わが国のITの進展はめざましい。平成15年版の「情報通信白書」によれば、ブロードバンド利用者は平成14年の約2000万から、平成19年末には約6000万に増加する。また、ブロードバンド回線を利用したIP電話の加入者数も急増しており、平成14年末には2000万を超えた可能性があるという。NTT東西も最近IP電話サービスを開始した。
こうなると旧来の電話はどうも旗色が悪い。私も幾つかの講演会等で、ITに携わる人々から、「まもなく皆さんが使っておられる電話はなくなりますよ」とか、「電話サービスはIP技術が提供する新サービスの一部になって、料金もただになりますよ」とか聞かされたし、またそのような趣旨の記事を幾つも見掛けた(注1)。確かに、同一ネットワーク加入者相互の通話については、現に無料のものも出現している。
昨年の夏、筆者は能登半島W市で有名な朝市を散策する機会があった。その折、店先で電話を借りて掛けている女性を2人も見掛けた。朝市に店を出しているおばあちゃんたちらしい。気軽に有難うと10円玉を渡し、店の人と会話も交わしている。きわめて自然な光景であった。周りには公衆電話が見当たらない。事実上、店屋は無免許黒電話の公衆電話サービスを行っているらしい。「なるほどIT化が進んでいるといっても、地方の通信手段はやはり電話なのだな」と納得させられたことであった。
私も多少外国の電気通信事情を調べているが、どうも諸先生方のように、POT(旧来の電話)がそれほど簡単になくなるとは思わない。またなくなってよいとも考えない。100年以上の歴史を持ち、これほど便利で社会、経済の役に立つ商品は、これまでそうザラに開発されてはいないのである。
パソコンを使い、電話もIP電話を使いたいという人はもちろん新技術を利用すればよい。しかし、黒電話が1台あれば、双方向で瞬時に用が足せるし緊急電話も掛けられる。故障もほとんどない。ファックスも打てる。特に、高齢化社会に暮らすお年寄りにはもっとも使いやすいし、ライフラインになる。IP電話の品質、サービス範囲がPOTと同じになる時がくればともかく、それまではなくならないのではないか。お祖父さんの大きな柱時計と同じく、POTは案外長く生き残るのであろう。
以下、2、3の実例をあげて、さらに論議を深めたい。
米国 ―大停電でその価値が再評価された固定電話、公衆電話―
2003年8月14日夜、米国北東部とカナダで起きた大停電は電力送電網に比して固定電話網が災害時にいかに役立つかを改めて証明することとなった。
翌々日、8月16日付けの朝日新聞のニューヨーク特派員は、POTが停電時にいかに有効であったかを詳しく報道した(注2)。
その記事によると、ニューヨークでは携帯電話の多くは使えなかった(過負荷に耐えられなかったらしい)。また、固定電話も商用電源のみで作動する新型の電話器は使えず、電話局が緊急時用に切り替えた電話局の自社発電装置による旧型電話機のみが利用できたため、金物屋に客が殺到したという(注3)。さらに大活躍をしたのが公衆電話であった。通話の輻輳、あるいは電池切れで携帯電話が利用できなくなった多くの旅行客は、コインを握りしめ、公衆電話に長い列を作り、用を足した。固定電話同様、携帯電話に押されて人気を失っていた公衆電話がにわかに脚光を浴びた1日であった(注4)。
災害時の通信ネットワーク網への投資不足を警告するパウエルFCC委員長
FCCのパウエル委員長といえば、電話会社に対し他社の設備との相互接続に頼らず、自前の投資によるべしとの主張(安い料金での相互接続を継続することは競争業者に塩を送るものだとしてロビーングを続けているRHCからすれば、最も頼もしい味方)を続けている。しかし、2003年2月、8月にそれぞれ下されたFCC裁定、その裁定に基づき制定されたFCC規則では、意外にも少数派の立場に立たされ、同氏の意見は実現できなかった。
さてこのように、逆境にあるパウエル委員長であるが、同氏は2003年9月のある会合の席上、8月の大停電を引き合いに出し、今後、電気通信網に対しても、RHCへの投資意欲を喚起しないと同様の事故が起きると、次のように警告した。「投資を増大する手立てを考えないと、電気通信網でも同じ現象が起こりかねない。また、投資の欠如がルーセントのような研究開発に優れた企業を脅かしている。また、通信機器、光ファイバー業者も危機に陥っている」(注5)。
わが国でも最近、大地震の予告が多く為されている。パウエル氏の警告は傾聴に値するものではなかろうか(注6)。
加入電話は減ってもユニバーサルサービス、ライフラインとして必要
わが国の加入電話の契約数は、1996年末の6146万をピークとして2002年の5074万まで1000万以上減少した。この減少は、主として携帯電話、マイライン実施に伴う競争業者への移行に伴って生じたものである。しかし、2003年第1四半期には加入電話契約数は5082万と2002年末をわずかながら上回っており、7年ぶりに上向きに転じた。これが転期となるかどうかは、今後の推移を見なければならないが、すくなくとも加入電話がストレイトに今後も減少を続けていくという主張に対する反証にはなるだろう。
次表は、最近における加入電話の月額使用料の数字と2003年次の予想数字(NTTの発表による)を示したものであり、NTTにとっては加入電話加入者数よりも、月額使用料の減少の方が危機的状況であることを示す。
表 加入電話のユーザー当り月額使用料(単位:円)
項 目 | 2003年第1四半期 | 2002年通年 | 2003年次予測 |
NTT東日本加入電話 | 2980 | 3020 | 3000 |
NTT西日本加入電話 | 2910 | 2950 | 2930 |
2003年度第1四半期には、NTT東、NTT西ともに月額使用料は3000円台を割り、NTT西に至っては2800円台に近い数字になっている。電話の基本料は1600円前後であるから、いまや平均的にみてわが国の電話利用者は、基本料を大きく下回る通話料しか払っていないことになる。
これは、通話が携帯電話のほかメール、さらに最近はIP電話による通話・通信に代替されつつあることを示している。ユーザーがNTT競争業者を利用する場合、NTT、及び競争業者の双方と契約を結ぶケースが普通である。このような状況から、仮に電話契約数に歯止めが掛かっても、NTT東、西の電話収入(月額使用料×加入者数)は減少に向かうであろう。NTTが、加入電話からの収入減少は今後も続くと見て、光ファイバーはじめ、業務の多角化に力を入れているのはこのためである。
しかしさればといって、電話、従って電話収入がなくなってしまうことはあり得ない。ユーザーの電話機と交換機(あるいはルータ)をつなぐ市内回線は、よく「ラースト・マイル」(最後に頼りとなる回線)と言われるが、電話通話もその安全性、緊急通話が掛けられること、電話を保持することで得られる社会的信用(例えば最近、多くのディスカウント・ショップでは、電話番号と氏名を記入すれば商品を取り寄せてくれる)等により、もろもろの通信手段のうち、最後に頼り甲斐となる(ラースト・レゾット)サービスなのである。月額基本料だけを払っても、ライフライン的な利用をするだけのためでも、POTを持ちたいという家庭は、むしろ将来にわたり過半数を超えるのではないだろうか。
この点、ベスト・エフォットの原則に基づいて発展してきた、安いが品質に問題があり、しかも緊急通話が掛けられないというハンディを背負ったIP電話は、現段階ではとうていPOTの代替はできないだろう。
電話サービスが、通信サービスのなかで最重要なものとして、米国・欧州諸国・わが国で「ユニバーサルサービス」として法定されているのはこのためである(注7)。
ただ、わが国だけでなく、電気通信市場への競争導入の結果、ユニバーサルサービスの担い手である主要電気通信事業者の、特に市内通信部門の赤字が大きくなっている。サービス提供の経費が相対的に上がり、このサービスを今後維持していくためにどうすればよいかが、今後世界的に大きな問題になると考えられる。
電話基本料の値上がり傾向
米国フロリダ州タンパ市では、Verizonが市内通話の基本料の値上げを計画しているが、これに対しユーザーの反対が強い。州の公益事業委員会は今後、公聴会を幾度も開かなければ、決着がつかぬ模様である。
Verizonは、電話の基本料を今後3年間にわたり、計4.73ドル(初年1.58ドル、2年目1.58ドル、3年目1.57ドル)値上げしたいと申請した。たいした金額ではないように思えるが、特に年金生活者たちはこれまで月間12.10ドル程度掛かっていた電話料が40%程度も増えるのでは、食費を節減するほかないとして反対しているという。Verizonは、基本料を引き上げる代り、市外通話料は引き下げる方針である。つまり、競争が激しい分野で値下げし、競争の少ない基本料のアップでそのしわ寄せをしようということであろう(注8)。
実は、電話料のなかで固定料金の占める比率の増大は世界的な傾向であって、最近発行された2003年のOECD通信白書にも、その傾向を示す時系列データが掲載されている。それによれば、1990年を100として、2002年までに従量制料金は60弱まで下がった。これに対し固定料金は、約130強と30%を超える値上がりとなっている。また、電話料金の指数は、2002年に約70(つまり30%の値下がり)となっている(注9)。
IP電話の成長が世界でもっとも著しいわが国では、このままで推移すれば、フロリダ州タンパ市で起こっているように、NTTは基本料を上げざるを得なくなるだろう。これに伴い、地域社会から値上げに耐えられないと反対運動が起こる現象が、米国のタンパ市のように、今後生じないとも限らない。老齢化が進むなかで、年金額の減少、消費税の増額、介護費用の増大などで退職者を始め、老齢者家庭の消費力は弱まっていくはずだから。これかも、これらの家庭が一番ライフラインとしての電話サービスを必要とするのである。
今後、どのようにすれば、POTを維持していくか、またIPネットに組み込んだ電話利用にするのならば(これには長期間を要するというのが筆者の持論であるが)どのように切り替え(つまり旧来の回線交換ネットワークから、IPネットワークへの切り替え)を行っていくかの検討を、関係者の方々に十分に検討して頂きたいものである。
(注1) | 本論と関係がある論説として、筆者は約3年前、2000年11月15日号の「赤字脱却ができないインターネット電話事業」を書いた。その後、わが国では、大きくインターネット電話事業は伸びているものの、諸外国での成長は、現在も3年前からみて、それほど大きいものではない。最新のITUの報告書によると2002年末の国際通話におけるIT通話の比率は10%強であるという。 |
(注2) | 2003.8.16付け朝日新聞夕刊、「NYローテク頼み」 |
(注3) | ニュ―ヨーク地区も営業エリアとするVerizon社によれば、商用電源から蓄電池への切替で8時間、さらにディーゼル・エンジンに切り替えて数日持つという。 |
(注4) | ちなみにVerizonは、全国で36万の公衆電話を有している。うちニューヨークに2万を有しているという。Verizon代表者のSmith氏は、今回の災害時の現象は公衆電話の有用性を示すものだとして、「公衆電話収入は当社全収入のごく一部を占めるに過ぎないが、それでも公衆電話には市場があると信じている」と述べ、今後も限られた範囲で公衆電話の維持、サービス向上に努力する決意を示している。
2002.8.15付けYahoo!Finance, "Pay Phones Become an Old-School Solution in Blackout" |
(注5) | 2003.9.9付けYahoo!Finance, "FCC Chairman Warns About State of Telecom Industry" |
(注6) | 投資削減に伴いNTTのケーブルの老朽化が進んでいる。古くなった銅線をなるべく交換せず、補強などで長持ちさせていると日経紙も報道している。2002.2.26、日経「会社研究NTT 設備投資からの迷走」。 |
(注7) | 米国:1996年電気通信法254条に詳細な規定を設けている。また、技術進歩に応じ、ユニバーサルサービス内容の見直しをFCCに命じている。しかし、FCCは当面、ユニバーサルサービスを電話サービスから拡大する意向はない。
EU諸国:欧州議会、理事会は、2002.3.7の指令でEU諸国が遵守すべきユニバーサルサービスの枠組みを示している。ユニバーサルサービスの範囲として、「電話サービス」のほかに「電話案内サービス」「電話帳」「公衆電話」が含まれ、さらに障害者に対する特別措置も定められている。
わが国:NTT法第3条で、「国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供の確保に寄与する」との文言でユニバーサルサービスが規定されている。サービスの範囲は、加入電話、公衆電話、緊急通報(110、119)。また2002年6月には、ユニバーサルサービス提供業者がこのサービス提供により赤字となった場合、その損失を補填するための規則も制定された(この法律ではユニバーサルサービスという名称は法的に使用されていない。「基礎的電気通信役務」という名称が使われている)。 |
(注8) | 2003.10.10付けTBO.com.News, "Residents Challenge telephone Rate Plan" |
(注9) | OECD Communications Outlook 2003(国際通信経済研究所翻訳)、156ページ図6.8b |
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