FT(フランステレコム)は2004年2月中旬、2003年次の決算を発表した。発表に際し同社CEOのブレトン氏は、「わが社は、再建計画(FT2005)で行った2003年次のすべての誓約を履行した。今後、わが社は長期にわたり、すべての電気通信分野における顧客の要望を満たすことに努力を傾注する」と述べた。この宣言は、同社がバブル期の浪費により積み重ねられてきた過去の負債を短期間に清算し、今後の一層の成長を約束した勝利宣言と受けとめてよい。この好決算を背景としてFTは、同グループの一元的経営(Orange、Wanadooの第3者株式の買取)等により、経営体制の強化を進めている。
確かにFTの2003年次決算は、アナリスト達の予想を超えたものではあった。しかしFTの前途には、なお幾つもの難関が残っている。
FTの携帯、ISP部門の成長はめざましいものであるが、固定通信部門は振るわず、2003年次の収入は2002年次に比して実質1.1%の減収である。米国、わが国の多くの通信事業者の収入構造がそうであるように、固定通信分野の収入の減収を他の成長分野の増収でカバーしきれないという図式はFTも脱し切れていない。
また、FTのCEOブレトン氏は、2004年次に約15,000人の従業員削減を打ち出しているが、組合の強いFTにあって、これの実行には多大の困難を伴うと考えられる。
さらに、EU指令に基づいたフランスの電気通信関係の法令の見直しが現在大詰めに近づいているが、すでに一部の項目(FTに料金を引き下げる場合いの自由度を高めることなど)について、EUから警告を受ける始末である。
政府との協調の下で、段階的に経営体質の強化を計るFT
FTは、新CEOブレトン氏による新再建計画の下でフランス政府との協調を密にし、同社の経営体質の強化に乗り出した。そのステップは3段階に分けて考えることができ、現在、すでに第3段階に入っている(注1、注2)。
第1段階は、FTの増資である。FTは2003年2月、総額150億ユーロの増資を行った。うち90億ユーロは政府の出資であり、残り60億ドルは起債によった。2002年末に抱えた680億ユーロという膨大な負債を2003年末の442億ユーロへと一挙に238億ユーロも償還できたのは、この増資によるところが大きい。FTがフランス政府からの国家資金の投入を受けなかったら、多分、英国のBTと同様に、携帯部門のOrangeかISPのWanadoo等を切り売りせざるを得なかっただろう。FTは、最大の財務危機を政府資金の供給により、まず乗り切ったのである。この成功による市場の信用回復は、その後のFTの業務改善の基礎となった。
第2段階は、経費節減計画であるTOPが、6事業部門で予想以上に好調な成績で完了し、本年度目標を達成したことである。
第3段階は、第3者に株式を放出している事業部門の株式を買い戻してFTグループの1元的経営体制を確立する措置である。
まず第1着手は、携帯電話会社Orangeの14%(FT以外が所有している株式のすべて)の買収である。これは2003年9月に実施された。次に、FTはISPであるWanadooについても同様に同社に保有するFT外の26%の株主に対し、2004年2月11日に株式の買取りオファーを行なった(注3)。携帯電話会社のOrangeは欧州においてVodafoneに次ぐ第2位の携帯電話事業者であって、急成長を続けている。また、欧州の大方の携帯電話事業者に先駆けて、2004年第2四半期には特定の地域において3Gサービスを提供すると宣言している。Wanadooも最近DSLの伸びが著しく業績は好調である。
つまりFTは、成長が著しく、売り上げが落ち込みつつある同社の固定通信分野をカバーする成長分野を担う2事業部門を完全に自社の一元管理化に置くことにより、今後ますます激化が予想される競争への対処に当る決意を固めたのである。
ところでフランス政府は、今後FTの株式放出により、窮迫している財政に資金を得たいと考えている。たまたま2004年1月1日付で、FTを民営化する法律が発効したところである(注4)。
上述の第3段階目のFTの株式買取行動は、新法の下におけるフランス政府の民営化推進方針と関係がある(ここで民営化、"プライバタイゼーション"というのは、これまでFTはフランス政府所有株式の50%超を義務付けられていたが、この義務を解除し、50%未満にすることを意味する)。FTによる自社株式の買取りは自己資本の増となり、政府持分比率の減少を意味する。たとえば、現在フランス政府は、FT株式58.89%を有しているのであるが、Wanadoo株式を買い取ればその比率は50%から51%の間に収まり、50%未満にかなり近くなる(注5)。
他のEU諸国と同様にフランス政府も財政難であって、FTの株式売却による収入増を期待している。少なくとも2003年にFTに注入した90億ユーロは、早期に回収したいところである(注6)。
つまり、「フランス政府による資金注入」→「TOP実施」→「Orange及びWanadooの完全事業部門化」という3段階のFT経営体質の改善は、FTの利益になるだけでなく、FTの強化による株価上昇をテコにして、同社の株式放出による政府収入を確保しようというフランス政府の意図にもかなうものであって、この過程の進行はFT、フランス政府の共同作業であるとも言いうる。
ただ、EU指令に従って国内法を整備せよとのEUの意図は、電気通信市場において、電気通信分野において自由市場を形成することにより、既存の事業者に対する新規参入事業者の力を強めるところに力点がある。ところがフランス政府が現に行っている電気通信法改定作業は、EU指令遵守を原則としながらも、ところどころにFT強化、あるいは弱化を防ぐための歯止めを織り込んでいるきらいがないでもない。ただでさえこれまでのフランスの電気通信政策を批判してきたEUは、新年早々フランス政府に対し、FTに対する料金規制の緩和はEUの競争指令に反すると警告している(注7)。
成長が著しいFTの携帯、ISPの両部門(FT2003年次の決算から)
次表は、FTの2003年次の決算から同社の部門別収入を転記したものである(注8)。
表 FTの部門別収入(単位:億ユーロ)
| 2003年次 | 2002年次 | 2003/2002(%) |
固定通信・大口通信・回線卸売り | 217.6 | 222.8 | -2.4 |
携帯電話(Orange) | 179.4 | 164.6 | +9.0 |
TP(海外事業) | 41.6 | 41.0 | +1.5 |
ISP(Wanadoo) | 26.2 | 20.7 | +31.0 |
Equant | 26.1 | 26.3 | -0.8% |
その他海外事業 | 4.25 | 1.81 | +234% |
総計 | 461.0 | - | +3.4 |
FTは今回、6事業部門別に収入を計上しているが、成長を牽引しているのは、今や固定通信部門に並ぶほどの大きな部門となってきた携帯電話部門と、まだ収入の絶対額こそ少ないもののDSLの急速な成長で、成長率が加速しているISPのWanadooである。
ところでFTは、総収入において前年比3.6%の増収となっているが、この比率は昨年と同一項目について比較した(comparative basis)数字であって、実数値での比較では1.1% 減少となっていることに注意する必要がある。実のところFTは、2003年次、イタリアの携帯電話会社Wind、オランダのケーブルテレビ会社Casemaの株式等資産売却により30億ユーロの収入を得たのであって、実質的には未だ成長部門により、衰退しつつある固定部門をカバーするという同社が目指す成長モデルは達成できていない。
ただFTは、2004年次と2005年次には次のような意欲的な財務目標を掲げている。
- 2004、2005年次の収入の伸び率3%から5%(comparable base、2004、2005)
- 営業利益(減価償却、負債償還前)180億ユーロ超
- 収入対営業利益(減価償却、負債消却前)の比率4%から10%(2005年次)
- 収入対有形・無形資産への投資の比率、10%から12%(2005年次)
- 営業利益(減価償却、負債償還前)対純金融負債の比率、1.5%乃至2.0%(2005年次)
- 収入対研究開発の比率1.3%(2004年次、なお2003年次の実績は1.1%)
(注1) | (1) FTの再建計画については、2003年2月1日付けDRIテレコムウオッチャー、「FT、新会長ブレトン氏の下で経営再建3ヵ年計画実施に乗り出す」に詳しい。なお、再建計画の目標を以下に再掲しておく。
スローガンは、"15+15+15"である。つまり以下の施策により、3年間の各年次に150億ユーロの資金を生み出し、負債返還に充当する。
- TOP計画(経営内部から生み出したキャッシュフローによる負債返還計画)により150億ユーロを調達
- 増資により150億ユーロ(うちフランス政府分90億ユーロ)を調達
- 選択と集中の戦略:主導的部門(FTの国内、国際の固定通信部門、携帯部門(Orange)、Wanadoo(ISP)、Equant(多国籍顧客用通信部門)に重点を置き、戦略的、財務的な地位が弱いかあるいは多数株を優位性ない資産は処分を検討する(150億ユーロの調達)。
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(注2) | この項の記述は、主として2月24日付けLes Echoの"France Telecom prepare sa privatization"(民営化の準備をするフランステレコム)によった。 |
(注3) | 2004.2.23付けYahoo!Einance, "France Telecom Buys Out Wanadoo Minorities" |
(注4) | 2004.2.23付けYahoo!Finance, "France Telecom Buys Out Wanadoo Minorities" |
(注5) | 欧州の電気通信事業は、2003年後半から2004年に掛けてバブル後遺症から脱皮し、株価も堅調である。従って2004年にはFTだけでなく、DT(ドイツ)、KPN(オランダ)、TeriaSonera(フィンランド、スエーデン)、Telenor(ノルウェー)の各事業者が、いすれも幾%かの株式を放出するのではないかとの見方も出ている。2004.1.2付けAsian Wall Street Journal, "Telecom Offerings Will Flood Europe, Asia" |
(注6) | 2004.1.12付けPriceWaterhouseCoopersのニュース・レター、"EU Warns French Government over Easing of France Telecom Regulation" |
(注7) | 2004.2.12付けFTのプレスレリース、"France Telecom 2003 annual results *all objectives Achieved" |
(注8) | 本表でTPが何を指すのかは不明である。しかし、FT海外事業のほとんどを含んでいることは間違いない。 |
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