2004年1月22日、AT&T Wirelessは、2003年第4四半期の決算の時期に合わせ、幾つかの企業から同社買収の誘いが掛かっているので、これらの申し込みを充分に検討するとの発表を行った。発表の内容はこのように穏当なものであったが、実際には同社はオークション方式により、売却先を決定する方針を固め準備を進めている。すでにコンサルタントとしてMerril Lynch社を指定し、2月13日をオークション申し込みの仮の締め切り期日に定めている(注1)。
現在、米国には全土にサービスを提供する大手携帯電話事業者が6社ある。そのうち、加入者数で1位、2位を占めるVerizon Wireless、Cingular Wirelessの両社は、今から約4年前の2000年上半期にそれぞれRHC携帯電話部門の合併によって誕生した。Verizon Wirelessの前身は、Vodafone Airtouch(RHCのAirtouchを英国のVodafoneが取得した携帯電話会社)とVerizonの携帯電話部門が統合したものである。こういった経緯からして、Verizon Wirelessには、VerizonとVodafoneがそれぞれ株式の55%、45%を所有することとなった。またCingular Wirelessは、SBC CommunicationsとBellSouthの携帯電話部門の合併により生れた。こうして米国の大手通信事業者は、2000年上半期の時点で8社から6社に減少した。
すでに業界2位のCingular Wirelessは、AT&T Wirelessに対し、300億ドルで買収したいとの意思表示を非公式に行っている。また現在、AT&T Wirelessの最大株主(16%の株式所有)であるDoCoMoもなんらか形でAT&T Wirelessのオークションに関与する意図を明らかにしていると報じられている。その他、Nextel、Vodafoneも、AT&T Wirelessの取得に関心を有しているとのことである。
以下、本論では、AT&T Wirelessが他社への売却を決意した経緯(特に2003年第1四半期の決算からみた同社の弱点)、今後の予想について述べる。
他社との提携を受け入れるとのAT&T Wirelessの発表、背景となる2003年第4四半期の同社の業績悪化
慎重に表現を選んだ他社との提携路線追求の宣言
AT&T Wirelessは、1月22日に発表した声明で次のように述べている。
「当社は、幾社もの企業が当社に大きな関心を寄せていること及び携帯電話業界がダイナミックになっている事情からして、将来の進路についての戦略の代替案を検討することを決定した(筆者注:売却をも含めた他社との提携を行うとの婉曲表現)。もっとも、この決定は、将来、他社との取引が成立することを保証するものではない」。また、同社のCEO兼会長のZegris氏は、同時に発表された2003年第4四半期の決算について、「第4四半期において、当社の業績には幾つか不振な分野も生じた。しかし、このためにわが社の一貫した成長基調に狂いが生じたわけではない。当社の前途は明るく、当社の成長、利益の軌道は2004年も持続できるものと信ずる」(注2)。
このように、AT&T Wirelessの声明文から見る限り、同社の方針決定は、他社が統合あるいは提携の誘いを掛けてくるから、これに応じる意思表示をしたもののようにも取れる。
しかし、競争の激しい米国携帯電話事業のなかにあって、次に述べるとおり、特に2003年後半以降、AT&T Wirelessは単独では、事業運営に支障が生じるとの危機感を抱いていることは確実であり、事実、他社からの買収に応じることを決意していることは、明らかである(注3)。
また、AT&T Wirelessが上述の発表をした前日の1月21日、幾つかの米国のメディアは、Cingular WirelessがすでにAT&T Wirelessに対し300億ドルの現金で同社を買収したいとの提案を行っていると報道した(注4)。AT&T Wireless、CingularWirelessの両社はともにこの報道に対しノーコメントであるが、断続的であるにせよ、これまで数年間にわたり、提携について話し合いをしてきた両社のことであるから、この報道はまずまず正確なものであろう。
AT&T WirelessとCingular Wirelessの最近の業績
AT&T Wirelessは、かねてから利用者に対するサービスについての評価は低いといわれてきたものの、2003年前半までは加入者数を順調に伸ばしていること、赤字も次第に減少しており黒字を計上する時期もそう遠くないと見られていたこと、特にビジネス加入者の比率が高いことなどから、事業はおおむね順調であると見られていた。
問題は、2003年11月から年末に掛けての同社のソフトの故障及び、番号持ち運び制実施に当たっての不手際による加入者の離脱が大きかったことである。
AT&TWirelesは、2003年11月、加入者管理のためのソフトのグレードアップの過程で故障を引き起こし、新たな同社のGSM/GPRSネットワークを利用する加入者のサービスの切り替えを数週間止めてしまった(注5)。また同社は、11月24日に実施された番号持ち運びの実施に当たっても、他社に比し切り替えに当って円滑さを欠いたとの指摘がなされている(注6)。
上記2件は、いずれも2003年第4四半期の出来事であるが、以下、この4半期に、AT&T Wirelessの業績がどのような状況であったかの指標を表1に示す(注7)。
表1 AT&T WirelessとCingular Wirelessの業績指標(2003年第4四半期、括弧内は前年同期の数値)
項 目 | AT&T Wireless | Cingular Wireless |
加入者数(単位:万人) | 2,200 | 2,400 |
加入者増(単位:万人) | 12.8 | 64.2 |
収入(単位:億ドル) | 42.1(+3.9%) | 39(+5.6%) |
利益(単位:億ドル) | 欠損0.84(-83%) | 営業利益3.29億 |
上表で見ると、AT&T WirelessとCingular Wirelessは、規模もほぼ同じ(AT&T Wirelessは加入者数こそ少ないが、収入はCingular Wirelessを上回っている)であるが、アナリストたちによればAT&T Wirelessは収入、欠損の減少度合いが共に、ウオールストリートの期待を下回っているという。特に問題なのは、加入者増が低い点である、現段階で3社の決算報告がなされていないが、多分、大手携帯電話会社のなかで最低であると予測されている(注8)。
今後の見通し
すでに述べたように、AT&T Wireless取得の意向を明らかにしているのは、現在のところCingular Wirelessだけである。さらに最新の新聞は、NTTDoCoMOが少なくともなんらかの形でAT&T Wirelessのオークションにかかわる意向を有している旨の報道をしている(注9)。
米国内からのオークションに応ずる事業者としてNextelの名も登場している。しかし、確かにNextelは、携帯電話機能に呼び出し電話機能を付加したビジネスモデルにより、特にビジネス加入者を中心に強固なニッチ市場を確保している。しかし、さればといって、方式が異なり、しかも規模が自社より大きいAT&T Wirelessの取得に真剣に乗り出すとは考えられない。
次に海外の事業者としては、世界最大の携帯電話会社のVodafoneの動向に興味が持たれる。Vodafoneの会長兼CEOのSarin氏は、最近、この案件について、「当社は米国において、株主の価値を高めるため何ができるか、また何ができないかの見極めるため観察を行っている」と語っている(注10)。しかしVodafoneは、Verizon Wirelessの共同事業者であり、AT&T Wirelessを取得するとなるとまず、Verizon社とこの件について話し合いを要する。しかも、この話し合いは長期間掛かることが予想される。むしろ前述のGent氏の意見は、筆者にはAT&T Wireless社の取得について、Vodafone社は関心を有しているが、具体的な行動は取らないという意思表示に受け取れる。
上記のように、AT&T Wireless取得候補を消去法により検討していくと、結局、数年前から、執念を持って同社を追い続けてきたCingular Wirelessが初志を貫徹することになる可能性が強いのではないかと考えられる。
表2 米国6大携帯電話加入者と加入者数(2003年9月末または2003年12月末)
携帯電話会社 | 加入者数(単位:万) |
Verizon Wireless | 3,750 |
Cingular Wireless | 2,400 |
AT&T Wireless | 2,200 |
Sprint PCS | 1,930 |
Nextel | 1,230 |
T-Mobile | 1,210 |
(上記数字のうち、Verizon Wireless、Cingular Wireless、AT&T Wirelessの3社の数字は
2003年末のものであり、他の3社の数字は2003年9月末のものである。)
この統合が実現すれば、表2に明らかな通り、統合企業は、加入者数においてVerizon Wirelessをはるかに上回る、米国で群を抜いた最大の携帯電話会社となろう。
そうなると、現在、規模の点でもネットワークの品質、安定性の点でも評価がもっとも高いVerizon Wirelessも、安閑としていることができない。同社はさらに、首位の座を奪い返すため、次の統合を繰り返す(ドミノ現象)と予測する向きもある(注11)。
してみると、両社合併の可能性は、本年が、久方ぶりに米国の電気通信分野におけるM&Aが活発化する年となる予兆を示すものとなるのかもしれない。
(注1) | 2004.1.27付けFT.com, "AT&T Wireless seeks early auction date" |
(注2) | AT&T Wirelessから直接の声明文が入手できなかったため、次の資料によった。2004.1.22付けYahoo!News, "AT&T Wireless acknowledges it is exploring merger,sale" |
(注3) | 注2の資料。 |
(注4) | 例えば、2004.1.21付けYahoo! News, "Cingular Makes Offer For AT&T Wireless" |
(注5) | 2004.1.22付けYahoo! Finance, "New Wireless portability Rules Hurting Margins" |
(注6) | 2003年12月1日付けテレコムウォッチャー、「全面実施が始まった米国電気通信分野の番号持ち運び制度」 |
(注7) | 2004.1.23付けInternational Herald Tribune, "Cellphopne Operator weighs takeover bids"及び、同日付けCingular Wirelessの決算報告に関するニュースレリース |
(注8) | 2004.1.23付けtuscaloosanews.com, "AT&T Wireless Wants Suitor" |
(注9) | NTTDoCoMoは1月27日、AT&T Wirelessと他社から持ち株比率の変更があった場合、その通知を受ける権利を一時的に放棄することで合意したと報じられている。この権利は、NTTDoCoMoがAT&T Wirelessの最大株主(16%の株式所有)であることからして、当然に従来から有していたものである。この権利放棄はNTTDoCoMoが予想される他のAT&T Wireless取得業者と対等の立場で、同社買収あるいは株式の買い増しの行動を起こす自由度を確保するために為されたものと推測される。
NTTDoCoMoが実際にどういう行動に出るかについて、例えばファイナンシャルタイムスは、DoCoMoの実際の狙いは既存の投資価値の保持あるいは引き上げにあると見ている。(2004.1.27付けFT.com、"AT&T Wireless seeks early auction date")。また1月28日付けの日経朝刊も、「ドコモ、AT&Tワイアレス追加出資の選択権を残す」の表題で、NTTDoCoMoは少なくともAT&T Wireless取得のためのオークションに参加することはないとの見方である(ただ正確にいえば、通知を受ける権利の放棄=株式買い増し権の留保ではない。NTTDoCoCoMoは、オークション参加を含め、他の業者と同様にいかなる要求も為しうる自由度を得ることができる)。筆者もファイナンシャルタイムス、日経の意見にくみする。 |
(注10) | 2004.1.28付Financial Times,"Vodafone eyes for AT&T Wireless" |
(注11) | 例えば2004.1.24付けBusiness Week, "AT&T Wireless: Bidding War Anyone?" |
テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから