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  電子申告、電子納税で社会はどう変わるか?  (IT アナリスト 新井 研氏)
2004年6月1日号

■概要
 電子申告・納税制度が2004年6月1日から全国的に始まった。納税者へのサービス向上と国/自治体当局の行政事務効率化を目指すe-Japan計画の目玉のひとつだ。電子申告とは、自宅や会社のパソコンからボタンひとつで青色申告や確定申告ができるものだ。今後、この試みは社会をどう変えていくのだろうか?

■電子申告制度とは
 電子申告・納税制度は2004年2月から、名古屋国税局管内(愛知、静岡、岐阜、三重)で既に実施されており、6月1日から全国的に本格実施される。国の方針としては、インターネットの普及率程度までに伸ばしたいといっていることから、長期的には個人の納税者の半分は電子申告で、法人のすべてを電子化したいとみられる。個人の確定申告にも対応しているため、来年の春には大きな話題になっているだろう。
 この電子申告は「国税電子申告・納税システム」E-TAXソフトを用いて、納税者は紙の申告書ではなくパソコン上で電子的な申告書を作成し、それをインターネットで所管の税務署に送信する。この電子データを原本とみなし、領収書などの現物は別送することで、税務署に出向く必要がなくなる。E-TAXとインターネットで、(1)所得税申告(2)法人税申告(連結納税に関する申告を除く)(3)消費税申告(地方消費税含む)(4)各種の申請(青色申告の承認申請、納税地の異動届など)(5)全税目の納税(源泉所得税の納付や電子納税証明書の発行の手数料納付など)などができるようになり、ようやくe-Japanが住民の見える形になったといえる。

■名古屋管区では好評
 これまで税務署に出向くのは個人の場合は、個人事業者や税金の還付を受けたいサラリーマン、高額給与所得者などに限られたし、年に一度とはいえわざわざ会社を休んでまで税務署に出向くサラリーマンは少数派で、マイホームを購入した年とか、医療費還付金を受ける年だけに限られていたのが実情だ。しかし、電子申告が可能になるからといって、従来の紙による申告がなくなるわけではなく、要は納税者にとって納税手続きの選択肢が増えた分だけ、確定申告を行う人が幾分増えることが期待できる。自宅からできるであれば、医療費控除などを受けたいが、税務署に出向くのが億劫だった人には有効だろう。

 一方の法人は2004年4月からの消費税法の改正で年間4800万円以上を納付する事業者は、消費税を毎月納めねばならず、そのために企業の経理担当者は毎月税務署に出向かねばならなくなる。この法改正は間違いなく法人を電子申告へ誘導している。また源泉徴収税は既に金融機関に月納されているため、これもE-TAXでまとめて処理してしまえば、源泉徴収税と消費税が一挙に電子化され、利便性は高まる。
 法人のケースではほとんどの企業は税理士事務所や会計事務所が税務の代行をしているため、現実的には税理士業界への影響が最も大きいのではないかと思われる。先行している名古屋管区の企業利用者によると、「提出書類を紙で作る必要がなくなった」ことと「持参の労力が省ける」「窓口で待たされないで済む」ようになったことは極めて評判がよく、やはり採用するともう後戻りはできないほどの利便性を感じるという。現時点では大きな話題にはなっていないが、6月から全国的に実施されるようになると、首都圏を中心に大きな話題になるだろう。

■社会はどう変わる?
 さてそれでは、電子申告の実現で社会はどのように変わってゆくだろうか。

 実は電子申告で事務業務が軽減されるのは、税理士事務所や会計事務所である。中小企業相手の税務会計が電子化で効率化したおかげで事実上のコストダウンが可能となり、あらたな付加価値をつけなければ顧客の維持が困難になる。また、電子申告によって税理業界の世代交代が進む可能性を指摘する声もある。税理士は国家資格で参入が規制されているが、個人事務所などは何歳になっても続けられるため、構造的に高齢化しており、同時に電子申告への対応が困難になっている。つまり電子申告への対応如何によっては業界が一気に世代交代する。
 次に、個人納税者の認証には住基カードを必要とするため、低迷する住基カードの普及のテコ入れになる。今年5月総務省は「発行枚数の詳細を把握する必要はない」として発行枚数の公表を拒んでいるところをみると、普及はかなりひどい状況とみてよい。様々な公表済みの調査資料から推定すると、現段階での発行枚数は25万枚〜30万枚が妥当と見られる。住基カードはこのままでは「使い道が少ないため普及せず普及しないから使い道も増えない」といった悪循環に陥りそうだったが、これまで個人で確定申告していた人の何%かは必ずこれが必要になるため、住基カード普及の最初のトリガーになり、徐々に住基カードが社会生活において重要な役割を果たす契機になるものと思われる。
 最後に、国税当局はそのねらいに「中小企業の資金効率の向上」と「財務データの電子化」を挙げている。仮に国がほぼ100%の企業活動の財務実態をリアルタイムで把握できるようになると、政府は適切な金融政策や法律立案に対応できることになる。しかし情報を一元化することは強力な権力の源泉となり、公開の仕方によっては、国家の経済への関与、あるいは統制が強力に進む危険性があり、ITで自由闊達な社会になるか、息苦しい社会になるか、今後どこかで重大な分岐点を迎えることになるだろう。



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