2003年5月20日、DT(ドイツテレコム)の株主総会がケルンで7000名の参会者を集めて開催された。昨年同時期に行われた2002年の株主総会では、当時CEOであったSommer氏が株主から長時間にわたり、DTの巨額の負債および赤字の責任を追及され、激しいブーイングを浴び、DTとしては最悪の総会となった(注1)。そのとき、DTは、2003年3月中旬に2002年の仮決算を発表したばかりであったが、同社がこれまでに行ってきた莫大な投資の損切りを徹底して進めたこともあり、欠損245億ユーロ、年末負債641億ユーロというドイツ企業史上類例のない惨憺たる数値を示さざるを得なかったことによる。
このような状況から、DTの新CEO、Ricke 氏(2002年11月にCEOに就任して半年ほどにしかならない)が、株主の前への初デビューである2003年株主総会を巧く乗り切ることができるかが注目されていた。
Ricke氏は、2003年第1四半期は2001年第2四半期以来の赤字決算を払拭し、黒字に転じたことを強調、「なにがなんでも困難な状況の下でこの黒字傾向を持続し、年度内の収支均衡を維持する」と株主に約束した。
また同氏は、今後、「品質(quality)」、「革新(innovation)」、「効率(efficiency)」をモットーとして掲げ、「情報・電気通信サービス事業において革新的な大手事業者」になることを目指すとして、DTが進むべき指針を示した。
株主は、ともかくもDTが赤字から脱却できる見通しがついたこと、新CEOのRicke氏が謙虚な態度でDT再建についての株主の協力を求めたこと等に好感を示し、Ricke氏の講演に静かな拍手をもって応じた(注2)。
ついでながら、すでにBTは2002年6月から、またFTは2003年1月から、それぞれ新たなCEO、Vervaayen氏、Breton氏の下で3ヵ年計画を掲げ、事業の再建を進めている。欧州3大電気通信事業者のうち、計画策定がもっとも遅れたのがDTであったが、今回のRicke氏の2003年赤字解消の表明で、遅まきながら計画面でBT、FTに追い付いたこととなる。
DTが、負債返還のほかさしたる事業目標を示さなかったのは、当面、負債返還の目途を付ける2003年末までは、具体的な個々の戦略を立てる余裕がないことによるものであって、今後のDTの経営がBT、FTに比し、より厳しいことを示すものであろう。
ともかくもBT、FT、DTともにバブル期の経営者は退陣した。代わりに、40台(Ricke氏は41才、Breton氏は47才)、50台(Vervaayen氏)のしかもそれぞれ他企業マネージメントで業績を上げた、生えぬきでない若いリーダーが最高責任者となった点に、共通点が見られる。これは、英・米・独の主要電気通信事業者の経営が新たな時代に入ったことを如実に物語るものであろう(注3)。
以下、Ricke氏が株主総会で行ったDT新路線に関する講演の概要、DTの2003年第1四半期の業績概要、再建途上のDTが抱えている問題点について解説する。
2003株主総会におけるRicke氏の説明の要旨(注4)
1、 | 曲り角に来たDT―2003年通期の黒字達成が至上課題― |
| 2003年第1四半期に、DTは困難な経済情勢の下で収入を伸ばし、コストを削減し、2001年第2四半期以来始めて黒字計上をすることができた。また、前年同期末に643億ユーロあった負債を約80億ユーロ減らし、563億ユーロにすることができた。
2003年末には、DTは第1四半期の傾向を持続し、なにがなんでも通年黒字を達成する(注5)。 |
2、 | DTが長期目標を達成するための3つの重点項目 |
| (1) | 品質(quality) |
| | 大切なのは、お客がどのようにDTを見ているか、また、どの程度顧客がDTのサービス品質に満足しているかということである。 |
| (2) | 革新(innovation) |
| | DTの目標の1つは、新商品開発のための製品計画を強めることであって、そのため成長分野におけるイノベーション、研究・開発に投資する。 |
| (3) | 効率(efficiency) |
| | 収入の伸び以下にコストを切り詰めるため、効率の向上が大切である。われわれは持続的なコスト削減が必要とするが、このためにはコストを節減する以外にない。 |
3、 | 4事業部門の主な経営方針 |
| 次表に示すとおり。 |
事業部門 | 主な経営方針 |
T-Com(固定通信) | ・付加価値の高い部分に重点を置く(たとえばT-DSL)
・顧客のニーズに焦点を当てたサービスの市場での地位の強化を狙う。
・物件費・人件費を年間、約9億ユーロ削減する。 |
T-Mobile(携帯電話) | ・国際場裏において、主導的な携帯電話事業者になることを目指す。
・重点はマルティメディア・サービス(3G、Wi-Hiを含む)の拡大
・また、引き続きビジネス部門に重点を置く。 |
T-Systems(データ通信) | ・引き続き、システム顧客のためのIT・電気通信ソリューションの主要事業者になることを目指す。
・すでに、顧客の業種(電気通信、サービス・金融、製造業等)に対応した組織に改組済み)
・50億ユーロの桁の業績改善を図る効果的なコスト削減策を計画済 |
T-Online(ISP事業者) | ・収入、利益を一層高めるため、現在の加入者層によりサービスを利用してもらうためのアプローチを強化する。
・これは、単純なインターネット・アクセスから、ブロードバンド・コンテンツ利用を高めてもらうためである。
・引き続き、主導的なインターネット・メディア・ネットワーク提供業者としての役割を果たす。 |
2003年第1四半期のDTの財務状況
表1、表2で、2003年第1四半期のDTの財務状況を見てみる(注6)。
表1 2002・2003年第1四半期DT決算の主要項目(単位:億ユーロ)
項 目 | 2003第1四半期 | 2002第1四半期 | 2003/2002(%) |
収入 | 136 | 128 | +6.2 |
EBITDA | 49 | 38 | ++28.9 |
純利益 | 8.5(1.0) | -18(-14) | |
負債 | 563 | 611 | -7.9 |
(純利益の括弧内の数値は、この期特有の収支を差し引いたものである)
表2 2002・2003年第1四半期DTの部門別収入・EBITDA(単位:億ユーロ)
項 目 | T-Com | T-Mobile | T-Online | T-System |
収入(2003) | 64.4 | 50.1 | 3.94 | 0.62 |
同上(2002) | 65.3 | 41.2 | 3.22 | 1.11 |
2003/2002(%) | -1.4 | +21.6 | +22.4 | -44.2 |
EBITDA(2003) | 26.7 | 2.66 | 0.75 | 0.10 |
同上(2002) | 24.9 | 2.58 | 0.11 | 0.28 |
2003/2002(%) | +7.2 | +3.1 | +680 | -65 |
上記の表作成の根拠となる数値に関するジャーナリズムの説明と筆者の多少の推測からすると、Ricke会長が「DTの業績悪化は曲がり角に来た」と高らかに宣言したのとは裏腹に、次に指摘するようにDTの財務基盤には明らかに脆弱な点が見受けられる。
- DTは8.5億ユーロの利益を計上したが、この利益のなかには、(1)資産売却(主なものはケーブルテレビ事業)による4.28億ユーロ、T-Mobileの経営形態変更(DTが100%を所有する株式会社から事業部門へ)に伴う税金の減少分、4.6億ユーロが含まれている。この分を差し引くと実質的な純益は、1億ユーロ(収入対比0.7%)になってしまう。この数字は利益を出したというより、収支均衡しているというだけの数字に過ぎない。
- 4業務部門は、EBITDA(税引き、減価償却前の利益)の水準で、T-M0bile、T-Onlineの2部門は、確かにいずれも前年同期に比し業績を伸ばしている。また収入も、この2部門で成長している。これに対し、DT収入の過半を上げているT-Comの収入は-1.4%減少している。しかも深刻なのは、T-Comの収入が減に転じたのは今期が初めてであるようである。これは、ともかく成長を続けてきたDT固定電話事業が他の多くの諸国におけると同様、斜陽期に入ったことを示す。また事業規模は小さいが、T-Systemは収入、EBITAともに大きく減少した。
- 結論として、DTの財務の脆弱性は、(1)収入が落ち込んでいるT-Comの利益で、収入が伸びてはいるが未だ負債を抱えている他の3部門をカバ−している。(2)利益の捻出はコスト、投資の削減の努力に負うところが大きい(この点は、収入が低下したのにもかかわらずEBITAを7.2%成長させたT-Comに顕著に見られる)の2点に現れている。
多難なDTの将来
結論として、今回の株主総会において、特にRicke氏の率直な人柄と過去のDTの経営のやり方の深い反省の上に立った新たな経営指針の提示により、一応の株主の信頼を得ることができたことはDTの大きな成功であって、同社は財務建て直しに向けて幸先の良いスタートを切ったといえよう。
しかしDTの将来については、(1)Ricke氏の2003年通年黒字は果たして実現できるか(特に最近、欧州でもデフレの到来の危険性が指摘されている点が気懸りである)(2)Ricke氏は今後、規制機関、中小株主との関係をうまく処理していけるのか(DTはSommer氏がCEOの時代から、国内規制機関、EUとの対立を繰り返し、今日に至っている。最近もEUは、アクセス回線開放についての指令違反のため、DTに罰金を科する方針を固めたと報じられているし(注7)、また2003年5月中旬、DTの中小株主1500名は、DT株主の値下り分を補償せよとの訴訟を提起した(注8)。(3)特に2002年の負債減額は、DTのケーブルテレビ事業の売却等もあり順調に進んだが、今後なおも563億ユーロという巨額の負債を計画的に返していけるのか等の難問を抱えている。
従ってDTは、一足先に財務改善計画の策定、実行に乗り出したBT、FTに比し、なおも困難な経営上の問題に直面しているのであって、今後苦難の道を歩むこととなろう。
(注1) | ドイツテレコムの2002年株主総会の模様については、テレコムウォッチャー2002年6月15日号「巨額の負債に喘ぐDT(ドイツテレコム)、株主総会で明確な財務方針を打ち出せず」を、また2002年の決算については、2003年3月15日号の「DT、2002年決算で巨額の欠損(246ユーロ)を出す」を参照されたい。 |
(注2) | 2003年5月20日の総会の模様については、主として同日付のDTプレスレリース、"Ricke: We have started The turnaround".によった。なお、2003.5.19付けhttp://www.manager-magazin.deに掲載されたAnn Preisner氏による論説、"Tour de Ricke"は、Ricke氏の仕事振りと対比し、好意的に紹介している。Sommer氏が個室に籠って、一部の役員との接触によって権威主義的な業務のやりかたをしたのに対し、Ricke氏は現場中心主義で気さくに誰とでも会話を交えるタイプであるという。それでいて確固とした自分のポリシーを持ち、従業員に対する要求度は高く、短期間にDT内部でも従業員、役員層からの信頼を得ているという。いわゆる外柔内剛の人なのであろう。 |
(注3) | BTおよびFTの経営再建3カ年計画については、それぞれ、テレコムウォッチャーの「新3ケ年計画推進で生き残りを図るBTグループー2002年次決算は黒字を計上」(2002年6月1日号)、「FT、新会長ブレトン氏の下で、経営再建3ヶ年計画に乗り出す」(2003年2月1日号)。 |
(注4) | 2003.5.20付けDTのプレスレリース、"Kai-Uwe Ricke presents Deutsche Telekom's new course at Shareholder's meeting" |
(注5) | 厳密には、説明前に用意された原稿では、Ricke氏は通年の黒字を約束しておらず、EBITDAの水準を67億ドルから77億ドルの範囲に収めるとしているのみである。Ricke氏は発表の段階で(多分CFOのEick氏の反対を押し切って)、通年黒字達成の公約を正面に掲げたもの推測される。 |
(注6) | 今回DTは、ネット上で決算の数値を発表していない。表1、表2は2003.5.15付けYahoo!Financeに掲載された次の2つの記事から作成した。
"Deutsche Telekom Had 1Q Tax Gain Of EUR 460 Million"
"Deutsche Telekom 1Q Sales Up 6.6%" |
(注7) | 2003.5.20付けYahoo! Finance, "EU To Fine DTelekom EUR12.5M In Antitrust Probe-Source" |
(注8) | 2003.5.12付けFT Deutschland, "Deutsche Telekom: 1500 Kleinanleger verlangen Geld zuruck" |
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