DRI テレコムウォッチャー


「NTTを殺したのは誰だ!」を読む
-事実に即し論じよう-


2004年1月15日号

 今回は、2003年の暮れに発刊され話題になった藤井耕一郎氏(以下、著者と記述する)の著書「NTTを殺したのは誰だ!」(光文社)について、筆者の感じた事を指摘したい。
 長年、調査関係の仕事に携わってくると書物を読むに当たって一番気になるのは、事実が正しく提示されているかどうかということである。今回の書評を執筆したのは、私の調査した事や考えている事と違っている内容が少なからず含まれている筆書の世間への影響力を考えたからに他ならない。
 この書物を通じての著者の主題(米国は計画的に日本産業の弱体化を図ろうとしている。特に本書との関連では、光ファイバーの普及を抑えハイテクの成長を留めようと懸命であるとの陰謀説)には私は組みし得ない。確かに米国政府が大使館を通じて、またそのほかの手段で日本政府に様々の圧力を掛けてきているという事実は確かだが、NTT潰し、日本技術力弱化を目指して、長期的に作戦を練り、実行しているという証拠が提示されていない。また、私はかりにそれが事実であっても、そのためにわが国のハイテク技術が壊滅するとは信じない。
 昨年に著者が刊行した書物「通信崩壊(草思社)」が、読みやすくかなり示唆的な内容を含んでいる好著(視点は第2作と変わらず賛同できないにせよ)であったため、本書の出来栄えは残念である。次回は、再び良書の執筆を期待したい。

NTTの経営の見方について
(1) 2001、2002年におけるNTT決算数字の読み方

 著者によると、2001年度に8120億円もの巨額の赤字を計上したNTTが2002年 度に純益2334億円へと大きな回復を示したのは、「単に血のにじむようなリストラの効果が現れたにすぎない」(15ページ)だそうである。


 筆者の説明が正しいとすると、リストラ効果が1兆円程度生じたということになるが、事実は全く異なる(10万人対象のリストラ効果が一人1000万円生じたということになるが、これはあり得ない)。そもそも、2001年次におけるNTTの大幅赤字の主原因は、特別損失(海外投資の損失分の計上、将来のリストラに備えての資金の準備)等によるものである。従って、2002年次におけるリストラの寄与分は大きかったはずではあるが、上記の特別損失分を除外して考えると、2001年次と2002年次のNTTの収支構造に激変が起こったというわけではない。
 さらに付言すると、NTT和田社長は、2003年11月における2003年上半期の中間決算についての記者会見で、NTT東西両会社の音声収入の減収は、2003年度3700億円になる見込みであり、この分を光ファイバーの増設その他に取り戻さなければならないと述べておられる。

(2)リストラ後のNTTの定年の終期について

 著者は、NTT東西の従業員は、51才になった時点で、退職勧奨に応じない場合は、「これまでの最長65才まで働けた仕組みを5年短縮され、厳密に60才で雇用満了の道を選んだ」と解説する(16ページ)。


 著者は、この1大リストラを受け入れる従業員(すなわち、NTT東西従業員の大多数)が、NTT退職後、65才定年を保証された事実について触れておらず、あたかもNTT東西従業員は、これまで65才定年制を保障されていたように、記述しているが、これは事実に反する。
 実のところ、この点こそがNTT労使間の最大の論点であり、組合はこの条件がなければ15から30%の給与ダウンとなるNTT側からの配転条件を受け入れたはずはない。
 今後わが国における年金の支給年令は、後、数年で65才に延長されることが定まっている。厚生労働省は65才定年制を雇用主に要請しているが、なかなか応じる企業が少ない模様である。確かに、2002年におけるNTT東西のリストラは、過酷な一面もあった。しかし、NTT東西の定年制延長は、先駆者的な意味合いを持つものであると評価されてしかるべきだろう。

(3) 電話は、滅んでいくのか

 「私は、以前からインターネットやIP技術」にすべてを一本化する政策を続けて行けば、従来の固定電話は、あと5年から10年で完全に滅ぶと主張している」(85ページ)。


 著者はこのように主張するが、果たしてそうだろうか。私は、固定電話は10年やそこらでなくなるものとは思えない。理由を次に示す。
 第1に、NTTの加入電話契約数は、2004年に至り、下げ止まっている。確かに、1996年末の6146万をピークにして、2002年末の5074万まで1000万以上も減少したが、2003年第1四半期に、5082万、2003年第2四半期に5092万とわずかながら上向きに転じた。多分、携帯電話に固定電話が食われる過程が一段落して、わが国では固定電話、携帯電話が共棲関係に入ったのである。これには、パソコンと電話ネットワークへの接続、特に最近、DSLサービスが人気を呼んでいる点が与っているだろう。
 第2に、かりに固定電話が大きく減少しても、また将来IP電話の性能が格段に進み、IP電話が通常のアナログ電話を置き換えることになっても、ユニバーサルサービスのトレーガー(担い手)として、固定電話はかなり長期間残る(註1)。しかも現在、加入者電話の大多数を有しているNTTが、IP化の波に乗り遅れて、倒産の憂き目に合うなどということはあり得ないだろう。すでにNTT東西は、ビジネス用IP電話の分野に進出(2003年10月中旬)しており、住宅用分野への進出の機会も窺っているのであるから(註1)。

「 IP革命」の用語について

 筆者によれば、「そもそも、英語圏では、"IP Revolution"などとは、ほとんど言わない。「革命」とつけて大騒ぎするのは、日本のメディアぐらいのものだ」(86ページ)。


 果たしてこの記述は本当だろうか。
 1998年、米国商務省は、“The Emerging Digital Economy”という報告書を発表した(邦訳、デジタル・エコノミー、東洋経済社 1999年)。周知のごとく、この報告書はITがもたらしつつある利便、効率化、将来の経済に及ぼす影響を論じたものであって、刊行当時、ITの将来性について論じたバイブルとして、広く読まれたものである。
 この報告書の第1章のタイトルが、"The IT Revolution" であった。2001年1月に閣議決定されたe-Japan政策は、高らかにわが国の「IT革命」へのコミットメントを謳ったのであるが、その源は、明らかにこの報告書に由来する。
 ちなみに最近は、IT Revolution の代わりに、Digital revolutionの語が使われることが多いようであり、FCCのパウエル委員長も、2003年12月に行った講演のなかでこの語を使っている(注2)。
 つまり、IT革命の呼称は米国製である。ついでに申し上げておくと、Hyperbole(誇張表現)を使用するのは、日本のメディアに限らない。 米国のメディアも同様の、あるいは日本以上の吹きに吹きまくる通弊があることを指摘しておく。

ドイツ・テレコムとフランス・テレコムの経営状況

 「実は、日本のNTTと非常によく似た境遇に置かれているドイツ・テレコム、フランス・テレコムもいまや、巨額の負債を抱えて倒産寸前の状態にある。2001年12月期でDTは、約35億ユーロ(約4500億円)、FTは約83億ユーロ(約1兆円)の赤字を計上した」(89ページ)。


 この記述は次の点に誤りがある。
 第1に、ドイツ・テレコム、フランス・テレコムは、NTTの総合的なサービス(固定電話・携帯電話・データ通信・インターネットアクセス等)提供形態を取っており一見NTTと類似しているものの、「非常によく似た境遇」にはない。最大の相違として、固定電話分野での競争業者からの圧力が、NTTは両社に比し大きい。またブロードバンドを取ってみても、ドイツ・テレコム、フランス・テレコムは、NTTの場合と異なり、独占に近いシェアを持っている。さらに持ち株会社制の下にあるため、NTTは原則として、部門間の資金の融通(内部相互補助)ができない。つまり競争環境はNTTの方が厳しいと言ってよい。
 第2に、2002年末のドイツ・テレコム、フランス・テレコムの赤字決算を紹介しているが、1年前の数値では役に立たない。その後も、両社が業績悪化を続けているのであればともかく、その後業績は大幅に向上しているのだから、この赤字決算の数値は誤解を招くだけである。両社ともに、2003年上半期の業績は大幅に向上しており、純利益の数字こそ発表していないが、2003年通期の決算を黒字にできる見通りを明確にしている(注3)。
 さらに、2004年に入ってからの状況はといえば、欧州のIT、 通信株は軒並み、堅実な上昇を示しており、しかもその原因は、ドイツ・テレコム、フランス・テレコムを含む電気通信事業の先行き業績の向上見通しが牽引しているという(注4)。
 つまり、欧州大陸では、既存の電気通信事業者の経営にインターネットの浸透は、今のところ負のインパクトを及ぼしていないのである。逆にいえば、結果として負のインパクトが及ばない程度にインターネットが取り入れられているのだと言ってもよい。この点、負のインパクトが大きいわが国、米国と事情は異なる。

おわりに -- 将来はインターネット技術を最大限に使いこなすことにある --

 本書の3章は、「インターネットが滅ぼす日本の未来」と題されている。してみると、著者は徹底したインターネット嫌いかと疑いたくなる。しかしこの書物は、それこそ革命的な光文社ペーパーバックのシリーズの1冊として刊行されており、このシリーズの特徴である「横書き」、「英語混じり表記」を守って執筆されている。見開きにある光文社の説明によると、「英語の併設表記(といっても、ポツポツ散見する程度だが)、は、いわば、日本語表記の未来形です」とのことである。
 しかし、藤井氏の場合が好例であるが、インターネットは、好むと好まざるとにかかわらず、わが国の市民が多かれ少なかれコミットせざるを得なくなっている。いまさら、嫌だからインターネットを返上するという段階は過ぎてしまったのである。
 今後、われわれがなすべき課題は、この音声、データ、ビデオ、オーディオのすべてを包括する通信・メディアを単一の管路で提供できる力を持つ新巨大技術をどのように効率よく、また他の分野に歪が起こらないように運用すべきことではなかろうか (注5)。


(注1)なお、NTT加入電話の将来については、DRIテレコムウォッチャー、2003年11月1日号、「POT(plain old telephone)はなくならない」を参照されたい。
(注2)2003年12月18日付けFCCプレスレリース、"Remarks of Micahael K.Powell Chairman, FCC At the Chicago Economic Club"。なお、パウエル氏の変身を示すと考えられるこの講演の概要と評価については、まもなくデータリソース分析レポートVol.23号に、「FCCのパウエル委員長、デジタル革命の宣教者に変身」を掲載する予定であるので参照されたい。
(注3)2003年12月15日号DRIテレコムウォッチャー、「業績回復が著しいDT、FTの両社」
(注4)2004年1月8日付けDow Jones Business News, "European Stocks Close Higher, as Telecoms Lead"
(注5)インターネットについては、ネットの不安定性が指摘されることが多くなってきた。例えば、相変わらず絶えないビールスの蔓延、 SPAM(迷惑)メールの増大、機密漏洩等がインターネットの将来に暗い影を落としていることも確かであり、これらの解決が緊急の課題である。

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