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  米国大統領選挙にみる電子投票の未来    (IT アナリスト 新井 研氏)
2004年12月1日号

 2004年米国大統領選挙は、ジョージ・W・ブッシュ現職大統領の勝利に終わり、引き続いて第43代大統領の座にとどまった。当初民主党ケリー氏との激戦が予想され、実際に途中までは激戦だったが、全て蓋を開ければ50%以上の得票率をマークし、ケリー氏は早々と敗北宣言を受け入れた。確かに開票途中まで“激戦”ではあったが、その激戦を演出したひとつの要因が電子投票機であった。オハイオ州の暫定票の問題も激戦に花を添えたが、“激戦”、正確に言えば、“混乱”といった方がよいであろうか、実は電子投票機のトラブルとこれを巡る様々な問題も電子投票の未来に新たな問題を提示した。

■ 電子投票と直接民主制
 選挙をいかに効率よく実施するかは、概ねITの力を借りて行おうといった合意は世界的にできているとみてよい。電子投票とは2段階ある。初期の段階は「投票機型」。投票所に機械を置いて有権者が投票所に足を運び投票する。これは開票作業と集計の手間を劇的に減らし、開票要員の人件費削減と集計のスピードアップにつながる。わが国でも岡山県新見市が2002年に市議会選挙をこの方式で行ったが、有権者役約2万人、43投票所に152台の機会を配置、開票作業は、各投票所から送られてきた媒体を読み上げる作業は25分で済んだ。通常は市の職員やアルバイトなどが深夜に及ぶ開票作業や夜半の当確情報、当選者の万歳三唱セレモニーで深夜まで盛り上がるが、電子投票はあっけない幕切れだ。
 第2段階は有権者が自宅のPCや携帯電話などから行う、「ネットワーク型」。わが国でも米国でも投票機型は公職選挙に認められているが、ネットワーク型までは信頼性が確認されておらず認められていない。ただ、電子投票の最終型はこれでなくてはならず、投票所まで足を運ばなくともいいし、開票作業も瞬時だ。投票率も飛躍的に向上するだろう。通常民主主義先進国の国政選挙の投票率は60%前後だ。おそらくネットワーク型の投票を行えば、80%前後になると言われており、民意が正確に反映された政治につながるといわれる。
 さらに直接民意がわかれば、政治家の存在価値も変化する。現在の議員とは代議士であり、有権者が彼に自分の意見を代弁してもらうために選ぶわけで、もし自分の意見が直接行政に届くならば、代議士は不要かあるいは役割は大きく変わってくる。
 かつてギリシャの都市国家で行われていた直接民主制(といっても有権者は権力者のみだが)がITで実現されることになる。それだけにIT化の流れから言っても電子投票の将来は興味深い。

■ 電子投票の実態
 さて、近代民主主義の宗主国、米国大統領選の電子投票の活躍ぶりはどうであったか?今回の選挙では全投票者の3分の1に相当する4,000万人が電子投票機で投票したことになる。前回2000年の選挙ではフロリダの投票所でバタフライ方式と呼ばれる機械で紙に穴をあける鑽孔式がとられたが、穴が中途半端だったり、ずれていたりと散々な目にあった反省から、今回はWindows2000を搭載したパソコンに独自のプログラムを載せ表示部をタッチスクリーンにしたものであった。
 ところが、機械のトラブルで投票ができなくなり、仕方なく紙による投票に切り替えたことから投票者が長蛇の列を作ったり、投票機への信頼性は地に落ちたようだ。さらに悪いことにある投票所では有権者数を超える得票数がブッシュ氏に入っていたり、あり得ないミスがいくつか報告されている。これらの些細なトラブルは大勢に影響なしと不問に付されたようだが、電子投票への未来をますます遠ざけるものであった。
 実は、米国ではこれら選挙の投票機のメーカーは全米8万台のうち5万台のシェアを持つのが、ディーボルド社、次いで2万台のシェアを持つES&S社は共和党に近い存在と言われている。実は創設者が同一人物で、今回の選挙でも力を発揮したキリスト教原理主義の流れを汲むと言われている。この集票システムが実は曲者で、2000年の選挙ではフロリダで集計マシンの不具合が指摘され、8%の投票が消失した。これでゴアが16000票のマイナス、ブッシュが4,000票のプラス効果があったと言われている。
 今回の投票前に当局から集計システムのプログラムの開示を求められたが、著作権を縦にディーボルド社は拒否した。このシステムはマシンから集計結果と1票単位でCDに焼きこみ、選挙管理サイドに送るものだが、紙に印刷するモニタリングができない。民主党の強いカリフォルニア州では2006年の公職選挙から紙でモニタリング可能な投票機と集計システムを義務付ける法案を提出しているほどだ。

■ 巨大な抵抗勢力
 民主主義のリーダー米国での電子投票はかくのごとき惨憺たる状況だ。投票機ベンダーもあまりに政治色が濃すぎて、テクノロジーの信頼性以前の問題だ。ITは電子投票の最終型で代議員政治から直接民主制へのシナリオを描いてくれるが、選挙と政治はあまりにも利権が絡み、ましてやネットワーク型での安全で公正な選挙など夢物語でしかありえなさそうだ。政治と利権、ITと電子投票にとってあまりにも巨大な抵抗勢力であることが今回わかった。



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