが、これも、IT企業から見て、長距離電話会社が、魅力のある存在になりえているのかどうか、疑わしい。
このように、具体的にどのような方向にMCIが進むかを予測することは、難しいにせよ、長距離電話会社の再編は、いまや、実現するかいなかではなく、いかなる形で実施に移されていくかの問題になっている。
Cappelas氏は、かつて、コンピュータ会社CompaqのCEOとして、同社をヒューレット・パッカードに統合した実績を有している。氏のこのキャリアも、MCIの他社への提携、合併を促進する要因として、働くものと考えられる。
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