米国のケーブルテレビ会社といえば、これまで独占または複占の下でのフランチャイズに守られているため、さほどの企業努力をしないでも、ほどほどに利益が得られる公益事業的な企業であるとのイメージが強かった。しかし、ここ数年来、政府によるアナログからデジタルへの放送サービスの切り替え指導、衛星ケーブルテレビ業者からの熾烈な競争、基本加入者数の飽和等の要因が駆動力になり、革新を迫られるようになった。このため、ケーブルモデムによるブロードバンド・インターネットの分野にも進出、同じく、DSLによりブロードバンド・インターネット分野に進出しているRHC各社と競争する事態が生じている。
ケーブルテレビ会社、RHCは、それぞれ画像サービス、音声サービスを主な業務活動としてきたため、おおむね共存共栄であった。しかし、20世紀後半における最大の通信・メディアの管路であるインターネットの商用化とその拡大により、遂に両者の業務領域は交錯し、互いが競争相手になったわけである。
ブロードバンドの領域でのケーブルテレビ会社とRHCの競争では、これまでケーブルテレビは圧倒的に優勢であった。最近、FCCが発表した資料によると、昨2002年にケーブルモデム、DSLはともにその回線数を大きく伸ばし、その成長率は、多少、RHCによるDSLの方が高かったものの絶対数においては、依然ケーブルモデムによるものが多い。(注1)。
項目 | 2002年末 | 2001年末 | 2002年の伸び率 |
ケーブルモデム | 1140万 | 710万 | 61% |
DSL | 650万 | 390万 | 64% |
もっとも、RHCの側では、これまで、(1)DSLの架設は採算が合わないこと(2)
FCCの規制方針に不満があること(ケーブルテレビ業者に対しては、回線開放が義務づけられていないのに、DSL業者には、義務づけがあること)等の理由により、SBC Communicationsを除いては、あまり積極的ではなかった。最大のRHCであるVerizonが本格的にブロードバンドへの進出を宣言したのは、FCCが2003年2月のRHC回線へのアクセス見直し裁定により、上記(2)のRHCとケーブルテレビ業者間の不公平を廃止した以降のことである。特に同社 が2003年5月に大幅なDSL料金の引き下げを宣言したのをきっかけとして、いよいよケーブルテレビとRHCによるブロードバンド市場をめぐっての本格的な競争のゴングが鳴ったといえよう(注2)。
ケーブルテレビ会社とRHCの競争のもうひとつの分野は、通話サービスの提供をめぐってのものである。これも、最近のFCCの資料によると、2002年末でケーブル会社によるケーブルテレホニーの回線数は、2001年末の260万から15%増えて300万に達した(注3)。
これはCLECが有する総市内回線数2480万の12%に当る。総市内回線数1億8800万に比すれば僅か2%程度のものではあるが、ケーブルテレビ会社は総体でCLECの成員として、多少の存在感を示すようになった点が注目される。このようにケーブルテレビ会社の動きを知らないでは、米国の電気通信事業が理解できないような事態となった。
本文では、RHC、ケーブルテレビ会社のブロードバンド架設状況、VerizonのDSL料金値下げがケーブルテレビ会社にもたらしたインパクト、ケーブルテレビ会社の現状(参考)
について説明する。
2003年第1四半期のRHC,ケーブルテレビ会社によるブロードバンド架設状況
まず次表により、大手ケーブルテレビ会社5社とRHC3社のブロードバンド・インターネット回線数を示す(注4)。
表1−1 大手ケーブルテレビ5社のケーブルモデム・インターネット回線数(2003年3月末)
項目 | 2003年3月末加入者数 | 増加数(2003年1月から3月) |
Comcast | 400万 | 41.7万 |
AOLTimeWarner | 270万 | 26万 |
CoxCommunications | 160万 | 15.5万 |
Charter Communications | 127万 | 65.8万 |
Cablevision | 85.3万 | 8.3万 |
表1−2 RHC3社のDSLインターネット回線数(2003年3月末)
項目 | 2003年3月末加入者数 | 増加数(2003年1月から3月) |
SBC Communications | 250万 | 27万 |
Verizon | 183万 | 16万 |
BellSouth | 110万 | 18万 |
最新のブロードバンド回線数を示した表1から見るとケーブルテレビ会社の加入者数は、RHCより劣っているものの、最大のComcastは別格として、2位以下の加入者数、増加数ともにケーブル会社5社と近似した数値を示しており、ブロードバンドにおけるケーブル会社の優位が将来保たれるかいなかは、今後の競争に掛かっているといえる。事実、上表から、2003年第1四半期におけるケーブルテレビ会社、RHCの加入者増加数の比率を算出するとそれぞれ10%、11.2%となる。2002年通期にも、ブロードバンド増加率はRHCのほうが高かったのであるが、2003年第1四半期にもこの傾向が続いている。
Verizonによる熾烈な攻勢に対するケーブルテレビ各社の対応
2003年5月、VerizonがDSL料金の引き下げを発表した後、市場は今後RHCとケーブルテレビ会社との価格競争激化によるケーブルテレビ会社の収益悪化を予想して、ケーブルテレビ会社の株値は下落した。
ただし大手ケーブルテレビ会社は、すぐさま自社料金の引き下げによる対応を行わず、当面、静観する構えを見せている。たとえばCablevisionの役員、Rutledge氏は「Verizonの料金値下げは競争の増大をもたらしていない」と称しているし、COX社も「DSLからのケーブルモデムに対する競争の報道は誇張されている」と冷静に受け止めている(注5)。
Verizon社発表後、約1ヶ月後に開催されたSUPERCOM(USTI、TIAが共済する電気通信業界の大規模なトレードショウ)の場でも、RHC、ケーブルテレビ会社の代表は、この案件について触れていない模様であり、当面ケーブルテレビ業界への影響は少なくともさほどのものではないようである(注6)。
ケーブルテレビ業界の強気の姿勢は、多分ケーブルモデム方式が料金のほか、DSLに比し、次の点で優位に立っていることに基づくものと見られる。
- DOCSIS(data over cable service interface specifications,1998年にITUが承認した国際標準)に基づき、ブロードバンド提供による標準化が1999年代末には早くも進んだため、架設が容易となり、DSLの普及が進んだこと(注7)。
- 現在、RHC側は、料金引き下げと平行して、速度のアップに努めているところであるが、少なくともこれまでは、速度の点でケーブルモデムは、DSLより格段に速かったこと。
- 提供可能の加入者数比率が高かったこと(ケーブルモデム80%に対し、DSL60%程度)
大手ケーブルテレビ会社は、収益率の高いブロードバンド・インターネット事業により、衛星通信事業者との競争により下がった収益を埋めようと計画している。そのため、できることなら上記の利点を生かしケーブルモデム料金を下げないで済ませたいところである。従って当面は、利用者の動向をよく見極めた上でVerizon以下RHC各社の攻勢に対処したいというのが現状である(注7)。
しかし、RHCはケーブルテレビ業界に比し、有する加入者の規模が大きく(つまりブロードバンドを勧奨するユーザー層が厚い)、また多くの債務を抱えているとはいえ、資金調達力も優れている。今回、本腰を入れてブロードバンド加入者獲得競争に乗り出した以上、ケーブルテレビ業界がいつまで先行事業者としての優位を保持できるかは疑問である。今後の成り行きが注目されよう。
参考―米国のケーブルテレビ事業
まず、加入者数の順に、大手ケーブルテレビ業者の名称とその特色を表2に示す(表8)。
表2 米国大手ケーブルテレビ会社6社の特色
業者名 | 特 色 |
Comcast | 米国最大のケーブルテレビ会社(旧ComcastとAT&TBroadbandが2002年に統合した会社)。 設備の近代化が遅れている旧AT&TBroadbandの投資は2003年で終了する予定。営業収入は2003年第1四半期に12.4%と好調な伸びを示している。加入者数2130万(2002年末)。ケーブルのデジタル加入者比率32%。 |
TimeWarnerCable | AOLTimeWarnerのケーブルテレビ部門。親会社のAOLTimeWarnerの業績は芳しくないが、TimeWarnerCableは米国第2のケーブル会社として業績を上げている。 加入者数1290万。デジタル加入者数比率36%。 |
Chater Communications | Charter Communicationsは2002年を通じ業績は悪く、一時はAdelphiaに続いて破産申請をするのではないかと見られていた。しかし2003年第1四半期の業績は、ブロードバンド加入者を急速に伸ばしたこともあり好調で、最近は単独での業務運営は可能だと見られている。同社は、基本加入者数の減少は止むを得ないと割り切り、収入単金の高い加入者の維持、獲得に努力を傾注している。しかしなおも、他社に買収されるのではないかとの噂が絶えない。加入数650万。 |
CoxCommunications | 競争の激しいニューヨーク市場を有しているためもあり、もっとも設備の近代化に力を入れているケーブルテレビ会社である。まだ赤字を脱しきれないが、2003年第1四半期には業績は大きく向上した。加入者数630万。 |
Adelphia | 放漫経営のため、米国破産法11章の適用を受け、目下再建中。加入者数580万。 |
Cablevision | Charter Communications同様、ブロードバンド、デジタル化の進展では大きく成長しているが、引き続き赤字が続いている。また2002年3月、Loral社から衛星通信会社を買収したが、衛星通信事業を継続できるか否かが疑問視されている。加入者数300万。 |
ケーブルテレビ会社の業績は2003年第1四半期に大きく回復した。しかし上表が示すとおり、Charter Communications、Adelphia、Cablevisionの3社は、負債が多い上に毎期の赤字も続き、いずれ身売りするのではないかとの噂が絶えない(実のところ、Adelphiaには買い手も現れないと思われる)。
結局、ケーブル業界でRHCと四つに組んでブロードバンド競争をプッシュしていけるのはComcast、TimeWarner、Coxの3社である。
業界は、(1)ケーブル基本料金の引き上げの批判に対する対応(注9)(2)番組料の高騰にどう対処するか(注10)(3)強大な衛星通信会社2社(DirectTV、echoStar)にどう対処するかなど、解決がむずかしい幾つもの問題を抱えている。
しかし、放送のデジタル化の進展、ブロードバンド需要の本格化、それと関連してのケーブルテレビ業界の収入の伸びに伴い、最近、にわかに存在感を増しつつあり、今後、電気通信と放送の相互乗り合い、融合の視点からしても、目が離せない業界に成長したことは特筆すべきである。
(注1) | 2003.6.10付けFCCニュースレリース、"FCC releases data on High-speed services for internet access" |
(注2) | Verizonは、2003年3月以降、これまでの消極的な姿勢を一変して、巨額の投資によりブロードバンドの拡充に将来を賭ける施策を次々と打ち出している。明らかに2003年2月20日のFCCによるRHCブロードバンド回線に対する規制解除に関する裁定が影響していると考えられる。同社の打ち出した施策の主なものを次に列挙する。
- 2003年末までにDSLアクセス可能回線数を80%(現在60%台)に(3月中旬発表)
- ブロードバンド料金の大幅値下げ(1)49.95ドルの通常月額料金を39.95ドルに(2)固定通信、携帯電話とパッケージで使う利用者には29.95ドルに(5月発表)
- 自社ブロードバンド加入者に対し、無料のWi-Fiサービスを提供へ(まずニューヨ−クから試行(5月発表)
|
(注3) | 2003.6.10付けFCCニュースレリース、"FCC releases data on local competition" |
(注4) | 表1−1、表1−2は、2003年6月24日第1四半期発表のケーブルテレビ会社、RHCのブロードバンド回線数から作成した。 |
(注5) | 2003.5.13付けThe Street.com, "Cablevision Quellls Bells7DSL Dream" |
(注6) | 2003.6.15付けTelecommunications Report, "At SUPERCOMM,industry Leaders Emphasize Positives,Including Untapped Potential of Broadband Deployment" |
(注7) | 2003.6.12付けYahoo! News, "Comcast looks to Internet for Financial Health" |
(注8) | 各社決算報告のほか、さまざまの資料から作成した。列挙は省略する。 |
(注9) | ケーブルテレビの基本料金は持続的に値上がりしているため、絶えず議会の公聴会等で問題にされている。FCCの資料によれば、2002年6月末までの1年間に6.3%(インフレ率は1.3%)も上昇したという。2003.6.27付けMarketWatch, "Cable not competitive, Congress told" |
(注10) | 大手ケーブル会社は、独自の番組を作成するかたわら多くの番組をメディア会社から買っているが、その料金が高騰しており、それが基本料金を引き上げざるをえない理由になっていると弁解している。注9の資料参照。 |
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