DRI テレコムウォッチャー


CingularWirelessによるAT&TWirelessの取得とそのインパクト

2004年3月1日号

 Cingular WirelessはVodafone Groupとの応札合戦に勝利し、2004年2月17日、AT&TWirelessの取得に成功した。同社はここ数年間、AT&TWirelessとこの件について交渉を継続してきたと言われる。その執念からしても、ほぼ同一の米国市場においてサービスを提供していることから生じるシナジー効果からしても、また同社に資本を提供している親会社2社(SBC CommunicationsおよびBellSouth)が堅実な財務基盤を有しており、多額のキャッシュの提供、債務の一層の負担を為しうる状況からしても、Cingular WirelessによるAT&TWirelessの取得は自然な成り行きであった(注1)。
 これに対し、米国市場で自社ブランドのサービスを提供したいというVodafoneのCEO、Sarin氏の執念もこれまた並々ならぬものがあった。しかし、当初300億ドルからスタートした応札価格が競り上がり、Cingular Wirelessが410億ドルの高値を提示するに及び、同社はAT&TWireless取得を断念せざるを得なくなった。Vodafoneは前会長Gent氏の戦略により、欧州主要国を中心に各国の2位以下の携帯電話会社の経営権取得により急成長を続けているグローバル企業である。この方針を継続実施してきたGent氏は、多くの株主からこの成長至上主義の経営方針(株主は少ない配当を余儀なくされる)を批判されてもきた。今回、Gent氏の戦略を踏襲した現CEOのSarin氏は、株主の反対を考慮して、410億ドルを超える価格の提示は行えず、AT&TWireless取得の断念を決意したものである。
 今回の買収劇は、バブル崩壊後の久々の大型のM&Aであったためにジャーナリズムの注目を引いた。発表後2週間を経た今日、なおそのインパクト、この買収に参画した諸企業についての記事が絶えない。
 以下、本文では、両社統合の条件及びこの統合が利害関係諸社にもたらすインパクトについてそのあらましを紹介する。

Cingular WirelessによるAT&TWireless取得の条件とその狙い
 Cingular Wirelessが発表したAT&TWireless取得の条件は次の通りである(注2)。

  • CingularWirelessはAT&TWirelessを吸収し、米国最大の携帯電話会社を作る(統合会社の加入者数は4600万、49州で無線のライセンスを有し、トップ100の市場中97にプレゼンスを持つ。年商は320億ドル)。
  • AT&TWirelessの株主は、売却金額として一株当り15ドルを受け取る(総額約410億ドル)。
  • l 今後、この買収手続きを完了するには、AT&TWireless株主及び規制機関(FCC、法務省等)の承認を得なければならない。これら手続きは2004年末までに完了する見込み。

 Cingular WirelessとAT&TWirelessの合意発表に際し、両社のCEOは次のように今回の両社統合のメリットを強調した。
 Stan Sigman氏(Cingular WirelessのCEO):「これは、米国の携帯電話ユーザーに取り、大きなニュースである。われわれはこれら2社の力を統合することにより、ユーザーに対し、高度の携帯サービスの利用を促進する」。
 John D.Zeglis氏(AT&TWirelessのCEO):「本日の声明はAT&TWireless株主、顧客、従業員3者にとっての勝利である。株主は、投資に対する応分の見返りを得る。顧客は米国最大の携帯電話会社が提供する利便を享受できる。従業員は、企業がAT&TWireless社単独の場合より多くの機会を得ることができる」。

 なおZwglis氏は、統合実現時に退陣する意向を明らかにしている。
 さらにプレスレリースは、統合によりCingularWirelessが発揮できる長所を次のように述べている。力点は、現在のネットワークの拡大、強化もさることながら、将来の高度サービス分野(3Gが中心)での競争に置かれている点が注目される。

  • 統合(ネットワーク、配送、料金徴収、資材調達、マーケティング、広告等)に伴うシナジー効果による大きな節減が見込める。2006年次における営業経費、資本支出の節減額推計が10億ドル超。2007年以降は、年間節減額20億ドル超。
  • ネットワーク統合により、高度携帯データサービスの提供が加速される(筆者注:CingularWireless、AT&TWireless共に、現在単なる音声のGSMネットワークからGPRS、EDGEの第2.5世代データサービスのネットワークが完成に近づいている)。また、新会社により将来の3Gサービス提供の基礎固めができる。

 著名な電気通信アナリストのJeffrey Kagan氏は、今後、米国の携帯電話会社が高利益を生めるサービス分野は、高度ネットワークによるデータサービスであるとし、今回の両携帯電話会社の合併は、次世代サービス提供のための地歩を固めたとして高く評価している。しかし次項で述べるとおり、Cingular Wirelessは統合完成までに幾つもの難関を克服しなければならず、当初予定を大きく上回った取得金額を果たして回収できるかどうかに疑問を抱くアナリストの方が多数である。

世界第7位の携帯電話会社に躍進するCingularWireless - しかし統合に際しての問題点も多い -
 このように、CingularWirelessは米国最大の携帯電話会社になるばかりでなく、次表で示されるように、グローバルに見ても第7位の地位に踊りでた(注3)。

表 携帯電話事業者の世界ランキング
携帯電話事業者名
所属国
加入者数(単位:100万)
1.China Mobile
中国
153.6
2.Vodafone
英国
118.9
3.China Unicom
中国
86.6
4.T-Telecom
ドイツ
65.8
5.Telefonica
スペイン
62.0
6.NTT-DoCoMo
日本
50.8
7.Cingular/AT&TWireless
米国
46.0
8.France Telecom
フランス
41.9
9.Verizon
米国
37.5
10.America Mobile
スペイン
36.7
16.SprintPCS
米国
16.0
(ついでながらChina Mobile、China Unicomの超大両携帯電話会社を有する中国が今や群を抜いた世界一の携帯電話大国になっている事実に注目されたい)。

 このように、米国最大の携帯電話会社となるCingular Wirelessは、一見他の米国の3社の携帯電話会社、特に強敵Verizon Wirelessに対し優位に立つようであるが、予定通り2004年後半に統合が実施できるとしても、それまでに最低9ヶ月ばかりの経過期間を要する。この期間こそが問題なのであって、この間の運営を誤ると、巨額の投資により米国携帯電話業界をリードしようとの戦略自体が脅かされる事態を招かない。幾人もの論者がこの点を指摘しているが、以下、最新のビジネスウィーク誌に掲載されたRoger o. Crockett氏の意見を紹介しておく。(注4)

 過渡期間におけるAT&TWirelessが弱体化するリスク:AT&TWirelessは、所詮なくなってしまう企業であるから、これが同社の加入者にインパクトを与える。統合実施までの過渡期間に、予想以上に加入者の他社への移行が進行する危険性がある。
もちろんこの期間を好機として、他の携帯電話会社が猛烈な加入者奪還キャンペーンを展開することが予想される。従って、これに対しAT&TWirelessが加入者流出を最小限に食い止めることができるかどうかが勝負となる。
 予測した経費節減効果が得られないリスク:投資の削減見込み額(2005年に6億ドルないし9億ドル、2006年に8億ドルないし12億ドルの削減)は、Verizonが打ち出す新規サービスへの対抗措置により、実現できないかもしれない。その他、マーケティング、運営費等の経費節減見込み額(2005年に1億ドルから4億ドル、2006年に8億ドル、それ以降は年間12億超)も、その幾らかの部分はコントロールが難しく、予定通り節減できるかどうかは疑わしい。
 負債増大がもたらすリスク:買収金額410億ドルのうち、200億ドルはBellSouth 、SBCCommunicationsの負債増(多分社債の発行)となり、両社が当分に負担するものと見られる。これは両社の財務基盤の弱体化を意味するものであり、すでにS&Pは、BellSouth、SBC Communications、Cingular Wirelessのクレデイットを観測する要があるとしている。

両社統合の合意が関係企業、競争会社等にもたらすインパクト
Vodafone Group

 VodafoneのCEO、Sarin氏は、株主に対しAT&TWirelessに対するビディング失敗の釈明に懸命の模様である。ただ最新の情報によれば、同氏は米国市場において他の携帯電話会社を取得する計画はなく、むしろVerizonWirelessに有する株式45%を売却して、米国市場から撤退してもよいとの意向を表明している。
 Vodafoneは、Verizon Wirelessとの関係は良好であり、自社の方から積極的に株式売却を持ち出すつもりはないという。ただしVodafoneは、AT&TWirelessへのビディングの際Verizon Communicationsとの間で、ビディング成功のあかつきには同社が有するVerizon Wireless持分(45%)を一定額で売却する旨の約束を取り付けていたとのことであり、こういう経緯からすると、案外早期にVerizon CommunicationsによるVerizon Wirelessの完全所有が実現するのかもしれない。
 VodafoneがVerizonWirelessの持分売却による資金を得たあかつきには、同社は欧州における携帯電話会社の取得に向かうことは確実であり、その矛先はフランス第2の電気通信会社、SFRグループに向かうものと観測されている(注5)。
NTTDoCoMo
 AT&TWirelessに16%の株式を所有するNTTDoCoMoは、今回の米国携帯電話2社の合併の件について公式発表を行っていない。しかし現在、CingularWirelessとの間で技術協定締結について話し合いを行っている模様である(注6)。
Verizon Communications
 Verizon Communicationsは、両携帯会社が統合を発表した2月17日に次のような趣旨の声明を発表し、米国でもっとも質の高いネットワークを有する携帯電話会社としての余裕を見せた。
 「当社は引き続き携帯電話業界での主導権を握る路線を継続して行く。当社の立場は、最大ではなく最良の携帯電話会社という事実に基づくものである」(注7)。
Cingular Wirelessのその他の競争業者(Nextel、T-Mobile、SprintPCS)
 これら競争業者はいずれもVerizonの場合と同様に、AT&TWirelessがCingularWirelessに統合するまでの過渡期を狙って顧客獲得の機会が得られるとして、両社の合併合意を歓迎している(注8)。
AT&TとAT&TWirelessとのサービス提供協定、打ち切られる予定
 両社の合併で損害を蒙る可能性があるのは長距離会社のAT&Tである。同社はAT&TWirelessから、契約ベースで携帯電話サービス提供の便宜を受け、現在、RHC諸社、ケーブル電話会社に対抗して、市内、長距離・携帯電話サービスのパッケージ提供をビジネス加入者に対し行っている。
 同社はCingularWirlessに対し、AT&Tブランドによるこのサービスの継続を申し出ている模様であるが、Cingular Wirelessがこの要請を受け入れる様子はない。同社の親会社であるSBC CommunicationsとBellSouthの両社は、AT&Tと厳しい競争関係にあるからである(注9)。


(注1)2004年2月1日付けDRIテレコムウオッチャー、「AT&TWireless、オークションにより他社への売却を決意」
(注2)SBC Communicationsの2004.2.17付けプレスレリース、"Cingular to Acquire AT&TWireless, Create Nation's Premier Carrier"
(注3)EMC社の表(2004.2.18 付けFTの"Cingular grabs AT&TW in $41bn deal away from sleeping Vodafone"に掲載された表から孫引き)を転載した。この表は、米国携帯電話事業者については2003年末の数字を、また他の事業者については2003年9月末の数字を使っている模様である。
なお源表は、Telefonicaの2003年末の加入者数を2990万で第9位としているが、これはスペイン本国のみの数字と考えられるため、2003年末の同社の総加入者数(過半数がラテンアメリカ諸国)の数字に修正し、順位も(9位→4位)へ繰上げた。
(注4)2004.3.1付けBusiness Week Online, "How The Cingular Deal Helps Verizon"
(注5)2004.2.20付けFinancial News, "Vodafone Chief Hints At Selling Verizon"
(注6)2004年2月18日付け日経、「ドコモ、技術提携に軸足」。わが国では技術協定と関連して、ドコモはAT&TWirelessに保有している株式16%を売却せず、これを新統合会社に再投資するのではないかとの観測も行われている。
(注7)2004.2.17付けDow Jones Business News, "Verizon: Wireless Strength Based On Being Best, Not Biggest"
(注8)例えばNextelのCEOのTimothy Donahue氏は、2004.2.19、この合併は競争会社から不満を持つ顧客を引き抜く絶好の機会であると述べている。同社は、2003年に前年に比し29%もの加入者を増やした実績を持つだけに鼻息が荒い。
2004.2.20付けFT ,"Nextel expects boost from Cingular merger"
(注7)2004.2.19付けFT, "AT&T aims to keep wireless name after sale"

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