米国の大手携帯電話会社は6社あるが、そのうち3社はRHCの事業部門(Verizon Wireless)あるいは合弁会社(Cingular Wireless、SBC CommunicationsとBellSouthがそれぞれ60%、40%の株式を所有する)もしくは長距離電話会社の事業部門(SPC Group傘下のSprintPCS )である。1社は外国企業の事業部門(ドイツ企業のT-ComUSA)であって、純然たる独立系携帯電話会社はAT&TWirelessおよびNextelの2社にとどまる。
上記のうち、業界第5位のNextelは、1982年以来独自のデジタル携帯網、無線呼び出サービスを武器として発展してきた企業であり、数年前までは業績がすぐれず大幅な赤字を抱え、ゆくゆくは倒産するのではないかと噂されたーネットワーク構成が異なるため他社に買収されることすらないーほどであった。
ところが2002年第2四半期から、Nextelの収支は黒字を達成、以来業績は好調に推移している。携帯電話各社は、競争が激しいため、多分Verizon Wireless、Cingularの2社を除き、未だ赤字を解消できていないはずである。独立系のNextelが財務の健全さでトップの座に座ったことの他の競争業者へのインパクトは大きい。
最近のビジネスウィーク誌は、IT企業ランキング100社の第1位にNextelを推薦した。これまでブランドの知名度が薄かった同社にとって、この記事はきわめて大きいPR効果を持つだろう(注1)。
Nextelの成功の理由は、従来から提供していたウォーキー・トーキーサービスの品質向上、サービスエリア拡大を核とし、顧客もビジネス用加入者に絞り、これに独自のデジタルネットワークによる携帯電話サービスを組み合わせた当初(1982年)以来の事業計画が、大きなニッチ市場を生み成功した点にある。加入者数も1,100万を越えた。ちなみに、このNextelの技術はMotorolaが支えているのであって、Nextel、Motorola両社がこれまでの幾多の逆境にめげず、初志を貫徹した企業家精神は敬意に値する。同時にこの事実は、米国携帯電話市場の大きさを物語るものでもあろう。
ただ、Nextelの快進撃がこのまま続くものか、競争が激しいこの業界だけに、同社の将来は必ずしも安定したものではない。本文で記す通り、少なくとも2003年第1四半期の決算で見る限り、同社の収入の伸びは停滞している。従って、Nextelの2002年から2003年にかけての大幅な財務の改善は、同社のネットワーク投資が一段落したことが、同社収支に大きく貢献しているためであるという見方もできる。
今後は、競争業者との熾烈な競争に対処していけるか否かがNextelが持続的成長を行っていけるかどうかを左右する。Nextel成功のカギが、ボタンによる簡易な対話者呼び出し方式(Nextelの用語では"push-to-button")にあることを知った競争業者(Verizon、Sprintは、Nextelと類似のサービスを提供しようと準備を進めており、Verizonは本年7月にも類似サービスを市場に出すという。
本論では、NextelによるDirectServiceの全国展開、同社の収支状況、Verizonから同社に対する挑戦について説明する。
Nextel、Direct Connectサービスを全国展開へ
Nextelは、2003年7月初旬、創業以来の念願であったDirect Connectサービスの全国展開を7月末までに完了すると発表した(注2)。ボタンを押すだけで(push-to-talk)相手方と通話ができるDirect Connectサービスは、2003年までは利用者が契約の申し込みをした都市だけでしか利用できなかった。都市相互のサービス利用の拡大は、次の2段階の計画遂行により完成することになる。
第1段階(2003年1月から6月)
Nextel加入者が旅行したとき、旅行先の都市でDirect Serviceを利用することができるようにするサービス(注3)
第2段階(2003年6月から7月)
Nextel加入者は、同社営業エリアのいずれの都市から、いずれの都市に対してもDirect Serviceが提供できるようになる。
Nextel のNational Direct Connect の全国展開について、同社副社長兼COO、Tom Kelly 氏は、「National Direct Connectはサービスを差異化し、他の競争業者をしのぐことを目的とした当社の戦略に基づき提供される。この新サービスは、即時通信(instant communications)の分野における当社の比類ない主導性をわが社営業エリアのすべてに拡大するものであって、当社約1,200万の利用者の生産性を高めることとなろう」と述べている。
また、Nextelが公開している同社の営業エリア地図からすると、(1)営業エリアは都市単位であって、ルーラル地域はカバーされていないこと(2)サービス提供都市がない州も1、2ある点が読み取れる。
またNextelは、運輸、サービス、諸官庁・建設・不動産の、常時多く移動を要する業種のビジネスユーザを核とし、その他のユーザにもサービスを拡大していることを明らかにしている。
National Direct Connectサービスは、Nextelの通常サービスの付加サービスとして提供される。この付加サービスには次の2種類がある。
1、音声サービス(Walkie-Talkieつまり「無線呼び出し」による)だけのサービス:月額10ドル
2、通話ができないとき、テキスト、メールの送受信も併用できるサービス:月額15ドル
Nextelの業績、前期と横這い、昨年同期より大幅改善
2003年第1四半期のNextelの収入・利益を前期、昨年同期と比較して次表に示す(注4)。
表 Nextelの収入利益比較(単位:億ドル)
項目 | 2003年第1四半期 | 2002年第4四半期 | 2002年第1四半期 |
収入 | 23.71 | 23.31 | 19.57 |
営業利益 | 4.93 | 4.90 | 1.69 |
純利益 | 2.40 | 14.71 | -5.91 |
Nextelの会長兼CEO、Donahue氏は、2003年第1四半期の業績発表の機会に、「Nextelの差異化された携帯サービスと明確な成長線利益が両々あいまって、利用者へのサービス改善と4期連続の黒字業績を生み出した」と述べている。
また、2003年6月末にも、リーマン・ブラザースのアナリスト、Blake Bath氏は、Nextelの他社に対する優越性について、「Nextelは引き続き、利益率、加入者取消率の低さ(同社の取消率は1.9%。これに比し他社は2から3%が普通)、市場シェアの取得において、業界他社を凌ぐであろう」と高い評価をしている(注5)。
確かに上表からすると、Nextelの第1四半期における収入、利益は、前年同期に比較すれば大きく向上している。しかし、前期と比較するとほぼ横這いであることが判る(2002年第4四半期に純利益が営業利益を大きく上回ったのは、資産の売却によるものである)。Nextelがはじめて黒字を計上したのは2002年第2四半期のことであって、その期の収入は22.0億ドルであった。つまり、その期からの収入の伸びはわずか8%に過ぎない。また、Nextelが他社との差異化を強調する根拠の1つは、1加入者当りの月額支払い料であるが、今期の支払い料は67ドルであって前期の69ドルより2ドル減っている。また、今期の加入者増は48万加入であり、期末の加入者数は1,100万を越えたという。
つまり、加入者数の増が4.5%、加入者当り収入の減が3%ということになるが、この数字からすると収入は1.5%増えていなければならないはずである。案外、ビジネス顧客を多く抱えているため、売掛金が多いということであろうか。ともかく、ビジネスウィークが最優秀会社として推薦した企業としては、収入、利益が停滞しているのが気になるところである。
VerizonWirelessの反撃
VerizonWirelessは、Nextelの成功に脅威を抱き、2003年7月にもTalkie-Walkieサービスをオプションとした新サービスを7月にも市場に出すと声明している。
6月27日、これと関連しVerizonWirelessは、開発中のサービスにつき産業スパイをしたとして、アレクサンドリア地方裁判所に訴えを提起した。Nextelはすぐさま、「いわれのない訴えであり、当社は強く自社の立場を擁護する」との声明を発表している(注6)。
まもなく発表される2003年第2四半期のNextel決算も、増収増益になると観測筋は見ており、そうなると少なくとも2003年上半期まではNextelの事業は順風満帆であったということになる。
しかし次の2点から、Nextelは競争業者から強烈な挑戦を受けると見るアナリストもいる(注6)。
その論によれば、Nextelのサービスは通常の携帯電話サービス(短いテキストの送受信、メールの伝送を含む)プラスInstant Direct Serviceであるが、利用者の信頼を得ていたのは瞬時に送受信が開始できるInstant Direct Serviceの部分なのであって、この部分を除けばサービス、端末が多様化した今日、Nextelが提供しているサービスは以外に貧弱だということである。つまり、VerizonがこのInstant Direct Serviceをオプションの形で提供し始めれば、Nextelの料金が高いだけに意外にVerizonに移行していくだろうというのである。
しかもFCCは、携帯電話会社に対し、2003年11月24日からナンバー・ポータビリティーの実施を義務付けており、これもVerizonに有利に働くという(注7)。
上記の状況からして、2003年後半はNextelが大きなニッチ市場を確保した米国携帯電話業界のユニークな事業者として今後も繁栄できるか、あるいは携帯電話業界第一位のVerizonにシェアを侵食され、苦杯をなめることとなるかの重大な時期となることが予想される。
(注1) | 2003.6.23付けBusiness Week, "The information Technology 100"。
この記事におけるNextel社についてのコメントは、「顧客の忠誠心と加入者当り収入において業界第一位である。Nextelはユニークなウォーキー・トーキーの技術で成功を収めている」というものである。 |
(注2) | 2003.6.2付けNextelのプレスレリース、"Nextel makes History with Nationwide Direct Connect-The Longest Range Digital Walkie-Talkie"および、同年7.7付けYahoo! Finance, "Nextel to complete nationwide Direct Connect" |
(注3) | 2003.1.13付けNextelのプレスレリース、"Nextel Begins Rollout of National Direct Connect Phase One launches; Cost-To-Coast Capabilities be Available By Third Quarter 2003" |
(注4) | 資料は、各期におけるNextelのプレスレリースによった。 |
(注5) | 2003.6.26付けYahoo!Finance, "UPDATE-Nextel stock jumps on positive outlook" |
(注6) | 2003.6.27付けのYahoo! News, "Verizon Sues Nextel Communications"および同日付けのNextelのプレスレリース、"Nextel Statement Regarding Verizon Complaint" |
(注7) | 2003.6.27付けのThe Street.comに掲載されたScott Moritz氏の論説、"Verizon moving In Nextel's Niche Market" |
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