FCCは2003年8月21日、去る2月20日に下した市内アクセス枠組み改正の裁定を具体化する規則を発出した(注1)。
裁定の行われた時期と規則発出までの期間が6ヶ月を要するという異例の事態となったため、この間の論議により、裁定で定められた基本方針にも多少の変更が主ずるのではないかとの観測もあったが、規則の内容は裁定の基本方針に忠実なものとなっている。
裁定の場合と同様、FCC委員のうち規則のすべてに賛成したのは、事実上、裁定、規則の制定までを取り仕切ったMartin委員(共和党)だけであった。他の共和党委員2名(パウエル委員長、Abetnathy委員)および、民主党委員2名(Copps委員、Adelstein 委員)は、すべて部分的に反対意見を発表した。
規則の基本的な姿勢は、市内通信事業について、音声サービスを提供する回線・交換設備については、おおむね開放継続を認める(民主党委員が主張してきた方向)、光ファイバーについては開放を義務付けない(共和党議員が主張してきた方向)、DSLについては従来の方針を改め、RHCに対する開放義務を解除する(民主党議員のほか共和党パウエル委員長も反対)というものである。
膨大な内容の本規則は未だ発出されたばかりであり、今後利害関係者からの意見が続々と出されることとなろう。特に、裁定発出時から注目されたUNE-Pのうちの「交換機能アクセス」の取り扱いについては、規則によりFCCから権限を委譲された州公益事業委員会が、「市内通信事業者が交換機能アクセスを提供しないでも、競争事業者が害を受けることはない」旨の認定を行う余地があまりないような仕組みが講じられているように思われる。市内電気通信事業者への交換機能提供を廃止することにより、市内通信市場における回線・設備再販の全廃を狙ったFCCのPowell委員長とRHC諸社にとっては当初の企図が完全に打ち砕かれたわけであり、そのショックは大きいはずである。今後この案件をも含めて、多くの訴訟提起が予想される。
しかしすでに、この数ヶ月間で米国大手RHCのVerizonとSBC Communicationsは、長期的視野で大々的なブロードバンド投資を発表している。これは、FCCの今回の裁定、規則により、ブロードバンドへの投資の見通しが確実になってきたことによる(つまり競争業者に安い料金で設備提供を義務付けられることなく)ところが大きい。実際に、今回の裁定実施、規則制定を主導したFCC委員Martin氏の「最大課題は、ブロードバンド分野への投資誘導」という目的は、早くも効力を発しつつあるかに見える(注2)。
以下、本論で上記の点についてさらに詳しく論じる。
住宅用加入者に対するアンバンドリングは継続
2003年2月20日の裁定発出の時点では、FCCは少なくとも住宅用加入者に対するアンバンドリングのうち交換機能に関するものについては、FCCの判定基準に基づき、州公益事業委員会の裁量による決定の余地がかなり残されるのではないかとの予測もかなりあった。
しかしすでに、RHCに対する義務付けは解除しないということを明らかにしていた市内ループ等の項目はもちろんのこと、争点になっていた「交換機能」のアンバンドリングについても、FCCは(1)全国的には交換機能のアンバンドリングによる提供がなくなれば、競争業者は競争サービスが提供できないと認めるとの見解を示した上で、(2)ただ、地域的に状況が異なるので、社会的、経済的に競争業者がRHCの交換アンバンドリング機能の提供を受けないでも、競争サービスの提供を受けないと認める場合は、州公益事業委員会の裁量により、RHCの交換機能リース義務を解除できるとの規則を制定した。これはRHCが交換機能リース提供義務から逃れる道を大きく閉ざすものである。
まずFCCは規則のなかで、この案件について次の通り全般的な見解を示している。
「われわれの調査によれば、接続を求めるキャリアが住宅市場を目的としている場合には、全国レベルにおいて市内交換機への接続のアクセスができないと害をこうむると結論した。この結論は、州段階で、特定の地理的な市場について、設備ベイスの市場参入に関するFCCのヒントおよびその他の社会的、経済的な評価基準に基づき、さらに詳細に検討されるべきものである」(注3)。
州公益事業委員会は、まずこの文により、RHCによる自社アクセス市内交換機の競争業者への提供義務堅持の強い姿勢を見て、自地域内における「詳細な検討」の意欲をそがれるのではないだろうか。
FCCは、競争会社がRHCによるUNE-Pを受けないで、自社サービスを提供するに当り、害をこうむるかいなかについて、詳細な評価基準(impaire criteria)を設定した。
この評価基準設定は、電気通信法第253条1項の規定に基づいたものであり、FCCが1999年、2002年に2回にわたり、裁判所から設定を義務づけられていたものであった。
ところがこの基準は、社会的、経済的に競争業者の自前設備によるサービス提供が可能かいなかに影響がある要因(たとえば地理的条件、RHCが提供する小売料金、競争魚油者の参入状況、サービス提供についての収支見通し、自前で交換設備を設けるに当ってのRHCに対し、不利になる点がないかどうか等々)を列挙してあり、しかもこれらの要件を勘案した上で、最終的には州公益事業委員会が結論を出すという決定手順が示されている。
これについてはかねてから、市内競争はRHC、競争業者相互の自前設備により行わせるべきであるとの意見を強く主唱しているFCCのPowell委員長とAbernathy委員(共和党)は、次のように、これでは州公益事業委員会が個別の審査において、競争業者に自前設備による市場参入を認める余地が少ない点を指摘し、この部分の規則制定を強く批判している。
「多数派の議論を検討すると、その内容はこれまでFCCが2回にわたり発出した決定と類似した内容となっている。つまり、競争導入の方式としてUNE-Pが良いということであって、アンバンドリングに伴う社会的、経済的コストはまともに検討していない」(Powell委員長、注4)。
「多数派の枠組みによれば、州公益委員がCLECが住宅用市場でサービスを提供している米国全土の事実上すべての市場においてUNP-Eを保持することをほぼ保証したといい得る」(Abernathy委員、注5)。
筆者も、この部分については、両委員の批判に同感である。
FCC、国益擁護の立場から通信法第706条を援用して、RHCのブロードバンド提供にアンバンドリング義務を免除
今回のFCC規則では、ブロードバンドの推進が国益に沿ったのであって、場合によっては単なる「Impair test」の枠を超えた重要性を持つ点が強調されている。
少し長くなるが関連の箇所を次に引用する。この文は、FCCがハイブリッド・ループについて、RHCと競争業者との競争関係からすると、RHCにループ開放を求める論拠はあるが、なおFCCが開放の義務付けを行わなかったことの説明としてなされたものである。
「われわれは、ブロードバンド規則をブロードバンド提供に使用されるループに適用するに当っては、特別の考慮を払う要があると理解している。ブロードバンドの利用は、通信の枠を超えたきわめて重要な国内政策目標である。ブロードバンド・インフラの発展は、消費者に情報時代に利益を十分に享受させるようにするための基本的かつ不可欠の段階であるが、より巨視的にみれば、わが国の経済成長、わが国が引き続き情報・電気通信技術の分野で世界の指導者としての地位を保っていく上で、不可欠な重要性を持つ。
ブロードバンドに関するFCCの重要な規制課題は、ブロードバンドの約束を現実のものとするため、この莫大な投資の促進を援助することにある」(注6)。
なお、電気通信法解釈との関連からすれば、FCCは、FCCおよび州公益事業委員会によるブロードバンド推進の義務を定めた通信法第706条に従った点を強調する。
RHCに対する市内回線ラインシェアリング提供の義務を解除
今回の裁定、規則制定で注目されるのは、他の委員が全員賛同していないのにもかかわらず、Martin委員の提唱により、現に行われているRHCに対する市内回線ラインシェアリング提供の義務付けが解除されたことである。規則のなかでこの解除を行った理由として、(1)RHCがブロードバンドの分野でケーブルテレビ会社と激しい競争状態にあること(2)RHCからADSLをリースしている業者(Covad等)は、RHCから市内ループの広帯域部分だけをリースしないでも、ループごとリースすることにより、十分に営業が可能になることを挙げている(注7)。
しかしMartin委員は、今回の規則裁定に当たり提出した法曹関係者を対象として行った講演(2002年12月12日)のなかで、現にケーブル業者の提供しているブロードバンド(ケーブルモデムによる)が暫定的に情報サービスとみなされて、競争業者への開放義務を課されていないのに、RHCが提供するブロードバンド(ADSL)が開放義務を課されていないのは、法的に見て不合理であると主張している点が注目される(注8)。
Powell委員長を出し抜いたMartin委員
周知の通り、今回のFCC裁定、規則は、Martin委員の主導により完成したものである。実のところ、FCCのPowell委員長が当初に考えていた政策は、音声市内回線のアクセス問題のみを取り上げ、非規制化の徹底、RHCの市内回線開放義務を免除することによる競争業者の市内サービス市場への投資の拡大の必要を強調するだけのものであって、魅力に乏しかったし、RHCのみに肩入れするとの印象を免れなかった。これに対し、Martin委員の政策は、次の点で数等優れていたと評価できよう(注9)。
まずMartin氏は、FCC政策の力点を将来性のあるブロードバンドの拡大に向け、この分野でのRHCの回線開放義務をおおむね、解除した。
第2に、住宅対象の音声市内回線開放の分野では、おおむね従来のUNE-P方式により、RHC回線、設備の開放をRHCに義務付け、この分野での従来の競争促進を容認した。(州公益委員会は、今後90日間に「交換機能」のアンバンドリングにいては、impair testにより、従来どおりRHCに開放を義務づけるいなかを定めることとなる。ただ今回のFCC規則に従う限り、現実に州公益事業委員会が開放義務を解除するケースは少数にとどまるはずである)。
第3に今回の裁定により、銅線市内回線、ブロードバンド市内回線、銅線市内回線のタイムシェアリングの3通りのアクセス問題を総合的な視点から一挙に解決したため、利害関係者にとっては、将来展望が明らかになった。
もちろん今後、利害関係者からの批判、論議、さらには多くの訴訟提起が予想されるが、今回の裁定、規則が、米国のみならずわが国を含め、他国の通信政策にも影響が及ぶことが予想される(注10)。
補追
BellSouth、Qwest Communications、SBCCommunicationsのRHC3社は、8月28日、従来どおりUNE-Pを継続するというFCCの新規則は、これまでの裁判所の判決を遵守していないとして、連邦裁判所に訴えを起こした。Verizonも、近日中に単独で訴訟を提起すものと見られる(2003.8.28付け、Yahoo!, "Bells go to courts to undoo US phone rules").
(注1) | 裁定の概要については、2003年3月1日付けDRIテレコムウォッチャー、「FCC、RHCが提供する市内アクセスの枠組みを大幅に改正―パウエル委員長の目指したUNE-Pの廃止は不成功」を参照されたい。 |
(注2) | 2003.8.4/8.11Business Week, "Verizon's gutsy bet"によれば、Verizonは、今後、10年から15年で、200億ドルから400億ドルの巨費を投じて、同社の光ファイバー網を完成すると発表した。 |
(注3) | 新FCC規則、第419項 |
(注4) | 2003.8.21付けFCCのプレスレリース、"Separate statement of Chairman Michael K.Powell Approving in part and dissenting in Part" |
(注5) | 2003.8.21付けFCCのプレスレリース、"Separate statement of Commissioner Kathleen Q.Abernathy approving in part and dissenting in part" |
(注6) | 新FCC規則、第212項 |
(注7) | 新FCC規則、第255項 |
(注8) | "Remarks by Commissioner Kelvin J.Martin 20th Annual PLI/FCBA Telecom Conference December 12,2002 Washington ,D.C", "At the Crossroad". なおこの講演内容は、Martin氏がFCCの当面する課題について相当に忌憚なく話したものであるが、その内容のほとんどが今回のFCC裁定、規則に織り込まれていることが明らかになっている点でも、注目に値する資料である。 |
(注9) | ついでながらPowell委員長は、2003年7月に発出したメディアの持ち合い制限に関する裁定でも議会から強い批判を浴びており、その権威は大きく低下している。本人は否定しているが、近々辞職するのではないかとの説すらでる有様である。 |
(注10) | 今回のFCC規則は、旧来の住宅用音声市内市場については、非対称規制の続行、将来の潜在力の大きいブロードバンド、光ファイバーの分野では、対称規制(つまり支配的事業者とそれ以外の競争業者を規制面で、イコール・フッティングの関係に置く)への移行という政策の表れと見ることもできる。この方針転換は、対称規制を世界でも珍しいほど厳しく適用しているわが国通信政策にも反省を迫るものではなかろうか。 |
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