今月のMarket Snapshotでは、その活用シーンを研究機関から企業などのビジネス領域へと移行し始めたグリッド・コンピューティングをテーマにお話しよう。従来、科学技術計算など膨大な数値演算作業を高速処理する際には、専用のハードウエアを導入する必要があった。その役割を担っていたのがスーパーコンピュータを利用したシステム構築であったが、専用機という性質上、一般的にかなり高価な技術投資とされてきた。このため、既存の技術を上手く利用することで、高価なハードウエアを導入せずに、スーパーコンピュータの作業を仮想的に実現できないか−という発想からグリッド・コンピューティング技術が誕生。数値演算作業を専門とする大掛かりなハードウエアを常設する替わりに、ネットワークに接続された多数の「眠っている」PCやサーバを通じ、必要性に応じて効率的に計算機能を利用する手法がそれである。概念そのものは新しくはないが、広く普及しつつある背景には:@近年、オフィスPCの処理速度はスーパーコンピュータのそれに近い性能を持つため、それらを集積させることで膨大な能力を発揮できること、A事務作業におけるPCやサーバの低い利用率に着目し、資源の効率利用を促進したことが挙げられる。これについてTowerGroupのDushyant Shahrawat氏(Securities & Capital Market Practice担当上級アナリスト)は、米国企業の社内におけるコンピュータ利用率は平均で35%〜40%程度と予測する。現在、グリッド・コンピューティングの産業規格についてはGlobus Toolkitを監督するGlobus Alliance(主に学術研究関係者、大小の技術会社が参加: http://www.globus.org/ )の他に、同技術とアプリケーションに関するオープンスタンダードの構築に取り組むGlobal Grid Forum(GGF: http://www.gridforum.org/)が主体となって活動している。
本来、グリッド・コンピューティングは、膨大な計算能力を不可欠とする研究分野で発展してきた技術である。高エネルギー物理実験のデータやゲノム解析、半導体回路の最適設計、難病治療薬の開発等での実用例があるが、中でも米国では地球外生命体の探索プロジェクトSETI@home(Search for Extraterrestrial Intelligence)が広く知られている。研究志向型のグリッドは通常、オープンソースのソフトウエアと政府からの助成金を利用し、大学と研究所との協力によって実現される。その例として米国では、光ファイバを使い、40Gbit/秒の速度でコンピュータと5箇所の学術および研究機関を接続するTeraGrid( http://www.teragrid.com/)プロジェクト等がある。
そして近年、同技術の活用範囲は学術研究の枠を越え、ビジネスの世界へと進展しつつある。ただ、ビジネスの領域においてグリッド・コンピューティングは未だ専門性の高い技術であるため、全ての企業が一様にその恩恵を受けるとは限らない。恐らく現時点では、金融サービス企業をはじめ製薬、大手の設計会社やメーカ(主に自動車や航空産業)など既に高性能のコンピューティング機能を利用している企業が最適な導入先であろう。金融サービス産業ひとつを例に採っても、業界アナリストらの予測では、グリッド・コンピューティングへの支出額が2008年までに48億9,000万ドルにも達するとされており、今後、さらに大きなビジネス機会が期待される。確かに、ハードウエアに比べれば安価とは言え、社内全体に導入してはじめて本領を発揮する技術である以上、企業の規模に応じて導入コストも肥大するのは必至である。しかし、秒単位で市場の変化に影響を受ける金融サービスなどタイムリーな業務処理が業績向上に直結する産業では、導入によるベネフィットがコストを凌ぐケースも少なくない。したがって、この点に真価を見出すか否かが、将来、エンタープライズにおける同技術導入の意思決定材料となるであろう。
企業におけるグリッドの導入は、通常:(1)上述のGlobus Alliance が提供するGlobus Toolkit(グリッド実現用ソフトウエアおよびサービスのセット)、(2)グリッド市場を牽引する大手−IBM、HP、Sun Microsystemsの製品を利用するいずれかの方法で実行されている。また、こうした大手ベンダでは、グリッド向けミドルウエアを開発するソフトウエア各社とも提携関係を強化しながら、着実にそれぞれの市場地位を確立している。多様なハードウエア(デスクトップからワークステーション、サーバ、コンピュータ・クラスタ、メインフレーム等)に設置するソフトウエア・エージェントを手掛ける米国企業ではPlatform Computing、Avaki、DataSynapse、United Devices等が知られる。
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