例年、4月の末から5月の初旬に掛けては、第4四半期の決算が報道される時期である。本日時点(4月25日)で、すでに米国の電気通信業界関係では、Verizon、BellSouth、AT&Tの諸社が2003年次第4四半期決算を発表している。
この案件は、次回のテレコムウォッチャーにでも独立したテーマとして取り扱う予定であるが、上記3社の決算内容を一瞥しただけでも減収・増益ベースが2003年度を通しての電気通信事業の業績の特色になるのではないかとの兆しが感じられる。
2002年次に、バブルに便乗しての投資の後始末としての損失計上はようやく終わり、厳しいリストラ(従業員・コスト削減)による効果が現れ、利益を出せる事業者が増えてきてはいる。しかし、2002年同期に比し増収を計上している事業者は、ほとんどいない状況である。ゴーイングコンサーンとしての電気通信事業者がこのような状況では、いかにも情けない。
ところで、2003年1月から3月に掛けてVerizon、SBC Communications、BellSouthのRHC3社は、相次いで定額料金(月別)を支払えば、市内通話+長距離通話(一般的には国際通話は含まれない)を24時間、どの日でも掛け放題にできるという料金オプションを実施に移した。さらにVerizonとSBC Communicationsは、上記オプション通話にさらに、携帯電話サービス、ブロードバンド、狭帯域インターネットを組み込んだサービスも提供している。
従来、長距離電話サービス料金は距離と時分の関数であった。つまり、距離別従量制料金が原則だったのである。その後、激しい競争を通じてさまざまのオプショナル通話が生み出されてきたが、最近に至って「定額料金掛け放題」という、多分究極のオプショナル料金が登場したこととなる。
しかし、本文で説明するごとく、この料金制度の導入には、競争業者に打ち勝ってよほど多くの顧客の囲い込みに成功した場合はともかく、通常自社収入の減になって跳ね返ってくるという好ましからぬ副作用がある。それだけに、RHC3社ともに導入をためらっていた模様であるが、(1)2002年後半からの携帯電話事業者による新オプショナル料金(本文で述べるとおり、実質上市内、長距離掛け放題の料金)の登場(2)近い将来に予想されるケーブルテレビ事業者からの大規模な顧客争奪の試みの双方の脅威に対処するため、新料金オプションに踏み切ったものである。
本文では、上記の点についてさらに説明を付け加えるとともに、FCCのPowell委員長の考え方を基にして、RHCが現在どのように熾烈な競争環境に置かれているかを図示した。
RHC3社による掛け放題定額料金パッケージの内容
表1 2003年にRHC3社が導入した掛け放題定額料金パッケージ一覧
RHC名 | 新パッケージ料金の概要 | 実施時期 |
Verizon | 名称:べリエーション・フリーダム。パッケージサービス:市内・長距離通話(カナダ、米国領土の国際通話も含む)、5種類の通話機能(コーラーID、3者通話等)、料金は月額54.95ドル(これはペンシルバニア州の例、地域により数ドル程度の差がある) なお、実施可能な地域では、上記パッケージのほかDSL、低速インターネット接続、携帯電話の各サービスの付加も可能(注1) | 2003.1.27 |
BellSouth | 名称:アンリミテッド・アンサーズ・プラン。パッケージサービス:市内・長距離通話、6種類の通話機能。月額料金は地域に応じ異なるが、月額54.99ドルから59.99ドル。 なおこの料金パッケージのほか、自社のインターネット・サービスや携帯電話を申し込む加入者には、100ドルを現金で払い戻すオプションもある(注2)。 | 2003.4.1 |
SBC Communications | 名称:SBC コネクション・シリーズ。パッケージサービス:市内・長距離通話、コーラーID、ボイス・メール。 月額料金は州に応じて48.95ドルから52.95ドル。 なお、同社はすでに2002年11月から市内・長距離・携帯電話・インターネット通話を含んだ包括的な通話オプションを月額93ドルで実施している。 | 2003.4.3 |
この時期に、RHC 3社がこのように思い切った使い放題定額料金パッケージを実施に移したのはCLEC、長距離通信事業者および携帯電話事業者からの激しい競争に対応するためであった。
まず2002年後半に、CLEC,長距離通信事業者(特にAT&T、WorldComの2社)は、一部の州公益事業委員会が自社に有利なアクセス料金(すなわちTerelic料金原則に基づいた安い料金)を認めるようになったのに応じて、RHC3社の市内回線をアンバンドリングによりリースして市内加入者の獲得に務め、大きな成果を収めた。この際、両社とも市内・長距離のサービスをパッケージで提供する料金制度を採用した(注4)。
さらに、同じく2002年後半に明らかとなったのは、米国の携帯電話各社がRHC3社の強力な競争業者として立ち現れたことであった。携帯電話会社はこれまでも固定電話業者のトラヒックを侵食しており、米国でもわが国におけるように固定電話をもたず、携帯電話のみで市内・長距離通話の用を果たすという顧客層が現れて始めていた。上記の2つの理由により、大手携帯電話会社は軒並み、料金収入の減収のリスクを覚悟して、顧客の囲い込みに力点をおいたこのオプショナル料金を打ち出したのである。
たとえば大手携帯電話会社6社による月額60ドルの料金オプションの事例を表2に示す(注5)。
表2 月額60ドルのオプション通話の条件
携帯電話会社名 | 通話範囲 | 分数の上限 | 夜間・週末 | 分当り換算料金 |
Verizon Wireless | 国内(市内・長距離) | 700 | 制限なし | 9セント |
AT&T Wireless | 同上 | 1,500 | 週日に同じ | 4セント |
Sprint PCS | 同上 | 800 | 制限なし | 7セント |
Nextel | 同上 | 700 | 5200まで | 9セント |
T-mobile USA | 同上 | 2,000 | 週日に同じ | 2セント |
この表でわかるとおり、これまで携帯電話の料金は、固定電話の料金より高いと考えられていた常識が打ち破られている(RHCによる普通の料金で市外通話料金は分当り10セント程度)ばかりか、夜間、週末にはただで掛けられることとなる。この料金が、これまでの長距離、CLECからの攻勢に加え、RHC3社に手痛い打撃を加えることとなった。
テレコムウォッチャーでこれまで度々、RHCの業績について解説してきたが、2002年末から2003年初めにかけての業績不振のかなりの部分は、携帯電話業者による事実上の「掛け放題定額料金制度」による攻撃による点が大きいと思われる。
大きな問題を内蔵するRHCの掛け放題料金
RHC3社はこれら料金を実施に移すに際し、これにより顧客は大きく利便を受けることになるとその長所を力説している。たとえば、BellSouthのマーケティング担当副社長のPan Jones氏は、「アンリミテッド・アンサーズ・サービスは、顧客にいつでもどこでも好みの通信ができるフレクシビリティーを与えるものであり、顧客は定額料金でこの自由を享受できる」と自讃している(注6)。確かに、顧客の観点からは便利で安いサービスである。しかし事業者の立場からみて、果たして長期的な採算が取れるのかどうか。アナリストたちの一部は鋭い批判を加えている。
たとえば、あるアナリスト(Scott Moritz氏)は次のように論じ、この料金が結局、自社の料金収入を減らすだけに終わり、経営改善に役立っていないという基本的なポイントを指摘する。Moritz氏はおおむね次のような議論を展開する。
「RHC3社の定額料金は月当り55ドル程度である。この料金なら、パッケージ料金表に含まれている個々のサービスに対し、たとえば月90ドル程度を払っていた顧客は喜んでこの料金オプションに乗換えるだろう。しかし事業者の側からすれば、これは明らかに減収を意味する。これまで長距離通話の料金は下がりに下がって、現在分当り10セント程度だが、それでもこの料金で採算は取れてきた。しかし、定額制オプションの利用者が増えると収支が償えなくなるだろう」(注7)。
そもそも長距離電話料金は、競争の激化に応じ、帯域別の個別従量制料金→一定の時間帯、休日等における割引適用→大口利用者への割引適用(たとえば定まった利用分数を超える場合の料率を下げる)→帯域を撤廃して全地域一律の料率を適用→市内料金+長距離電話料金のパッケージ料金→市内通話料金+長距離電話料金を月別定額で提供というような経緯でオプション料金を変更してきた。従って、最近3RHCが導入した料金は、終局の料金オプションであるといえよう。今後考えられるのは、すでにSBC Communicationsが昨年11月に導入しており、Verizonが同社のべリエイション料金シリーズのなかで市内通話+長距離電話のパッケージに対するアドオン・サービスとして、提供している包括的なパッケージサービス(市内通話+長距離通話+携帯通話+DSL+低速インターネット)の展開である。
しかしこの料金オプションは、Moritz氏の指摘を待つまでもなく、自社の収入を押し下げていくビジネスモデルの採用に他ならない。敢えてこの料金制度の正当性を弁護すれば、赤字を覚悟して、この新料金制度により、顧客の囲い込みに成功して、他者を駆逐した段階で利益の上がる料金モデルに切り替えるという展望しかない。たとえて言えば、「肉を切らして骨を切る」類の捨て身の戦略であるが、「骨を切る」に成功する事業者は1、2社にとどまるだろう。してみると、競争から複占への道を切り開く料金だと考えてもよい。
次の項で、RHC3社が他の競争業者から、いかに厳しい競争を挑まれているかを説明する。
競争業者から包囲されるRHC
図1はRHC3社が、いかに数多くの競争業者に包囲されているかを示したものである(注8)。
これまでRHCの競争相手としては、CLECと競争業者が上げられるのが常であったが、この図が示すとおり、そのほかにそれぞれ、巨大な加入者基盤を有する「携帯電話事業者」、「ケーブルテレビ事業者」、「ISP事業者」がRHCの強力な競争事業者となっている。
RHC3社はこれら事業者と競争し、日夜シェアの争奪を繰り返しているのであるから、そのための最大かつおそらく最後の切札として、掛け放題定額制通話オプションを打ち出してきた背景は十分に理解できる。
CLEC、長距離電話事業者の地盤が相対的に低下している今日、注目を浴びているのは、業績が好転し、ブロードバンド推進に加速度がついている上位のケーブルテレビ会社(たとえばComcast、Cox)である。これら2社は、ブロードバンド提供を主体にして、これにケーブル電話サービスを加えて、RHC3社が現に提供を始めたと同様の定額料金による包括的パッケージサービス提供により、RHCの覇権を脅かそうと試みるものと考えられる(注9)。
以上のような状況からして、RHC3社(特に規模が小さく業績が振るわないBellSouth)の将来は容易ではないだろう。
(注1) | 2003.2.27付けYahoo!Finance, "Verizon Introduces Residential Services With Unlimited Direct-Dialed Local, Regional and Domestic Long-Distance Calling"
なお現在、Verizonはすべての自社営業地域からの長距離通話の提供を認められているが、現在、このパッケージ通話の提供を全営業エリアで提供しているわけではない。 |
(注2) | 2003.3.31付けYahoo!Finance, "BellSouth Unveils "unlimited Answers" |
(注3) | 2003.4.3付けYahoo!Finance, "SBC sets new service package to lure customers"
および、2002.11.18付けYahoo!Finance, "SBC Connections Strategy Rewards Consumers With Comprehensive, Next-Generation Bundles Featuring More Savings, Convenience, Choices" |
(注4) | 2002年9月15日号テレコムウォッチャー、「AT&T、相対的に評価が上がる」 |
(注5) | データリソース社「海外調査レポートリスト 2002年第4号」に筆者が書いた「両極化の兆しが見え始めた米国の携帯電話業者」の表3の再掲 |
(注6) | 注2に示した資料 |
(注7) | 2003.3.5付けThe Street.comに掲載されたScott Moritz氏の論説、"Bells Head for Lower Ground With Flat-Rate" |
(注8) | FCCのPowell委員長は2003年1月14日、上院商務・科学・運輸委員会に対し、電気通信事業の競争の現状についての声明文を提出した。そのなかで同氏は具体的に数字(2002.7.1付け)をあげて、いかにRHCが他の通信・メディア業者から激しい競争を受けているかを説明している。図1では、原則としてPowell委員長が引用した数字を使った。ただ、「長距離事業者利用者数」、「ISPユーザー数」については、項目を新たに付け加え、シーメンス社の2001年末の数字を使用した。 "Written statement of Michael.K.C Powell on competition Issues in the Telecommunications Industry, January 14, 2003およびシーメンスの"International Telecom Statistics Status" |
(注9) | たとえば、2003.4.7付けビジネスウィークの"Broadband Telephony"は、Comcastが、RHCが現に提供しているサービスと遜色のない品質の「ケーブル電話」を開発しており、これを将来パッケージサービスの強力な武器として、RHC3社に攻勢を掛ける可能性を示唆している。 |
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