DRI テレコムウォッチャー


こぞって住宅用インターネット電話市場に参入する米国の大手通信事業者・ケーブルテレビ事業者

2004年1月1日号

 IPプロトコルを使用して音声サービスを提供するインターネット電話サービスは、米国においては1997年ごろから幾つの業者が提供を試みたが、この第一次の試みはおおむね失敗に終わったといってよい(注1)。その後、わが国の場合と同様に、インターネット電話の品質は大きく向上し、おおむね通常の電話と変わらない水準にまで達した模様である。
 2003年11月から12月に掛けて、大手の通信事業者(AT&T、Qwest、Verizon、SBCCommunications等)が、軒並み住宅用インターネット電話市場への参入の姿勢を明らかにした。すでにこれら事業者は大なり小なり、ビジネス市場ではインターネット電話サービスを提供しているのであるが、今後は住宅用市場においても、多くの場合ブロードバンドサービスのサービスメニューの1つとして、このサービスを提供して行くものと見られる。
 インターネット電話提供の動きは、大手ケーブル会社にも及んでいる。米国第2のケーブル会社でもあるTimeWarner(提供部門は、TimeWarner Cable)は、SPRINT、MCI両社と提携を結び、同社の提供するインターネット電話について、長距離回線のリース、緊急サービスの提供等について協力を得ることとなった。TimeWarnerの場合、提供するサービスの本命はいうまでもなくケーブルサービスである。ところが最近、特に大手衛星ケーブル会社2社(Direct TV、Echo Star)からの競争が激しくなり、加入者数は伸び悩み、サービス領域の拡大に迫られるようになった。業務多角化でもっとも成功したのがケーブルモデムによるブロードバンドの提供であるが、このブロードバンドの提供がさらに、インターネット電話への本格進出のキッカケを生み出したといえる。

 FCCはこれまで、インターネット電話はブロードバンドにより提供されるデータサービスの1種であるとみなし、このサービスの位置づけの審理にはできるだけかかわりたくない姿勢を示していた。しかし、このようにインターネット電話が今後大きなインパクトを与えるようなサービスに成長していく展望が生じてくるとなると、到底これまでの姿勢を保持していくことはできなくなった。
 FCCは2003年12月1日、インターネット電話について、まず公開のフォーラムを開いて利害関係者の意見を聞いた後、2004年1月には調査告示を發出して、この案件と取り組む姿勢を明らかにした。ただ、FCCの裁定は2005年に持ち越されるだろう(注2)。
 本論では、大手事業者のインターネット電話への進出・進出計画の状況、FCCがこの案件とどのように取り組んでいるか等について紹介する。

大手業者のインターネット電話への進出計画

表 2004年における大手キャリアのインターネット市場への参入計画(注3)
事業者名
サービス提供計画
Qwest Communications
ミネアポリス地域でサービス提供を開始。今後、14の州の他の地域で2004年初頭からサービスを開始する予定(2003.11.20発表)。
AT&T
2004年第1四半期に特定市場におけるサービス提供を開始。2004年中に米国の主要都市でサービスを展開する。ビジネス市場における長年にわたる実績を踏まえ、ブロードバンドの種類にかかわらず、最高の品質のサービスを提供する(2003年12月11日発表)。
Time Warner
インターネット電話の全国展開について、Sprint及びMCIと提携。TimeWarnerは、長距離回線、電話技術の提供等の点で両社の協力を得て、同社約1090万のケーブル加入者に提供するIP電話サービスの内容を充実する。電話番号案内、緊急電話の利用も可能(2003年12月8日発表)。
SBC Communications
2004年には、サービスを提供するものと見られる。なお、SBC Communicationsは、ビジネス加入者を対象として、2004年初頭からサービス低居を開始すると発砲した。サービス提供区域は全米に及ぼす計画であるという(2003年11月20日発表)。
Verizon Communications
2004年第2四半期にサービスを開始する。

 上表で注目される点を以下に列記する。
 第1に、これら計画のなかでもっとも大掛りであるのは、AT&TとTimeWarnerである。AT&Tは、ここ数年来のFCCによる米国地域通信市場開放が急ピッチで行われるに応じて、主としてUNE-Pを利用して地域電話市場への参入を果敢に行ってきた。それにもかかわらず収入減に歯止めが掛からず、業績は毎期低下している状況である。今回の同社による電話市場への参入は、この逆風を一挙に取り戻そうとする起死回生の試みだと見てよい。同社は、市内・長距離の掛け放題サービスを月当たり定額の料金で提供するRateOneサービスにより、RHCに対抗してきたが、今後インターネット電話の利用者に対し、この料金をかなり引き下げる方向に向かうであろう。現在、AT&Tの加入者数は、ビジネス加入者数が約400万、住宅用加入者数が約4000万と依然膨大である。今後、これまでの激しい加入者減少、業績の低下に、インターネット電話が果たして救世主となり得るのかどうかが注目される。
 TimeWarnerの場合も加入者1090万のケーブル加入者を有しているだけに、同社の試みが及ぼすインパクトは大きい。本格的にインターネット電話市場に参入するための他の長距離電話会社との提携ということであるが、今後Comcast、Coxなど他のケーブル会社が同様の提携に踏み切る可能性も生じよう。それにしても今回のTimeWarnerの行動は、ケーブル会社業務がますます電話会社の業務内容に近づき、ケーブル会社、電話会社の垣根が低くなってきたこと意味するものであろう。
 上表が示すとおり、RHC4社のなかでは住宅用IP電話への進出にもっとも早く名乗りを上げたのはQwest Communicationsである。同社はその生い立ちからして、地域通信、長距離通信の双方に軸足を持っているため、案外容易にインターネット電話への進出への早急な判断ができたのであろう。
 次に、SBC CommunicationsとVerizonCommunicationsの両社は、2004年中に進出する方針であるが、両社ともに公式の発表は行っておらず、まだ確固とした方針は決めていない模様である(BellSouthに至っては、ジャーナリズムでインターネット電話への進出について論じられることすらない)。両社ともに、熾烈な料金競争の後で、業績は伸び悩んでいるし、またさらに、収入減につながる携帯電話、固定電話から敬隊電話の電話番号持ち運びも実施された。みずからの首を絞めることとなることが判っている住宅用のインターネット電話の導入にそう簡単に踏み切るはずがない。後述するフォーラム(2003年12月1日開催)にも、両社もその他のRHCも出席していない。多分両社は、別個にあるいは合同で、FCCのインターネット電話審議に対し、強力な条件、圧力を掛けて行くものと考えられる。両社がインターネット電話への進出、その方法を真剣に考えるのは、このサービスに対するFCCの対処方針が定まってからではなかろうか。

   最後に、インターネット電話はこのように強烈なインパクトを予想させるものではあるが、その性格からして、これを利用する加入者の範囲はある程度限られたものであることに留意しなければならない。
 すなわち、インターネット電話は原則として、ブロードバンド(DSLかあるいはケーブルモデムか)を利用している利用者に対してのオプションとして実施されていくものである。従って、これを導入する事業者の最大の狙いは、現在料金競争の主体となっているパッケージサービス(音声、データ、ブロードバンドアクセスが3種の神器になりつつある)に、インターネット電話を織り込むことにより、自社の加入者の維持、他社への移行の歯止めを狙うという防御的な側面が強いといってよい(注4)。

インターネット電話規制のありかたについて決定を迫られるFCC
 このように、大手キャリアがこぞってインターネット電話提供への計画を発表し始めるという事態に直面し、FCCも2003年12月初旬に、この案件と真剣に取り組む姿勢を明らかにした。
 まずFCCは、2003年12月1日、インターネット問題に関する政策を策定して行くに当り、FCCを補佐するための組織として、FCC Internet 政策ワーキング・グループ(FCC Internet Working Group)の設立を発表した。この組織は、インターネット規制問題の直接の担当部局である政策策定局(Policy Development Bureau)と固定回線競争局(Wireline Competiton Bureau)のそれぞれ、局長、上級次長であるペパー氏(Robert Pepper)、カーリスト(Jeff Carlist)氏を共同議長とし、横断的にFCCのその他の部局の責任者を責任者に組み込んだ推進委員会が主体となって運営される。
 さらに同日、FCCはインターネット電話業界、州公益事業委員会、業界アナリスト等の代表者を招いてVOIPフォーラムを開催した。
 参加者の意見は多様であるが、インターネット電話に関する規制は最小限に留めるべきであり、特に料金規制は必要がないという点で、ほぼコンセンサスが得られているように見受けられた。
 異色であったのは、UBS WarburgのアナリストのJohn Hodulik氏の意見である。同氏は現在、RHC収入の69%から65%が、またその利益の75%が固定電話収入で占められており、しかもこの電話収入は年率8%減少しているので、VOIPが今後、この収入をさらに食いちぎることになるとRHCにとっては死活の問題となる。この対策として、同氏は、インターネット電話業界が主張するように、インターネット電話の規制を行うよりも、RHCに対する規制を軽減すべきであると提言した(注5)。

 また、ワーキング・グループ当日、PowellFCC委員長と民主党FCC委員2名は、それぞれ声明を発表した。
 Powell委員長は、インターネット電話を安価で品質の高いサービスにする役割は、当然企業家の負うべき責務であって、規制機関は謙虚であるべきである。また、州委員会が従来のキャリア規制に大きな役割を行ってきた事実はよく認識しているが、この分野で経済的規制(筆者注:料金規制のユーフェミズム)を行うことには懐疑的であると述べ、この案件について、非規制の姿勢を明らかにした(注6)。
 これに対し、民主党の両委員はそれぞれ次の趣旨の発言を行い、この機会に電気通信の将来に大きなインパクトを与えるこの案件を徹底的に議論し、将来のFCCとしての政策方向を明らかにしたいと意欲を示している(両委員ともに、一言も規制の必要性を主張してはいないが、両氏の主張を受け入れれば、少なくとも最小限の規制は必要だという結論が導かれる)。
 Copps委員:「長年、インターネット電話には疑問符が付いてきた。消費者は、この新サービスに何が期待できるのか知りたいと思っている。投資家やキャリアも将来のネットワークをどのように設計すればよいのか、知りたいと思っている。FCCが手をこまねいていて、規制をしない態度を取っていたのでは、誰を益することにもならない。これらの疑問に答えることこそが、消費者、ビジネスを益する道である」(注7)。
 Adelstein委員:「FCCの目標は、揺籃期にあるインターネット電話を窒息させずに、かつ、この技術による鞘取りを防止することである。まず司法省とFBIは、このサービスでは法に従った捜査機関による盗聴への協力ができないと主張している。また、緊急サービスの実施も行えるようにしなければならない。次に、ユニバーサル・サービス基金への拠出の問題がある。インターネット電話が醵金を免除されれば、FCCは法的に鞘取りを認めたことになってしまう。その他問題は、幾つもある。従って、原点から上記のような問題を解決して、FCCはVOIP取り扱いの方向を定めるべき時が来た」(注8)。
 上記のように、FCCのパウエル委員長はインターネット電話の案件を基本的に非規制として、できれば細部に立ち入ることなく、今後に予想される審理(FCCは2004年初頭にも審理を開始するという)をできるだけ軽く済ませたい考え方のようである。しかし、(1)インターネット電話は情報サービスであるか否か(FCCは従来から暫定的に情報サービスであるとの結論を行っている。(2)各種のインターネット電話サービス(すでにPC対電話の時代は終わり、電話対電話が主流の時代に入ったが、例えば公衆ネットワークをどの程度利用するかの度合によるクラス分け等により)にどの程度の要件を課するか(規制の有無を含め)の検討を今後、必ず避けて通ることはできないと考えられる。
 従って、その結論が最終的にどのようなものになろうとも、FCCはその過程において、20世紀末に出現し、現在強烈なインパクトを与えつつあるインターネット技術、その一つのアプリケーションであるインターネットがもたらす意義に関する見解を明らかにした上で、この解決が難しい問題について、十分に検討することを要求されることとなろう。
 要は、キャリアのサービス提供の面でも規制面でも、2004年は米国におけるインターネット電話の離陸の年となりそうである。


(注1)もう3年以上前のことになるが、筆者は米国のインターネット電話事業は、一部の論者が主張するように、短期間には成長しないという趣旨の論説を書いた。現在、米国では群小のインターネット電話事業者があるものの、その加入者総数(住宅対象のみ)は100万程度のものだという。インターネット電話について、悲観論を展開した私の主張は、少なくともこれまでのところは当っていたことになる。2000年11月15日付けテレコムウォッチャー、「赤字脱却ができないインターネット電話事業」
(注2)2003.11.6、FCC News、"FCC to Begin Internet Telephony Proceedings"
(注3)本表作成に当たって利用した主な資料は、次の通り。
2003.11.4付けUSA Today,"Qwest branches into internet-based calls"
2003.12.11付けのAT&Tのプレスレリース、"AT&T Unveils Major Voice Over Internet Initiative"
2003.12.8付けのTimeWarnerのプレスレリース、"TimeWarner Cable Partners with MCI And Sprint For Nationwide Rollout Of Digital Phone"
2003.11.20付けのSBC Communicationsのプレスレリース、"SBC Communications Introduces IP Product Portfolio to Serve Enterprise Customers Nationwide"
2003.11.20付けのSBC Communicationsのプレスレリース、"SBC Communications Introduces IP Product Portfolio to Serve Enterprise Customers Nationwide"
(注4)大手業者が、インターネット電話サービスの開始を最近発表する契機になったものとして、新興のインターネット電話会社、Vonage Holdingsの活動が挙げられる。同社は、加入者数が10万から20万程度の小さな企業であるが、国内電話の掛け放題サービスを月額料金35ドルで販売し、評判を呼んでいる。通常の電話会社の料金掛け放題サービスは、月額50ドル前後が標準であり、このサービスは相当に安い。
(注5)2003.12.15付けTelecommunications Reports,"VOIP Forum Participants Stress Avoiding 'Economic Regulation"
(注6)2003.12.1付けFCC News,"Opening Remarks of FCC Chairman Michael K.Powell"
(注7)2003.12.1付FCC News,"Opening Remarks of commissioner Michael J.Copp"
(注6)2003.12.1付けFCC News,"Statement of Commissioner Jonathan S.Adelstein"

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